©室橋裕和
- まとめ
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- 2017年末からイラン各地で反政府デモが多発している。
- イランの主要産業はエネルギーだが、経済制裁や補助金政策の失敗でガソリン代が高騰、市民生活を圧迫。
- イランは日本の重要な原油供給国。政情不安が長引くと原油価格が上がり日本経済を圧迫。
昨年12月にイランで起きた反政府デモは、現在は小康状態となっている。しかし国民の不満と鬱屈は強く、いつ再び蜂起が起こるか、予断を許さない状況だ。
デモはそれほどに激しかった。首都テヘランをはじめイラン各地で若者たちが気勢を上げ、政府に不満を訴えるというよりは、見境のない暴動の様相も呈した。
とりわけ南西部にあるアフヴァーズでは混乱が広がった。デモは12月30日の夕方から、市内中心部のサルマン・ファルシ通りで始まったが、当初はほんの数十人程度の若者が警官隊を挑発しているに過ぎなかった。
出典)Google map
しかしSNSの呼びかけに応じた若者や市民の数は次第に膨れ上がり、通りを埋めつくすほどになっていく。その中にはチャドルというスカーフを頭に巻いた女性の姿もある。若者たちはやがて武装した治安部隊と衝突しはじめ、騒然とした雰囲気に包まれた。
photo by Zoom Zoom from Beijing
警官隊は2人乗りのバイクを駆使して鎮圧に当たっていった。後部座席に乗った警官が警棒を振り回してデモ隊をなぎ倒す。バイクは数十台もおり、歩道も関係なく走り、どちらが暴徒かわからないほど。デモ首謀者と思われる人間は片っ端から暴行され、護送車に叩き込まれていった。
©室橋裕和
やがて騒動は付近のバザールも巻き込み、デモ隊がゴミ箱や店の売り物などに放火を始めたことから、一般市民も一部でパニックに陥った。業を煮やした警官隊は催涙弾で対抗、デモ隊も一般市民も関係なく、次々と発射される催涙弾の煙に巻き込まれた。
こうした騒乱がイラン各地で起きたが、その背景には政府の経済政策の不振から来る生活苦があるという。アフヴァーズのある学校教師は、「教育省からの給料は月170万トマン(約4万8000円)。これでは生活できないから、早朝と夜、それに休日はタクシーを転がしている。毎日どうしてこれだけ働かなきゃならないんだ」
と嘆く。
一方で、テヘランのバザールで働く男性は、「デモが起きると巻き添えになって放火される可能性もあるので店を閉めなきゃならず、商売にならない。困るよ」そう言って顔をしかめた。
産油国なのにガソリンを輸入
アフヴァーズの位置するフーゼスターン州は、日本でも知られた世界有数の埋蔵量を持つアザデガン油田があり、本来なら豊かなはずだが、ガソリン代が上がり市民生活を圧迫している。
イランの主要産業はなんといってもエネルギーだ。天然ガスの埋蔵量は33兆7600億立方メートルで世界トップ、原油の埋蔵量は1570億バレルで世界第4位という「資源大国」として知られる。経済の根幹はこれらの輸出だが、核開発疑惑に端を発する国連や欧米諸国中心の経済制裁が大きな打撃となってきた。
これにより原油の輸出量は減少していたが、穏健派のロウハニ大統領が国際社会との協調政策を取り、核開発を制限したこともあり、2016年1月に経済制裁は解除。原油の増産も開始され、同年のGDP成長率は6.54%と高い数字となったが(IMF統計)、国民にはその実感が乏しい。
出典)photo by Mojtaba Salimi
というのも、物価は8.57%(IMF統計)という勢いで上昇しているからだ。失業率も12%(IMF統計)を超える高さで、若年層に至っては20%を超えるともいわれる。
若者がデモに走る気持ちも理解できる、と語るアフヴァーズの商店主は、「うちの子も大学を出たが仕事がない。フーゼスターンは豊かな産油州のはずなのに、住民にまったく反映されていない」と憤る。
加えて、イランはガソリンのおよそ1/3を輸入でまかなっている。精製能力の低さや、国内需要の高まりなどが理由だ。さらに採掘技術の低さから埋蔵量に比べると生産量は低い。資源大国でありながら、エネルギーを輸入せざるをえないのだ。
そのガソリン代が値上がりを続けていることが、産油国の国民としては大きな不満となっている。
歪な補助金制度が国庫を圧迫
原因はイラン政府が長年続けている補助金政策だ。イランでは生活支援という名目で、さまざまな分野に国庫から補助金を支給してきた。特にエネルギー産業や食品産業に対しては手厚く、2010年には年間およそ1000億ドルもの補助金が支払われてきた。産業の多角化を目指す一環として、工業化を促すためにエネルギーに補助金を出し続けた。低所得者層への社会的援助という意味も大きかったのだが、これが国の経済を圧迫してきた。
