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「安全」を考える

Vol.07 南海トラフ地震に備えよ!広がる海底観測網

図) DONET
出典) 防災科学技術研究所

まとめ
  • 南海トラフ地震に備えるため海底観測網の整備が進んでいる。
  • 地震発生前後の地殻変動の傾向把握、発生時期や規模予測で被害を最小限に。
  • 普段から防災意識を高め、自助の備えも重要。

南海トラフ地震とは

南海トラフ地震とは、駿河湾から日向灘へ伸びる「南海トラフ」で発生する巨大な地震のことをいう。ちなみにトラフとは、海底の長いくぼみで、平たんな底と急な斜面から成り、海溝より浅い地形のことである。

南海トラフ地震は、今後30年以内に、M(マグニチュード)8クラスの地震が70~80%の確率で発生すると予想され、最悪の場合死者は32万3千人にも達し、地震や津波で受ける建物の被害は最大約170兆円と推定されており、その被害想定は想像の域を超えている。

画像) 南海トラフ地震防災対策推進地域、(緑色に塗られた領域、赤線で囲まれた領域は南海トラフ巨大地震の想定震源域、内閣府資料に一部加筆)
画像) 南海トラフ地震防災対策推進地域、(緑色に塗られた領域、赤線で囲まれた領域は南海トラフ巨大地震の想定震源域、内閣府資料に一部加筆)

出典) 国交省 気象庁

過去をさかのぼると、南海トラフ沿いの地域では、これまで概ね100~150年の周期でM8クラスの巨大地震が繰り返されてきた。また、過去の巨大地震の中でも、安政大地震(1854)は、東海側で地震が起きた32時間後に南海側でも地震が発生したり、昭和東南海地震(1944)では東海地震と南海地震で2年の間隔が空いたりするなど、震源域の東西で時間差をもって地震が発生する現象が何度も起きている。

南海トラフで発生する地震は、規模や被害に応じて以下の4つに分類することができる。4分類の内、紀伊半島を境に東西どちらか一方で、先に岩盤の半分だけが割れてM8クラスの地震が起こるのが「半割れ地震」、またひとまわり小さいものは「一部割れ地震」と呼ぶが、この2分類は巨大地震の前兆として特に警戒されている。

図) 南海トラフで発生が想定される地震の分類
図)南海トラフで発生が想定される地震の分類

出典) 内閣府

半割れケース、一部割れケースの評価基準について半割れ地震に対する備え、実際に巨大地震が起きたときの対応策が急務となっている。

巨大地震への備え

東日本大震災の巨大津波を想定できなかったことを教訓に、行政は巨大地震に備える様々なシステムを考えている。

「海底観測網」の整備がその一つで、海洋研究開発機構は2019年度から紀伊半島沖で整備を始める。

海底観測網とは、地震や津波を観測するために海底に地震計や水圧計などのセンサーを数十カ所設置するものだ。3.11後、東北太平洋沖、青森県沖から房総半島沖までをカバーする、世界でも例をみない大きさの「S-net(エスネット・Seafloor observation network for earthquakes and tsunamis along the Japan Trench)」や、南海トラフ地震の震源域でも紀伊半島沖と徳島沖で「DONET(ドゥーネット・Dense Oceanfloor Network system for Earthquakes and Tsunamis)」が敷かれてきた。

図) 海底観測網
図)海底観測網

出典) 防災科学技術研究所

S-netは、海域で発生する地震や津波を観測する大規模なインライン式の海底観測網だ。東日本大震災を受けて、北海道沖から千葉県の房総半島沖までの太平洋海底に地震計や水圧計から構成される観測装置を150点設置、データは光海底ケーブルで陸上局に伝送され、地上通信回線網で防災科研に送信される。

写真) S-netの観測装置
写真)S-netの観測装置

出典) 防災科学技術研究所

図) S-net
図)S-netの観測装置

出典) 防災科学技術研究所

DONETは、南海トラフで発生する地震や津波を観測するために海洋研究開発機構により開発された観測網だ。海洋研究開発機構によると、2011年8月に20点の観測点全てが基幹ケーブルにつながれシステムが完成。各観測点には強震計、広帯域地震計、水晶水圧計、微差圧計、ハイドロフォンならびに精密温度計が設置され、地殻変動のようなゆっくりした動きから大きな地振動まであらゆるタイプの海底の動きを確実に捉えられるようになったという。

