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トランプ後の世界

Vol.05 アジアの渋滞解消に挑む日本企業 課題は山積

アジアの渋滞解消に挑む日本企業 課題は山積

Photo by 大塚智彦

まとめ
  • インドネシア・ジャカルタの渋滞は「忍耐の限界」を超える。
  • 日本企業、インドネシアでスマート交通システム構築に参入。
  • 盗難、偽造、賄賂が横行する社会への対応が鍵。

東南アジアではかつてタイのバンコク、フィリピンのマニラの中心部幹線道路が渋滞の激しさで特に有名だった。夜間や休日なら5、10分でたどり着く場所にラッシュ時は1、2時間を要するのは当たり前で、そうした渋滞を予想して行動する習慣のない国民性などから「時間にルーズ」とか「遅刻は当たり前」との酷評が定着していた。

もっともそれだからこそ、渋滞した乗用車やバスの合間を「ミズスマシ」のごとくすいすいと走り抜ける交通手段としてオート三輪である「トゥクトゥク」/タイ(図1)やバイクタクシー「モーターサイ」/タイ(図2)、「トライシクル」/フィリピン(図3)などが庶民の足として活躍できるのだ。

図1:トゥクトゥク(タイ)
図1:トゥクトゥク(タイ)

Photo by Heinrich Damm

図2:モーターサイ(タイ)
図2:モーターサイ(タイ)

Photo by Khaosaming

図3:トライシクル(フィリピン)
図3:トライシクル(フィリピン)

Photo by Bernard Spragg. NZ

しかし近年、バンコクやマニラ、そしてマレーシアのクアラルンプールなどには高架鉄道や地下鉄、モノレールなどが建設され、相対的に交通渋滞は緩和されつつある。さらにシンガポールでは電子機器の導入による都心部への電子式道路課金システム(ERP:Electronic Road Pricing)で混雑緩和が図られ(後述)、マニラでも車両のナンバープレートの末尾数字による交通規制が取り入れられるなどの渋滞対策が講じられている。

では東南アジアで最も渋滞が激しいのはどこかとなると誰もが一致して指摘するのがインドネシアの首都ジャカルタである。人口世界4番目の国家で地方からの人とモノ、そしてそれに伴う車両が集中する1千万都市ジャカルタ中心部の交通渋滞はもはや「人間の忍耐の限界」、「想像を絶する激しさ」であると在留邦人の間では言われている。

この激しさにはいくつかの要因がある。一つは現在中心部のスディルマン通りで進行中の大量高速交通システム(MRT)の大林組、清水建設とインドネシア企業によるコンソーシアムで進む地下鉄区間の工事に伴う車線制限。二つ目は公共交通優先のため上下線にバス専用レーンを設けたことによる車両走行レーンの減少。

そして3つ目はとにかく人より先に、人より前にというインドネシア人の国民性。「通常の車両走行レーン+最低でも1レーン、多い場合は+2レーン」がほぼ定着した走行パターン。渋滞時は片側1車線道路でも高速道路でも警察車両がいなければ路肩はもちろん当然、レーンとレーンの間に自然にさらにレーンができて車両が走行。高速道路や一部幹線道路を除くとそのひしめく車両の間隙をぬってバイク、自動三輪車の「バジャイ」(図4)などが、表現は悪いが「雲霞(うんか)のごとく」群がって疾走する光景はもはや日常的風物である。

図4:バジャイ(インドネシア)
図4:バジャイ(インドネシア)

Photo by CEphoto, Uwe Aranas

ジョッキーから奇数偶数制へ

今や東南アジアのワーストワンといわれるようになったジャカルタの渋滞。そもそも道路整備の段階から渋滞ということを想定していないため、道路の構造上の欠陥(無意味な場所での分離帯、Uターンしないと入れない交差点など)があるものの、かつては中心部の幹線道路への朝夕のラッシュ時の乗り入れには「車両一台に3人以上乗車」が義務付けられていた。「スリーインワン(3 in 1)」という制度で(図5)、職場や近所で乗り合わせることで流入車両台数を減少させようという試みで、米国の首都ワシントン周辺でもこうした車両が優先走行できる車線が朝夕のラッシュ時にはあった。

