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トランプのエネルギー戦略

Vol.07 予算教書から見る 米環境・エネルギー政策

出典)USDA photo

まとめ
  • トランプ政権2018年度予算教書、防衛予算はアップ、環境・エネルギー関連は削減。
  • 環境保護局予算は約31%減、過去最低水準に。エネルギー関連予算はほとんど削減。
  • 議会承認は難しい見通し、どう成長への道筋つけるのか不透明。

トランプ政権は、2017年5月23日、2018会計年度(17年10月〜18年9月)の予算教書を公表し、議会に提出しました。予算の配分としては、国民の安全を第一優先に掲げ、国防省や国家安全保障省などの防衛予算540億ドル増(対前年度比+10%)を要求しました。しかし、その他の部門での連邦予算は削減していることが特徴です

大幅な歳出削減を行う背景には、トランプ大統領が公約に掲げている税制改革法案を年内に成立させたいという思惑があります。政権は、連邦法人税率を35%から15%に下げる方針を既に公表していますが、実行すれば連邦政府の歳入が大幅に減るのは明らかです。

パリ協定の離脱を宣言したトランプ大統領ですが、環境保護局(EPA:Environmental Protection Agency)の全体予算案(表1)は、気候変動(地球温暖化)対策費を大幅に削り、前年度82億ドルから約31.4%削減の57億ドルとしています。環境保護局予算としては過去40年間で最低水準であり、管轄する50のプログラムを廃止し、職員3200人を削減する計画も発表されています。

一方、エネルギー省(DOE:Department of Energy)の全体予算案(表2)は、前年度予算の297億ドルから17億ドル削減(5.6%減)の280億4200万ドルとなっています。2018年度予算教書から、今後のトランプ政権の環境・エネルギー政策の方向性を探ります。

表1:環境保護局(EPA)の予算案
表1:環境保護局(EPA)の予算案

引用)The New York Times

表2:FY2018要求 DOEの予算案
表2:FY2018要求 DOEの予算案

引用)NEDOワシントン事務所

エネルギー省(DOE)の予算案

クリーンエネルギー後期段階の研究開発廃止

エネルギー省は、化石エネルギー、電力、原子力、エネルギー効率、再生可能エネルギー、科学研究開発、環境管理などの政策を担当しています。2018年度のエネルギー関連プログラム予算は、ほとんどが前年度より予算削減になっています。(表3)

具体的にはオバマ政権下で設立されたクリーンエネルギー関連の研究に助成するプログラム部局、エネルギー高等研究計画局(ARPA-E:Advanced Research Projects Agency-Energy)を廃止する方針です。どのような影響があるでしょうか?

オバマ前政権では、再生可能エネルギーに加えて、原子力、天然ガス、クリーンコールを“クリーンエネルギー”と呼び、エネルギーの安定供給、安全保障の改善、雇用の創出を掲げて推進してきました。ARPA-Eは数年前から再生可能エネルギーを中心に助成を行ってきましたが、これにより5億ドル規模の助成が消えることになります。エネルギー省管轄の革新技術ローン保証計画を廃止し、州政府のエネルギー政策に対する連邦政府の介入を縮減するため、州政府エネルギー助成計画も廃止する予定です。

トランプ政権は、ARPA-Eへの予算打ち切りの理由として、「エネルギー関係の研究開発に資金投入し、革新的技術を商業化するのは、民間部門で進める方が適しているため」と説明しています。オバマ前政権がARPA-Eを設立したのは、民間部門で開発し実用化するには資金的に厳しい革新的エネルギー技術を支援することが目的でした。トランプ政権は、連邦政府は初期段階のR&Dに重点的に支援して、後期段階にある研究開発・実用化への投資は民間部門へ任せる方針に転換しています。

再生可能エネルギーの予算案の内訳は、太陽エネルギー(集光型太陽熱発電、太陽光発電、システム統合等)は前年度比71.2%減の7000万ドル(前年度2億2410万ドル)、風力エネルギーは前年度比66.8%減の3200万ドル(同9500万ドル)、水力エネルギーは前年度比70.9%減の2000万ドル(同7000万ドル)、地熱技術は前年度比82.4%減の1300万ドル(同7100万ドル)、バイオエネルギー技術は前年度比74.8%減の5700万ドル(同2億2500万ドル)と、いずれも大幅な削減となっています。再生可能エネルギーやエネルギー効率等の研究を行う国立再生可能エネルギー研究所(NREL)への施設支援措置も廃止します。

表3:FY2018要求 再生可能エネルギーの予算案の内訳
表3:FY2018要求 再生可能エネルギーの予算案の内訳

引用)NEDOワシントン事務所

太陽光発電については、将来のグリッドに及ぼす影響を測定・分析・予測するツールや技術の開発に重点的に支援し、風力発電については、風力発電所の性能を最適化するためのモデリングとシミュレーションを開発するため、190万ドルを増額しています。

