(米ボーグル原子力発電所)
- まとめ
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- 米パリ協定離脱後、シェールオイル・ガス好調、石炭は不調。
- トランプ氏、原子力関連予算を大幅削減。
- 一部の州で、原子力発電見直しの機運が出始めるも、多くの州は様子見。
トランプ政権のエネルギー政策は、意図せざる矛盾や皮肉に満ちている。斜陽の石炭産業や同産業で働く炭鉱夫の雇用を守ろうと、地球温暖化抑止の枠組みであるパリ協定からの完全離脱を宣言したのはよかった。
だが、同じく化石燃料で政権の支援を受けるシェールオイル・ガス産業が非常に安価な天然ガスを豊富に供給するため、特に発電向けの石炭が競争に負け、さらに衰退をしている。
協定離脱発表の前日、ニューイングランド地方最大のブライトンポイント石炭火力発電所が閉鎖され、当日にはニュージャージー州のメーサーとハドソンの2石炭火力が閉鎖されたのは、その象徴だ。
こうしたなか、重大事故時の放射能汚染などのリスクはあるものの、化石燃料を発電に使った際に排出される二酸化炭素を減らせる「クリーンで安価なエネルギー」の原子力発電に関してトランプ政権は、2018年度の連邦予算で要求額を前年比28.7%減と大幅に削減し、9億8400万ドル(約1100億円)から7億300万ドル(約787億円)とする計画だ。(図1)
予算面から見ると、明らかに従来の積極的推進の立場から縮小へと向かっている。原子力発電のウリであった低価格な電力が、増産でどんどん安くなるシェールオイル・ガスを使った発電に脅かされ、価格優位性を失いつつある。トランプ大統領がサポートするシェールオイル・ガスは石炭をつぶすだけでなく、原子力をもつぶし始めているのである。
この状況下で、米原子力発電はどう変わりつつあるのか。また、原子力行政に関して連邦政府に代わり発言力を強める州政府や自治体が、原子力発電をどのような方向に向かわせていくのか。探ってみよう。
半数以上が赤字の米原子力発電所
米ブルームバーグ通信は6月14日に米原子力発電の収益性に関する分析記事を配信した。このなかで明らかになったのは、米原子力発電所61か所の半数以上に当たる34か所が赤字を垂れ流しており、その総額が年間29億ドル(約3245億円)にも上るということだった。
ブルームバーグのアナリストであるニコラス・ステックラー氏によると、これらの原子力発電所では平均して1メガワット(時)あたり発電費用が35ドルかかるが、売価は1メガワット(時)あたり20ドルから30ドルにしかならないという。赤字の原子力発電企業には、大手のエクセロン、エンタジー、ファーストエナジーが含まれる。
ステックラー氏の分析によれば、主な赤字の原因は、安価なシェールガスで発電された電力が原子力発電を価格面で劣勢に追いやっていることだという。同氏は、「シェールオイル・ガスは、二酸化炭素排出を減らせるクリーンエネルギーの原子力発電に対する脅威だ」との見解を表明した。
こうしたなか、11基の原子力発電所を抱える全米屈指の「原子力発電所銀座」であるイリノイ州や、多くの原子力発電所が稼働するニューヨーク州などは、原子力発電企業を支えるために州民の税金を使い、クリーンエネルギー補助金を交付する事態になっている。
一方、天然ガス発電で価格優位を保つダイナジーなどの火力発電大手は、こうした低炭素電源に対する補助金が「公正な競争を阻害する企業福祉だ」との立場から、原子力発電企業に反対圧力をかけている。
削減される原子力研究開発予算
泣きっ面に蜂とはこのことだ。トランプ政権は原子力発電に「見切り」をつけ、連邦政府のエネルギー省が計上する2018年度の予算要求で、原子力研究開発予算を削る予定だ。
具体的には、次世代型原子炉と期待される小型モジュール炉(SMR : Small Modular Reactor)の開発予算を、2017年度の6240万ドル(約70億円)から一気にゼロにした。原子力発電が「オワコン」であると認識しているような決断である。
