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エネルギーと環境

Vol.56 世界初、環境にやさしい日本の「石けん系消火剤」の威力

写真)インドネシアの泥炭地で発生した森林火災 2015年10月3日、インドネシア南スマトラ州パレンバン近郊オガン・イリル地区

写真)インドネシアの泥炭地で発生した森林火災 2015年10月3日、インドネシア南スマトラ州パレンバン近郊オガン・イリル地区
出典)© Ulet Ifansasti/Getty Images

まとめ
  • 北半球を中心に、各地で大規模かつ長期間にわたる森林火災が多発している。
  • そうした中、環境に優しく短時間で鎮火できる石けん系消火剤が注目を集めている。
  • 石けん系消火剤はインドネシアやウクライナにも送られ、火災鎮火に貢献している。

森林火災が世界各国で起きており、年々その被害は大きくなっている。
OCHA(United Nations Office for the Coordination of Humanitarian Affairs:国連人道問題調整事務所)によると、2021年は世界で93,000km²の森林が焼失し、今世紀最悪と言われた。しかし2023 年には、カナダ1か国だけでなんと184,000km²もの森林が焼失した。(出典:カナダ政府「全国森林火災状況報告書」2023年11月2日)その煙はアメリカのニューヨーク州にまでおよび、深刻な大気汚染を引き起こした。

写真)ニュージャージー州から見たニューヨーク市のエンパイアステートビルなど高層ビル群。カナダの森林火災に起因する煙害で市は大気汚染警報を発出した。2023年7月5日、ニュージャージー州ジャージーシティ
写真)ニュージャージー州から見たニューヨーク市のエンパイアステートビルなど高層ビル群。カナダの森林火災に起因する煙害で市は大気汚染警報を発出した。2023年7月5日、ニュージャージー州ジャージーシティ

出典)© Gary Hershorn/Getty Images

また、記憶に新しいのはハワイの森林火災だ。2023年8月8日から約1か月続いたマウイ島の森林火災では、2,000戸以上の家屋が焼失し、過去100年で最悪の115人が死亡した。(出典:JETROビジネス短信 2023年9月19日)マウイ島全体を含むハワイの大部分の干ばつや異常乾燥状態とハリケーンの強風による影響で火が急速に拡大した。

写真)灰燼に帰したマウイ島西部ラハイナ地区 2023年10月9日 ハワイ州ラハイナ
写真)灰燼に帰したマウイ島西部ラハイナ地区 2023年10月9日 ハワイ州ラハイナ

出典)Mario Tama/Getty Images

森林火災の原因

世界各地で発生し、大きな被害と環境汚染を引き起こす森林火災の原因には、大きく分けて自然発火と人為的要因の2つがある。

自然発火の要因は乾燥だ。近年地球温暖化による気温上昇や、気候変動による降雨量の減少、干ばつなどで乾燥化が起こりやすくなっていることが原因だ。落ち葉や空気中の水分が失われ、枯れ葉が風などで擦れあい、摩擦熱で火がつく。意外に思われるかも知れないが、一部の樹木は私たちが想像する以上に激しく燃える。特に、ユーカリやティーツリーなどは油分を多く含むため、それらの樹木が群生している森林の一部にひとたび火が付くと、一気に燃え広がり、大規模な森林火災を引き起こす。

一方、日本の森林火災は、自然発火が要因となることはまれで、多くが人間の不注意などによるものだ。その内訳を見ると、たき火が31.5%、火入れ(野焼き)18.4%、放火7.9%、タバコの不始末4.8%と続く。こうした人的要因を極力減らすことが重要になる。

図)原因別出火件数(平成29年~令和3年の平均)
図)原因別出火件数(平成29年~令和3年の平均)

出典)林野庁

そのためには啓発活動が欠かせない。総務省消防庁は林野庁と共同で、春季全国火災予防運動期間中の3月1日から3月7日までを「全国山火事予防運動」の統一実施期間として広報活動をおこなっている。(参考:「令和5年全国山火事予防運動実施について」)

森林火災の消火方法

森林火災の消火方法だが、日本では主にヘリコプターを使った空中消火と消防車による同時消火がおこなわれている。しかし、この方法は早期鎮火には有効だが、大規模かつ長期にわたる火災には効果が薄いという問題がある。

一方、海外では少量の水で効果的に鎮火するための技術が開発されてきた。こうした消火剤は日本にも輸入されているが、鎮火後に化学合成の界面活性剤が残留し、環境負荷がかかるという問題がある。

