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グローバル・エネルギー・ウォッチ

Vol.03 アジアの環境破壊を止めよ!ある製紙会社の挑戦

スマトラ島の森林火災(Haze from the forest fires)
出典)Flickr Photo by Aulia Erlangga / CIFOR

まとめ
  • 世界最大級の製紙会社APPが森林保護に取り組んでいる。
  • かつては自然林伐採で「森の破壊者」と呼ばれていたが、今は植樹林を原材料に転換した。
  • 深刻な森林火災対策にも乗り出し、住民の支持を得ている。

巨大製紙会社の挑戦

世界最大級の製紙会社APP(アジアパルプ&ペーパー)が紙製品の原料となる材木の確保と同時に自然木、森林の保護という相反する課題に挑戦し続けている。その挑戦は試行錯誤の連続で、企業としての利潤追求と地球的命題である環境保全の狭間でいかに活路を見出していくか、その試みは限りある資源、エネルギー問題との対峙を余儀なくされている他の企業やメーカーにとっても一つのヒントとなり、解決策への道筋を提示しているともいえる。

2017年8月5日から8日まで、インドネシア・スマトラ島リアウ州の州都ぺカンバル周辺(図1)にあるAPPとその関係会社が管理・運営する製紙工場、プランテーションを視察するとともに、首都ジャカルタのAPP本社を訪問する機会があった。

リアウ州のプランテーションで現地の自生種を植樹するAPPJ(APPジャパン)主催の「インドネシア植樹ツアー」に同行、日本からの参加者とともに貴重な体験をすることができた。

図1:インドネシア・スマトラ島リアウ州の州都ぺカンバル
図1:インドネシア・スマトラ島リアウ州の州都ぺカンバル

このツアーの目玉でもある植樹は、ぺカンバルから車で約3時間、ペララワン地区バガンラグ村ソレックにあるAPPの原材料供給会社「アララ・アバディ社」が管理・運営する保護地区の一角で行われた。

今回のツアーには環境問題や日本とインドネシアのビジネスなどに関わり、森林保護に関心の深いボランティアなど約30人が日本から参加。同地区の自生種であるフタバガキの苗(高さ約60センチ)を参加者一人一人が自分の名前が記された看板の場所に植え、水を注いだ。(写真1)

写真1:植樹イベントでフタバガキの苗木を植えた
ボランティアの母娘
写真1:植樹イベントでフタバガキの苗木を植えたボランティアの母娘

(c)大塚智彦

APPが2014年から始めた植樹イベントだが、昨年から一般の日本人ボランティアが参加するようになった。昨年のボランティア参加者数人規模から今年は一気に約30人と拡大、2018年は50人規模の植樹ボランティアツアーを計画しているという。

植樹された苗木は熱帯の気候と豊かな土壌で成長が早く、2014年に植樹した苗木は約3.5mに、2015年植樹木は約2.5mに、昨年分ですらすでに1.3mに育っている。APPではこうした成長の様子を写真で植樹したボランティアに報告することで「自分で植えた木の成長」を知り、それがいずれ林に、そして森になることを共に見守ってほしいとしている。

「森林の破壊者」の決断

APPがこうした植樹イベントを開催するまでには紆余曲折があった。インドネシア最大の財閥とされるシナール・マス・グループ傘下のAPPは1998年に民主化要求で政権崩壊に追い込まれたスハルト長期独裁政権(32年間)が強力に推進した「開発」の波にのり、当時のインドネシア国内法に乗っ取りながらも、自然林の伐採で紙製品の資源を調達していた。

これが結果として森林破壊、自然破壊に「加担」していたとして世界自然保護基金(WWF)インドネシア環境フォーラム(WALHI)などの国際的環境保護団体やインドネシアの環境組織から手厳しい批判を受けた。

「パルプ・紙の製造業」として原材料の木材は必要不可欠。(写真2)その木を伐採することが環境問題として取り上げられ「森林破壊の元凶」とまで指弾されたのだ。インドネシア国内法を順守していてもその指弾の影響で広がった企業イメージは世間体を気にする顧客の契約解除という経営上の問題にまで発展した。