しかし、こうした渋滞解消対策は米国のような成熟した車社会ではある程度の効果は期待できたかもしれないが、東南アジアそれもインドネシアともなると「あの手この手を繰り出す最強の術」を編み出すことに長けた国民性。朝夕の「スリーインワン」制限地域に繋がる周辺の道路には小学生から大人までの男女が列をなして並ぶ光景がすぐに出現した。

「運転手だけの車両には2人」「運転手ともう1人だけの車両には1人」が臨時に乗って員数合わせに応じる、という新種のアルバイトが始まったのだ。馬の騎手を表す「ジョッキー」と呼ばれる人たちが目的地まで同乗することで「3人搭乗」となり、警察のチェックを問題なく通過できるというわけだ。とうの立った大人よりは安心できる子供のジョッキーの方が人気は高く、午前午後の二部制だった当時の小学生には手っ取り早い小遣い稼ぎとなった。

図5:3 in 1制度を利用し小遣い稼ぎをする人々
図5:3 in 1制度を利用し小遣い稼ぎをする人々

出典)Tempo.com

各国で進む電子化による渋滞対策

東南アジアはどこもジャカルタと同じような状況だが、国土が極端に狭く、その一方で中産階級のステイタスとばかりに車社会が発達したシンガポールでは都心部乗り入れに三菱重工業が開発した「電子式道路課金システム(ERP=エレクトニック・ロード・プライシング)」(図6)を導入。車両渋滞緩和の一環として路線拡充の著しいMRT(地下鉄網)にもEZ-Link(2002年の導入時はソニーの技術を採用)というプリペイドカードを導入することでいち早く「スマート化」を実現させ、東南アジアの「スマート化」のよき手本となっている。

図6:シンガポールの電子式道路課金システム(ERP)
図6:シンガポールの電子式道路課金システム(ERP)

Photo by mailer_diablo

カンボジアのプノンペンでは三菱重工とミネベアによる無線制御技術を利用した「プノンペンスマートシティー構想」の一環として主要道路にLED街路灯を設置、遠隔操作で街路灯の光量、点滅を調整、電力消費量削減を目指すプロジェクトが進行中だ。

ジャカルタの道路スマート化に挑む日本企業

そして過酷な渋滞に見舞われているジャカルタでも道路の整備、地下鉄など公共交通機関の建設・整備とともに中心部の主要道路の「スマート化」計画が進もうとしている。

2015年3月に独立行政法人「国際協力機構(JICA)」と三菱重工業、三菱総合研究所がまとめた「ジャカルタ渋滞対策に資するITS(高度道路交通システム)事業準備調査(PPPインフラ事業)報告書」によると、2010年12月に日本・インドネシア政府間で合意した首都圏投資促進特別地域構想(MPA)の中で「2020年までの完成を目指す優先事業」としてジャカルタ特別州は「ITSを利用した電子式道路課金(ERP)を実施する」こととなっている。

ジャカルタ市内の一部地域に試験的にシステムの一部を導入するなど具体的にこの事業は始まってはいる。日本の技術などが導入されるハードでは大きな期待が寄せられているものの、ソフトの面で大きな不安があることも事実である。

渋滞対策はドライバーとの知恵比べ

2016年からジャカルタ中心部では「ナンバーの末尾の数字の奇数、偶数に応じて朝夕のラッシュ時は週日の日にちが偶数日、奇数日で乗り入れ制限」という奇数・偶数制度が新たにスタートした。簡単にいうと「5月1日は奇数日なので朝夕(月曜から金曜、午前7時~午前10時、午後4時~午後8時)の中心部の幹線道路はタクシーや緊急車両、公用車、軍・警察車両を除いてナンバーの末尾が奇数の車のみ乗り入れ可能」という制度で、単純計算すると混雑時の車両数は半減するはずだった。

