サウジアラビア メッカのカアバ神殿
出典)Pixabay
- まとめ
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- サウジアラビアの「カタール断交」の日本への影響は今のところ軽微。
- サルマン皇太子による反腐敗最高委員会による200人以上の要人拘束は世界に衝撃を与えた。
- イエメンやレバノン情勢の混迷などもあり、皇太子の「脱石油経済」への道は見通せない。
前回、本欄に寄稿した「「カタール断交」とサウジアラビアの未来」(2017年9月12日)の中で、サウジアラビア(以下、サウジ)の現況について「人口増と若者の失業問題という内政上の難題を抱え、さらにイランとの対立、出口の見えないイエメン内戦、混迷を続けるシリア情勢など、まさに内憂外患のサウジの前途は決して明るくない。将来「サウード家による統治」を維持しうるのだろうか」と書いた。
2017年6月5日にサウジが主導した「カタール断交」の根源は何かと考えて、得られた結論が「サウード家による統治」を守るためであり、その将来は決して明るくないと見ているからだ。
Photo by StellarD
「カタール断交」による日本への影響については、直截的にはカタールを含む中東からの石油・ガス供給に問題が生ずるかどうか、という点にあった。
筆者は、カタールへ寄港するタンカーがサウジ、UAEに入港できないことによる若干の「コスト高」程度の影響だろう、と読んでいた。現実に石油・ガス供給には大きな問題は起こらずに今日を迎えている。
業界の友人に近況を聞いたところ、「なし崩しですね。でも、皇太子さまのご機嫌を損ねないよう忖度して配船を行っています」とのことだった。
サウジのアル・ジュベイル外相も最近「カタール問題は小さな問題だ」(“Gulf News” Oct.25,2017)と語っており、当事者たちの関心も低くなっているようだ。
出典)photo by Foreign and Commonwealth Office
次の焦点は、予定通りGCC(湾岸協力会議)首脳会議が12月にクウェートで開催されるかどうか、に移っている。
皇太子が引き起こした地殻変動
そんな中、地殻変動をすら予感させる複数の大事件が、11月4日(土)にサウジで勃発した。いや大半は、次期国王として、おそらく半世紀近くサウジを統治することになるムハンマド・ビン・サルマン皇太子が引き起こした、と言ったほうが適切だろう。
Photo by Mazen AlDarrab
この原稿は、12月中旬掲載予定で11月下旬に書いている。11月4日に大事件が勃発した後も連日のように新しい展開が起きており、掲載されるころには本稿の論旨がまったく的はずれになるリスクはある。そのことを承知の上で、今後の動向を考察してみよう。
11月4日(土)にサウジの首都リヤドで勃発した大事件は次のようなものだ。すなわち
- 反腐敗最高委員会による200人以上の要人拘束
- イエメン反政府武装勢力による首都リヤドへのミサイル砲撃
- ハリリ・レバノン首相の突然の退陣声明
である。
敵の敵は味方?サウジとイスラエル
筆者はこの中で、(3)がもっとも不気味な動きだと感じている。背後にサウジとイスラエルの「接近」が見え隠れするからだ。
イランの脅威に対抗するために、「敵の敵は味方だ」としてサウジがイスラエルと手を結ぶことがあるのだろうか、という新たな問題がクローズアップされてきたのだ。
アラブの盟主であるサウジが、同胞であるパレスチナの土地を「奪った」イスラエルと手を結ぶということを、アラブ世界は容認するのだろうか。両国が手を結んだ場合、サウジは「建国」の基礎である、ワッハーブ派のお墨付きにより世俗的支配の正統性をあたえられた「二聖モスクの守護者」(注1)としての立場を維持できるのだろうか。
そんなことをしたら、イスラーム革命の精神に基づき「サウード家による統治」そのものを批判しているイランの思うツボではないのだろうか。
皇太子の試練(1)反腐敗最高委員会による200人以上の要人拘束
本件については多くの報道がなされている。中でも11月23日に“ニューヨーク・タイムズ:New York Times”が報じたジャーナリスト、トーマス・L・フリードマン(Thomas L. Friedman)による“Saudi Arabia’s Arab Spring, at last(ついに訪れたサウジアラビアの「アラブの春」)”はサルマン皇太子とのインタビューに基づいたもので、反腐敗最高委員会による今回の汚職取締の背景が分かって興味深いものがある。
記事内容にご興味のある方は「岩瀬昇のエネルギーブログ#384サウジMBS:95%は不正入手した財産を返す取引に応じた」(2017年11月24日)をお読みいただきたい。
flickr:Hillel Steinberg
この記事によれば、サルマン皇太子は「腐敗疑惑者一斉拘束」が「ライバル排除、権力集中」のためだった、との見方を否定しているが、サルマン家が一人も拘束の対象に入っていない事実の前には説得力を持たない。同じ時代を同じ支配王族として生き抜いてきたサルマン家が、「お国の商慣習」と一切無縁であったはずはないからである。
また、拘束された200人以上の「腐敗疑惑者」のうち、95%が不法入手した資産を国庫に返還することで解放されるとの取引に応じた、とサルマン皇太子自ら語っているが、海外投資家の目にどう映っているとサルマン皇太子は見ているのだろうか?
