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グローバル・エネルギー・ウォッチ

Vol.39 COP27「高効率技術や防災技術、期待される日本の役割」国際環境経済研究所理事 竹内純子氏

写真)国際環境経済経営研究所理事竹内純子氏

写真)国際環境経済経営研究所理事竹内純子氏
竹内氏提供

まとめ
  • 途上国は、ロス&ダメージという大きな成果を得たが、合意のための妥協が新たな火種になるのではないか。
  • 防災技術で途上国の気候変動への「適応」に貢献するのは日本にしかできない。
  • 高効率技術や防災技術など日本の強みを提供し、これから経済発展する地域を支援することが日本に期待される貢献。
国連気候変動枠組条約第27回締約国会議COP27注1)が去年11月にエジプトで開催された。その成果と今後の課題について、現地で取材した国際環境経済研究所理事の竹内純子さんに話を聞いた。

COP27全体の評価

安倍今回のCOP27、評価できる点はどこでしょう?

竹内COPは元々、政府対政府、GtoG(Government to Government)の交渉の場でした。国際的な枠組みを作る各国政府間の交渉が本来のCOPなのです。ただ、パリ協定という枠組みができて一昨年におこなわれたCOP26ぐらいまでで、運用ルールや交渉する内容が決まってきたため、もう交渉するネタがあまり残っていない状況です。

こうした背景もあり、気候変動問題には政府だけでなく、自治体や企業、市民など幅広いステークホルダーの参加が大事であるという考え方が採られるようになりました。私がこの交渉に参加するようになった当初よりも、幅広いステークホルダーが参加するようになったのは前向きな変化です。

コロナの影響などもあって私は約3年ぶりのCOPでしたが、自分たちの取り組みや主張をアピールする「見本市化」が進んでいるというのが率直な印象です。広大な敷地の2つに分かれたゾーンで各国政府だけではなく、国際機関、自治体、企業、産業連盟、環境NGOなどがブースを出してアピールを繰り広げるような場面が多くなっていました。こうした変化が起きることは、パリ協定という大きな枠組みができたときから予想はしていましたし、悪いことではないと思いますが、毎年これを2週間もやる必要があるのかと感じました。

写真)COP27 議長であるサーメハ・シュクリ エジプト外相 2022年11月11日 エジプト シャルム・エル・シェイク
写真)COP27 議長であるサーメハ・シュクリ エジプト外相 2022年11月11日 エジプト シャルム・エル・シェイク

出典)Photo by Sean Gallup/Getty Images

ロス&ダメージ

竹内もう1つ、COP27をどう評価するかということですが、まず途上国は非常に大きな成果を得たと思います。

気候変動による自然災害が増えている中で、途上国の自然災害の被害に対して、補償するためのロス&ダメージLoss & Damage:損失および損害注2)という基金を作ることで合意して終わったからです。ただ、長年COPを見てきた私からすると、こういった合意のための妥協が、新しい火種になり、どういう形で影響してくるかを非常に懸念しています。

その理由ですが、「貯金箱」を作ることは決まったけれど、誰がどのようにお金を入れるかの見通しは全く立っていないからです。 コロナで、先進国の経済も傷んだ中で、大金を出すことに各国の国民の同意を得るのは非常に厳しいと思います。

そもそも、今まで先進国が途上国に何も支援していなかったわけではありません。COPというのは、先進国から途上国への支援をどう出すか、途上国からすればどうお金をもらえるかが交渉の1番の肝でした。「新たな南北問題」といわれる所以です。すでに先進国は、年間1,000億ドルという巨額の資金を途上国に支援することが義務付けられています。今回の基金は、これに新規で追加的なものとして設立されます。しかも支援という形ではなく、補償あるいは賠償という立て付けです。

要は、このロス&ダメージと呼ばれる基金は、地球温暖化は先進国のせいで起きている、先進国が加害者である、ということで被害者たる途上国に賠償をするという前提に立っています。気候変動との相関関係もクリアでない中、こうした立て付けとして認めるのは先進国として本来飲みにくいわけです。

例えば、アメリカの関係者が口にしていたのは、国内でもハリケーンや寒波など、さまざまな自然災害が発生している中で、海外に対してその被害を補償するとなれば、当然国民に対しても補償せよ、となり、自然災害のたびに国内で訴訟が乱立することになってしまうということでした。

ロシアによるウクライナ侵攻で世界が分断の危機にあると言われる中、気候変動という世界が一つになって立ち向かうべき課題に関する交渉を決裂に追い込む責任は誰も取りたくはない、とりあえず合意しておこう、ということに最後は落ち着いたのだろうと思います。しかし本当にこれが途上国に対してあるべき基金として機能するのか。結局、新たな火種になるのではないでしょうか。

アメリカも今回は妥協しましたが、共和党政権になればもちろんですが、民主党政権であってもこの基金に実際資金を供与するとは考え難いと思います。日本はどのように国民に理解を得て、合意をした責任を果たしていくのかを懸念しています。

