
写真)国立北極圏野生生物保護区(ANWR)における油田開発の収益が見込まれた税制改正法案に抗議をする北米の先住民族
出典)Indigenous Enviromental Network HP
Indigenous Environmental Network Twitter
- まとめ
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- トランプ大統領はユタ州・アラスカ州の先住民地域の規制撤廃推進。
- 同地域での雇用と投資の促進と、資源開発の収益を期待。
- 採算性は不透明で先住民の文化や環境を破壊するだけに終わる可能性あり。
ドナルド・トランプ米大統領の快進撃が止まらない。2017年秋ごろまでは、「何の実績も作れていない大統領」と揶揄されていたものが、同年12月には31年ぶりとなる包括的な税制改革を米議会で通過させることに成功し、クリスマス前に署名をして成立させた。最高31%であった法人税率を21%まで引き下げ、投資や雇用を増やし、米経済をさらに活性化させるのだと、鼻息も荒い。
2017年12月20日

- 左からミッチ・マッコネル上院院内総務、下院議長のポール・ライアン、マイク・ペンス副大統領
- flickr:The White House
その法人減税と表裏をなすのが、規制撤廃だ。いつの間にか連邦裁判所や米連邦準備制度理事会(FRB)の人事を、規制撤廃支持派の人物で一新して、政府を「トランプ色」に塗り替えつつある。一方、連邦通信委員会(FCC)で息のかかった人物に、消費者保護の一環である「ネット中立性規制」を撤廃させた。その他の政府機関でも金融や商業をはじめ、あらゆる面で規制撤廃が静かに進行している。
トランプ大統領は、「法人減税と規制撤廃によって投資や雇用が増え、米経済の成長が加速し、米国は再び偉大になる」との持説を、「突貫工事」で現実化している。
2017年12月14日

こうしたなか、規制撤廃の波はエネルギー開発や環境面にも及び始めた。トランプ大統領は、歴代の米政権が維持してきた環境保護の枠組みの一部を撤廃し、原油や石炭などの資源開発を通して投資と雇用を増やそうとしている。まさに、「ブルドーザー大統領」だ。
聖地が油井や採鉱地に
トランプ大統領は12月4日、ユタ州にある2か所の先住民の聖地である「ナショナル・モニュメント:(国定記念物)指定保護地域」の範囲を分割したうえで、大幅に縮小する大統領令を発表した。表面的には、過去の民主党政権の環境保護指定を縮小する政治的なショーだが、一連のトランプ政権の規制撤廃が、エネルギー・環境政策面で先住民や環境団体の利益と対立するものであることが明らかになっている。
べアーズ・イアーズ地域

- flickr:John Fowler
まず、バラク・オバマ前大統領が指定した130万エーカー(50万ヘクタール)に及ぶベアーズ・イヤーズ地域は、2つに分割されて元の15%に過ぎない計23万エーカーに削られる。また、ビル・クリントン元大統領が指定したグランド・ステアケース・エスカランテ地域もほぼ半分となり、3つに切り離される。

- flickr:Bureau of Land
これらの地域はナバホ族、ホピ族、ユート族、プエブロ族、ズニ族の古代遺跡が点在する聖地であり、文化的遺産を保存する目的で1906年に制定された国家歴史保全法に基づき、近年指定が拡大されてきた区域であり、主に放牧などが行われてきた。
筆者はこの地域の近辺を車で走行したことがあるが、見渡す限りの未開発の平原の彼方に地平線や、奇岩、手付かずの壮大な山と谷が広がり、あちこちに数千もの先住民遺跡の標識がある特別な保護地域だと感じた。また、恐竜の化石が多く埋まっているほか、何億年も前には海底だった土が含有する鉄分が錆で赤くなり、地上に「赤い巨大な岩石」として隆起した珍しく貴重な地学の標本地域でもある。
さて、新たに保護指定から外された場所では、民間業者によって新たな炭鉱・油田・その他の採掘の開発が行われる。トランプ大統領の決定は、「未開発の先住民の土地は、生産的な白人に有効に活用されなければならない」とする19世紀の「白人の明白な使命」を彷彿とさせる。保護が取り去られれば、先住民・白人を問わず、猟師は獲物が見つけにくくなり、牧場主は油井や炭鉱の拡張で牧草地を失う。
トランプ大統領が発表した指定保護地域を大幅に縮小する大統領令は、採掘業者による事業申請を即時許可し、早ければ2018年1月にも工事を始めることを可能にする条文が含まれる。この命令の合憲性には異論が出ている。なぜなら、国家歴史保全法を成立させて、連邦政府の国有地に関する権限を大統領に信託した米議会は、「大統領は保護指定をできる」と明示的に定めたが、「大統領が指定を解除できる」とは明文化しなかったからだ。一方のトランプ政権は、「指定できる権限が大統領に与えられているなら、それには暗黙的に指定解除の権限も含まれる」と主張する。
ナバホ族、ホピ族、ユート族、プエブロ族、ズニ族などは政権の解釈を違憲として、トランプ大統領の命令の無効化を求めて連邦裁判所に訴訟を起こしている。だが、そこにはトランプ大統領が次々と任命した「トランプ色」の考え方をする判事が多くいる。また、大統領に保護区域指定を信託した米議会は、大統領の命令を新たな立法で無効化できる権限を持つのだが、その議会は上下両院ともトランプ氏の党である共和党にコントロールされており、訴訟や立法の行方は予断を許さない。
さらに「白人の明白な使命」が花盛りだった1872年に制定された鉱山法により、大統領令で事業を許可された業者は、先住民や政府を含む誰に対しても、対価や代償を1セントも支払うことなく、指定解除されたどの区域においても永久採掘権を得ることができる。また、採掘がいったん始まれば、採掘が最優先され、その区域の自然管理や文化財保護は、採掘計画に従うものとなる。
トランプ大統領の前にも、ウッドロー・ウィルソンやフランクリン・ルーズベルトなどの歴代大統領が保護指定解除を一部で行っているが、それに対する異論が出なかったため、そうした指定解除の権限を大統領が持つか否かに関する判例はない状態だ。裁判は長い時間がかかることがあるし、たとえ大統領令が覆っても、鉱山法により採掘業者の権利はすべてに優先して保護される。したがって、トランプ氏が大統領令を「突貫工事」的に発令して、ブルドーザーのように突き進むのは、既成事実作りのためなのだ。
だが、これらの元指定区域で主に産出される石炭は、現在、米シェール革命で安価に生産される天然ガスに押され、採算が取れない状況である。たとえ土地代がタダであっても、採掘費用に見合うか疑問視される一方、地球温暖化の要因のひとつとみなされているため、トランプ政権の目論見通りに雇用や経済活性化をもたらすかは不明だ。
ナバホ族の指導部は「トランプ大統領から事前の相談がなかった。ここは太古の昔より先住民の土地であり、保護指定を守るために闘う」との声明を発表している。

