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グローバル・エネルギー・ウォッチ

Vol.13 日中再激突!マレーシア・シンガポール高速鉄道計画入札開始

写真)クアラルンプールの街並み
Photo by Slices of Light

まとめ
  • マレーシア・クアラルンプールとシンガポールを結ぶ高速鉄道計画本格始動。入札に欧州、中国、日本連合が三つ巴で挑む。マレーシア政府は省エネ対策強化と再エネ導入促進を掲げている。
  • 日本は電力消費の少ない信号・運行システムなどを強みとして売り込む。

マレーシアのクアラルンプールとシンガポールの全長350kmを結ぶ高速鉄道(HSR)計画がいよいよ本格的に動き始めた。2017年12月20日に同路線の車両や線路などの設計を担う会社の国際入札が公示されたからだ。

入札には日本をはじめ中国、欧州、韓国、カナダなどの企業や企業連合が強い関心を示しており、今後受注をめぐって激しい競争が繰り広げられることが予想されている。

写真)クアラルンプール - シンガポール高速鉄道計画予定
写真)クアラルンプール - シンガポール高速鉄道計画予定

出典)Land Transport Authority(シンガポール政府)

特に中国と日本は、インドネシアの首都ジャカルタと南郊ボゴールを結ぶ高速鉄道計画で激しい争奪戦を繰り広げた結果、最終的にコスト面で有利な提案を行った中国が受注、日本が負けた経緯がある。このため、両国ともに鉄道技術とコスト、安全性そして面子をかけて再び接戦を繰り広げることは確実とみられている。さらにマレーシアが抱えるエネルギー問題も高速鉄道計画には影響を与えており、鉄道で使用する電源の低コスト化、効率化も課題として浮上している。

写真)インドネシア高速鉄道計画で採用された中国案(CHR380A)
写真)インドネシア高速鉄道計画で採用された中国案(CHR380A)

photo by N509FZ

2026年開業目指し、時速320kmの高速計画

これまでに明らかになっている高速鉄道計画は、総開発費 1兆6000億円でマレーシアの首都クアラルンプールからシンガポールまでマレー半島を縦断する全長350kmを最高速度320km/hで結ぶ予定で、2026年12月31日までの開業を目指すとしている。

開業の際には30分ごとに列車を運行し、これまで高速道路経由での4〜5時間、在来鉄道の7時間、空路の3時間(空港までのアクセス、待ち時間を含む)などを大幅に短縮する計画という。

現在、クアラルンプール~シンガポール間には半島西部を南北に走る在来の鉄道があるが、高速鉄道はこの在来線よりさらに西側、海沿いに新たに線路を敷設(複線)して走らせる構想だという。

高速鉄道はクアラルンプールのバンダル・マレーシア駅を北の始発駅とし、マレーシア南部ジョホール州のイスカンダル・プテリ駅を経てシンガポール領に入り、シンガポール西方のジュロン・イースト駅が終点となる予定だ。

写真)バンダル・マレーシア駅完成予想図
写真)バンダル・マレーシア駅完成予想図

出典)SOM

写真)ジュロン・イースト駅(シンガポール)
写真)ジュロン・イースト駅(シンガポール)

photo by Bob T

マレーシアは主要な発電用燃料として天然ガスが全体の約52%を占め、次いで石炭約40%、水力が約5%、石油が約2%となっている。(2016年3月NTTDATAに基づく)。ところが政府が支出して価格を抑えているエネルギー補助金の負担増と天然ガス、石油の産出量が減少するという深刻な事態に直面している。

このためマレーシア政府は

  1. 再生可能エネルギーの導入検討
  2. 省エネ対策の強化
  3. グリーンエネルギー関連の地元企業の育成

などの総合エネルギー対策を今まさに進めている。

とはいっても高速鉄道に電力は不可欠であり、今後の受注では効率化され、低コストな車両設計や、電力消費の少ない信号システム、運行システム、そして電力関連施設の整備・維持管理のコストなども大きな課題の一つとなるのは確実とみられており、日本連合に一日の長がある。

