写真)北野牧トンネル長野側坑口における岩塊掘削工事現場の斜面足場を見上げる
2024年11月16日 群馬県
© エネフロ編集部
- まとめ
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- 群馬県上信越道で、高さ70mの岩山を削る大規模な工事が進行中。
- 1996年のトンネル崩落事故を教訓に、高速道路の安全性を高めるための予防保全工事。
- 最新の技術と環境への配慮を両立させ、難工事は着実に進んでいる。天空の城塞を解体するその姿は、まさに現代のインフラ整備の最前線。
高速道路のトンネルの真上にそびえる高さ70mの岩山を切り崩す難工事が群馬県でおこなわれている。
場所は、上信越道碓氷軽井沢ICの近く、松井田妙義IC~碓氷軽井沢IC間の北野牧トンネル長野側坑口(群馬県)だ。高速道路に近接する大規模な岩盤掘削工事は過去に例がない。撤去する岩塊の量は実に約10万㎥。東日本高速道路株式会社(以下、NEXCO東日本)が発注し、株式会社大林組が施工している。世界初となる大規模落石対策の現場を一般公募した見学者らとともに訪れた。
出典)株式会社大林組
工事の背景
なぜこのような工事が始まったのか。きっかけは、1996年、北海道後志管内の余市郡余市町と古平郡古平町とを結ぶ豊浜トンネルで起きた崩落事故だ。
古平町側坑口直上の斜面において岩盤が崩落、トンネル内を走行中だった路線バスと乗用車2台が直撃を受け、20名が死亡した痛ましい事故である。この事故をきっかけとして、国主導で同事故と類似した坑口斜面の調査・点検が全国で実施された。
こうしたなか、NEXCO東日本は、災害直後の避難・救助や物資供給などの応急活動のために重要な路線となる「緊急輸送道路」としての信頼性の向上や利用者の安全確保の観点から、上信越自動車道の北野牧トンネル坑口直上にある崖面の岩盤を除去する予防保全工事をおこなう方針を決めた。
2017年2月、準備工事に着手。仮設備の構築、高速道路への落石対策に向けた「その1工事」を進めてきた。そして2023年2月、いよいよ岩盤を掘削する「その2工事」に着手した。
出典)株式会社大林組
工事は難航が予想された。急峻な地形であることや、国定公園内であり自然環境に配慮しなくてはならないことに加え、高速道路における車の通行規制を最小限にする必要があったからだ。
どのような工事がおこなわれているのか、紹介する。
まるで城塞 岩山を上から掘削
図1でもわかるように、本工事は高さ70mの岩塊をてっぺんから削り取るものだ。しかし、準備工事に6年を費やしていることからも伺い知れるように、岩盤掘削工事に着手するまでが大変だった。準備工事は大きく分けて2つに分類される。1つは「落石対策」。高速道路を走る車の安全確保のために最優先で取り組んだ。もう一つは「仮設備の構築」だ。
落石対策のひとつが、長さ70cmの「ロックボルト」だ。およそ1,100本(当初本数)のロックボルトを崖に打ち込み、高強度の金網で固定して崖面を補強する。岩盤を安定させ、落石を防ぐ効果がある。
もうひとつが、「ロックシェッド」と呼ばれる、高速道路のトンネル坑口上部の屋根だ。厚さ2mの発砲スチロールが敷き詰められており、直径20cm程度の落石なら受け止めることができる。
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3つ目が、城塞のように見える高さ70mの斜面足場だ。足場としての機能だけではなく、落石を防ぐ役割も果たす。これら3つの落石対策で安全を確保しているのだ。
準備工事のもうひとつが大規模な「仮設備の構築」だ。その目的は、保安林の地形改変を最小限にとどめること。切盛土工により工事用道路を建設する代わりに、仮桟橋やインクライン(注1)を構築し、掘削機械の搬入出や掘削した残土搬出をおこなうことができるようにした。
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出典)株式会社大林組
また、資材や人員運搬に利用する大型モノレールを構築、沢に沿って敷設することで保安林を伐採せずに済むなど、環境に配慮した。
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出典)株式会社大林組
このように環境に十分配慮しながら進められた準備工事を経て、2023年3月、掘削が始まった。
掘削工事も環境配慮
今回、実際の掘削工事の作業も見ることができたのだが、断崖絶壁の岩塊を砕いていく作業は、想像と違っていた。なにしろ、騒音も振動もほぼないのだ。
使われている重機は初めて見るものだった。削岩機と割岩機である。まず、削岩機で地表面に80cm間隔で深さ2.5mの穴を空ける。そこに巨大なくちばしのような先端を備えた割岩機を差し込み、岩盤内でくちばしをじわじわ拡張させて割るのだ。これを繰り返し、岩盤を少しずつ割っていく。
出典)株式会社大林組
© エネフロ編集部
割った岩石は、大型ブレーカーでさらに砕いて小さくし、ダンプで下に運ぶのだ。当時地上70mだった岩塊は、2024年11月時点で約半分削り取られていた。
わずか1年と8か月でここまで到達した理由を、東日本高速道路株式会社関東支社長野工事事務所の山岸睦功所長に尋ねると、「この周辺には民家などないため、夜間も作業できます。2交代で効率的に作業ができるのです」と教えてくれた。掘削自体は3年弱で終わってしまうという。
掘削終了後、桟橋やインクラインなどの設備の撤去にさらに4、5年かかるため、最終的に工事が終わるのは2029年春頃を予定している。
提供)東日本高速道路株式会社関東支社
一般公開は、今年6月に続き2回目。競争率約70倍を勝ち抜いた70名が今回参加した。
以前高速道路を走っていてこの現場を見たことがあるという横浜から来た夫婦は、「どうなっているのかな、と思って来ました。すごい!の一言です。いろいろ裏側でいろんな人が働いていてお金もかかっているのかな」と感想を述べた。
1回目も応募して外れたので再チャレンジした群馬県内在住の吉田さん親子。見学者のうち唯一の小学生だった利公くんは、「すごく面白いところだなって思った。普通にもっと揺れるかと思ったらそこまで揺れなかった。学校で自慢しなくちゃ!」と興奮さめやらぬ様子。
現場の下の上信越道を車がビュンビュンと走る中で、環境と安全を守りながら岩塊の掘削は今日も着々と進む。世界初の難工事に感動しつつ、紅葉の群馬を後にした。
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インクライン
高低差の大きい山腹に架台を設け、工事用車両などを台車に積載して斜面に沿って昇降する装置。
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