写真)節水型の田で育つ稲 千葉県・木更津市
- まとめ
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- 稲作において、田植えをするのではなく、田に直接タネを播く、乾田直播栽培が注目されている。
- 新土壌改良資材と人工衛星を活用した栽培管理システムで節水しながら効率的な米の生産が可能に。
- 栽培コストを低減することで、世界で戦える生産性を実現。世界で戦える米の価格水準に。
日本の農業の現状
「稲作」というと、水田を思い浮かべる人が多いかもしれない。昔から「陸稲(おかぼ)」という、畑で栽培する稲もあったが、明治時代以降、水稲(すいとう)の生産性や安定性が向上したことなどにより、陸稲の栽培面積は減少の一途をたどった。
しかし、今、水を大量に使う水稲も、そのあり方が見直されようとしている。その背景には、稲作をめぐる情勢の変化がある。
ひとつは、農業の後継者不足だ。基幹的農業従事者数(注1)は、2000年からの20年間で、240万人から136万人におおよそ半減した。特に2015年から2020年の5年間で2割以上減少し、2000年以降で最大の減少となった。 2023年の基幹的農業従事者数はさらに減って116万人となっている。また、平均年齢は68.7歳で、年齢構成では70歳以上の層が全体の約6割を占めており、高齢化も深刻だ。
出典)農林水産省「農業経営をめぐる情勢について」
資料:農林⽔産省「農林業センサス」(2023年のみ「農業構造動態調査」であり第⼀報)。
注:基幹的農業従事者とは、15歳以上の世帯員のうち、ふだん仕事として主に⾃営農業に従事している者(雇⽤者は含まない)。 2010年までの数値は販売農家であり、2015年以降は個⼈経営体の数値であることに留意。
もうひとつが、農地の集約化と大規模化だ。 2005年から2020年にかけて、販売規模別の農業経営体数は、販売額5,000万円以上の層で増加、特に5億円以上の層は2倍以上に拡大している。
経営耕地規模別の経営体数を見ると、2000年以降、5ha未満の経営体数が減少する一方、10ha以上の経営体数は増加している。特に大規模層ほど法人経営が占める割合が増加しており、30ha層では2015年に50%だった法人割合は2020年には60%に拡大した。離農した経営体の農地の受け皿となり、農業法人の大規模化が進展していることがうかがえる。
しかし、農業従事者数が減っていく中、経営規模が拡大しても、現状の人数で管理していくのは困難だ。
こうしたなか、水稲の労働時間の多くを占める、育苗(注2)・田植などの作業を省略できる、乾田直播(ちょくはん)栽培(注3)が注目されるようになってきた。稲作の大規模化・低コスト化・省力化のための鍵となる技術として、一部地域で導入が進んでいるが、全国的な普及率は2.4%に留まると言われている。
新たな土壌改良資材「MYKOS®(マイコス)」
そんな中、乾田直播の導入を検討している農家を中心に、全国で注目を集めているのがMYKOS®(マイコス)(注4)という菌根菌資材だ。
菌根菌は、稲の根に感染し、土壌中に菌糸を張り巡らせて、根の届かない範囲から植物の栄養であるリン酸などの養分や水を吸収し、宿主である稲に供給する。一方、稲は光合成などでつくられる糖などを、菌根菌に分け与え、共生関係が結ばれる。
それだけでも十分なメリットがある。ただ、MYKOS®(マイコス)が注目を集めている最大の理由は別にある。それは、通常の乾田直播栽培や移植栽培で必要とされている「湛水」(水田に水をためること)をしなくても稲が栽培できることだ。
一般的な乾田直播栽培は、稲の芽が出るまでは水を入れず、ある程度のサイズに育ったところで水を張るというやり方が一般的。これまでは、湛水のために水田を平らにしたり、水漏れを防いだり、何度も水田に水位の調整に行ったりと、多くの手間がかかっていた。また、近年は干ばつの発生や、水のインフラの老朽化により、十分な水を確保できない地域も増えてきている。
