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エネルギーと環境

Vol.39 牛のゲップを減らせ!地球温暖化防止のカギ

写真)牧場の牛 2015年2月11日 カリフォルニア州エルセントロ・インペリアルバレー

写真)牧場の牛 2015年2月11日 カリフォルニア州エルセントロ・インペリアルバレー
出典) Photo by Sandy Huffaker/Corbis via Getty Images

まとめ
  • 牛のゲップによるメタンの排出が、地球温暖化の重大な原因となっている
  • 牛に与える飼料の改善や牛用のマスクの開発など、メタンの排出量を削減するための取り組みに注目が集まる。
  • 国内でも北大や九大の研究チームが、メタン排出削減に向けた独自の研究を進める。

世界的に解決しなければならない最重要課題の一つ、地球温暖化問題。大気中に放出された温室効果ガスが地表から放射された赤外線の一部を吸収することで発生している。

温室効果ガスには、二酸化炭素(CO2)やメタン(CH4)、一酸化二窒素(N2O)、フロンガスなどがある。温室効果の大きさは気体によって異なり、メタンは二酸化炭素の25倍もの温室効果がある。

そのメタン。実は牛やヤギなど、4つの胃を持っている反すう家畜のゲップに含まれている。農研機構によると、牛一頭からは1日200から600リットルものメタンガスが放出されており、反すう家畜の消化管内発酵に由来するメタンは、全世界で年間約20億トン(CO2換算)と推定されている。これは、全世界で発生している温室効果ガスの約4%(CO2換算)に相当し、地球温暖化の原因のひとつと考えられている。

メタンとは

家畜由来のメタン排出量を地域別に見てみると、下図のようになっている。畜産が盛んで牛の飼育頭数が多い北米・南米、アジアなどで、特に排出量が多くなっている。

写真) 地域別の家畜由来のメタン排出量(CO2換算)単位:百万トン(2010年時点)
写真) 地域別の家畜由来のメタン排出量(CO<sub>2</sub>換算)単位:百万トン(2010年時点)

出典)国連食糧農業機関

今回は牛のゲップに注目して地球温暖化対策について考えてみた。実はすでに、牛のゲップによるメタンの排出を減らすために、さまざまな試みが始まっている。

牛のメタン排出量削減の試み

1. 餌の改良

(1) 海藻

CSIROジェームズクック大学の研究によると、カギケノリと呼ばれる海藻を小さく切り刻み、牛に与える餌の0.2%分を混ぜることで、ゲップによるメタン排出量を85%カットできるという。

カギケノリは北部ヨーロッパ、アメリカ太平洋沿岸や太平洋熱帯域、日本近海(特に太平洋側)に分布する赤紫色をした紅藻類の一種だ。

写真) カギケノリ
写真) カギケノリ

出典)公益財団法人黒潮生物研究所

オーストラリア人起業家ジョシュ・ゴールドマンは「Greener Grazing」というプロジェクトをオランダの企業Hortimareと立ち上げ、カギケノリの商業ベースの養殖に乗り出した。

効率的に大量の藻を養殖するのは容易なことではないが、同プロジェクトは現在、ベトナム、オランダ、ポルトガルなどで進行中だ。

(2) カシューナッツの殻

北海道大学大学院農学研究科小林泰男教授は、カシューナッツの殻を破砕・圧搾することで得られる「カシューナッツ殻液」を飼料の原料と混合成型することで牛からのメタン生成を平均 20~30%低減させることに成功した。

牛が食べた餌は、第1胃(ルーメン)で微生物によって脂肪酸に転換される。その際、ルーメン内の微生物による発酵の産物としてメタンガスができる。その発酵の過程で発生するプロピオン酸という物質が増えると、メタンが減ることが分かっている。カシューナッツ殻液を牛に与えると、このプロピオン酸が増えるため、メタン排出を削減できるのだ。

また、北海道大学と共同研究をしている出光興産株式会社によると、このカシューナッツ殻液を与えることで乳牛は乳量がアップし、肉牛は肉質を保ちつつ体重が増加することがわかったという。さらに繁殖成績も向上するなど、いいことづくめだ。