ちなみに1%は無実であったことが判明したので釈放され、4%は法廷闘争を選んだ、とのことだ。(なお11月29日現在、ムトイブ前国家警備隊相が少なくとも10億ドルを支払って解放された、とのニュースが流れている。)
皇太子の試練(2)イエメン反政府武装勢力による首都リヤドへのミサイル砲撃
イランが支援するフーシー派(注2)によるサウジ領土への弾道ミサイル攻撃は、けっして目新しいものではない。だが、今回は人口約650万人の首都リヤドを狙ったもので、サウジ空軍が迎撃したため大事には至らなかったが、サウジ側が即座に「イランによる戦争行為だ」と非難した点が注目される。振り返ればサルマン皇太子が国防相に就任してすぐにイエメンへの空爆を開始、内戦に介入してから既に2年半以上が経過している。
サルマン皇太子はフリードマンに、サウジが支援しているハーデイ前大統領派が「85%の国土を押さえている」と強調しているが、支配下の人口比では全くの逆だ。
サウジ等連合軍の空爆により巻き込まれた一般市民の犠牲だけでも、すでに1万人以上に達すると言われている。人口2,700万人のうち700万人が飢餓状態にあり、290万人が国内で避難民となることを余儀なくされ、90万人がコレラ等の疫病に罹患しており、すでにコレラによる死者は2,000人を超えていると報道されている。内戦は今に至るも混迷を深くしており、出口はまったく見えていない。
Photo by Almigdad Mojalli / VOA
サウジは今回の弾道ミサイル攻撃に対する報復として、イエメンへの海、空の輸送路を封鎖する対抗措置を取った。その結果、一般生活維持に不可欠な食料や医薬品などの搬入ができなくなり、国連関連機関やNPOから「人道無視」との非難の声が再び上がり、ようやく3週間後の11月25日に封鎖は解除された。
このようなサウジの空爆がもたらしている人道被害に対し、国際社会の非難の声は依然として大きい。オバマ政権時代にはアメリカ政府が非難声明を出したこともある。また国内でも、膨大な軍事費支出にも関わらず効果が見えないイエメンへの空爆・内戦介入の責任を問う声も水面下では多かったが、今回の「一斉拘束」でまったく聞こえなくなると予想される。
皇太子の試練(3)ハリリ・レバノン首相の突然の辞任声明
前述した(1)と(2)が発生した同じ11月4日に、リヤド滞在中のハリリ・レバノン首相がサウジのテレビを通じ、突然「辞任声明」を発表した。ハリリは、イランが支持するシーア派ヒズボラ(注3)による暗殺の危険を感じたことが辞任の理由だとし、ヒズボラはレバノンおよび地域の安定を脅かしている、と非難した。
出典)photo by United States Department of State
これを受けサウジ側は、ハリリ暗殺計画はイランの支持を受けたヒズボラが支配するレバノンの「サウジへの宣戦布告」だ、と非難した。
折から、サウジとイスラエルが水面下で関係改善を図っている、とのニュースが流れており、サウジがイスラエルをけしかけてレバノンで新たな「代理戦争」を始めるのでは、との不安感が急速に広まった。
レバノンはモザイク国家と呼ばれ、スンニ派(ハリリ首相)、シーア派(ナスルッラー国会議長)と、マロン派クリスチャン(アウン大統領、シーア派寄り)が権力を分け合い、危ういバランスを取りながら統一政府を形成している。鼎の足が一本でも崩れると、ふたたび悪夢の内戦に陥るリスクがある。
幸い現時点ではまだ「代理戦争」は始まっていないが、火種はくすぶり続けている。
NHKウェブニュースも11月17日に報じているように、イスラエルの軍幹部がサウジに対して「連帯」を呼びかけ、波紋をよんでいる。サウジアラビアと国交のないイスラエルのアイゼンコット参謀総長が、イギリスをベースとするサウジのアラビア語メディア「イーラフ」のインタビューに応じ、「イスラエルとサウジアラビアはイランに対抗するという目的を共有している。イスラエルは経験や情報を共有する用意がある」と発言したのだ。これは何を意味するのだろうか。