図) DONET
図)DONET

出典) 防災科学技術研究所

しかし、現状では半割れ後に海底で起こるゆっくりとした地殻変動の様子をリアルタイムで捉える観測網はまだ整備できていない。まずは、地殻変動のデータを蓄積していくことで、平常時と比べてわずかな異常を早く察知できるようにする。その為に、紀伊半島沖の1~2カ所でひずみ計や傾斜計、水圧計などの「センサー」を設置し、将来は計10カ所以上に増やす方針だ。これらを「南海トラフ包囲網」と呼ぶ。

「南海トラフ包囲網」が整備できれば、最初の半割れが起きた後に、もう片方での大まかな発生時期や規模などの予測に活用でき、周辺住民の避難や警戒に役立ち、被害を最小限にとどめることに繋がる。

また、南海トラフ地震に備えるには紀伊半島沖だけでなく、現在観測網の空白域である四国~九州の海底面で、地震津波観測網を置く必要がある。このケーブル式「南海トラフ海底地震津波観測網」は、N-net(エヌネット)」と呼ばれ、地殻変動の観測も含めた観測網として今後設置される予定だ。

図) 南海トラフ地震の想定震源域のうち、まだ観測網を設置していない海域(高知県 沖~日向灘)
図)南海トラフ地震の想定震源域のうち、まだ観測網を設置していない海域(高知県 沖~日向灘)

出典) 文科省

今後の課題

国の中央防災会議は、東海地震の発生を予知できないとし、住民や従業員の避難などは自治体や企業に判断を委ねるという方針に転換した。しかし、前兆という不確かな情報に基づく対応が求められ、実効性は疑問が残る。情報に基づき避難の対象を広げると、経済の失速の要因ともなり、判断が難しい。ただでさえ、南海トラフ巨大地震の発生から20年間の経済的被害は、道路や生産設備の損壊に伴う経済活動の鈍化で1240兆円、建物の直接的被害で170兆円とあわせて1410兆円に上る恐れがあるという試算がある。被害を最小限にとどめるため、インフラの整備が重要であるが、そのコストも莫大で進めにくい。

表) 最大被害の被害推計
表)最大被害の被害推計

出典)土木学会 「国難」をもたらす 巨大災害対策についての技術検討報告書

自分たちでできる防災「自助」

巨大地震への備えとして、自分たちでもできることはある。東日本大震災の時も、岩手県釜石市で、海からわずか500m足らずの近距離だったにもかかわらず、市立釜石東中学校と鵜住居(うのすまい)小学校の児童・生徒、約570名は、地震発生と同時に迅速に避難し、津波から生き延びることができた。防災教育を徹底していたためである。

一方、2018年西日本豪雨の時、大規模に冠水し多くの犠牲者を出した岡山県倉敷市真備(まび)町は、過去にも同じ河川が繰り返し氾濫しており、洪水ハザードマップは各住戸に配られていたというが、それでも被害を防ぐことができなかった。災害時、自分だけは大丈夫だろう、と信じ込む「正常化バイアス」を指摘する専門家もいる。重要なのは、災害時にどのような行動をとるべきか、普段から備えておくことだろう。「公助」、「共助」とはよく言われるが、自分の身は自分で守る、いわゆる「自助」の発想が求められる。

愛知県名古屋市では、「名古屋市防災アプリ」(平成26年開発)の市民への周知に取り組んでいる。災害時に役に立つ、徒歩帰宅支援ステーションの位置も地図上で確認できる。(参照:「安全」を考えるVol.03 「地域防災力」強化 進む名古屋市「帰宅困難者」対策) 
ハザードマップにしろ、防災アプリにしろ、存在そのものを知らなければ意味がない。行政に頼るだけでなく、自分と自分の家族の命をどう守るか、普段から話し合っておく必要があるだろう。

写真) 名古屋市防災アプリ
写真)名古屋市防災アプリ

出典) AppStore

図) 徒歩帰宅支援ステーションを検索してみると、近くのコンビニが地図上に現れた。
図)徒歩帰宅支援ステーションを検索してみると、近くのコンビニが地図上に現れた。

出典) 筆者がダウンロードした名古屋市防災アプリ

参考)
土木学会 「国難」をもたらす 巨大災害対策についての技術検討報告書
文部科学省 南海トラフ海底地震津波観測網(N-net)の構築
内閣府 防災情報のページ
安倍宏行 Hiroyuki Abe
安倍 宏行  /  Hiroyuki Abe
日産自動車を経て、フジテレビ入社。報道局 政治経済部記者、ニューヨーク支局特派員・支局長、「ニュースジャパン」キャスター、経済部長、BSフジLIVE「プライムニュース」解説キャスターを務める。現在、オンラインメディア「Japan In-depth」編集長。著書に「絶望のテレビ報道」(PHP研究所)。
株式会社 安倍宏行|Abe, Inc.|ジャーナリスト・安倍宏行の公式ホームページ
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