危機感を覚えた政府は補助金を段階的に減額し、それにより生まれる資金の一部を低所得者層に現金で支給する改革制度を2010年から開始した。
それから7年、補助金改革の効果は薄く、結果としてガソリンの価格は7倍以上に上昇、さらにガソリンの高騰はあらゆる物価を押し上げ、人々の不満は爆発した。それが2017年末のことだったのだ。
国民の怒りは政府の経済政策だけでなく、外交にも向けられている。断交状態にあるサウジアラビアとの「代理戦争」ともいわれるイエメン内戦や、シリア内戦に多額の費用をつぎこみ、国民を蔑ろにしていると考える人は多い。
また、経済制裁が解除されたとはいえ、グローバルな経済の枠組みからは除外されたままなので、VISA、MASTERといった国際的なクレジットカードは使えない。国内だけで使えるクローズドなデビットカードやATMなどは普及しているが、外国で発行されたものはいっさい使用できない環境だ。こうした状況をSNSなどを通してイランの若者もよく知っており、デモに参加したある学生は「僕たちは政府のせいで国際社会から阻害されている」と複雑な感情を露にした。
最大貿易相手国の中国にも反感
2018年1月、トランプ米大統領はアメリカによる経済制裁解除の方針は当面は継続されると発表。しかし長年続いた欧米の制裁の影響から、現在のイランが最もエネルギーを輸出している国は中国だ。中国は現代版シルクロード構想「一帯一路」の中で、イランを中東における重要なパートナーと位置づけ、協力を強めている。しかしその中国の存在も、イランの庶民層には苦々しく映る。
中国からは、安価な工業製品や生活用品、生鮮食料などが大量に輸入されてきており、国内産業を圧迫している。もともとイランは、バザールに代表されるような個人や、家族・親族経営の小規模な業態が多い。大企業や大手チェーンが育ちにくい土壌といえる。それまでは国内産業の保護のため外国製品の流入には制限があったが、2000年代から自由化が進んだ。そのため、スマホ関連、電化製品、衣服など、街には中国製品があふれかえるようになった。これに小さな企業や商店が太刀打ちすることは難しい。
そんなイランを歩いていると、中国に対する反感を聞かされる。イランにいる日本人のビジネスマンや観光客は少数のため、東洋人はまず中国人だと思われて邪険に扱われることもある。もっとも、その後に「日本人だ」と告げると、とたんに笑顔になるのだが。
イランのデモで原油価格上昇
日本にとってイランはサウジアラビア、UAEなどに次ぐ第4位の原油供給国だ。そんなイラン情勢の悪化は原油価格の上昇に直結する。
出典)石油連盟「今日の石油産業2017」
資源エネルギー庁によれば、今年1月15日時点のレギュラーガソリン1リットルあたりの全国平均価格は143.2円。2年ぶりの高騰となった。その原因はもちろん原油価格の上昇にある。
1月初旬には原油(WTI先物)価格が約3年ぶりの水準となる1バレル63ドル台に乗せた。その時点で昨年末からの上昇率は約5%、2016年末からは約2割に達する。その後、1月末に66ドル台に乗せた後、一旦下げに転じたが、2月23日現在62ドル台に戻している。
出典)商品先物取引ポータル
要因としては、
- ① OPEC(石油輸出国機構)とロシアら非加盟国が昨年11月に2018年末迄の減産延長で合意したこと
- ② 世界的な景気拡大でエネルギー需要が増すとの予測が強まったこと
- ③ 昨年8月のハリケーン「ハービー」の被害に対応するため米政府が戦略備蓄を放出したこと
などが挙げられるが、イランの政情不安が原油価格押し上げ要因であることは間違いない。
では今後も右肩上がりに原油価格が上がり続けるのかというと、必ずしもそうとも言えない。原油価格が高騰すると、シェールオイルの供給が増え、原油価格の上昇を抑制するからだ。従って一本調子の上昇はないと思われるものの、イランの政情不安が長引けば、原油価格は不安定な動きを続けるだろう。まして、最近ではイスラエルとイランとの間の緊張も高まっており、中東リスクは高まっているとみるべきだろう。日本のエネルギー安全保障上、見過ごすことのできない事態だ。
イランの今後
治安部隊と若者たちの衝突を、涙を浮かべながら見つめていた学生は、「これがイランだ。どれだけひどい国なのか日本に伝えてほしい」と言ってデモ隊に合流していった。経済問題、エネルギー補助金問題に端を発したデモは、次第に体制そのものへの敵意に変わりつつある。外国人と見ると近づいてきて、周囲をはばかりながら「この国には自由がない」と訴える若者も多い。
抑圧的な政策を続ける限り、デモは起こり続ける。ひいてはそれが、日本のエネルギー事情にも大きく影響を与えるのだ。今後も周辺国も含めたイランの政情は注視すべきだろう。
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