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グローバル・エネルギー・ウォッチ

Vol.04 「カタール断交」とサウジアラビアの未来(下)

日・サウジアラビア首脳会談(サルマン国王と安倍首相)
出典)首相官邸HP(2017/3/13)

まとめ
  • この記事は、「カタール断交」とサウジアラビアの未来(上)の続きです。こちらから先にお読みください。

サウジのお家事情

サウジでは国王は終身制であるが、今年末に82歳になるサルマン国王の健康は必ずしも万全ではない。前例にならい現在32歳のMBSが「摂政」となる日が近いかも知れない。今でも日常の業務はMBSに任せていると伝えられている。したがって、MBSによる統治がこれから数十年間続く可能性が高い、ということになる。

自分より経験も豊富で年長の王族に囲まれて、若いMBSが国王となって、サウジは国家として安泰だろうか、というのが筆者の懸念である。

現在サウジが直面している内政上の根本的課題は、人口増と若年層の失業である。

第一次オイルショックが起こって、サウジが豊かになりだした1973年に671万人だった人口が、2016年には3,228万人にまで増加している。約5倍だ。3,228万人のうち自国民は73%の2,356万人である。しかも30歳未満が50%以上なので、自国民数は年々増えていく。(図1)

図1:サウジアラビアの人口
図1:サウジアラビアの人口

引用)世界銀行

前回、説明したように、サウジは国民が政治的権利を放棄し、国王に忠誠を誓い、国王は「揺りかごから墓場まで」国民の面倒をみるという家父長的福祉国家である。それがワッハーブ派により世俗的統治の正当性を付与された「サウード家による統治」の骨格である。

現在、公官庁の職員、教育関係者、軍・警察勤務者、あるいは医療関係者などからなる公務員数が労働人口の70%以上を占めていると言われている。必ずしも仕事があるからではない。国家が国民の「面倒をみる」ためである。それが証拠に、サウジの人事相(Minister of Civil Service)サイード博士自らが昨年10月、サウジの公務員は「1日に1時間しか働かない」と指摘しているほどである。

2000年代半ばから2014年央までは油価が高値で安定していたため、国民に十分な施しをすることができた。毎年労働市場に出てくる若者たちの多くを「公務員」として吸収することもできた。サルマン国王が第七代国王として即位したとき、公務員たちに総額300億ドルもの臨時ボーナスを払えたのも、油価が高かった時代の「貯金」があったからである。

だが、2014年後半から石油価格は大幅に下落し、サウジは2015年以来財政赤字を余儀なくされている。将来も、供給より先に需要がピークを迎えるだろうという「新ピークオイル論」が定説の今日、油価が上昇し続けることを前提に国家予算を策定することはできない。やはり、石油収入にのみ頼った経済構造からの脱却を図らなければならないのだ。

2016年4月25日、経済開発評議会議長として副皇太子MBSが『サウジアラビア「ビジョン2030」』(以下、「ビジョン2030」)を打ち出した背景にはこうした現状認識がある。きわめて正しい認識だ。いつかは誰かがやらなければならない難題である。

実は石油依存から脱却し、経済構造を多様化すべきだという根本論は、過去にも油価が下落し、国家収入が減少して財政が困難になった時に、何度となく議論されてきた。だが、油価が上昇するとすぐに忘れ去られ、実を結ぶことはなかった。今回は、第三世代のMBSなら出来るかもしれないという期待がある。

ここでは詳細を紹介することはできないが、「ビジョン2030」は確かに、地域大国としての誇りと自信に満ちた雄大な未来展望だ。だが、石油依存を脱してグローバルな投資大国となることを目指すというこの壮大なビジョンは、実現に至る道筋に具体性を欠いていると言わざるを得ない。

そんな批判に応えるように約1ヶ月半後の2016年6月6日、2020年までの5年間に実行する方法論としての国家変革計画2020(National Transformation Plan 2020)」(以下、「NTP2020」)が発表された。

しかし冷静に考えると、多分に欧米コンサルタントが描いた青写真に依拠した「ビジョン2030」も「NTP2020」も、表面上「経済改革」のみを目指しているが、実は「社会システムの変革」を伴わなければ実現不可能なものだ。果たしてそうした「社会システムの変革」は可能だろうか。

問われるサウジの社会変革への本気度

たとえば、2030年までに労働力に占める女性比率を22%から30%に引き上げる、とか、娯楽への個人消費を2.9%から6%に上げる、としているが、女性の社会進出や歌舞音曲の普及を保守的なワッハーブ派の宗教指導者がどこまで認めるだろうか?

あるいは11.6%の失業率を2030年までに7.6%に下げる、そのために2020年までに公務員の給与を1,280億ドルから1,216億ドルへ、予算に占める比率を45%から40%に低下させる、民間部門に45万人分の雇用を創出するとしているが、「1日に1時間しか働かない」公務員にどうやって労働意欲を持たせるのか、給与水準の低い民間企業に移って働くことを受諾させるのか?

サウジ国民の基本的価値観形成に大きな影響をもたらしている基礎教育において、イスラム教学習が3分の1、アラビア語学習が3分の1、残りの3分の1でその他の科目を履修するという現行カリキュラムは、国際的競争力を持った人材育成のためには根本的な改革が必要だろう。だが、果たして、教育界を牛耳っている保守的宗教界が改革を認めるだろうか?

