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エネルギーと私たちの暮らし

Vol.36 “幸福度ランキング”上位のさいたま市「スマートシティさいたまモデル」とは

写真)浦和美園スマートホーム・コミュニティ

写真)浦和美園スマートホーム・コミュニティ
© エネフロ編集部

まとめ
  • 埼玉県さいたま市は、全国20政令指定都市の幸福度ランキングで常に上位にランクイン。
  • 2015年から「スマートシティさいたまモデル」プロジェクトに取り組み、市が理想とする都市の縮図を美園地区で構築。
  • 今後はエネルギー・環境だけではなく、デジタルデータを活用して健康や交通などの社会課題を解決する試みに注力していく。

さいたま市の概要

今回登場するのは埼玉県さいたま市。埼玉県の南東部に位置し、県庁所在地および最大の都市で、政令指定都市でもある。そのさいたま市、一般財団法人日本総合研究所が2年ごとに発表している全国20政令指定都市の幸福度ランキング(注1)で常に上位にランクインしている。2020年には1位になったこともある。

実際、市民からの評価も高い。「さいたま市民意識調査」では、さいたま市は「住みやすい」と思う人の割合は、令和4年度の調査で過去最高の87.2%になったという。平成19年度から右肩上がりで、この15年の間に10ポイント以上もアップしている。さらに、さいたま市に「住み続けたい」と思う人の割合も過去最高の87.1%となっており、人口も年々増えているという。一体、その人気の秘密は何なのか、実際に現地に行ってみた。

図)「令和4年度さいたま市民意識調査」(さいたま市)
図)「令和4年度さいたま市民意識調査」(さいたま市)

出典)さいたま市HP

今回話を聞いたのは、さいたま市 都市戦略本部 未来都市推進部 環境未来都市推進担当 副参事 有山信之氏、主任 萩原大樹氏、主事野沢優子氏。そう、この部署名からも推察できるように、さいたま市は先進的な都市計画に力を入れている自治体なのだ。

まずはこれまでの経緯を聞いた。

さいたま市の環境への取り組み

さいたま市がスマートシティの取組みとして、最初に取り組んだのは、CO₂排出削減対策だった。2009年のことだ。市には大規模な工場がなかったため、運輸部門から出ているCO₂を削減することが重要だと考えた。ではどうするか。市が目を付けたのはEV(電気自動車)だった。

写真)さいたま市 都市戦略本部 未来都市推進部
環境未来都市推進担当 副参事 有山信之氏(右)主事 野沢優子氏(左)
写真)さいたま市 都市戦略本部 未来都市推進部 環境未来都市推進担当 副参事 有山信之氏(右)主事 野沢優子氏(左)

© エネフロ編集部

有山当時、運輸部門からのCO₂排出量を下げるには、次世代自動車を普及させていくしかないだろうという考えだったと聞いていますが、その時はまだ個人向けのEVが商用化する前でした。そんな中で市民に『EVに乗ってください』と言っても無理なので、EVを普及させるために必要な充電インフラの環境を作ろう、ということになったのです。

そこで誕生したのが、電気自動車普及施策「E-KIZUNAProjectだ。

図)「E-KIZUNAProject」の推進イメージ
図)「E-KIZUNAProject」の推進イメージ

出典)さいたま市

車は市の外に出るので、さいたま市だけの問題ではない。そこで周りの市にも声をかけた。こうして公民+学が連携して取り組むことになり、サミットを開催したり、国に提言したりした。

2011年12月に脱炭素化に加えて都市の強靭化を進めるために、国から「次世代自動車・スマートエネルギー特区」という指定を受けた。(平成24年度~令和元年度)

野沢東日本大震災の時に、さいたま市内も計画停電があり、電力不足を経験した上で特区の指定を受けました。2015年からはさらに、「スマートシティさいたまモデル」プロジェクトに取り組んでいます。さいたま市が理想とする都市の縮図を美園地区で構築していくことを目指す取組みです。

美園地区とはさいたま市南東部に位置する副都心で、アジア最大級・日本で最大のサッカー専用スタジアム「埼玉スタジアム2〇〇2」がある。2001年に土地区画整理事業が開始した新しい街で、同年埼玉高速鉄道浦和美園駅も開業した。今では、さいたま市内でもトップクラスの人口増加率を誇り、人口の約79%が子育て世帯だ。

図)美園地区の空撮
図)美園地区の空撮

出典)さいたま市

スマートシティ

さいたま市が取り組んでいる「スマートシティ」とはどのような街なのか。エネフロの6年前の記事「スマートシティが開く未来」では、「ITや再生エネルギー技術などを活用し、環境に配慮しながら経済的に発展していく都市または地域社会」と定義した。従来の送配電システムに需要側の発電した電力を取り込み、双方向で管理・制御し、効率的で低公害の都市運営を行うのが「スマートシティ」だとも。