激突する欧州・中国・日本

この高速鉄道計画にはドイツのシーメンス社、フランスのAlstom社、イタリアのFerrovie dello Stato Italiane社、オーストリアのPORR社の各社がマレーシアのエンジニアグループであるGeorge Kentとコンソーシアム(企業連合)を組むことが2月21日に公表されている。

このほかに中国は中国鉄道総公司を中心とする8社(中国鉄道建築総公司、中国鉄路通信信号集団公司、中国輸出入銀行など)によるコンソーシアムでこの構想に参入することを2017年12月に表明している。この中国コンソーシアムには設計、建設、通信、財務、運行、施設設備の維持管理などほぼ全てを賄う企業が参加している。

これに対し日本はJR東日本、住友商事、日立製作所など10社がコンソーシアムを組み受注を目指している。このほかに韓国やカナダも強い関心を示しており、2018年6月29日の入札締め切りまでに計画書などを提出、激しい受注争いが展開することになる。

専門性、実績、技術アピールの欧州勢

ドイツ、フランス、イタリア、オーストリアの欧州勢はシーメンスとAlstom両社が欧州での国境を超えた高速鉄道建設で抜きんでた実績があり、イタリアの企業は海外での鉄道運行に高い知見と技術を有しているほか、オーストリアの企業も軌道建設で高い専門性があるなど、各企業の豊富な経験と実績を背景に強力な売り込みをかけてくることは確実とみられている。Alstomのアジア太平洋地域担当の幹部は「経験と技術、専門性に優れた欧州企業連合は地元パートナーのGeorge Kentと組むことで、強力で高い競争力をもった最高のチームとなりうる」と受注への自信を示している。

一帯一路の要として中国は強力推進

これに対し日本の最もライバルと目されている中国企業連合は「熱帯地域での鉄道の運行に携わった経験があり、マレーシアの気候風土に適合した鉄道技術、サービスを提供できる」と独自性をアピール。さらに「建設コストは日本などより格段に安く、約6割の費用で実行できる」とコスト面での優位性を前面に出して入札に積極的な姿勢を明らかにしている。

中国本土からラオスを経てタイ、マレーシアそしてシンガポールへと繋がる鉄道路線は現在の習近平政権が強力に推進する「一帯一路」構想の要の一つとして位置付けられていることも中国の積極性の裏付けとなっている。

さらに中国はすでに着工が始まっているタイの首都バンコクと北東部ナコームラーチャシーマーを結ぶ253km区間の鉄道計画で設計、信号システム、建設監督、車両製造を担当していること。さらにマレーシアの東海岸での大型鉄道計画で建設を中国企業が担当し、資金供給も中国輸出入銀行が担うことがすでに決まっていることも有利な点とみられている。

そしてなにより、マレーシアの現ナジブ政権が親中国であることから中国企業連合が圧倒的に有利、優勢とみられているのだ。

写真)マレーシアのナジブ大統領と中国の習近平国家主席(2016年11月)
写真)マレーシアのナジブ大統領と中国の習近平国家主席(2016年11月)

出典)najib_razak Instagram

また南の始発となるシンガポールが華僑主体の国であることも中国有利のとの観測の根拠となっている。中国は2017年11月にシンガポールで「高速鉄道建設に関するフォーラム」を中国発展改革委員会主催で開催し、シンガポールでも国民の「高速鉄道計画」への関心を高める動きを始めるなど、すでに実質的に活動を始めている。

写真)シンガポール
写真)シンガポール

出典)Pixabay(Creative Commons)

もし中国が受注すれば、中国国外での鉄道建設事業としては最大規模のものになるとされ、中国政府も絶対に負けられない戦いとして位置付けているのは間違いない。

インドでの受注背景に日本は安全性強調

インドネシアでの痛い教訓をもとに欧州勢、中国に挑む日本は、アベノミクスの成長戦略の一つとして位置付ける「インフラ輸出政策」にこのマレーシア・シンガポールの高速鉄道計画が合致するとして官民一体となって取り組む姿勢を示している。日本はインドネシアの高速鉄道計画でも再三再四強力に主張した安全性、つまり新幹線の1964年開通以来死亡事故ゼロの実績を踏まえた安全と技術力を前面に出してアピールする予定だ。