もっとも根本的な問題として、国家財政の歳出削減策として諸々の「手当」や「補助金」が削減され、さらに新たな課税(付加価値税や悪行税など)も検討されているが、このように「痛み」の分担を要求される一般国民が、政治的権利を持たないままで我慢していられるだろうか。

「王族の存在」という根本問題

さらに、王族の問題がある。

サウジの王族の金の使い方は我ら凡人の想像を超えている。たとえば2000年夏、筆者がテヘランからロンドンへ横滑りで二度目の赴任をしていたとき、ハイドパークのそばをアラビア文字のナンバープレートをつけた高級車ジャガーのオープンカーが走っていた。奇異な感じがしたが、疑問は翌朝の新聞で晴れた。サウジの某王子が休暇をすごすにあたり、普段母国で乗り慣れている車が必要だと、ジャンボ機に乗せて運んで来たそうだ。

また、2014年の夏に南フランスで440フィートの豪華ヨットに「一目ぼれ」したMBSは、配下の従者を交渉に送り、ロシア人富豪から即決即断、5億ユーロ(600億円)で購入したそうだ。

今年3月に来日し、その豪奢ぶりをして我ら庶民を驚かせたサルマン国王は、今年の夏、新築したモロッコの離宮で一ヶ月の休暇を過ごしたが、その滞在経費は1億ドルと言われている。(写真1)

写真1:笑顔で握手を交わす両首脳
写真1:笑顔で握手を交わす両首脳

出典)首相官邸HP(2017/3/13)

これらのエピソードから垣間見える生活が当たり前となっているサウジの王族が、国家から支払われる諸手当の減額を受け入れることが出来るのだろうか?

このように難題が山積みの「ビジョン2030」と「NTP2020」が計画通り進められるかどうか、世界中が注目している。

当面は、現在進めている国営石油サウジアラムコ(写真2)の最大5%IPO(新規株式公開)の行方が焦点だろう。IPOにより市場から資金を調達し、「公共投資基金(The Public Investment Fund)」を拡充して2兆ドル規模の国家資産基金とし、国内外の様々な事業に投資し、投資収益を増加して財政を安定させようという「ビジョン2030」の中核をなすものだからだ。

写真2:国営石油サウジアラムコ 本社ダーラン
写真2:国営石油サウジアラムコ 本社ダーラン

出典)Wikipedia Photo by Eagleamn

だが、不確定要素が多々あり、IPOの成否についてもまだまだ予断を許さない。

たとえば、サウジアラムコの企業価値は、MBSがいうように2兆ドルあるのだろうか、あるいはFTが試算したように8,800億ドルから1兆1,000億ドル程度なのか。これには原油価格がどうなるかが鍵をにぎっているであろう。また、欧米の株式市場や投資家たちが求める情報開示ができるかどうか。

また、「ビジョン2030」実行の懸念事項として述べた保守的な宗教界や他の王族からの反発、反対、抵抗については、サルマン国王が存命中は、宗教界にも王族たちにも睨みがきくだろうが、崩御された後はけっして安心できないだろう。

さらに、仮にすべてが上手く行って、投資立国として果実を享受できるようになるとしても、相当長い時間が必要だろう。それまでの期間はやはり、石油収入に頼らざるを得ないだろう。

このように諸々の要素を勘案すると、「ビジョン2030」成功による国家改造は、1990年代のソ連崩壊後のロシアの市場経済化への歩み同様、大波乱なくしては成果を上げることはできないだろう、と筆者は見ている。社会システム変革の動きは「サウード家による統治」という基本骨格そのものをも対象とし、国家の存立を揺るがしかねない大変動を伴うのではないか、と懸念している次第だ。

「カタール危機」によってサウジの基本姿勢は明確になった。

すなわち「サウード家による統治」を死守するためには、最高宗教指導者による統治こそ正しいイスラム国家のあり方だとするイランも、世俗法ではなくシャーリアと呼ばれるイスラム法に基づき統治すべきだとするムスリム同胞団も、サウジ及び湾岸アラブ諸国にいかなる影響を与えてはならない。イランやムスリム同胞団のお先棒を担ぐカタールの現政権は許しがたい。内政干渉といわれようと、考え方を変えさせる。タミーム首長(写真3)の交代が妙案かもしれない・・・。

写真3:カタール タミーム首長
写真3:カタール タミーム首長

出典)Flickr United Nations Photo(2015/9/28)

だが、人口増と若者の失業問題という内政上の難題を抱え、さらにイランとの対立、出口の見えないイエメン内戦、混迷を続けるシリア情勢など、まさに内憂外患のサウジの前途はけっして明るくない。将来「サウード家による統治」を維持しうるだろうか。

このようなサウジの未来を考えると、エネルギー資源の大半を中東に依存するわが国として、今日ほど地政学的リスクに対するアンテナを高くし、常日頃からBプラン、Cプランのシミュレーションを行い、あらゆる変化に対応する準備が要求される時代はないのかもしれない。

筆者も回答を持つわけではないが、読者諸氏に問題提起をしておきたい。

(この記事は「カタール断交」とサウジアラビアの未来(上)の続きです。全2回。)

岩瀬 昇 Noboru Iwase
岩瀬 昇  /  Noboru Iwase
1948年、埼玉県生まれ。エネルギーアナリスト。浦和高校、東京大学法学部卒業。71年三井物産入社、2002年三井石油開発に出向、10年常務執行役員、12年顧問、14年6月退職。三井物産入社以来、香港、台北、二度のロンドン、ニューヨーク、テヘラン、バンコクでの延21年間にわたる海外勤務を含め、一貫してエネルギー関連業務に従事。現在は新興国・エネルギー関連の勉強会「金曜懇話会」世話人として、後進の育成、講演・執筆活動を続ける。

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