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グローバル・エネルギー・ウォッチ

Vol.41 サウジアラビアが水素に力を入れるわけ

図)イメージ

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出典)Andriy Onufriyenko/GettyImages

まとめ
  • 産油国の盟主であるサウジアラビアが「水素エネルギー」の製造に乗り出した。
  • 背景には、世界的な水素エネルギーの需要の高まりがある。
  • 日本とサウジアラビアは、水素やアンモニアに関する共同事業を進めることで一致した。

サウジアラビアは世界最大級の石油生産量及び輸出量を誇るエネルギー大国である。輸出総額の約9割、財政収入の約8割を石油に依存している。(参考:外務省

そのサウジアラビアが世界的な脱炭素の流れを受け、原油に過度に依存した、いわゆるモノカルチャー経済からの脱却を目指していることは、1年前の記事「サウジが石油掘削跡地に巨大テーマパーク建設」で紹介した。2030年までにアトラクションを613箇所作り、観光セクターにおける雇用160万人を創出する改革だというのだから驚きだ。

テーマパーク建設は観光立国を目指したものだが、本業のエネルギー分野でもぬかりはない。

2021年10月に開催した「サウジ・グリーン・イニシアチブ(Saudi Green Initiative:SGI)フォーラム」では、「2060年までに炭素排出量をネットゼロにする」という野心的な目標を発表している。

ムハンマド・ビン・サルマン皇太子は同フォーラムに先立つ2021年3月、炭素排出量削減の為に今後数十年で100億本の植樹をおこない、国土の3割以上を保護地域に指定して世界全体の4%相当のCO₂削減を目指すと宣言した。

産油国の盟主であるサウジアラビアが脱炭素に本腰を入れている。そして今最も力を入れているのが「水素エネルギー」だ。

背景には、世界的な水素エネルギーの需要の高まりがある。ロシアのウクライナ侵攻によって引き起こされた世界的なエネルギー危機がそうした動きを加速させた。

IEA(国際エネルギー機関)によると、全世界の水素需要は 2021年に過去最高だった2019年の9,100万トンを上回る9,400万トンに達し、2030年までに1億1,500万トンに達する推定されている。

サウジが目指すブルー/グリーン水素

ここで聞きなれない言葉を紹介しよう。「サーキュラー・カーボン・エコノミー」(CCE)がそれだ。「循環型炭素経済」と訳される。

サウジアラビアが提唱している概念で、4つの「R」すなわち、Reduce(削減)、Reuse(再利用)、Recycle(リサイクル)、Remove(除去)により「炭素循環」を達成しつつ、経済発展を推し進めようという考え方だ。炭素循環とは、炭素が大気や海洋、生物、土壌の間を移動する循環のことをいう。

図)炭素循環の概念図
図)炭素循環の概念図

出典)NTT宇宙環境エネルギー研究所

産油国として石油市場の中心に長年君臨してきたサウジアラビアだが、水素などのクリーンエネルギー市場でも、国際的イニシアチブを取ろうという本気度が感じられる。

ところで水素は、その製造過程により3つに分類される。それが、「グレー水素」、「ブルー水素」、「グリーン水素」だ。色が表すように、グレー<ブルー<グリーンの順でよりクリーンなものになる。化石燃料をベースとしてつくられた水素が「グレー水素」、製造工程のCO₂排出をおさえた水素が「ブルー水素」、再生可能エネルギーなどを使って製造工程においてもCO₂を排出せずにつくられた水素が「グリーン水素」と呼ばれている。

図)水素の種類
図)水素の種類

出典)経済産業省

サウジアラビアは国土のほとんどが広大な砂漠であり土地はふんだんにあるため、低コストで巨大施設を建設できる。また日中は40℃を軽く超えるほど太陽光が降り注ぐ。すなわち、グレー水素よりクリーンなブルーもしくはグリーン水素を生産する環境が十分すぎるほど整っているのだ。

 クリーンエネルギー都市「NEOM」

そしてサウジアラビアはすでに動き出している。

イスラエルやヨルダンとの国境に近い北西部の2万6,500平方キロメートルにおよぶ広大な土地(ベルギーとほぼ同面積)に、再生可能エネルギーを電力源とする都市を2021年から建設している。その名を「NEOM(ネオム)」という。

