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グローバル・エネルギー・ウォッチ

Vol.10 ミャンマー・中国急接近 エネルギーで思惑一致

写真)チャオピュー特別経済特区プロジェクト(予想図)
出典)ミャンマー情報省

まとめ
  • 「一帯一路」の要所ミャンマーを取り込みたい中国と経済援助が必要なミャンマーの思惑が一致、両国は急接近。
  • しかし、国内では中国との合弁事業に反対運動が勃発、ロヒンギャ難民問題もあり、スー・チー顧問の指導力に批判も。
  • 電力不足対策は急務で、早急な総合的電力計画の再策定が必要なミャンマー、中国との狭間で難しいかじ取り迫られる。

少数民族ロヒンギャ族の問題により国際社会での孤立がますます顕著になりつつあるミャンマーが中国と急接近している。ミャンマーは国際的孤立の中で経済援助やインフラ整備さらに国内エネルギー問題で中国という大国の後ろ盾はぜひとも必要で、中国としても習近平国家主席が強力に推進する現代版シルクロードの経済構想「一帯一路」(注1)の要所ミャンマーを自陣に完全に取り込むメリットは大きい。こうしたミャンマー、中国両国の思惑が一致したことが急接近の背景にある。

2017年12月1日、北京を訪問したミャンマーのアウン・サン・スー・チー国家顧問兼外相は習主席と会談して両国問題を協議した。両首脳による北京での会談は同年5月16日に開催された「一帯一路サミット」の際も行われており、ことを内外に示している。

アウン・サン・スー・チー国家顧問兼外相と習主席の会談(2017年5月17日)
アウン・サン・スー・チー国家顧問兼外相と習主席の会談(2017年5月17日)

5月の習国家主席との首脳会談では経済協力、インフラ整備など建設的な話し合いが行われたが、スー・チー顧問と李克強首相との会談では、中国側から建設が中断しているミャンマー北部の水力発電ダムの建設再開が強く求められたとされている。

中国 李克強首相
中国 李克強首相

出典)Voice of America

ミャンマー北部カチン州ミッソンにある同国有数の河川であるイラワジ川にミャンマーと中国の合同企業によってダム建設が始まったのは2009年のことだ。総額36億ドル(約4020億円)の巨大ダム建設事業は中国企業による中国人労働者が中心となって進められた。しかし大規模な環境破壊や複数の村落がダム建設で水没することへの補償などで地元や環境団体などの反対運動が顕在化した。

カチン州のミッソンダム完成予想図(CG)
カチン州のミッソンダム完成予想図(CG)

出典)The Irrawaddy

さらにこのダム完成時は総発電量の90%が中国本土に「輸出」され、地元への還元が極めて少ないことなども住民の強い反発を招く結果となった。

こうした反対運動に配慮した当時のテイン・セイン大統領が2011年9月に突然ダム計画の中断を発表、建設が凍結された。中国側はこの建設計画の再開を強く求めてきたのだった。李首相との会談に臨んだスー・チー顧問は伝えられるところでは「現在調査委員会が実施しているダム建設地の環境アセスメント調査の報告を待ってから最終的に判断する」と即答を避けたという。

テイン・セイン元大統領
テイン・セイン元大統領

出典)IRRI photos

スー・チー顧問としては民主化運動のシンボルとして総選挙で選出された経緯からそう簡単に軍政の凍結決定や周辺住民の反対を反故にするわけにいかず、苦しい選択を迫られている事情もあった。

中国側もその辺を見透かしており、報道によれば「建設凍結」による多額の損害賠償をミャンマー側に求めることや、見返りとして別の大規模プロジェクトの承認、協力を迫る「アメと鞭」でミャンマー政府に揺さぶりをかけたという。

