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テクノロジーが拓く未来の暮らし

Vol.49 「売らない店」ブーム、その先は?

写真)b8ta Tokyo – Shibuya

写真)b8ta Tokyo – Shibuya
© エネフロ編集部

まとめ
  • 体験型店舗である「売らない店」が増えている。
  • 消費者側にも、出店する企業側にも、百貨店などの業態にもメリットはある。
  • データの精度を上げること、データをどうマーケティングに生かすかが課題。

昨今、小売業界の形態が大きく変化している。その一例として「売らない店」の台頭が挙げられる。

「売らない店」とは店頭販売を目的とせず、あくまで商品を試したり体験したりすることを目的とし、購入時にはECサイトを利用してもらう新たな小売形態のことだ。百貨店や路面店、大型ショッピングセンター内の出店など、さまざまな形態がある。また、店舗によってはその場での購入も可能だ。

「売らない店」とは

代表的な「売らない店」が2015年に米国サンフランシスコ生まれのショールーム型店舗、「b8ta(ベータ)」だ。日本には2020年8月に上陸した。

東京・渋谷にある「b8ta(ベータ) Tokyo – Shibuya」に行ってみた。

平日の午後4時という時間帯からか、店内に人気はない。店舗スタッフ(「b8taテスター」と呼ばれている)が3名ほどいた。

展示してある商品はビアサーバーや美容家電、キッチン家電、健康食品など、斬新なもの数十点。食品関係は試食ができるものもある。店舗スタッフがどの商品でも、機能についてよどみなく説明してくれることに驚いていると、商品知識を得るための学習システムが充実しているとスタッフが教えてくれた。

出品している企業は展示スペースを借り、消費者の反応を得ることが目的なので、スタッフは話し相手になってくれるだけだ。気に入った商品はQRコードを読み取ってより詳しく機能を調べたり、ECサイトから注文することができる。

スタッフは来店者の意見を企業にフィードバックする。企業はそれらの情報を商品開発に活かす仕組みだ。

スタッフが一例を紹介してくれた。

ちょっと変わったアイスクリームブランド「OTM ICECREAM(オーティーエム アイスクリーム)」。OTMは、Organic Trade Markの略で、法人として認定農業者を取得しており、先端的な技術により、さまざまな野菜を栽培・生産するファームブランドである。

「アイスクリームを背徳菓子から道徳的口福に」をコンセプトに、栄養価の高いフレッシュな“マイクログリーン(若芽野菜)”を使ったギルトフリー(カロリーが高いスイーツを食べてしまったという背徳感のない)アイスクリームを開発した。

写真)マイクログリーンが入った「OTM ICECREAM」
写真)マイクログリーンが入った「OTM ICECREAM」

出典)株式会社SU-BEE

アイスに野菜を練りこんだところが新しい。健康志向の現代人にアピールできそうだ。とはいえ、いくらビタミンやミネラルが豊富だといっても、お値段が1カップ税込550円~では手が出ない、という人もいよう。

そんな時、b8taに来たお客さんが「アイス売り場に置いてあったら買わないけど、野菜売り場だったら買っちゃうかも」と話していたという。その声を企業側に伝えたところ、貴重な意見だと評価されたそうだ。ユーザーの生の声が拾えるのも「売らない店」ならではだ。

家電ガジェットが多い印象だったが、商品は定期的に入れ替わっているとのこと。また、店舗の場所によって商品の種類も変えているという。

ウィンドーショッピングは元来楽しいものだが、店員が近寄って来て「売らんかな」のセールストークが始まりそうになると即刻その場を離れたくなる。一切商品の売り込みがないというのはある意味新鮮で心地よい経験だった。

「売らない店」のメリット

消費者にとってのメリットはなんといっても、D2Cブランド(Direct to Consumer:企業がECサイト上で直接自社製品を販売する方式)を実際に手に取ってじっくり見ることができることだろう。店員の視線やセールストークに煩わされることなく商品を吟味できるのは大きい。

一方、企業側にもメリットは大きい。

1つ目は上のアイスクリームの例のように、来店客の声をダイレクトに拾えることだ。店舗スタッフの「聞く力」次第という所はあるだろうが、商品に対する潜在顧客の意見を集められるのは大きい。商品の仕様変更や新モデルの開発などに役立つに違いない。

2つ目は、来店客の詳細なデータが入手できることだ。店内の天井には「AIカメラ」と「デモグラフィックカメラ」が設置されている。前者は、来店客の動きをモニタリングするもの。商品が展示してある場所を通りすぎた回数や、5秒以上立ち止まった回数などを分析する。後者は来店客の性別と年齢を類推する。これらの情報が出品企業に提供される仕組みだ。

3つ目は、マーケティングコストを削減できることだろう。出品企業はb8ta内に製品を置く区画を期限付き(最低6か月)で借り、出品料を払う。店舗を持たないスタートアップなどには便利なシステムだ。一方、大手企業の出品も目に付いた。大手ビール会社や家電メーカーが商品を展示しているのを見ると、「売らない店」の顧客層(出品企業)は意外と幅広いと思った。