中国が指摘する費用に関しても、現地マレーシア、シンガポールでの実地研修などで鉄道の運行や維持管理にあたる人材を育成する費用も含まれている、として単に「建設してしまえばそれで終わり」とするのではなく、将来的な展望をも加味した計画でライバルとの違いを強調する戦略といわれている。

日本はインドネシアでは中国に受注競争で最終的に敗れたものの、インドではムンバイからアーメダバード間の路線建設を受注した実績がある。

2015年12月に安倍首相とモディ首相の間で合意した同計画は2017年9月14日に現地で起工式が行われ、本格的な着工が始まっている。ムンバイ~アーメダバード間約505kmを現行の在来線が約8時間かかっているところを時速320kmという高速により約2時間で結ぶ高速鉄道計画で、日本の新幹線方式がフランスの高速鉄道TGVを退けて受注したものである。

さらに日本の強みは、日本の企業がマレーシアやシンガポールで鉄道用の変電施設などの電力設備を数多く手掛け、実績を残しているということだ。こうした専門性のある実績もアピール材料になるとみられる。

2026年末の開業を目指す

2017年12月20日に公示されたのは、高速鉄道計画のうち、車両や線路、信号などの関連シムテムの設計、供給、保守管理などを担当する鉄道資産会社を決める国際入札で、6月29日に締め切りとなる。その選定にあたるのが今回の高速鉄道事業の建設主体となる「MyHSRCorp(マレーシア側)」と「Land Transport Authority:陸上交通庁(シンガポール側)」で、マレーシアの環境影響アセスメント(EIA)はすでに完了している。

そもそもこの高速鉄道計画は、2016年7月に両国政府間で建設に向けた覚書に調印したことから構想がスタート。同年8月に工学調査が始まり、同年末には2国間協定が結ばれた。そして2017年12月の公示を経て、2018年度末までに受注する企業連合が決まる。さらに2025年まで建設が続き、2024年~2026年には車両による試運転が行われ、最終的に2026年12月31日までの開業を目指すというタイムスケジュールで計画は進行していく予定だ。

イースタン・オリエント急行も走る

マレー半島にはタイの首都バンコクからマレーシアを経由してシンガポールまでを各国の観光地などを巡りながら3泊4日かけて走る豪華鉄道「イースタン・オリエント・エクスプレス」が運行されており、世界中特に地理的に近いアジアの鉄道ファンや富裕層旅行者に人気となっている。

写真)イースタン・オリエント・エクスプレス(クアラルンプールにて)
写真)イースタン・オリエント・エクスプレス(クアラルンプールにて)

Photo by User:Two hundred percent

同列車はあくまで観光用で実質的な交通機関としての役割は同区間で運行されているマレー鉄道になる。しかし、高速鉄道ではなく、乗車券の購入の煩雑さなどから近年、車や航空機に移動手段を奪われつつあることも事実。そうした中、手軽で迅速な移動手段としてのマレーシア~シンガポール間の高速鉄道の必要性が両国関係者の間で共通認識となっていた。

今回、入札が公示されたことで、高速鉄道計画は実現に向けてさらに大きな一歩を踏み出したことになり、マレーシア、シンガポール両国民のみならず、欧州、中国、日本、そして入札に関心を持っているといわれている韓国やカナダなどの鉄道関係者にとっても「夢」が現実のものになりつつある。

日本人としては是非とも新幹線の実績がある日本に受注してほしいが、単に価格だけではなく、安全最優先の鉄道実現に向けて共に「夢」を見たいと思う。

大塚智彦 Tomohiko Otsuka
大塚 智彦  /  Tomohiko Otsuka
Pan Asia News 記者
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1884年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。

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