写真)華やかな電飾と冷房の効いた会場 エジプト シャルム・エル・シェイク
写真)華やかな電飾と冷房の効いた会場 エジプト シャルム・エル・シェイク

竹内氏撮影

安倍ロス&ダメージは日本にとってもお金を出すという意味で当然影響があるわけですが、国民の多くは知らないかもしれませんね。

竹内我々の税金がどのように使われるのか、私たちも目を光らせていく必要がありますし、政府にも説明責任を求めていかねばなりません。ただ、日本だけではなくて各国もそうかもしれませんね。現在発生しているエネルギーコストの上昇にあえいでいるEUが最初にこの途上国側のリクエストを飲む方針に転換しましたが、EU域内の人たちから十分理解を得られているかというと、そんなことはないだろうと思います。

安倍日本の貢献はどのようにあるべきでしょうか?自然災害の増加に対して「適応」する必要が高まる中で、日本にとっては環境適応や減災のためのテクノロジーを活性化させたりするという意味でビジネスチャンスになるのではないかと感じました。

竹内日本は災害大国であるが故に、先進的で多様な防災技術を持っています。日本の防災技術に対する期待は高いと感じていますし、日本政府も適応分野での貢献やビジネス展開を考えていると思います。西村環境大臣と面談したときに、大臣自ら途上国に、「あなたたちは今、基金という形でお金が欲しいと言っているが、やりたいことは人命を救うことですよね。人命を救う防災技術を、我々日本は持っています」というお話をして、大きな関心を得たということを伺いました。

日本としては、ビジネスとして防災技術を提供し、途上国に買ってもらえればというところですが、気候変動の交渉の世界では、先進国から途上国への支援は「義務」とされているので、無償で提供することを求められることになるのではないかと言うのが長年この交渉を見てきた私の懸念ではあります。しかし、入り口が支援だったとしてもビジネスに発展することもあるでしょう。いずれにしても防災技術で途上国の気候変動への「適応」に貢献するのは日本にしかできないことでもあると思っています。

ウクライナ危機の影響

安倍ロシアのウクライナ侵攻の影響で、ドイツですでに決まっていた原子力発電所の停止が延長されたり、イギリスでは原子力発電所が新設されたりするなど、エネルギー政策が根本的に見直されている中で、COPにどのような影響を与えているでしょうか?

竹内ウクライナ問題が1つの契機ではありましたけれども、それ以前からエネルギーコストは上昇していました。COP26でイギリスが強く呼び掛けたのは化石燃料への補助金の廃止でした。要は再生可能エネルギーのコストは落ちてきているが、各国とも化石燃料に補助金を出しているではないか、それを廃止すべきであるという主張です。しかしエネルギー価格の上昇による国民生活への打撃が大きく、COP26から3か月ほどで、イギリスはエネルギー補助金を出すことを決めています。

これはまさに、エネルギーの現実だと私は思っています。気候変動問題が人類最大の課題であり、エネルギー政策は気候変動最優先で考えるべきと言われても、エネルギーの安定供給も経済性も重要なのです。エネルギーの値段が上がれば、現実社会はもたなくなるので、政治的に何らかの手を打たなければいけなくなるのです。

現実に直面して、気候変動に過度に軸足を置いたエネルギー政策をここ10数年取ってきたことの、ある意味跳ね返りを受けたこの1年を経験して、どういう議論になるかがCOP27に参加した私の1番の関心事でした。ただ、表で語られていることは結局、全く変わりなかったというのが私の印象です。

「ウクライナ危機を言い訳に気候変動対策の歩みを止めてはいけない」といった勇ましい演説を多く聞きましたが、それと現実で起きていることとの乖離は気にしない。「2050年の目標は変えていない。今は異常事態でそれに対応しているだけだ」という論理なのですが、COPの中での議論と現実との乖離が拡大の一途をたどっていることを感じました。

写真)ドイツの ネッカーヴェストハイム原子力発電所 (Kernkraftwerk Neckarwestheim) は、2022年9月1 日 ドイツ・ハイルブロン
写真)ドイツの ネッカーヴェストハイム原子力発電所 (Kernkraftwerk Neckarwestheim) は、2022年9月1 日 ドイツ・ハイルブロン

出典)Photo by Thomas Niedermueller/Getty Images

日本の高効率技術は活かせるか

安倍日本政府主導で「パリ協定6条実施パートナーシップ」(注3)も立ち上げましたが、2国間クレジットなどの運用を加速させていくためには何が必要ですか。

竹内6条は高効率技術を活用した世界全体での削減を促進することに係る条文で、この運用に係るアライアンスの設立という成果を出すことができたというのは、日本の政府関係者の努力の結果だと思います。高効率技術を持つ国が、自国からのCO₂排出量削減ばかりを考えていたら、むしろ世界全体での排出量削減にはマイナスです。高効率技術の普及を促すためにこうした仕組みが機能する必要があります。