写真2:主要街道をひっきりなしに走る伐採された
木材を運ぶトラック
写真2:主要街道をひっきりなしに走る伐採された木材を運ぶトラック

(c)大塚智彦

そこでAPPは企業として大きな決断をした。2012年6月に自然林伐採ゼロ方針を会社の方針として打ち出し、2013年2月に実行に移した。つまり自然の森林を構成している自然木の伐採を即時に停止し、植樹して育てた植樹木を伐採して原材料に資することに踏み切ったのだ。

インドネシアに約140万haの植林地を擁すること、パルプや紙の資源となるユーカリ、アカシアの苗木は5~6年で伐採可能な成木に成長する熱帯性気候と土壌であるという条件もあり、現在では100%植樹木で原料を賄っている。(写真3)

アカシアとユーカリの植樹を計画的にすることでパルプ・紙の原料は確保され、生産計画を進めることが可能になる。

写真3:APPの管理地で整然と広がるユーカリの植樹林
写真3:APPの管理地で整然と広がるユーカリの植樹林

(c)大塚智彦

APPはサプライマネージメントを通じて

  • 現在の品種よりさらに大きく、太く育てる方法の研究
  • 陸路や河川輸送時の落下などによる無駄を可能な限り削減する方法の模索

などで安定した供給を確保する努力を続けている。

後述する大規模な森林火災や天災などによる植樹木の供給減少や逆に需要の急激な拡大などという緊急の事態に対しても「5年分の木材のストックがあり、それでも万が一不足するようなことがあれば、パルプを市場で買い求めるというオプションもある」とAPP本社ステークホルダー・エンゲージメント担当のネグラサリ・マルティニ部長は説明。どんな事態局面に陥っても自然林、天然木の伐採はオプションとしてもはや存在しないことを強調する。

広がる「共生」への理解と支援

こうしたAPPの姿勢は次第に理解を広げ、2014年の国連気候変動サミットにはAPPは唯一の民間製紙企業として招かれ、気候変動対策での森林の保護を確認する「森林に関するニューヨーク宣言」にも署名した。WWFなどの環境保護団体や組織などとも意見交換を通じてAPPの取り組みへの理解は確実に浸透しつつある、という。

さらに重要な要素として製紙工場、植樹林のプランテーションが所在する地域との関係重視が挙げられる。今回日本からの植樹ツアー一行が視察したリアウ州シアック県トゥアランにあるインダ・キアット紙パルプ会社ペラワン工場、(写真4)は1984年から生産を始め、現在は2400haの土地に7302人の従業員が働きパルプ年間288万トン、紙製品117万トンの生産能力を有する巨大工場だ。

写真4:インダ・キアット紙パルプ会社ペラワン工場
写真4:インダ・キアット紙パルプ会社ペラワン工場

引用)エイピーピー・ジャパン株式会社

従業員の厚生施設として社宅、クリニック、宗教施設、図書館などとともに学校も併設、一定割合の周辺地域の児童も受け入れているという。工場に隣接する地域の村落に対して道路建設や排水システム建設、移動クリニック、小規模ビジネスや家内工業立ち上げ支援、清潔な水の供給設備整備、排水設備建設と多岐に渡る支援を継続的に実行している。

こうした地域住民、コミュニティーとの協力は従業員のみならず、周辺住民、地方自治体、そしてインドネシア社会全体からも一定の評価を得てかつての「森林破壊の元凶」は地域に、インドネシアに欠かせない企業の一つとして認知、支持を得るまでになっている。(写真5)

写真5:APPのインダ・キアット工場の中に掲げられた
標語の看板
写真5:APPのインダ・キアット工場の中に掲げられた標語の看板

(c)大塚智彦

APPにとっての「共生」は資源である木材、ひいては森林、自然との共生だけではなく、従業員、地域住民そして共にはるばるスマトラ島まで来て容赦なく照り付ける太陽に汗を流しながら1本のフタバガキを植樹した“ボランティア”という「人」との共生でもある。それが中国系インドネシア人でありながらAPPJ(APPジャパン=東京都品川区東五反田)の代表取締役会長として今回の植樹ツアーを仕切ったタン・ウイ・シアン氏の思い描く企業像である。(写真6)