さらに、軽水炉持続可能性の研究や多目的高速試験炉の調査・開発・実証なども2017年度の実績である1億4100万ドル(約158億円)から9400万ドル(約105億円)へと減額される。
また、燃料サイクル研究と開発は2億340万ドル(約228億円)から、8850万ドル(約99億円)へと、半分以下に予算が減らされる。環境政策アナリストの前田一郎氏など専門家が注目するのは、この燃料サイクル研究開発の予算カットに、軍事転用が可能な韓国との共同研究が含まれる点だ。
2016年の大統領選挙期間には「韓国が核武装してもかまわない」と述べていたトランプ大統領だが、実際の政策ではそれを阻む方向に動いている。急ピッチで核兵器開発を加速させる北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長や、その背後に控える中国の習近平国家主席に対して融和的な政策と捉えられなくもない。
その他にも、使用済燃料から再利用できるウランやプルトニウムを化学的に取り出して作るMOX燃料プロジェクトの手仕舞いや、オバマ前政権が縮小を開始していた原子力廃棄物中間貯蔵プログラム(ネバダ州のユッカマウンテン放射性廃棄物処分場)(写真1)は逆に拡大するなど、原子力発電に対して一貫しない姿勢が見て取れる。
Photo by Nuclear Regulatory Commission
こうしたなか、原子力発電については、基幹電源であることに加え、リック・ペリー・エネルギー省長官(写真2)は、「パリ協定離脱を発表した後も、低炭素電源である原子力発電は重要である」と述べ、さらに、「安全保障上も原子力技術は必須だ」とリップサービスを行っている。しかし、予算を見れば原子力発電の重要性が低下していることは明白で、シェールオイル・ガスに押される原子力発電の立場はさらに弱まっている。
Photo by Gage Skidmore
ニューヨーク州ではインディアンポイント原子力発電所(写真3)は数年後の閉鎖が決まっており、イリノイ州にあるクリントン原子力発電所(写真4)の原子炉1基は2017年6月に廃炉、クアドシティーズ原子力発電所(写真5)の2基も2018年6月の廃炉が進む。カリフォルニア州で最後に残ったディアブロキャニオン原子力発電所(写真6)は2025年に発電所すべてが廃止となる予定だ。
Photo by Tony Fischer
Photo by Daniel Schwen
Photo by ENERGY.GOV
Photo by marya from San Luis Obispo, USA
原子力発電の弱体化の歴史
日本では、ブッシュ(息子)政権が2001年に打ち出した「クリーンかつ供給面で制約がない原子力発電を拡大する」という政策の印象が非常に強く、米国が総力で原子力を推進していたとの印象が強い。(写真7)
Photo by Eric Draper
東芝の米子会社で米原子力大手のウェスチングハウスの新原子炉建設事業の失敗により、東芝本体が揺らいでいるなか、「米国は新原子炉を建設するほど、力を入れている」と思われている。
そうした見解は、ブッシュ政権時代だけを見れば正しい。だが、同じブッシュ政権時代に国家を挙げてシェールオイル・ガス開発が補助金で後押しされており、技術的難関をクリアして低価格化に成功したシェールオイル・ガスが、現在、原子力発電を圧迫しているのである。
具体的には米『ワシントン・ポスト』紙が2011年12月16日付の紙面で報じたように、1978年から2007年にかけて、連邦政府は240億ドル(約2兆7000億円)の巨額補助金を投じてシェール革命を支援するばかりでなく、シェール企業などに100億ドル(約1兆1200億円)の税控除優遇措置までとって水圧破砕法の開発を助けていたのだ。