写真)「パリ協定6条実施パートナーシップ」の立ち上げを宣言する西村昭宏環境大臣 2022年11月16日 エジプト
写真)「パリ協定6条実施パートナーシップ」の立ち上げを宣言する西村昭宏環境大臣 2022年11月16日 エジプト

出典)環境省

広島サミット

安倍今年は、日本の役割をアピールする場としてG7広島サミットがありますね。

竹内日本政府もG7を意識した行動をとっていたと感じていました。ただG7は結局欧州とアメリカとの議論です。気候変動対策における日本の役割は、やはりこれから経済成長するアジアが持続可能な発展を遂げることに対してどう貢献するかだと思います。欧州のように「規制型」といいますか、「自分たちの論理」で議論している限り、アジア、アフリカというこれから経済発展する地域はついていけません。それぞれの事情を理解したうえで高効率技術や防災技術という我々の強みも提供しつつ、その発展を支援することが日本に期待される貢献だと思います。

G7にアジアから参加をしている唯一の国である日本の役割は大きいと思います。

「アジア・ゼロエミッション共同体構想」注4)は岸田政権が力を入れているアイデアです。COP26に、岸田さんは自ら出向きアジアでの低炭素化に貢献するために水素やアンモニアといったような技術開発を進めて、それをアジア全体で活用するための支援もおこなうとしました。わざわざ出向いてスピーチしたのに化石賞注5)を受賞したといって、揶揄するような報道が多かったのですが、その意義やアンモニアなどの技術について十分理解されなかったのだろうと思います。それだけのことであり、その方向性は正しいと思いますし、アジア各国の関係者と話しているとその評価も高いことがわかります。

安倍日本がイニシアチブを取って、アジアのカーボンニュートラルを進めることは、地域の安定にも繋がることになりますね。COPも断片的な情報ではなく、網羅的に見て、日本がどのような立ち位置で、どのような役割を世界の中で果たそうとしているのか見ていくことが重要だということがよくわかりました。

写真)“Five minutes to showtime“と書いたメモを観客に見せて回る化石賞のマスコットである恐竜。主催者自ら言う通り、ショータイムなのだ。
写真)“Five minutes to showtime“と書いたメモを観客に見せて回る化石賞のマスコットである恐竜。主催者自ら言う通り、ショータイムなのだ。

竹内氏撮影

(このインタビューは2023年1月19日におこなわれました)

  1. COP27
    COPは「Conference of the Parties」の略で、COP27は、「気候変動枠組条約締約国会議」の第27回目をいう。
  2. ロス&ダメージ
    途上国が被った、気候変動の影響による損失や損害に対する対策や救済のこと。先進国は基金の設置などに関し、COP28に向けて協議することが今回決まった。
  3. パリ協定6条実施パートナーシップ
    2016年に発効したパリ協定の6条は、世界の温室効果ガスの排出削減を効率的に進めるため、 排出を減らした量を国際的に移転する「市場メカニズム」を規定している。COP27において、パリ協定6条の能力構築に向けた国際的な連携を促進するとともに、優良事例などの情報共有や実施に関する能力構築支援を実施するパートナーシップとして、日本が中心となって立ち上げたもの。
    活動内容は以下の通り:
    ・6条ルール(NDCへの貢献、相当調整など)の理解促進
    ・政府承認などを含む体制構築に向けた優良事例の共有
    ・6条実施のための情報プラットフォームの構築
    ・6条報告に関する相互学習や研修の実施
    ・6条4項メカニズム方法論作成の支援
    ・質の高い炭素市場の設計
    出典)環境省
  4. アジア・ゼロエミッション共同体構想
    アジア各国が脱炭素化を進めるとの理念を共有し、エネルギートランジションを進めるために協力することを目的として、2022年1月に岸田首相が発表したもの。2023年3月4日、東京にて、エネルギートランジションを所掌するパートナー国閣僚会合を開催予定。閣僚会合では、アジアの各国がカーボンニュートラルを目指す上での課題と対応、具体的な取組みなどについて議論する。
    出典)経済産業省
  5. 化石賞
    130カ国・1,800を超える環境NGOの世界的なネットワークClimate Action Network(気候行動ネットワーク、略称:CAN)が、気候変動交渉・対策の足を引っ張った国に、皮肉を込めて与える賞。
安倍宏行 Hiroyuki Abe
安倍 宏行  /  Hiroyuki Abe
・日産自動車を経て、フジテレビ入社。報道局 政治経済部記者、ニューヨーク支局特派員・支局長、「ニュースジャパン」キャスター、経済部長、BSフジLIVE「プライムニュース」解説キャスターを務める。現在、オンラインメディア「Japan In-depth」編集長。著書に「絶望のテレビ報道」(PHP研究所)。
株式会社 安倍宏行|Abe, Inc.|ジャーナリスト・安倍宏行の公式ホームページ
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