図)NEOMの地図 サウジアラビア北西部、ヨルダンの南、シナイ半島の対岸に位置する。
図)NEOMの地図 サウジアラビア北西部、ヨルダンの南、シナイ半島の対岸に位置する。

出典)PeterHermesFurian/GettyImages

この都市は、電力をすべて、太陽光、風力などの再生可能エネルギーでまかなう計画だ。

2020年7月に、サウジアラビア政府系ファンドが出資している電力会社ACWAパワーと、産業用ガス製造大手の米国エアープロダクツ、それにNEOM事業会社の3社が、日量650トンのグリーン水素とそこから年間120万トンのグリーンアンモニアを製造することで合意した。

アンモニアは水素を運ぶために利用できる「水素キャリア」としての役割と、火力発電の燃料になることから水素とセットで注目されているのだ。(参考記事:「脱炭素のカギ握る『アンモニア』製造に大革命」、「クリーン水素の基準をEUが強化 試される日本の水素戦略」)

この製造施設における水の電気分解にはドイツの鉄鋼・工業製品メーカー、ティッセンクルップ、アンモニア製造ではデンマークの大手エンジニアリング企業、ハルダー・トプソーなど、数多くの多国籍企業が参画する。同施設の稼働開始は2025年を予定している。

水素を新たな戦略的輸出商品にしたいサウジアラビア。むろん日本もそうした動きを見逃してはいない。積極的にアプローチしている。

写真)建設が始まったNEOM 2023年2月13日
写真)建設が始まったNEOM 2023年2月13日

出典)NEOM

日本の動き

サウジアラビアの水素生産をめぐって、日本とサウジアラビアの協力が進んでいる。

国営石油会社サウジアラムコは去年の10月、日本のエネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)と水素やアンモニア事業への出資や供給に向けた包括協定を結んだ。

政府もサウジアラビアとエネルギー分野における相互依存体制の強化に動いている。

西村康稔経済産業相は去年12月25日、リヤドでサウジアラビアのアブドルアジーズ・エネルギー相と会談した。両国は脱炭素社会の実現に向け、水素や水素を加工して生産するアンモニアに関する共同事業を進めることで一致した。水素などの生産・輸送技術での協力や、CO₂の回収技術に関する覚書を交わした。

写真)カーボンリサイクルや水素・アンモニアなどに関する協力覚書2本を締結した西村康稔経済産業大臣とサウジアラビアのアブドルアジーズ・エネルギー大臣
2022年12月25日 サウジアラビア・リヤド
写真)カーボンリサイクルや水素・アンモニアなどに関する協力覚書2本を締結した西村康稔経済産業大臣とサウジアラビアのアブドルアジーズ・エネルギー大臣 2022年12月25日 サウジアラビア・リヤド

出典)西村康稔公式ツイッター@nishy03

水素製造には莫大な資金が必要だ。すでにサウジアラビアは韓国とも水素・アンモニアの生産やCO₂回収に関する協力で一致している。日本としても安価に水素やアンモニアを輸入できる道が拓ける。

以上見てきたように、サウジアラビアの「サーキュラー・カーボン・エコノミー=循環型炭素経済」実現のための取り組みは非常に広範囲であり、かつ進捗が早い。

日本政府は、2017年に世界に先駆けて「水素基本戦略」を策定し、「水素利用において世界をリードしていく」としてきた。しかし、日本国内でブルーもしくはグリーン水素を低コストで製造することは容易ではない。国内で必要な水素を調達するには、今回取り上げたサウジアラビアなど水素・アンモニア製造に積極的な湾岸諸国や、現在、水素サプライチェーンを構築中の豪州など、海外からの調達体制の構築が不可欠だ。我々が必要としているエネルギーはこうした多国間の協力の上に成り立っている。

安倍宏行 Hiroyuki Abe
安倍 宏行  /  Hiroyuki Abe
・日産自動車を経て、フジテレビ入社。報道局 政治経済部記者、ニューヨーク支局特派員・支局長、「ニュースジャパン」キャスター、経済部長、BSフジLIVE「プライムニュース」解説キャスターを務める。現在、オンラインメディア「Japan In-depth」編集長。著書に「絶望のテレビ報道」(PHP研究所)。
株式会社 安倍宏行|Abe, Inc.|ジャーナリスト・安倍宏行の公式ホームページ
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