写真6:ペラワン工場の監視室でツアー参加者に説明するタン会長
写真6:ペラワン工場の監視室でツアー参加者に説明するタン会長

(c)大塚智彦

さらなる挑戦でインドネシアに変化の風

植樹ツアーが訪れたリアウ州のあるスマトラ島とカリマンタン島はインドネシアでは森林火災の「メッカ」でもある。毎年5月から10月の乾季に森林火災が多発するのはもはや恒例である。

2015年は過去20年で最大・最悪の森林火災が発生、約300万haが消失し、推計でインドネシアだけで約50万人が森林火災に伴って発生した煙害による呼吸器疾患に苦しんだといわれている。(写真7・8)

写真7:カリマンタン島の森林火災
鎮火後の様子(2015年10月)
写真7:カリマンタン島の森林火災 鎮火後の様子(2015年10月)

出典)Flickr Photo by Aulia Erlangga / CIFOR

写真8:カリマンタン島パランカラヤの森林火災
深夜の消火活動(2015年10月)
写真8:カリマンタン島パランカラヤの森林火災 深夜の消火活動(2015年10月)

出典)Flickr Photo by Aulia Erlangga / CIFOR

この森林火災、地面の表層下の泥炭層が消火を困難にする一因とされるが、そもそもパームヤシなどの生産をもくろむ農家や業者が開墾したり、雑草・雑林を刈り取る手間を省いたりするため火を放つ野焼きが原因の「人災」であることが問題なのだ。

インドネシアの国内法に違反するこの野焼きは今や違法伐採とならんで最大の森林破壊、自然破壊の元凶となっており、風に乗った煙害の煙がマラッカ海峡を渡り隣国シンガポールやマレーシアにも及んで健康被害を与え、インドネシア政府にとっても解決は急務となっている。

ジョコ・ウィドド大統領(写真9)は8月7日にシティ・ヌルバヤ森林環境大臣(写真10)を呼びつけ解決策を促すとともに、関係各機関に対し、消火と拡大防止を指示した。

写真9:ジョコ・ウィドド大統領
写真9:ジョコ・ウィドド大統領
写真10:シティ・ヌルバヤ森林環境大臣
写真10:シティ・ヌルバヤ森林環境大臣

しかし現地紙などの報道では全土で6月の時点で231か所だったホットスポット(火災発生地点)が8月には558か所に拡大、すでに約120haの森林が焼失しているという。

この野焼き対策にAPPは独自の方法で乗り出している。西カリマンタン州サンガウ地区でそれまで野焼きをしていた地域の農民に対し、耕作機械を使用した効率的な開墾、耕作など一連の農作業を紹介する講習会を昨年から始めたのだ。その結果、それまで野焼きで耕作した水田では200万ルピアの経費で4.5トンの収穫だったのが、40万ルピアで7.8トンと経費削減、収穫ほぼ倍増が実現した。

こうしたAPP の取り組みは「野焼きと戦う村の繁栄計画」あるいはDMPAプログラムと呼ばれ、APPでは2020年までにこのプログラムを500村で展開することを計画している。こうした試みは野焼きの対策として自然保護、森林保護に貢献しており、それはとりもなおさず、森林に生息する動物、生態系の保護にもつながり、煙害の削減で地域住民、近隣国の人々の健康被害の防止も寄与することにもつながるのである。

地方自治体はともかく中央政府が組織としての小回りの鈍さ、お役所仕事的性質など、様々な理由から野焼き防止に効果的対策を早急に打ち出せないインドネシアの現状にあって、APPという一民間企業による小さな試行錯誤の風は、批判や反論はあるとしても、変化を呼び起こす風となって確実にインドネシア社会に広がり、インドネシア人の心に届こうとしている。

大塚智彦 Tomohiko Otsuka
大塚 智彦  /  Tomohiko Otsuka
Pan Asia News 記者
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1884年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。

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