中国と急接近の背景にロヒンギャ問題

このミッソンの水力発電ダムはその発電量の90%が中国へ輸出されることも反対運動の一因となっているが、ミャンマー国内の電力事情は決してよくない。

日本貿易振興会(JETRO)が2017年5月に発表した調査レポートによると、ミャンマーに進出している日系企業の85%が経営上の課題として「電力不足、停電」を挙げている。ミャンマー政府の企業誘致、投資歓迎によってミャンマー国内に進出してはみたものの、例えば工業団地予定地に赴いてみたら、アクセス道路は未舗装、電気、ガス、通信設備も未整備、と工場や事務所設置以前にインフラ整備が不可欠というケースが多いという。

そんな電力事情の現状の中で「国内の電力より中国を優先するのはおかしい」との議論があることがスー・チー顧問を悩ませている。

このため「電力事情を中国に説明して国内分を既定の10%からせめて50%の折半にするような数字の交渉をせずに、凍結か再開かばかりを議論している」とスー・チー顧問の政治手腕を疑問視する声も出始めている。

そんな中、12月に中国を再訪問し同月1日に北京で再び習国家主席と会談したスー・チー顧問は経済援助やインフラ整備の拡大で合意し、密接な両国関係を再確認した。この会談で国際社会はミャンマーの強力な後ろ盾が中国であることを改めて認識した。

ミャンマーでは2017年8月25日、ラカイン州に主に居住する少数民族でイスラム教徒(ミャンマーの圧倒的多数は仏教徒)であるロヒンギャ族の武装組織が警察署を襲撃したとされる事件を契機に国軍がロヒンギャ族の大規模掃討軍事作戦を開始。集落が放火され婦女子は暴行、未成年を含む多数が殺害される事態に発展した。難を逃れるために隣接するバングラデシュに国境を越えて避難したロヒンギャ族は現在では約63万人(2017年12月時点:UNHCR調べ)に達している。

ミャンマーラカイン州のロヒンギャ族の難民キャンプ(2012年)
ミャンマーラカイン州のロヒンギャ族の難民キャンプ(2012年)

出典)Flickr UK Department for International Development

ミャンマーラカイン州のロヒンギャ族難民(2017年)
ミャンマーラカイン州のロヒンギャ族難民(2017年)

出典)Flickr Catholic Diocese of Sagin

バングラデシュ クタパロン難民キャンプ
バングラデシュ クタパロン難民キャンプ

Photo by Maaz Hussain(VOA)

「世界で最も急速に成長する人道危機」

UNHCR(国連高等難民弁務官事務所)

欧米や国際社会そして国連はミャンマー軍による「民族浄化」「虐殺」が行われていると国軍を名指しで非難するとともにスー・チー顧問の指導力を疑問視する声がこちらでも高まっている。1991年にスー・チー顧問が受賞したノーベル平和賞の返還を求める動きまで出始める事態となっている。ミャンマー国軍、そしてスー・チー顧問は人権侵害、民族浄化を否定し続けている。

こうした中、中国政府はミャンマー国軍によるロヒンギャ族への軍事行動を「掃討作戦はテロリストへの反撃である」(9月13日駐ミャンマー中国大使)と支持する姿勢を明確にし、国際社会の中で孤立を深めるミャンマー、スー・チー政権を擁護している。

こうした情勢の変化を受けて行われた12月1日の首脳会談で、中国側からはラカイン州の港湾地チャオピューに大型船舶が寄港可能な水深の深い港湾施設の建設、隣接地域に大型工業団地の建設、さらに中国昆明からチャオピューまでの高速道路建設構想などでの協力が打診された。

1420キロメートルに及ぶ原油パイプライン

このチャオピューという港湾地には実は中国の昆明に続く全長1420キロメートルの原油パイプラインがある。2017年4月に運用が開始されたもので、年間2200万トンの輸送能力を有している。この量は中国が輸入する原油の約6%にとどまるが、その戦略的価値は非常に大きい。

中国が中東やアフリカ方面から原油を調達して国内に輸送する場合、これまではタンカーなどが水深の浅いマラッカ海峡を経て、南シナ海に回り込む航路を通らざるを得なかった。ところがインド洋を経てアンダマン海に面したミャンマーのチャオピューから昆明に直接パイプラインで原油が輸送できることで、コスト面、海上輸送のリスク面、時間的側面などを節約あるいは軽減することが可能になったからだ。