しかし当時はまだEVもそれほど普及しておらず、実際に「スマートシティ」を実現するのは容易ではなかった。

そうした中、さいたま市は「スマートシティ」の実現に本気で取り組んできた。先に述べた「次世代自動車・スマートエネルギー特区」では、美園地区を舞台に、3つの重点プロジェクトに取り組んだ。それが、①「ハイパーエネルギーステーション」②「スマートホーム・コミュニティ」③「低炭素型パーソナルモビリティ」の普及だ。

今回取り上げる「スマートホーム・コミュニティ」。そのコンセプトは、「低炭素でエネルギーセキュリティの確保された都市(まち)」、「しっかりした(顔の見える)地域コミュニティの育成、暮らしやすい都市(まち)」とした。

コンセプトを実現するための取り組みは以下の3つ。

1 脱炭素化とエネルギーセキュリティの確保
2 高断熱高気密な住宅性能(HEAT20 グレード2 注2
3 コミュニティスペース(コモンスペース)

各戸に太陽光パネルを設置し、電力使用状況をHEMS(Home Energy Management System(ホーム エネルギー マネジメント システム)で見える化した。また、電線類地中化により景観向上と災害時の電線断裂・電柱倒壊に備えている。空をさえぎるものが一切ないとこれほどまでにすがすがしいのかと驚いた。

写真)屋根に設置された太陽光パネル
写真)屋根に設置された太陽光パネル

© エネフロ編集部

住宅には、ヒートショックや低体温症を防ぐことができる断熱性能を持たせた。また、住民同士の「ご近所づきあい」が起こりやすいように家の玄関を向かい合わせに配置したほか、人が集まるイベントスペースを作るなどした。

有山自助と共助と公助のバランスを取りながら、市民のQOL(生活の質)向上につなげていこうというのが大元のコンセプトで、そのためにはどうしたらいいのか皆さんで議論しながらさまざまな機能をつけていきました。

写真)各戸の玄関は向かい合わせに。電線がないすっきりした街並み。
写真)各戸の玄関は向かい合わせに。電線がないすっきりした街並み。

© エネフロ編集部

PPAモデルの採用

第1期(2016年)、第2期(2019年)につづき、2021年に入居を開始した「スマートホーム・コミュニティ第3期」の特徴は、PPA (Power Purchase Agreement)モデルを採用したことだ。PPAとは電気を利用者に売る電力事業者(PPA事業者)と、需要家(電力の使用者)との間で結ぶ「電力販売契約形態」のことをいう。

各戸の太陽光で発電したすべての電力を一旦集めて再配電する仕組みは日本初。大型の蓄電池の他に、普段住民でシェアしているEV(日産リーフ)2台も蓄電池として給電する。

電力需要が低い場合、太陽発電が稼働していれば、48時間以上給電を継続できる。電力需要が高く、太陽光発電が停止していても、最低6時間30分は継続できるとのこと。

図)ローカルグリッドの実装 51軒に太陽光パネルを設置。発電した電気をチャージエリアのPCS(Power Conditioning Subsystem)に集めてDC(直流)からAC(交流)に変換、各住宅に配電する。発電余剰分は大型蓄電池やEVに蓄電して各住宅に配電する。
図)ローカルグリッドの実装 51軒に太陽光パネルを設置。発電した電気をチャージエリアのPCS(Power Conditioning Subsystem)に集めてDC(直流)からAC(交流)に変換、各住宅に配電する。発電余剰分は大型蓄電池やEVに蓄電して各住宅に配電する。

提供)株式会社Looop

写真)「浦和美園E-フォレスト第3期」内のチャージエリア 2台のEV(日産リーフ)の前にある設備は受変電設備。蓄電池やEV、商用系統からの電気を各住戸へ供給する。カーシェアリング用EV(日産リーフ)は、平日は蓄電池として街区のエネマネに活用(40kWh×2)し、土日はシェアカーとして住民が利用できる。
写真)「浦和美園E-フォレスト第3期」内のチャージエリア 2台のEV(日産リーフ)の前にある設備は受変電設備。蓄電池やEV、商用系統からの電気を各住戸へ供給する。カーシェアリング用EV(日産リーフ)は、平日は蓄電池として街区のエネマネに活用(40kWh×2)し、土日はシェアカーとして住民が利用できる。

©エネフロ編集部

写真)EV用充放電器
写真)EV用充放電器

©エネフロ編集部

また、第3期は再エネ実質100%を目指し、太陽光発電の余剰に合わせて従量料金単価を変動させる、「ダイナミック・プライシング」料金メニューを提供している。各家庭に設置されているHEMS端末にて、翌日の電気料金(3段階)が表示される。

野沢今日みたいに晴れている日は、昼間の電気代が安いうちに洗濯機を回すなど、エネルギーに対する住民の方の行動変容を促す仕組みです。

写真)さいたま市 都市戦略本部 未来都市推進部 環境未来都市推進担当 主事 野沢優子氏
写真)さいたま市 都市戦略本部 未来都市推進部 環境未来都市推進担当 主事 野沢優子氏