つまり、育苗や田植えを必要としない「乾田直播」にMYKOS®(マイコス)を組み合わせることで「節水」で栽培されることが可能になった。これにより劇的な工数削減が期待されているのだ。
この栽培方法は、環境にも優しいのだという。温室効果ガスの削減がそれだ。どういうことか。水を張った水田では、多くのメタンガスが発生する。水を張り土壌に酸素が少なくなる事で、メタンを生成する微生物の活動が活発化する。そうやってつくられたメタンガスが稲の茎や根を通じて大気中に放出されるというメカニズムだ。日本の農林水産分野のメタン排出量の約54%が稲作からである。水を張らない乾田直播栽培であれば、メタンガスの排出量を大幅に削減できる。
出典)農林水産省 農産局農業環境対策課「農業分野における 気候変動・地球温暖化対策について」
*温室効果は、CO₂に比べメタンで25倍、N2Oでは298倍。 出典:温室効果ガスインベントリオフィス(GIO)
今回、そのMYKOS®(マイコス)を使った稲の乾田直播・節水型栽培の栽培がおこなわれている圃場(注5)を見ることができると聞き、現場に足を運んだ。
MYKOS®DDSRとは
向かったのは千葉県木更津市。見渡す限りの水田が広がる。私たちにとって見慣れた光景だ。
一方でところどころ、背の高い雑草が生い茂っている区画が目につく。聞くと雑草の葦(よし)だという。いわゆる耕作放棄地だ。農作物を耕作していないと、こうして雑草がものすごい勢いで成長し辺り一面を覆い尽くす。
その耕作放棄地のとなりに、他の田と明らかに違う区画があった。そこだけ水が張られてないのだ。一見、畑のように見える。そこが、MYKOS®DDSR(Dry Direct Seeding Rice)栽培(以下、MYKOS®DDSR)と呼ばれる、節水型の乾田直播栽培の実証をおこなっている田だった。
稲は高さ数十cmにまで育っていた。(6月27日時点)種を田に直播したのは5月上旬、1ヶ月半でここまで育ったことになる。稲の品種は千葉県で開発された「ふさこがね」だ。ふさこがねは、通常の水稲として栽培されている一般的な品種であるという。
実証実験をおこなっている、株式会社NEWGREEN SUPPLYの黒光啓太氏に話を聞いた。
「ここで栽培をしているふさこがねは、千葉県独自の品種で、コシヒカリよりも粒が大きく収量性が高いという特徴があります。水の細かい管理をしないMYKOS®DDSRでは、食味を追求するよりも量を少しでも多くとることを目指しており、この品種を選定しました」。
黒光氏は、MYKOS®DDSRについて以下のように語る。
「昨年度は北海道や東北を中心に、連携農家にもご協力いただきMYKOS®DDSRを実証しましたが、通常の水張り栽培と比べても遜色なく収量が確保できた事例も出ています。全国の事例から得たノウハウを今年の栽培に活かしています」。
一般的な栽培よりも労働コストを削減できることを背景に、2023年度から全国の農家がMYKOS®を使用した節水型の栽培をおこなっている。愛知県では、40年ほどまえから、人手不足を背景に、乾田直播栽培がおこなわれてきており、全国的にも先進的な地域である。その愛知県でも水の使用を抑える、MYKOS®DDSRに挑戦する農家も出ており、これまで蓄積してきたノウハウと、新たな資材を組み合わせた栽培がなされているという。
マイコスDDSRが目指すものと課題
MYKOS®DDSRが日本全国の稲作業者から注目される理由について、超節水栽培米の生産や農業資材の開発・販売をおこなう株式会社NEWGREENの中條大希代表取締役はこう解説する。
「ある程度大きい農家さんで普通に主食用のお米をつくると、10a(アール)あたり約10時間かかります。そのうち、育苗、田植え、水管理にそれぞれおおよそ3〜4時間ずつかかる。乾田(又は湛水)直播にして、水管理を最小限にすると決めたら、おおよそ6割くらい労働時間が減ることになります」。