しかしそこは前述の「あの手この手の最強術者、ジャカルタっ子」だけに、道端で販売している(?)ナンバープレートで偶数奇数を揃えて付け替える、「プレートの数字を3の8への変造、1の4への書き換え」と涙ぐましい対応策で対抗しているケースも。制限道路の流入口でチェックする警察官も末尾の車両の数字だけを見ており、車検証登録番号との整合性までは確認しようがないのでこの手の妙手は堂々まかり通っている。さらに富裕層は「奇数、偶数の別の車を購入すればいい」という手段に出た結果、車両数があまり減らないという現象も。

何が言いたいかというと、課金シムテムは日本やシンガポールなどでは予想通りに機能しても、インドネシアをはじめとする東南アジアの他の国では予想外の出来事に遭遇するということを政府関係者も企業関係者も予見しておく必要があるということである。

横行する盗難・偽造・賄賂

携帯電話が現在のように普及する以前のジャカルタでは「ワルテル」といわれる電話局や道端の公衆電話の利用が一般的だったが、公衆電話が設置されている場所では3台のうち1台は故障、2台は跡形もなく紛失というのが日常の光景だった。

「ERPの装置、機械がある日突然、忽然として消えた」、「課金カードの改造、変造」、「自動的に課金するDSRC(狭域双方向通信)の妨害装置」などなど日本の常識を超えた事態の出現に備える必要があるのだ。

奇数偶数制度の導入に関しても違反者には2カ月以内の拘置ないし50万ルピア(約4800円)の罰金が科されるというが、大半が10万ルピア(約800円)の「見逃し料(要するに袖の下)」で済まされているのが現実である。

かつてのスハルト長期政権時代は、スハルト大統領の妻マダム・ティエン夫人の名前を陰では「マダム・テンパーセント」と誰もが呼んでいた。これはインドネシアに進出してビジネスを行う場合には大統領夫人に「10%のアンダーテーブルマネー(袖の下)」を払うことが成功の秘訣、とされたことにちなむものである。巨大プロジェクト案件を抱える日本の大企業、商社もこの“慣行”に苦労したはずであるが、その慣行は現在も姿や形を変えて依然として残っているとされる。

ソフト対応が日本企業の成功の鍵

ジャカルタの渋滞対策を中心になって進めてきたのはジャカルタ特別州政府である。ジョコ・ウィドド元州知事は大統領選で勝利して現在は大統領の要職にある。当時の副知事だったバスキ・チャハヤ・プルナマ(通称アホック)氏は知事に昇格、ジャカルタが直面する交通渋滞問題をはじめとする諸問題に真正面から取り組んできた。

しかし、インドネシアが内包する宗教問題、民族問題(圧倒的多数のイスラム教徒、インドネシア系住民の中でアホックの氏は少数派のキリスト教徒の中国系)の複雑な力学とベクトルから次期州知事選に出馬するも敗北。2017年10月からは新知事体制に移行する。

新知事アニス氏は前の教育文化相で「教育、文化行政」への手腕、公約で大きく掲げた住宅問題への対策などが大きく期待されているが、渋滞対策の優先度は未知数だ。

他の東南アジアの国もほぼ同じ状況とは思うが、インドネシアに関する限りはこうした「政治」、「慣行」、「庶民のあの手この手の対応策」など、魑魅魍魎が跋扈するインドネシア社会の“ソフト”面への配慮が不可欠だ。これを理解した上でハードとソフトを融合することができれば、日本がこの地域の「スマート道路事業」で果たす役割は実に大きいといえる。

大塚智彦 Tomohiko Otsuka
大塚 智彦  /  Tomohiko Otsuka
Pan Asia News 記者
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1884年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。

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