©エネフロ編集部

また、余った電気でお湯を沸かし貯湯タンクに溜めておく仕組みもあり、再エネの有効活用に寄与している。再エネで賄えない電力は、非化石証書付の系統電力を調達することで、実質再エネ100パーセントを実現しようとする仕組みになっている。

写真)各戸に設置してあるハイブリッド給湯器。太陽光発電の余剰が発生するタイミングで湧き上げる自立制御を実装している。貯湯量は100リットル。
写真)各戸に設置してあるハイブリッド給湯器。太陽光発電の余剰が発生するタイミングで湧き上げる自立制御を実装している。貯湯量は100リットル。

©エネフロ編集部

なぜさいたま市のスマートシティは成功したのか

こうした美園地区の取り組みはなぜ実現できたのだろうか。

有山私が2012年に異動してきた当時は、いきなり電力を融通し合う街区を作るなんてありえないと思いました。それができたのは、首長の強い思いがあったと思います。首長が時には自ら国の関係省庁や、民間にもしっかりとお願いをしてきました。

さらに地元の住宅メーカー3社と組んだことも成功した要因の1つだという。大手と組むより地元に密着しているメーカーと一緒にやるほうが横展開しやすいと考えたからだそうだ。

今後の課題

今回は、美園地区のスマートホーム・コミュニティをメインに取材した。これほどエネルギー分野で先進的な街は初めて見た。実際、内外から視察が相次いでいるという。今後は、県外へのさいたま市の取り組みの認知度をより高めていくことが課題だと有山氏は指摘した。

もう一つの課題が、EVが思ったより普及しないことだ。充電インフラも整い、水素ステーションも天然ガスのスタンドもあるが、EVにしても燃料電池車にしても他の都市より普及しているかというとそうでもないのが現状だ。

有山やはり、EVなど次世代自動車の所有はハードルが高いので、シェアする考えも入れていこうと考えました。シェアサイクル、シェア小型EV、シェアスクーターなども合わせて進めています。

また、美園地区の省エネノウハウをどう既存の住宅に展開していくかも課題だ。

有山第3期までで脱炭素化を実現しているので、我々の目指してきたモデルは構築できたと思っています。我々がこれまで得た知見、ノウハウを既存の住宅に取り入れることに注力をしていかなければならないと思っています。

スマートホーム・コミュニティの先にあるもの

写真)さいたま市 都市戦略本部 未来都市推進部 環境未来都市推進担当 副参事 有山信之氏
写真)さいたま市 都市戦略本部 未来都市推進部 環境未来都市推進担当 副参事 有山信之氏

©エネフロ編集部

さいたま市はスマートホーム・コミュニティの先を見据えている。特に力を入れているのが、データの利活用だ。

有山我々は、「分野横断的に市民のQOLを向上させる」、もしくは「市の企業の活動を活性化させる」をコンセプトに新たなサービスを作っています。

すでに2015年から、『アーバンデザインセンターみその(略称:UDCMi)』というまちづくり拠点施設を核として活動している。

エネルギー・環境だけではなく、データを活用して、健康や交通などの社会課題を解決する試みだ。

有山都市OS注3)と国が言う前から我々はプラットホームを開発し、実証に取り組んできました。新しい社会を作っていくデジタルデータの利活用にすごく力を入れています。

少子化は日本の深刻な問題だ。また2025年以降、団塊の世代が75歳以上の後期高齢者となる。膨れ上がる社会保障費、医療費、介護費をどう削減していくか、さいたま市の取り組みは、他の自治体にとっても大いに参考になるはずだ。

  1. 全国20政令指定都市の幸福度ランキング
    都市の基本指標(人口増加率、一人あたり市民所得、選挙投票率(国政選挙)、財政健全度、合計特殊出生率、自殺死亡者数、勤労者世帯可処分所得の7指標)に加え、健康・文化・仕事・生活・教育の5分野47指標で評価され、総合点で順位が決まるもの。
  2. HEAT20
    一般社団法人 20年先を見据えた日本の高断熱住宅研究会の略称。冬期間に室内での体感温度を10℃〜15℃以上保つために必要な断熱性能を基準としている。G1、G2、G3の3つのグレードがある。G2は、「冬期間の最低体感温度が概ね15℃を下回らない性能」など。
  3. 都市OS
    スマートシティ実現のために、スマートシティを実現しようとする地域が共通的に活用する機能が集約され、スマートシティで導入するさまざまな分野のサービスの導入を容易にさせることを実現するITシステムの総称。
安倍宏行 Hiroyuki Abe
安倍 宏行  /  Hiroyuki Abe
・日産自動車を経て、フジテレビ入社。報道局 政治経済部記者、ニューヨーク支局特派員・支局長、「ニュースジャパン」キャスター、経済部長、BSフジLIVE「プライムニュース」解説キャスターを務める。現在、オンラインメディア「Japan In-depth」編集長。著書に「絶望のテレビ報道」(PHP研究所)。
株式会社 安倍宏行|Abe, Inc.|ジャーナリスト・安倍宏行の公式ホームページ
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