記事  /  ARTICLE

テクノロジーが拓く未来の暮らし

Vol.84 中国で商用化目前「重力蓄電」拡大中

写真)中国江蘇省如東で建設が進むGESS

写真)中国江蘇省如東で建設が進むGESS
出典)エナジー・ボールト社

まとめ
  • 中国で重力蓄電システムの商用化が間近に迫る。
  • 構造がシンプルでコストが比較的低いこと、化学物質を使わないことなどがメリット。
  • 超高層ビルに組み込むことで、大都市でも建設の可能性がある。

以前「重力蓄電(GESS:Gravity Energy Storage System)」(以下、GESS)を紹介した。(参考:ローテク“重力蓄電”は再エネの救世主か 2021.11.02)

コンクリートなどの重りを上げ下げすることで、電気エネルギーを位置エネルギーに変換する蓄電方法である重力蓄電は、再生可能エネルギーの持つコスト面や効率面における懸念を補完する新たな蓄電システムとして注目されている。

位置エネルギーを運動エネルギーに変えて発電する点において、先日紹介した揚水発電と考え方は一緒だ。(参考:揚水発電に革命!?高密度水力貯蔵システム「HD Hydro」とは 2024.08.13)

重力蓄電のメリット

重力蓄電を使用する大きなメリットはおもに以下の4つ。

・開発コストが安い
物体を上下させる構造の施設を建設すればよく、複雑な設備が必要ないため、開発・建設コストは比較的安くすむ。

・耐久性が高い
構造がシンプルであり、劣化しやすいバッテリーと比べて寿命が長い。そのため、メンテナンスコストも抑えられる。

・応答時間が短い
電力需要に応じ、迅速に発電・蓄電を切り替えることができる。

・環境負荷が低い
化学物質を使用しないため、環境への影響が少ない。

一方、デメリットとしては、建設場所の制限が挙げられる。重量物を上下させるにはそれ相応の高さの建造物が必要だ。日本のように平地が少ない国では、建設用地が見つからない可能性がある。

GESS初の商用化は中国

このGESS、中国で着々と商用化が進んでいる。建築とその運営に携わっているのが、スイスを拠点とするEnergy Vault(以下、エナジー・ボールト)だ。同社はGESS技術を世界に先駆けて開発した。

世界最大のCO₂排出国である中国にとって、脱炭素化は重要な政策課題であり、「エネルギー貯蔵」にかねてから重点が置かれてきた。これまで出力変動の平準化に貢献してきた揚水発電以外に、リチウムイオン電池による蓄電システムも増やしてきたが、稀少金属であるリチウムを使う必要がなく、建設コストも抑えられる重力蓄電が検討され始めたのは自然な流れと思われる。

そしていま、中国東部の江蘇省如東で、世界初となる商用のGESSが建設中だ。

施設の高さは約150mで、蓄電できる電力量は10万kWh。すでに地域の送電網と接続し、充放電が可能な状態になっている。今年5月に試運転をおこなった。商用化の時期はまだ発表されていない。(参考:「エナジー・ボールト、China Tianying初のEVx 100MWh重力エネルギー貯蔵システムの試験と試運転に成功」)

エナジー・ボールトは、中国のエネルギー企業、China Tianying(CNTY:中国天楹)と、中国国内で合計370万kWhを超える8つのGESSの建設で合意するなど、同国内でのビジネス拡大が期待されてい

GESSの可能性

重力蓄電の今後を占う上で、最近気になるニュースが飛び込んできた。

米大手建築設計事務所のスキッドモア・オウイングス・アンド・メリル(以下、SOM)が5月30日に、エナジー・ボールトと戦略的パートナーシップを結んだというのだ。

SOMは、映画「ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル」の舞台にもなったことで一躍有名になった、世界一高い建築物、ブルジュ・ハリファ(ドバイ:828m)の設計にかかわったことで知られる。

写真)ブルジュ・ハリファ ドバイ
写真)ブルジュ・ハリファ ドバイ

出典)ブルジュ・ハリファ

そのSOMが今年5月、エナジー・ボールトと戦略的パートナーシップを締結した。その一環としてSOMは、エナジー・ボールトの重力蓄電システムを組み込んだ都市の超高層ビルや自然環境の構造物を、今後独占的に設計することで合意した。

図)エナジー・ボールト 重力蓄電システムが組み込まれた超高層ビルのイメージ図
図)エナジー・ボールト 重力蓄電システムが組み込まれた超高層ビルのイメージ図

出典)SOM

動画:エナジー・ボールト 高層ビルに組み込まれた重力蓄電システム

今後超高層ビルにシステムを組み込んだ場合、コストや耐久性がどうなるか、などの課題はあるだろうが、他の蓄電池のように化学物質を使わないことや、構造がシンプルな点は評価できる。

日本でこのシステムの導入に名乗りを上げている企業はまだないが、電力系統の安定化に貢献する蓄電システムのひとつとして、今後検討する余地はありそうだ。

安倍宏行 Hiroyuki Abe
安倍 宏行  /  Hiroyuki Abe
・日産自動車を経て、フジテレビ入社。報道局 政治経済部記者、ニューヨーク支局特派員・支局長、「ニュースジャパン」キャスター、経済部長、BSフジLIVE「プライムニュース」解説キャスターを務める。現在、オンラインメディア「Japan In-depth」編集長。著書に「絶望のテレビ報道」(PHP研究所)。
株式会社 安倍宏行|Abe, Inc.|ジャーナリスト・安倍宏行の公式ホームページ
Japan In-depth

RANKING  /  ランキング

SERIES  /  連載

テクノロジーが拓く未来の暮らし
IoT、AI・・・あらゆるものがインターネットにつながっている社会の到来。そして人工知能が新たな産業革命を引き起こす。そしてその波はエネルギーの世界にも。劇的に変わる私たちの暮らしを様々な角度から分析する。