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トランプのエネルギー戦略

Vol.04 海洋原油・ガス掘削始動 日本への影響は?

海洋掘削ユニット
  photo by Lt. j.g. Brian Moore, MSO Corpus Christi, USCG

まとめ
  • トランプ氏、領海での海洋掘削拡大の大統領令に署名。
  • 海洋油田、原油1バレル60ドル以上でないとペイしない。
  • 環境保護団体の反対や法的問題クリアする必要もある。

ドナルド・トランプ米大統領は4月28日、米連邦政府が管理する領海・排他的経済水域における原油やガスの海洋掘削を拡大させる大統領令に署名した。これは、前任者のバラク・オバマ前大統領が環境保護のため、新たな海洋掘削を事実上禁じた処置を覆すものだ。化石燃料の資源開発を推進するトランプ政権の方針に沿ったものであり、産業界の一部を中心に期待が集まっている。

トランプ大統領はこれに合わせ、「海洋掘削の開発が進めばエネルギーコストが下がるばかりでなく、高給の仕事が無数に産み出される。米国のエネルギー自給がより確立されて、米国の安全保障にも役立つ」との声明を発表し、海洋掘削によるバラ色の未来を描いて見せた。

だが、海洋掘削が前進するためには、乗り越えなければならない壁がいくつか存在する。具体的には:

  • 原油価格上昇による採算性の向上
  • 環境問題の改善、地元の説得
  • 法的問題をクリアすること

だ。本記事では、これらの障害を分析することで、海洋掘削の可能性と問題点をあぶりだす。

原油価格上昇なしに採算レベルに届かず

図1:OPEC閣僚会議 2017年

© 2017 Organization of the Petroleum Exporting Countries

世界的な増産による油余りを反映して、現在の原油価格は1バレル当たり50ドル前後で推移している。石油輸出国機構(OPEC)など産油国が減産合意を継続できれば、需給がタイトになり、海洋掘削が採算レベルに乗る可能性がある。だが、今の原油価格レベルではエネルギー会社や投資家が新規開発に乗り出すインセンティブが低い。

WTI原油価格の推移

出典)U.S. Energy Information Administration, Short-Term Energy Outlook, January 2017

OPECが米国のシェール企業潰しを狙って仕掛けた大増産により、原油価格は一時1バレル当たり30ドル台まで低下した。だが、米シェール企業は技術革新による生産コストの削減でこれに応じ、現在では1バレル当たり50ドル以下でも採算が取れるようになっている。これは驚くべきサバイバル力だが、細々と生産が続く海洋掘削ではスケール規模がまだ小さく、このような力学が働かない。

「脈あり」と判断して海洋の掘削の施設であるリグを設置しても、投資を回収できない場合もある。まず、北極海周辺の開発を見てみよう。海洋掘削地域のリース権を設定する米内務省がまとめた文書によると、アラスカ州北西部のチュクチ海(ロシア・シベリア北東部チュクチ自治管区と米アラスカ州北西部にかけての海域の米国側)でリース権を持っていたエネルギー大手のコノコフィリップスが不採算により権利を完全返上している。

また、別のエネルギー大手のロイヤルダッチシェルは保有していた多数のリース権を、1か所を残してすべて返上した。有望と見たチュクチ海で25億ドルを費やして掘削を続けたが、ついに採算に見合う量と質が得られなかったからだ。リース権を保持するには、採算レベルの原油が産出されなくても連邦政府にリース料を支払い続けなくてはならず、エネルギー大手は音を上げて逃げ出したわけだ。

こうして、ブッシュ息子政権下で2008年にリースされた北極海周辺の海洋油田地域220万エーカー(およそ9000平方キロメートル)のうち、80%からエネルギー各社が撤退したのである。2015年に同地域で生産された原油は、米国全体の産油量の0.1%にしか相当しなかった。

図2:アラスカ海洋油田地域

出典)US Energy Information Agency

英バークレイズ銀行のアナリストであるデイビッド・アンダーソン氏は、「海洋で掘削された原油が採算レベルに乗るためには、原油価格が1バレル当たり60ドルをゆうに超えなければならない」と分析する。同氏は、「1バレル当たり60ドル以上の価格でも、それほど多くの企業は戻って来ないだろう」と悲観的だ。

これは、地中の油田と比べて海洋油田の開発がコスト的に割高なことが大きな原因だ。地中の探索技術はより確立されたものとなり、「掘っても少ししか油が出ないハズレ」が少なくなってきているのに比べ、大規模な地震実験などを必要とする海洋原油探索はまだ確度が低い。