さらに、ブッシュ政権が原子力発電のルネッサンスを謳うようになる以前の1970年代後半から米国内の原子力発電に対する熱意は、スリーマイル島原子力発電所炉心溶融事故(1979年)(写真8)や全米における原子力発電所立地での規制強化などにより冷め始めており、現在の衰退の下地が作られていたことに注目する必要がある。
Photo by United States Department of Energy
嘉悦大学経営経済学部の安田利枝教授によると(注1)、1970年代前半は「高レベル放射性廃棄物の処分、核燃料サイクルの実現を含めた放射性物質をコントロールする科学技術の発展に非常に楽観的な時代」であり、「全米原子力発電所計画は、運転許可58基、建設中87基、計画中93基」に膨らんでおり、「1975年にはフォード大統領がエネルギー教書で、1985年までに200基の新しい原子力発電所を稼働させるという野心的な目標」をぶち上げたほどであった。
ところが、スリーマイル島原子力発電所炉心溶融に代表される一連の事故や、高額な建設費用を地元電力利用者が負担させられることへの反発などから、連邦政府が一括して管理する原子力行政に、地元の意見を反映させようとする動きがオレゴン州、ワシントン州、カリフォルニア州、ニューヨーク州などを中心に全米に拡がりを見せるようになる。
多くの州で原子力発電所の新規建設を禁止する法案が可決され、「1980年にはモンタナ州における放射性廃棄物の州内処分を禁止する法案が、また、オレゴン州では連邦政府が放射性廃棄物の最終処分場を確立するまで原子力発電所建設を停止し、そして立地については州民投票にかけなければならない、との提案が過半数の賛成票を得て成立」(安田利枝教授)したのである。この時期から、原子力発電は住民の反対なども相まって高コスト体質が運命づけられていたわけだ。
こうしたなか、二酸化炭素排出による地球温暖化問題を逆手にとって、原子力発電に不利な流れをひっくり返そうとしたのが、ブッシュ(息子)政権の「原子力発電はクリーンエネルギー」政策だったのである。だが、同じブッシュ政権が推進した「環境に優しくない」シェールオイル・ガスが、2011年3月の福島第一原子力発電所の重大事故で一気に信頼を失った原子力発電を喰ってしまったのだ。
再浮上する「原子力発電はクリーンエネルギー」論
シェールオイル・ガスに押され、連邦政府からも見捨てられ、赤字にあえぐ米原子力発電産業。もう、未来はないのだろうか。確かに見通しは暗いのだが、ブッシュ大統領が唱えた「原子力発電はクリーンエネルギー」論がここに来て、再び注目されつつある。
米コロンビア大学の地球研究所で気候問題プログラムの指揮を執るジェイムズ・ハンセン教授(写真9)は6月7日付のリベラル系科学誌『サイエンティフィック・アメリカン』のウェブサイトに寄稿し、「太陽発電や風力発電は全米発電量の6%にしかならないが、原子力は20%を供給できる。また、再生可能エネルギーは、年間で10%から30%の時間しか稼働できないが、原子力は90%と信頼性に優れる」と指摘し、原子力の大きなキャパシティや安定性が見直されるべきだと訴えた。
さらにハンセン教授は、「原子力発電所はいったん閉鎖されれば、再度稼働できない。原子力発電所立地の各州知事は、二酸化炭素を排出しない原子力発電が地球にやさしいことを明言すべきだ」と主張。すでにイリノイ州とニューヨーク州の州議会では、「原子力発電はクリーンエネルギー」とする決議が可決されている。
この動きが他の原子力発電州であるカリフォルニア、オハイオ、コネチカット、ペンシルベニア、ニュージャージーなどにも拡がるかは予断を許さない。だが、原子力発電に冷たかった地元が態度を変えれば、トランプ政権の原子力発電政策に影響を及ぼす可能性もある。これからの各州の動きが注目される。
- 「アメリカ合衆国における原子力規制権限 連邦政府と州政府の関係 ~専占の法理をめぐって~」 研究ノート 嘉悦大学 経営経済学部 安田利枝教授
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