9月初旬にイスラエルを極秘訪問し、ネタニヤフ首相とイラン問題を協議した、とのまことしやかな噂を流されたサルマン皇太子は、フリードマンに対し「イランの最高指導者は中東の新しいヒトラーだ」と酷評した。
Photo by seysd shahaboddin vajedi
前後の記述が少ないのでサルマン皇太子の真意は不明だが、中東調査会の村上拓哉氏はこれを「イスラエルがイランを批判するときに用いる常套句」で「サウジとイスラエルの対イラン認識がかなり近いこと、あるいは既に対話がなされていることを示唆している」とツィートしている(2017年11月24日)。
(https://twitter.com/takuyamurakami2/status/933981435144179712)
レバノンとサウジの二重国籍を持つハリリ首相の「辞任声明」は、サウジに呼び出され、赴いたところ強制されたものだ、との指摘も根強い。
11月18日、ハリリ首相はマクロン仏大統領の「招待」によりパリに向かった。その後、カイロ、キプロスの首都ニコシアを経由して11月21日にベイルートに戻った。早速アウン大統領と面談し正式に「首相辞任」を申し入れたが、大統領の要請により「当分、保留する」と発表した。サルマン皇太子の「目論み」はここでも外れた。
フリードマンは紹介した記事の書き出しで、「サルマン皇太子が行おうとしている脱石油経済を目指した、寛容で開放されたイスラーム社会を作ろうという『社会改革』を成功すると予測するのは愚者だけだ、だが、賞賛しないものも愚者だけだ」と書いている。
果たしてサルマン皇太子は、世俗統治の正統性を保ちつつ「サウード家の統治」を「サルマン家の統治」に変えることができるのだろうか?
脱石油経済実現の第一歩となるアラムコのIPOを含め、「ビジョン2030」(注4)の実現には当面、油価の回復が絶対条件だ。11月30日のOPEC総会は、大方の予測のように、2018年末までの協調減産を合意できるだろうか?
また、時期こそ不明だが、サルマン皇太子が即位する日は近い。ワッハーブ派の聖職者たちは、サルマン皇太子の「社会改革」をそのまま受け入れるのだろうか?イランとの「代理戦争」はさらに拡大するのだろうか?エネルギー源の大半を中東に依存している我が国としては、ますます目が離せない展開となっている。
- 二聖モスクの守護者
サウジアラビアはイスラームの二大聖地、メッカとメディナを擁する。イスラームではメッカへの巡礼は義務であり、サウジアラビアはすべてのイスラーム教徒にとって聖なる土地にある。「二聖モスクの守護者」という称号は、サウジアラビアのファハド元国王が1986年から使い始めた。サウジアラビアは、メッカのハラーム・モスクとメディナの預言者モスクの2カ所を管理していることから、この称号を用い始めたもので、サウジアラビアがイスラーム世界の盟主であると内外に示す狙いがある。 - フーシー派
イエメン北部に拠点をおく、イスラーム・シーア派の武装組織。指導者は、アブドゥルマリク・アル・フーシー。2014年半ばに首都サヌアを制圧、2015年から事実上政権を掌握している。 - ヒズボラ
1982年結成。レバノンのシーア派イスラーム主義武装組織。アラビア語で「神の党」を意味する。イランとシリアの支援を得ているとされる。 - ビジョン2030
2016年4月25日、サウジアラビア政府・経済開発評議会(ムハンマド・サルマーン副皇太子が議長)が作成した2030年までの経済改革計画。石油依存型経済から脱却し、投資収益に基づく国家の建設を目標としており、その達成の為、国営石油会社サウジアラムコの5%未満の新規株式公開(IPO)、民営化による透明性の向上と汚職抑制、軍事産業の育成による国内調達の軍装備品支出の割合を50%まで拡大、外国人による長期的な労働・滞在を可能するグリーンカード制度の5年以内の導入などを謳っている。(参考:中東調査会HP)
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