事実、海洋掘削を制限する方針だったオバマ前政権下で例外的に開発が認められたメキシコ湾岸で4400の油田地区がオークションにかけられた際、応札があったのはわずか24地区のみであった。また、内務省の推計によると、米国の大西洋沿岸においては原油の埋蔵量が20億バレルしかないとされ、これは同国の原油消費量の100日分にしかあたらないという。

こうしたことから、トランプ大統領の「海洋掘削は低コストで多くの仕事を産み出す」との発言は、誇張であることがわかる。ともかく、原油価格が1バレルあたり60ドルを超え、70ドル、80ドルの大台に達するまでは、米国の海洋掘削の大きな進展は見込めない。

消えない原油流出の懸念と環境問題

トランプ政権が海洋掘削に積極的に乗り出したことで、環境保護団体などは反対の姿勢を強めている。特に、オバマ前大統領が環境保護目的で設定した新規掘削禁止をトランプ大統領が覆したことに、懸念が集中している。

そのような団体のひとつ、「資源保全有権者連盟」の立法担当理事であるアレックス・トーレル氏は、「海洋掘削は特に大西洋沿岸において、既存の経済と地元コミュニティの生態系をリスクにさらす。掘削で地元の産業が重工業化され、万が一原油流出が起これば、沿岸部で栄える観光業や漁業が脅かされることになる」と警鐘を鳴らす。

米南東部の大西洋沿岸では観光業とリクリエーション産業が合わせて31万人の雇用を創出しており、2014年には同地域だけで130億ドルの経済効果をもたらしている。そのため、沿海部に位置するバージニア州、ノースカロライナ州、サウスカロライナ州、ジョージア州、フロリダ州などでは伝統的に海洋掘削反対の声が強く、海洋掘削を推進する共和党も、これらの州選出の議員はトランプ大統領に対抗する立場を鮮明にしている。サウスカロライナ州選出の共和党米下院議員のマーク・サンフォード議員などはその代表格だ。

すでに100を超す沿岸部の自治体では、地元議会が海洋掘削反対の決議を採択している。これらの地元が懸念するのは、メキシコ湾の海洋掘削で先行するルイジアナ州で年間1500件も事故が発生し、毎年125万リットルの原油が近海に流出している事例だ。さらに同州では、海洋掘削を進めるために建設されるパイプラインや運河で広大な湿地帯が失われるなど、自然破壊が進行している。

エネルギー大手BPが2010年から始めたメキシコ湾の海洋掘削による原油流出は特に深刻で、 沿岸部2000キロメートル、8300平方キロメートルの海底、15万平方キロメートルの海洋表面が汚染され、合計2万2000トンの油が沿岸部に漂着した。(図3)これらの地域では、海洋に住む哺乳類、魚類、甲殻類や貝、そして鳥類が減少するのが観測されている。経済的被害は観光業で7億ドル、漁業で2億5000万ドルと推計される。

図3:BP社石油掘削施設「ディープ・ウォーター・ホライズン」爆発事故

出典)US Coast Guard

だが、こうした環境保護派の主張は誇張されており、偽善的だとする声もある。米高級紙『ワシントン・ポスト』の5月7日付社説は、「トランプ大統領の大統領令に反対する環境保護派が米国の海洋掘削をやめさせたとしても、消費するエネルギーは産油国なり、発展途上国の沿岸部なり、米国内のシェール油田なり、カナダのオイルサンドなり、どこからか調達しなければならない。環境リスクを別の場所に押し付けておいて、よその場所で採掘された原油エネルギーの恩恵を受けるのは、傲慢で偽善的に他ならない」と、厳しく環境保護派の矛盾を糾弾した。

さらに同社説は、「環境保護派は、米国における環境規制が産油国の規制より厳しいことも見逃している。また、海洋掘削がもたらす雇用と経済波及効果も見逃している」とこき下ろし、「地中資源の保護の観点からも、海底にある資源の開発は重要だ」と指摘した。

そして『ワシントン・ポスト』紙は、「環境活動家は海洋掘削推進の大統領令より、トランプ氏が別の大統領令でハワイ州のパパハーナウモクアケア海洋保護区など原始的な自然の開発規制を緩めたことの方を問題にすべきだ」と結んだ。

この社説のように、海洋掘削の進展を歓迎する論調もあるものの、地元住民の反対は強く、開発のスケジュールは予断を許さない。地元をどのように説得していくかに、海洋掘削の運命はかかっている

