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エネルギーと環境

Vol.50 カニの殻が電池の材料に リチウムイオン電池に取って代わるか

写真)メリーランド州で獲れたブルークラブ(青蟹)

写真)メリーランド州で獲れたブルークラブ(青蟹)
出典)John M. Chase/GettyImages

まとめ
  • リチウムイオン電池は、製造過程における児童労働の問題や、希少金属を使っていることから代替電池開発に期待。
  • カニなど甲殻類の殻を原料とするユニークなバッテリーが開発。
  • リチウムイオン電池に代わるバッテリーとなる為の課題も。

スマホやパソコン。そして、EV(電気自動車)にまで搭載されているリチウムイオン電池。今やあらゆる機器の電源として、私たちの生活になくてはならない存在となっている。

しかし、実はその製造過程において、児童労働や環境への影響など、さまざまな問題が指摘されている。また、材料に希少金属を使用していることから、そのコストが市況に大きく左右されるという問題も浮上している。

電池メーカーは、希少金属を使うリチウムイオン電池に代わりうる電池の開発に注力しており、最近では生物を材料とする研究が進んでいるという。それが、カニの殻を原料とする亜鉛電池だ。

リチウムイオン電池が抱える問題

リチウムイオン電池が、製造過程において抱える問題の内、深刻なのが、コバルトの確保をめぐる問題だ。リチウムイオン電池を作るためにはさまざまな種類の希少金属(レアメタル)が必要とされる。その1つがコバルトだ。

写真) コバルト鉱石 2018年7月13日 コンゴ
写真) コバルト鉱石  2018年7月13日 コンゴ

出典)Sebastian Meyer/GettyImages

現在、全世界で流通しているコバルトの50%以上は、アフリカのコンゴ民主共和国で産出されている。しかしコンゴでは、近年断続的に内戦が続いており、同国内の武装勢力が、コバルトなどの地下資源の不法な採掘や密輸によって利益を得ていることや、産出現場で深刻な人権侵害が発生していることが指摘されている。

国際人権団体アムネスティ・インターナショナルがまとめた報告書によると、コンゴで産出されるコバルトのうち20%が、機械を使わない手堀りによって採掘されており、11〜15万人もの労働者が従事しているという。

簡単な装備で採掘をおこなう手堀りは、粉塵を吸い込むことなどによる健康被害が大きいことが知られている。喘息や息切れの症状を引き起こすなど呼吸器の機能に大きな負担をかける他、皮膚炎を発症することがわかっている。そのため本来は手袋やフェイスマスクなどの装着が推奨されているが、コンゴではこうした装備をつけずに作業している労働者が多いとみられる。

また鉱山には、坑道が充分に整備されていないところもあり、落盤事故がたびたび発生しているという。さらに、多くの子供たちが採掘に関わっていることも指摘されている。上述の報告書には、地下の採掘現場で24時間過ごすこともあるという子供の証言が掲載されている。

写真) コンゴ民主共和国のコバルト鉱山で作業する労働者 2018年7月13日
写真) コンゴ民主共和国のコバルト鉱山で作業する労働者 2018年7月13日

出典)Sebastian Meyer/GettyImages

子供が採掘現場で働かされることは、国際労働機関(ILO)の条約が定める「最悪の形態の労働」にあたる。これらの問題から、リチウムイオン電池の代替電池の開発が期待されている。

カニの殻を使ったバッテリー

こうした中、アメリカ・メリーランド大学の研究グループが開発したバッテリーに注目が集まっている。去年『Matter』誌に発表した。

その理由は、このバッテリーがカニやエビなど甲殻類の殻を使うという奇想天外なものだったからだ。普通は生ゴミとして捨てられてしまう殻だが、実はその殻に含まれるキトサンという物質が、電池を機能させるための重要な働きをするという。

キトサンは殻の主成分であるキチンを原料に加工したもので、植物の主要構成成分のセルロースに分子構造が似ており、体内で消化・吸収されにくい、いわゆる動物性食物繊維の一種だ。コレステロールを下げたり、高血圧を抑制したりする効果があるとされ、サプリメントなどに使われている。

このキトサンに酢酸水溶液を加え化学的な処理をおこなうことで、イオンが正極と負極の間を移動することを助ける電解質として機能するという。今回メリーランド大学の研究チームが開発した電池は、キトサンを利用した電解質と亜鉛とを組み合わせたものだ。

カニの殻から作るバッテリー、その特徴

では、カニなどの殻に含まれるキトサンを使ったこのバッテリーにはどのような特徴があるのだろうか。

1番目は、カニの殻という手軽に入手できる資源を使うため、資源採掘に伴う児童労働などの問題の解消につながるという点だ。

2番目が、キトサンを使った電解質が生分解されるものであり、この電池を最終的に処分する際も環境に負荷をかける廃棄物をほとんど出さずに済むという点だ。

元々カニなどの生物の殻に含まれているキトサンは、微生物によって分解されやすいものであり、今回の研究チームの発表によると、キトサンを用いた電解質は、わずか5ヶ月で完全に分解され自然に還るという。電解質が分解されると、リサイクル可能な亜鉛のみが残るため、この電池の環境負荷はリチウムイオン電池と比べて格段に低いことになる。

また、キトサンを使ったバッテリーは、1,000回の充放電の後でも99.7%のエネルギー効率を維持できるといい、バッテリーとしての性能も高い水準にあるとしている。

今後の展望

カニなどの殻に含まれるキトサンは入手しやすく、このバッテリーは、リチウムイオン電池より価格競争力が期待できる。

一方、気候変動による気温の上昇や海洋環境の変化によって、今後甲殻類の数が変化しキトサンのコストが上昇する可能性が指摘されている。また、キトサンを元の原料から精製する過程で加熱するためCO₂が発生する点も考慮する必要があるだろう。

また、一般的に亜鉛ベースのバッテリーは、他の金属を使ったものに比べ寿命が短いこともあり、より長期間安定的に使えるバッテリーとする必要がある。さらに大量生産を可能にするシステムの開発も不可欠だ。

電池は再生可能エネルギー由来の電気を貯めるためにも使われており、各国が開発にしのぎを削っている戦略物資だ。環境に優しく、低コストで高性能な電池は、国際競争力を左右する。日本からどんな技術が出てくるのか、期待は大きい。

安倍宏行 Hiroyuki Abe
安倍 宏行  /  Hiroyuki Abe
・日産自動車を経て、フジテレビ入社。報道局 政治経済部記者、ニューヨーク支局特派員・支局長、「ニュースジャパン」キャスター、経済部長、BSフジLIVE「プライムニュース」解説キャスターを務める。現在、オンラインメディア「Japan In-depth」編集長。著書に「絶望のテレビ報道」(PHP研究所)。
株式会社 安倍宏行|Abe, Inc.|ジャーナリスト・安倍宏行の公式ホームページ
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