2017年4月17日米国エネルギー情報局(EIA)が公表した2016年の米国の電源割合は、天然ガス33.8%、石炭30.4%、原子力19.7%、再生可能エネルギー14.9%(水力6.5%、風力5.6%、バイオマス1.5%、太陽光0.9%、地熱0.4%)、石油0.6%です。(図1)

米国内の再生可能エネルギーのうち伸び率が大きいのは風力発電(写真1)で、長期売電契約などの条件下で発電コストが下がり、市場で競争力のあるエネルギーになりつつあります。予算案では、風力の系統統合とインフラの近代化について、初期段階のR&Dを支援するとしています。

図1:2016年の米国の電源割合
図1:2016年の米国の電源割合

出典)米国エネルギー情報局(EIA)

写真1:米の風力発電所
写真1:米の風力発電所

出典)米国エネルギー情報局

化石燃料は国内生産増でも全体予算は削減

化石エネルギーの研究開発については、エネルギー安定供給を確保するため、エネルギー国内政策を拡大する初期段階R&Dの支援を打ち出しています。一方、化石エネルギープログラムの予算は前年度比44.8%減の4億8000万ドル(前年度8億6900万ドル)を計上しています。

トランプ政権が掲げるエネルギー政策「アメリカ第一エネルギー計画:America First Energy Plan」の中核は、国内エネルギー政策の拡大と米国のエネルギー自給率の確立です。

アメリカのエネルギー自給率は約85%ですが、それを100%にすることが目標で、それも国内の化石燃料の生産を増やして目標を実現するつもりです。トランプ大統領は、就任早々、地球温暖化への影響を懸念し、オバマ前政権が建設申請を却下していた「キーストーンXL」と「ダコタ・アクセス」の2つの石油パイプライン(図2)の承認迅速化を促す大統領令に1月24日に署名するなど、化石エネルギー生産の拡大に向けて素早いアクションを起こしています。(写真2)

図2:「キーストーンXL」と「ダコタ・アクセス」の石油パイプライン
図2:「キーストーンXL」と「ダコタ・アクセス」の石油パイプライン

引用)Trans Canada, Energy Transfer Partner THE WASHINGTON POST

写真2:石油パイプライン建設の大統領令に署名するトランプ氏
写真2:石油パイプライン建設の大統領令に署名するトランプ氏

出典)Office of the President of the United States

アメリカ第一エネルギー計画では石炭産業の復活も掲げていますが、予算案では、米国石炭会社のための石炭選鉱プロジェクトの開始に200万ドルを計上しています。環境に優しく慎重な開発(Environmentally Prudent Development)プログラムと温室効果ガス排出量の軽減・数量化プログラムは廃止します。炭素回収プログラムについては、初期段階のR&Dは支援しますが、後期段階R&Dの貯留インフラ整備や先進貯留技術開発、酸素再利用などの予算は削減します。

原子力関連では核廃棄物処理に予算計上、小型モジュール炉は支援継続

原子力関連では、原子力発電設備の増強予算を前年度より14億ドル増やしています。また、原子力科学技術プログラムにおける初期段階R&Dを重視し、次世代小型モジュール炉(SMR:Small Modular Reactor)のR&Dに2000万ドルを計上しています。

アメリカで稼働中の原子炉は99基あり、世界最大の原子力大国ですが、近年はシェールガスの生産増大で天然ガス価格が低下し卸電力価格が低下しており、既存の軽水炉の新規建設が難しい課題に直面しています。オバマ前政権とエネルギー省は、経済性と気候変動対策の観点からSMRの開発を積極的に推進してきました。SMRは、既存の軽水炉に比較して、小出力設計でシステムが集約されたモジュール構造が特徴です。最大60万キロワットの小出力設計で、約3年という短い建設期間は、初期コストの低減になることが期待されています。冷却水の重量や自然循環を利用する受動的システムを採用することにより、高い安全性を確保できるとされます。ポンプなし、電源なし、外部からの水の注入なしで30日間の冷却が可能です。

2014年5月、オバマ前政権下でエネルギー省は設計メーカーのニュースケール社製のSMRに対して、5年間で最大2億1700万ドルの許認可費用の補助を決定していました。アイダホ州にあるエネルギー省所有のアイダホ国立研究所内で、2026年に営業運転開始の予定です。トランプ政権においてもSMR設計への支援は継続される見通しです。(図3)

図3:ニュースケール社SMRプラントの概要
図3:ニュースケール社SMRプラントの概要

出典)ニュースケール社

この他、オバマ前政権が中止していた原子力発電所で発生する使用済燃料の処分場計画であるユッカマウンテン(ネバダ州)の承認手続きの再開、および中間貯蔵プログラムの開始のために、1億2000万ドルを計上しています。(写真3)