法律解釈の高い壁

トランプ大統領の海洋掘削推進の前に立ちはだかるもう一つの壁は、法律の解釈と政権に対する環境保護団体の訴訟だ。

オバマ前大統領は任期切れ直前の2016年11月に、大陸棚利用5か年計画の中で、「これ以上の海洋掘削開発は禁止する」との命令を出した。その命令は1953年制定の「外縁大陸棚法」に基づいており、法律の文言は大統領に開発を恒久的に禁止する権限を与えている。素直に読めば、これまでに出された開発禁止命令を別の大統領が覆すことができるとは書いていない。国立公園の指定のようなもので、指定を受ければそこは一種の「聖域」となるのだ。

その文脈で見ると、トランプ政権は法律を拡大解釈したのであり、その正当性の判断を最終的には連邦裁判所にゆだねる決意だということだ。事実、トランプ大統領が海洋掘削推進の大統領令を出した数日後には、環境保護団体の「アースジャスティス」が政権を提訴した。

「アースジャスティス」は、「米議会は外縁大陸棚法によって、大統領に掘削禁止の権限を与えたが、禁止を覆す権限は与えなかった。トランプ大統領が出した大統領令は、そもそも存在しない権限に基づいており、無効だ」と訴状で主張している。これまでに判例のない法の領域であり、司法の判断が注目を集めている。

外縁大陸棚法は、まだリースされていない海洋の土地を大陸棚開発リースのオークション候補から恒久的に外す権限を大統領に与えている。この権限を最初に使ったのはアイゼンハワー元大統領で、フロリダ沖のおよそ200平方キロメートルの海底地区が指定された。この命令は今も有効であり、こうした命令に恒久性があるとの主張を裏付けている。

トランプ大統領は、「大統領に指定の権限があるなら、指定解除の権限もあるはずだ」との解釈を採用している。そうした解釈で指定解除の大統領令を出した以上、措置を覆せるのは連邦裁判所の判断か、大統領に連邦政府の土地に関する権限を委任した議会の立法だというのが、法律専門家の見方だ。

米議会の最終決定権は、逆にトランプ大統領に有利に働く可能性もある。「アースジャスティス」が起こした訴訟で、連邦裁判所が「大統領には、掘削禁止の命令を覆す権限がない」としてトランプ政権に敗訴を言い渡したとしよう。そうすると、共和党が過半数をコントロールする米議会が「外縁大陸棚法」を書き換え、大統領に禁止命令をひっくり返す権限を与えるオプションが浮上するのである。

いずれにせよ、そうした資源の利用を巡っては、これからも地元、エネルギー企業、米議会、環境保護団体などのステークホルダーが論争を続けるであろう。そうした論調を大きく左右するのは国際原油価格の動きであることも忘れてはならない。

日本にとっても米国の海洋で産出された原油やガスは、将来の潜在的なエネルギー源となる。海洋掘削を巡る米国での動きに無関心ではいられない。

岩田太郎 Taro Iwata
岩田太郎  /  Taro Iwata
在米ジャーナリスト
「時代の流れを一歩先取りする分析」を心掛ける。米NBCニュースの東京総局、読売新聞の英字新聞部、日経国際ニュースセンターなどで金融・経済報道の基礎を学ぶ。現在、米国の経済を広く深く分析した記事を『週刊エコノミスト』『サンデー毎日』などの紙媒体に発表する一方、『Japan In-depth』や『ZUU Online』など多チャンネルで配信されるウェブメディアにも寄稿する。金融・マクロ経済・エネルギー・企業分析などの記事執筆と翻訳が得意分野。国際政治をはじめ、子育て・教育・司法・犯罪など社会の分析も幅広く提供する。海外大物の長時間インタビューも手掛けており、以下のように幅広い実績を持つ。ローレンス・サマーズ元米財務長官、ポール・ローマー世界銀行チーフエコノミスト、バリー・アイケングリーン・カリフォルニア大学バークレー校経済学部教授、アダム・ポーゼン・ピーターソン国際経済研究所所長、ジェームズ・ブラード・セントルイス連銀総裁、スティーブン・ローチ・エール大学フェロー、マーク・カラブリア(現)ペンス米副大統領チーフエコノミスト、エリオット・エイブラムス米外交問題評議会上席研究員、ヤン=ベルナー・ミューラー・プリンストン大学政治学部教授など多数。

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