年間2,000時間程度働く農家の場合、10aに10時間かかるとすると年間20ha(ヘクタール:1ha=100a)しか耕作できないが、MYKOS®DDSRなら、労働時間が6割減るわけだから単純計算で、1人当たり約50haできることになる。
これは先述の労働力不足を解決し、耕作放棄地を増やさないという国内の課題解決だけにとどまらない。世界的な食糧不足の解決策になり得るということだ。
世界に目を転じれば、アジア、アフリカ地域は米食の国が多く、人口増で米の需要は年々増えている。これまではインドが米の輸出大国だったが、国内自給を重視し始め、気候変動などで今後輸出量は減る可能性がある。となると、日本でも米を輸出し世界の食糧需要に貢献することが期待される。国も後押しし始めた。
「今、国内稲作生産者、農水省、飲料・食品メーカー、大手外食チェーン、総合商社、バイオスティミュラントメーカー、農薬メーカーなどが幅広く参画する官民タスクフォースが、超節水栽培米の栽培マニュアルをつくろうとしています。また、中南米やアフリカなど、グローバルサウスに超節水栽培米を輸出していこう、というのがこの官民タスクフォースチームの今年のプロジェクトです」。
MYKOS®DDSRで低コストな米をつくり、生産量を増やし、国内需要を上回る分は輸出に回すという大胆なアイデアだ。国際的な環境意識の高まりとともに、メタンの排出量が少なく環境にやさしいMYKOS®米の需要は十分に期待できる。
今後の課題
こうした戦略の鍵となるのが、MYKOS®DDSRの栽培にかかるコストダウンだ。それを後押しするテクノロジーがある。ドイツの農薬大手BASF社が開発した栽培管理システム、xarvio®(ザルビオ®)フィールドマネージャーがそれだ。
人工衛星画像や多種多様な独自データソースを活用して、圃場の地力や生育のムラを確認し、AIによる生育や病害の予測を通じて、施肥や防除、水管理の判断をサポートする革新的なものだ。収量アップやコストダウン、作業効率化に役立つ。
最後に中條氏はこれから解決すべき3つの課題を挙げた。
1つめは、「MYKOS®DDSRのマニュアル化」だ。例えば水はけ、土の質、田んぼのサイズ、気象など、さまざまな栽培条件下で、MYKOS®米の栽培をどう最適化するのか、明確にする必要がある。
2つめは、「用途に応じた品種の開発」だ。乾田直播栽培に適しており、かつ収量を確保できる品種の開発が求められる。
そして3つめは、「乾田直播栽培に適した機械の開発」だ。海外にもあることはあるが、日本で使うには大きすぎたりする。日本の環境に適した機械の開発が求められる。
MYKOS®DDSRはいままさに動き出したばかりだ。しかし、日本の稲作を根底から変える可能性を秘めている。「やっと日本の農家にきたチャンス」と中條氏は言う。MYKOS®DDSRによって、日本の米が世界を席巻する日が来るのか。官民一体の取り組みに注目したい。
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基幹的農業従事者
ふだん仕事として主に自営農業に従事している者 -
育苗
種子を発芽させて健康な苗を育てるための一連の作業。 - 乾田直播栽培
水田に水を張らずに、乾燥した状態で田植えをせず、種子を直接播種する栽培方法。 -
MYKOS®(MYKOS)
米国RTI(Reforestation Technologies International)社が製造し、米州とEU以外のグローバルマーケットではバイオシードテクノロジーズ株式会社(東京都港区 代表取締役 広瀬陽一郎)が販売する菌根菌資材。 -
圃場
農産物を栽培する場所
写真はすべて©エネフロ編集部
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