一方で、保護指定解除を歓迎する先住民もおり、先住民とて一枚岩ではない。開発支持派のナバホ族で、ユタ州サンフアン郡委員であるレベッカ・ベナリー氏は、「そもそも保護指定が遠く離れたワシントンで行われ、先住民による開発を認めなかったのは、白人優位主義だ」として、地元の開発と保護を先住民が決められるよう求めている。

アラスカ州でも不採算と先住民の内部分裂
一方、2017年12月20日に米議会を通過した税制改革法案には、法人減税による減収分を補う財源として、アラスカ州北東部でカナダ国境に面する約8万平方キロの国立北極圏野生生物保護区(ANWR)における油田開発の収益が盛り込まれた。

米地質調査所による1998年の調査は、保護区の北部にある通称「1002地区」に104億バレルの採掘可能な石油と、35兆立方フィートの採掘可能な天然ガスが眠るとしており、現在の原油と天然ガスの市価で計算すると、6000億ドル分に相当するという。この収益の一部を、2兆ドルともされる法人減税による減収の穴埋めに使おうというわけだ。

連邦自然資源委員会は、「原油の採掘量が1日当たり最高145万バレルと、米国がサウジアラビアから輸入する石油の1日分を超える」「保護指定の解除と開発は、雇用や税収を生み、石油の海外依存を減らす」と、バラ色の未来を説く。
だが、問題は原油価格の行方と掘削コストだ。現在1バレル当たり60ドルで推移する原油価格が、サウジアラビア、クウェート、ベネズエラ、リビアなど主要産油国からなる石油輸出国機構(OPEC)とロシアなどによる協調減産で上昇を続ければ、トランプ政権の目論見は当たる可能性がある。
だが一方で、トランプ政権はOPECやロシアに対抗するため、米シェールの増産を後押ししており、原油価格が上昇しづらい原因となっている。そのため、最低でも1バレル当たり80ドルまで価格が上がらない限り、採掘業者はANWRにおける原油や天然ガス採掘に参入しないだろうと言われている。
事実、ANWR の有望な油田地帯であるポイント・トムソンには8億5000万バレルの採掘可能な石油と、6兆立方フィートの採掘可能な天然ガスが眠るとされるが、自然条件などから採掘は困難を極め、コストがうなぎ上りとなっているため、開発応札の数が減少中だ。また、ANWRに近い北極海周辺の海洋油田地域220万エーカー(およそ9000平方キロメートル)の海洋掘削プロジェクトのうち、すでに80%からエネルギー各社が撤退している。

- 出典)ExxsonMobile
これは、ユタ州におけるトランプ政権のナショナル・モニュメント(国定記念物)指定保護解除によって石炭などの開発が進んでも、採算が取れないとされる構図に似ている。さらに、ANWRはホッキョクグマ、ホッキョクオオカミ、キツネ、ノウサギ、魚類、渡り鳥の宝庫であり、自然保護の観点から反対運動が起こっているところもユタ州の事案に似ている。

- 2015年1月 オバマ大大統領府がアラスカの北極野生動物保護区を維持管理するための保全計画を発表する動画より
- 出典)Obama WhiteHouse Youtube
加えて、トランプ政権はユタ州における保護解除と同じロジックを用いて、「米議会が外縁大陸棚法によって大統領に掘削禁止の権限を与えた地域で、大統領が掘削禁止を覆せる」との立場を採っており、連邦裁判所で係争中だ。
また、海洋掘削地域で漁をして生計を立てる先住民のイヌイットたちは雇用をもたらす開発に賛成しているが、その南部でカリブー猟をして生活するイヌイットたちは「文化破壊だ」として反対するなど、先住民が割れているところもユタ州に似ている。
このように、「ブルドーザー大統領」のトランプ氏はユタ州とアラスカ州の先住民地域の文化遺産や自然の保護に関して規制撤廃を行い、雇用と投資の促進を図る一方、資源開発の収益を期待している。だが、採算がとれるかは不透明であり、先住民の文化や環境を破壊するだけに終わる可能性が心配されている。
トランプ大統領の皮算用が思惑通りに実現するかは、アラスカ州においては「世界的な原油価格の上昇」、ユタ州においては「天然ガス価格上昇による石炭の復活」と、資源価格上昇にかかっている。
逆に、開発に反対して先祖伝来の文化遺産や環境を守りたい先住民たちにとっては、資源価格が低迷して開発の採算が取れず、開発が進まないことが勝利になり、資源価格低迷が重要になってくる。
そうした意味で、トランプ大統領にとっても、先住民にとっても、2018年は資源価格の推移から目が離せない1年となりそうだ。
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