北海道大学の動物機能栄養学研究室は、ルーメン内の環境をいつでも確認できる「ルーメンスマートピル」という新規デバイスの開発をおこなっている。低消費電力長距離通信技術を備え、牛の個体別の発酵データを収集してAI解析をおこなうもの。メタンの排出を最小限に抑える精密な給餌プログラムを実用化する。この研究は内閣府主導の「ムーンショット型研究開発制度」にも取り上げられている。

写真) 北海道大学の進める研究のイメージ
写真) 北海道大学の進める研究のイメージ

出典)北海道大学

写真) 北海道大学が開発を進める「ルーメンスマートピル」のイメージ
写真) 北海道大学が開発を進める「ルーメンスマートピル」のイメージ

出典)北海道大学

(3) コーヒー豆の搾りかす

メタン排出削減のための牛の飼料開発には異業種も参入している。

コンタクトレンズ大手の株式会社メニコンは麻布大学河合一洋准教授との共同研究で、レンズケア用品開発過程において発見した酵素を利用してコーヒー豆の搾りかすを飼料化した。これを牛に与えた場合、体内からのメタンガスを50〜70%削減できると発表した

この飼料にはメタンの排出削減の他にも、コーヒーに含まれる生理活性物質の働きにより乳品質が向上する、乳出荷量が増える、病気(乳房炎)を抑制するために投与する抗生物質の量を半減させる、などの効果も期待できるという。

コーヒー店の食品廃棄物の大半を占めるコーヒー豆の搾りかすを回収し、リサイクルする形で飼料を生産できるため、メタンガスの削減だけではなく、食品廃棄物の処理問題からも注目されている。

2. ゲップの改質

一方、ゲップそのものの性質を変えてしまおうと考えた企業がある。イギリスの企業「ZELP」がそれで、メタンの排出量を削減できる牛用マスクを開発した。

このマスクは、ゲップを吸い込み、触媒によってメタンを酸化してCO₂と水蒸気に変化させる仕組みとなっている。

CO₂を放出させてしまうので地球温暖化対策として不十分ではあるが、温室効果がCO₂よりはるかに高いメタンを減らすことができる点が評価されている。

牛にマスクを強制的に装着させることに対して批判もあるが、同社は、牛の餌の摂取行動の変化やストレス増加はなく、牛肉や乳製品の品質に影響は与えないとしている。

3. 品種改良

さらに、牛そのものを改良してゲップの排出を抑えようという取り組みもおこなわれている。

すなわち、「品種改良」だ。

同じ牛の中でもルーメン内の微生物の比率は個体差があり、メタンの発生を抑制する微生物の割合が高い種が存在する。

カナダのゲルフ大学のフィリッポ・ミリオール博士とアルバータ大学のポール・ストザード博士が率いる「ゲノム・カナダ・プロジェクト」は、アメリカとイギリス、デンマーク、オーストラリア、スイスの研究所と協力しながら、温室効果ガスをあまり生成しない牛の遺伝子の特定を目指している。そうして選ばれた雄牛から同様な特性を持つ牛を繁殖させていくことを目指すという、壮大な計画だ。

地球温暖化の重大な原因の一つとなっている牛のゲップ由来のメタンに関しては、その排出量を削減するために各国でさまざまな取り組みがおこなわれている。

また最近では、家畜由来のメタン排出が地球環境に与える影響を鑑み、牛などの家畜由来の食材を食べないというヴィーガン的な選択をする人も増えてきている。確かにそうした選択も持続可能な社会を作るための一つの有効な道ではあるものの、地球上の全ての人が牛肉や牛乳を摂らない生活をすることは現実的ではないだろう。

地球環境のためとはいえ、多くの人にとって慣れ親しんできた食生活を大きく変化させることは容易なことではない。今回紹介したさまざまな技術は、そうした家畜との共存の道を探る上で、重要なものになるはずだ。こうした技術のさらなる発展、実用化が期待される。

安倍宏行 Hiroyuki Abe
安倍 宏行  /  Hiroyuki Abe
・日産自動車を経て、フジテレビ入社。報道局 政治経済部記者、ニューヨーク支局特派員・支局長、「ニュースジャパン」キャスター、経済部長、BSフジLIVE「プライムニュース」解説キャスターを務める。現在、オンラインメディア「Japan In-depth」編集長。著書に「絶望のテレビ報道」(PHP研究所)。
株式会社 安倍宏行|Abe, Inc.|ジャーナリスト・安倍宏行の公式ホームページ
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