写真3:ユッカマウンテン放射性廃棄物処分場
写真3:ユッカマウンテン放射性廃棄物処分場

Photo by Blythwood

配電・エネルギー信頼性の予算案

送配電グリッドで障害が発生した際の信頼度向上対策として1億2000万ドルを計上し、そのうち1/3にあたる4200万ドルを電力系統のサイバー・セキュリティ対策の強化に計上しています。前年度予算は2億600万ドルでしたが、前年度比41.7%削減での予算要求となっています。シリコンバレーを中心に成長してきたスマートグリッドやエネルギー貯蔵の予算も削減されています。

主要な省庁の中では最大の削減率となっているのが、環境保護局(EPA)です。(表4)トランプ政権で環境保護局長官となったスコット・プルイット氏(写真4)はオクラホマ州の前司法長官ですが、気候変動対策に反対し、オバマ前政権時には環境保護局に複数の訴訟を起こすなど、規制反対の強硬派として知られていました。政権内ではパリ協定からの米国の離脱を唱えていた“離脱派”の一人です。きれいな空気と水を保護することが環境保護局の使命だとして、予算はインフラや大気と水の質に対する取り組みへの補助金、市場に出回っている化学物質の安全性の確保が優先項目となっています。

表4:環境保護局(EPA)の予算案
表4:環境保護局(EPA)の予算案

出典)2018会計年度の予算教書

写真4:スコット・プルイット氏
写真4:スコット・プルイット氏

出典)Gage Skidmore

一方、「エネルギースター(ENERGY STAR)」などの「温室効果ガス排出削減プログラム(The Greenhouse Gas Reporting Program)」は廃止します。エネルギースターは、1992年に始まった省エネ型電気製品の環境ラベル制度で、電気製品や建物などエネルギースターが表示された機器や設備は、連邦政府の基準より20〜30%効率が良いとされ、日本や欧州などと国際連携プログラムが運用されています。この他、大幅な予算削減となるのは研究開発費や環境規制の執行などが挙げられます。

気候変動関連では、国務省と財務省等による「緑の気候基金(Green Climate Fund)」と「世界気候変動イニシアティブ(Global Climate Change Initiative)」の廃止が提案されています。緑の気候基金は、オバマ前大統領が全体の1/3にあたる約30億ドルをアメリカが拠出すると表明し、その内10億ドルを国連に拠出しました。しかし、トランプ大統領は残りの約20億ドルについて国連には拠出せず、アメリカ国内の水や環境インフラに投資すると明言しています。

予算教書は、大統領の要求に沿って予算案が打ち出され、大統領の所信表明とも言われています。「アメリカ・ファースト」を唱えるトランプ大統領は、米国企業の競争力を高め、(政権にとって)不合理な規制を取り払い、インフラ投資を進めて雇用を拡大し、経済成長を図りたい考えです。

予算教書では4年後の2021年度には経済成長率が3%に高まると力説していますが、具体策は示されていません。トランプ政権初となる予算教書は、米メディアの報道を見る限り、共和党の一部議員からも異論が噴出しており、議会での承認を得るのは難航すると見られています。会計年度が始まるまでに予算が確定しない事態も時折発生していますが、そうした懸念の声も出ています。

ロシアによる米大統領選の介入とトランプ陣営との癒着疑惑「ロシアゲート」や世論調査の支持率低下が伝えられる中、予算教書からは、大統領選で掲げた「公約」を実現する姿勢を示すことで、アメリカに再び繁栄をもたらす夢を国民に見せるのだというトランプ大統領の思惑が見えてきます。

参照文献)
Department of Energy FY2018 Congressional Budget Request, Budget in Brief
FY 2018 EPA Budget in Brief
トランプ大統領の2018年度予算案の概要 NEDOワシントン事務所
松本真由美 Mayumi Matsumoto
松本真由美  /  Mayumi Matsumoto
東京大学 教養学部 客員准教授
熊本県生まれ。上智大学外国語学部卒業。東京大学 教養学部附属教養教育高度化機構 環境エネルギー科学特別部門 客員准教授。専門は科学コミュニケーション。研究テーマは、「エネルギーと地域との共存」「エネルギー問題と社会的受容性」「エネルギービジネス動向」等、環境とエネルギーの視点から持続可能な社会のあり方を追求する。大学在学中から、TV朝日の報道番組のキャスター、リポーター、ディレクターとして取材活動を行い、その後、NHK BS1でワールドニュースキャスターとして「ワールドレポート」等の番組を6年間担当した。2008年より研究員として東京大学での環境・エネルギー分野の人材育成プロジェクトに携わる。2014年4月より現職。現在は教養学部での学生への教育活動を行う一方、講演、シンポジウム、執筆など幅広く活動する。非営利活動法人・国際環境経済研究所(IEEI)理事。非営利活動法人・再生可能エネルギー協議会理事。

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化石燃料に回帰?石炭、シェールガス、原子力、再エネ…トランプ新政権のエネルギー政策を徹底分析、日本のエネルギー戦略に対する影響を予測する。