「売らない店」今後の展望

以上のメリットを見ると、当面「売らない店」は増えると思われる。百貨店の参入も話題になった。大丸東京店の「明日見世(あすみせ)」や、新宿高島屋の「Meetz Store(ミーツストア)」などだ。

百貨店はこれまで、ブランドの店舗を置き、在庫を持って販売するビジネスモデルを展開してきたが、こうしたモデルでは新しい、感度の高い「尖った」ブランドを開拓するのは難しくなっている。必要に迫られての参入と思われる。

写真)新宿高島屋「Meetz STORE」
写真)新宿高島屋「Meetz STORE」

出典)TAKASHIMAYA TRANSCOSMOS INTERNATIONAL COMMERCE PTE. LTD.

また前述のb8taだが、昨年末、蓄積してきた「売らない店」のノウハウを売る「by b8ta」なるサービスをローンチさせた。体験型ストアを自店舗内に開業したいがノウハウがないという企業がターゲットだ。

定量・定性データを管理するソフトや、什器・店舗のデザインといった「売らない店」の基本となるものはいうにおよばず、「売らない店」を運営する鍵となる接客のトレーニングまで伝授するという。こうしたビジネスが生まれること自体、「売らない店」の需要が強いということなのだろう。実際、引き合いは強いという。

当面、「売らない店」ブームは続くと思われる。

今後の課題

「売らない店」は主にZ世代(1990年代後半から2000年代に生まれた人)など商品の購入を対面よりもECサイトでおこなうことが当たり前になっている人々をターゲットとしている。

実際に株式会社バトラが2021年10月におこなった調査では、コロナ前後で、オンラインショッピングの利用頻度について「週に1回以上」と回答した人がコロナ前は19.9%だったのに対し、コロナ後は38.7%に増加し、「月1回以上」と回答した人も含めると65.9%から84.3%に増加していた。

緊急事態宣言の解除後も、オンラインショップ利用頻度は「変わらない」と回答した人は73.4%だった。ECサイトを利用したショッピングが多くの日本人の生活に定着していることが伺える。

「売らない店」に期待が集まるのも無理からぬ事だ。

一方で、「売らない店」のターゲットであろう「Z世代」の特徴に目を向ける必要があろう。それは、「コスパ」、「タイパ(タイムパフォーマンス)」を重視することや、「SDGs」・「環境」、「多様性」など「社会の問題や世の中の動きに関心が高い」ことなどである。(参考:「Z世代とは?ミレニアル世代との違い」PR Times、「Z世代を、ミレニアル世代、Y世代と比較してみた」電通報

最近よく聞く「パーパス=存在意義」が企業行動や商品に求められることになるだろう。

そうなると、「売らない店」が収集する「データの質」と、「データをどうマーケティングや商品開発に活かすか」がますます重要になってくる。

「データの質」については、来店者がどれだけ商品に興味を示したかを測るデバイスをカメラ以外に開発することが求められる。人の動き以外に測定するものがあるかもしれない。例えば感情の動きを測定するために、体温や表情の変化を記録できるデバイスがあったらデータの「質」はさらに高まるだろう。

また、店舗スタッフが来店者から商品についての感想や意見を引き出す「スキルの向上と標準化」もより重要になってくるだろう。人力に頼っている限り、スタッフのスキルのバラツキは無くならないし、教育コストもばかにならない。もしかしたら、AIが対応したほうがより高精度で有用な情報が取れるかもしれない。コストとの兼ね合いではあるが、人間よりアンドロイドやロボットが応対したほうがいいかもしれない。

「データの利活用」については、Z世代に訴求するブランド作りにどうデータを利活用するかが問われることになろう。むろん商品の機能は大事だが、それ以上にその商品が社会にとってなぜ必要かを明確にすることが重要だと思われる。また、その訴求方法も重要だ。SNSで情報収集することが当たり前になっているZ世代にどうブランドの持つパーパスを訴求するかが問われることになる。

このように、これからの小売業はマーケティングの意思決定において、従来とは全く異なるアプローチが求められる時代に突入したようだ。「売らない店」は、モノが売れない時代にいかに「売る」かを模索する実験室だ。成功するかどうかは、従来の慣習を捨てることができるかどうかにかかっているように思う。

安倍宏行 Hiroyuki Abe
安倍 宏行  /  Hiroyuki Abe
・日産自動車を経て、フジテレビ入社。報道局 政治経済部記者、ニューヨーク支局特派員・支局長、「ニュースジャパン」キャスター、経済部長、BSフジLIVE「プライムニュース」解説キャスターを務める。現在、オンラインメディア「Japan In-depth」編集長。著書に「絶望のテレビ報道」(PHP研究所)。
株式会社 安倍宏行|Abe, Inc.|ジャーナリスト・安倍宏行の公式ホームページ
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