中国としては今後チャオピューを本格的な中国南部へのエネルギー・アクセスの拠点として整備することで輸入量を拡大したい方針だ。そのために港湾施設、工業団地、高速道路というインフラ、アクセス整備に積極的で、多額の経済援助と見返りにミャンマーの協力を求めているのである。

12月1日の会談で習国家主席は「ミャンマーとともに両国を結ぶ経済回廊の建設で協力を深める方法を検討したい」と重ねて中国の積極的な関与の姿勢を示すと、スー・チー顧問も「中国がミャンマー関係を特に重視していることに感謝するとともに今後あらゆる分野で協力関係を推進したい」と応じ、蜜月関係をアピールした。

ミャンマー国軍の一連のロヒンギャ族への軍事行動、人権侵害は当然のことながら表向きは全否定しているミャンマー政府も承認した上での行動とされ、その承認あるいは黙認の背景にはロヒンギャ族が多数居住していたラカイン州に重要な中国へのパイプラインが通り、今後も関連施設、高速道路建設などで「対中政策の要」となることも一因としてあったのではないかとの見方もでている。

一方の中国にしても多額の経済支援の見返りに自国のエネルギー問題に寄与するミャンマーでの権益確保は、遠く中東までをその構想圏とする「一帯一路」の実現に不可欠の地であることも積極支援の理由となっている。

さらにチャオピューの港湾施設に将来的に中国海軍の基地あるいは関連施設などを建設することで、インド洋をにらんだ海洋戦略の拠点化も視野に入れることが可能になる。

このようにミャンマーと中国両国にとってウィンウィンの成果に繋がる可能性を秘めたパイプラインの拡充、そして水力発電ダムの工事再開ではあるが、中国には利点ばかりだが、ミャンマーにとっては必ずしもそうとはいえない事情もある。

慢性的な電力不足

そもそもミャンマーは慢性的な電力不足の状態にある。今後もその傾向は続くとみられる。

ミャンマーの電力・エネルギー省は、電力需要は約13%の伸びで推移するとみている。日本のJICA(国際協力機構)の調査によると、2015年に2,022MW(メガワット)だった電力需要は、最大予測シナリオで、2020年に4,531MW、2030年には14,542MWに急増するという。

こうした旺盛な電力需要に応えるべく、ミャンマー政府は発電量を増やす計画を立てている。主力の発電設備は水力発電とガス火力発電だが、基幹電源である水力発電は乾期に電力供給量が減少するので安定しない。一方のガス火力発電だが、国内のガスは外貨獲得のため中国やタイへの輸出に回されており、自国のガスによる発電量は低いままである。そこで、2021年ごろからLNG(液化天然ガス)の輸入が検討されているが、それまでは慢性的な電力不足に悩まされる現状は変わらない。

前述した水力発電ダム工事を再開しても、その発電量の90%を中国に輸出する余裕など全くなく、住民の賛同を得ることは不可能に近いという現状がある。つまり、国際社会からの孤立を回避して中国にバックアップを全面的に頼るにしても、その結果として国民の批判を浴びる事態になれば、それこそ本末転倒の結果となりかねないのだ。

早急な総合的電力計画の再策定、そしてエネルギー構想の抜本的見直しが必要な事態だが、自国のエネルギー政策を最優先する中国に経済支援という「甘いアメ」で首根っこを押さえられている状態の現在のスー・チー政権に「自国民最優先」という当たり前の決断ができるかどうか、ミャンマーは民族問題に加え、エネルギー問題でも正念場に立たされている、といえるだろう。

  1. 2013年に習近平国家主席が提唱し、14年11月の「アジア太平洋経済協力(APEC)首脳会議」で各国に広く紹介された。中国西部-中央アジア-欧州を結ぶ「一帯」と、中国沿岸部-東南アジア-インド-アフリカ-中東-欧州と連なる「一路」からなる。
大塚智彦 Tomohiko Otsuka
大塚 智彦  /  Tomohiko Otsuka
Pan Asia News 記者
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1884年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。

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