そうした中、合成界面活性剤などを使わない「無添加石けん」を製造している福岡県北九州市のシャボン玉石けん株式会社(以下、シャボン玉石けん)が北九州市消防局・北九州市立大学の産学官連携で開発した「石けん系消火剤」が注目を集めている。1995年の阪神淡路大震災で消火用水が確保できず、被害が拡大したことを踏まえて、2001年、北九州市消防局からの依頼をきっかけに開発に着手。北九州市立大学や、防災やハイテク技術に強みをもつ企業などの協力を経て、2007年に商品化に成功し、2019年11月には第7回グッドライフアワード(注1)の環境大臣賞(企業部門)を受賞した。

写真)石けん系消火剤
写真)石けん系消火剤

出典)シャボン玉石けん

「石けん系消火剤」は、主成分が天然油脂石けんの消火剤で、水に比べて地中深くまで浸透しやすいため、水よりも効率的に消火できる特徴がある。また、自然界に豊富にあるカルシウムやマグネシウムといったミネラル分と結合して界面活性が失われるため、化学合成の界面活性剤を含んだ消火剤と比べて生態系への影響が低い

また、建物用消火剤としては、以下のような特長を持つ。

・石けんの界面活性能により、消火剤が燃焼物内部に浸透するため、再燃を防ぐ
・燃焼物を泡で覆うため、窒息効果および輻射熱の防止により、従来の1/17の放水量で消火でき、階下の水損を軽減する
・泡は比重が小さいため吐水ホースが非常に軽く、また、泡切れが非常に良いため足元がすべらないなど、消防隊員の作業性や安全性が向上する。(出典:北九州学術研究都市「研究開発による成果事例集」)

海外での実用例

この石けん系消火剤は海外でも高い評価を得ている。

その国の1つがインドネシアだ。インドネシアには、地中に大量の炭素を含むことから、一度火災が起こると長期化し消火しにくい泥炭地があり、その面積は地球全体の泥炭地の約36%を占めている。森林伐採やプランテーション開発により泥炭地の乾燥が進み発火しやすくなり、大規模な森林火災を引き起こしている。カナダの森林火災同様、近隣諸国への煙害の原因にもなっている。(参考:JICA

この「地球の火薬庫」に対し、シャボン玉石けんは、独立行政法人国際協力機構(JICA)「中小企業海外展開支援事業」などを通じて、インドネシアに石けん系消火剤を普及させる取り組みをおこなっている。

写真)インドネシアの泥炭火災消火実験の様子。
写真)インドネシアの泥炭火災消火実験の様子。

出典)環境省

ウクライナも支援

さまざまなメリットのある石けん系消火剤だが、最近では人道支援にも生かされている。特にロシアのウクライナ侵攻をめぐっては、ウクライナの火災鎮火の人道支援として、今年8月には約300トンの消火水に利用可能な石けん系消火剤150個が送られた。

写真)ウクライナ国内における建物や森林火災の消火活動支援として石けん系消火剤150個を発送することが決まりおこなわれた式典 2023年8月
写真)ウクライナ国内における建物や森林火災の消火活動支援として石けん系消火剤150個を発送することが決まりおこなわれた式典 2023年8月

出典)シャボン玉石けん

森林火災による地球全体の年間のCO₂放出量は、62〜150億tにも達すると見積もられている。(出典:環境省)石けん系消火剤は環境に配慮しつつ、森林火災の鎮火をおこなうことができる。将来的には各国でライセンス生産も検討されているといい、日本発のこの技術が地球の温暖化防止と環境保全に少しでも貢献することを期待したい。

  1. グッドライフアワード
    環境省が主催する環境と社会によい活動を応援するプロジェクト。社会をよくするSDGsを体現する取組を「環境大臣賞」として企業、学校、NPO、自治体、地域コミュニティ、個人など幅広く表彰している。
安倍宏行 Hiroyuki Abe
安倍 宏行  /  Hiroyuki Abe
・日産自動車を経て、フジテレビ入社。報道局 政治経済部記者、ニューヨーク支局特派員・支局長、「ニュースジャパン」キャスター、経済部長、BSフジLIVE「プライムニュース」解説キャスターを務める。現在、オンラインメディア「Japan In-depth」編集長。著書に「絶望のテレビ報道」(PHP研究所)。
株式会社 安倍宏行|Abe, Inc.|ジャーナリスト・安倍宏行の公式ホームページ
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