ムハンマド・ビン・サルマン現皇太子
出典)ロシア大統領府(2016/9/4)
- まとめ
-
- 6月から始まった「カタール危機」は長期化の様相。サウジらとの国交正常化交渉はとん挫したまま。
- サウジでは権力の移譲が起こり、新皇太子の元、経済改革が進行中。
- しかし、石油依存経済からの脱却は「社会システム変革」無くして不可能で、相当の困難を伴うものと予想される。
ハッジ(大巡礼)の季節がやってきた。
バンコク勤務時代のタイ語の先生がイスラム教徒(ムスリム)で、親戚一同から寄金してもらい、全行程1ヶ月ほどのメッカ巡礼団体旅行に出かけたことがあった。彼女の話では、ハッジは世界中のムスリムにとって、一生に一度は行うべき善行なのだそうだ。(写真1)
Photo by Moataz Egbaria
サウジアラビア(以下、サウジ)がカタールと国交を断絶し、陸海空の交通を遮断したことから、カタール人はハッジに参加できるのだろうかと心配されていたが、「2聖モスクの守護者」サルマン国王が陸路での入国を「許可した」と報じられている。さらに国王がプライベートジェットを手配し、カタールの首都ドーハからの巡礼者を迎えに行く、とも。
宗教問題が絡むと問題はさらにこじれるだけに、これは一息つけるニュースだ。
出典)Flickr Jim Mattis(2013/12/9)
思い返せば本年6月5日、サウジ、アラブ首長国連邦(以下、UAE)、バーレーンおよびエジプトの4カ国(以下、4カ国)による「カタール断交」「陸海空の交通遮断」から約3ヶ月が過ぎた。この時から始まった「カタール危機」は、アメリカなどの仲介も効を奏せず長期化の様相を呈している。
日本はエネルギー資源を中東に依存している。
資源エネルギー庁の『エネルギー白書2017』によると、2015年度にはLNGの形で天然ガスを25.7%、原油に至っては82.5%を中東から輸入している。「カタール危機」の今後の展開は極めて気になる問題だ。(図1、2)
出典)エネルギー白書2017
出典)エネルギー白書2017
幸い、現時点ではLNGも原油も、供給面で大きな問題は生じていない。カタールからUAEへのパイプライン・ガスの供給も継続している。だが、火種は燻っており、安心していい状態ではない。
前回本欄において『グローバル・エネルギー・ウォッチ vol.01「カタール断交」日本への影響』(2017年7月11日)と題して報告した際、「筆者がもっとも懸念しているのは、サウジの今後の動向である」と記した。この思いは今も変わっていない。いや、より強くなったといったほうがいいだろう。
今回は「カタール断交」を機に見えてきた「サウジの未来」について考えてみたい。
カタールを巡る最近の動き
まず、最近の主な動きを振り返ってみよう。
6月24日、4カ国から13項目の「国交正常化」条件が提示された。主なものは、
- ① イランとの外交関係縮小
- ② トルコ軍基地の撤廃
- ③ 衛星テレビ局「アルジャジーラ」の閉鎖
- ④ 4カ国が「テロリスト」とみなすムスリム同胞団、「IS(イスラム国)」、ヒズボラ等への支援の中止
などだ。
仲介に入った米ティラーソン国務長官は7月10〜13日、シャトル外交を行った。11日にはカタールのタミーム首長と「テロ資金調達防止」を目的とした覚書を締結した。ティラーソンはこれをもって12日、ジェッダで4カ国外相との会談に臨んだが、効を奏さなかった。
出典)Flickr U.S. Department of State(2017/7/11)
爾来、国交正常化交渉はとん挫したままである。
前述したティラーソンのシャトル外交に合わせるかのように、7月11日「リヤド協定」なるものの内容がCNNによって暴露された。存在は知られていたが、内容については秘密にされていたものだ。CNN報道によると、2013年11月にサウジ国王(写真4)、カタール首長、クウェート首長によって結ばれたもので、
- 2011年初頭から起こった「アラブの春」によって台頭したムスリム同胞団への支援を止めよ
- 「アルジャジーラ」のことを示唆しつつ「敵対的メディア」を支援することを止めよ
という内容だ。
出典)Flickr Photo by Tribes of the World(2013/10/09)
これは同年3月に起きた、サウジ、UAE、バーレーンによる駐カタール大使召還事件の矛を収めるための協定であった。
2014年11月には、さらにバーレーン国王、アブダビ皇太子、UAE首相(ドバイ首長)が加わって新たな協定を締結し、「アルジャジーラ」支持を止めよ、エジプトの安定に調印各国は寄与せよ、となっている。
この新協定調印後、ムスリム同胞団の思想拡大の基盤となっていると非難された「アルジャジーラ」は「Al Jazeera Mubashir Misr」チャンネルを閉鎖した。(写真5)
出典)Flickr Photo by Paul Keller
「リヤド協定」が暴露されたことで明らかになったことは、豊富な天然ガスにより世界一のLNG輸出国となったカタールが、潤沢な資金力を背景に独自の外交を展開し、特に「アラブの春」に同情的な政策を展開したことに対してサウジが怒り、目の上のたんこぶにお灸を据えようとしている、ということだ。
日本エネルギー経済研究所の保坂修司氏がいうように「30年前には上司と部下の関係」だったのだが、いまや肩を並べる「同僚」のような振る舞いをしていることに我慢ができない、ということだろう。(参考:Newsweek「イスラーム世界の現在形」)しかもそれが自国内において「サウード家による統治」に対する不満を醸成する可能性があるだけに、看過しえないのだろう。
問題の本質がこのように「カタールの態度」に対するサウジの不満であるとするならば、解決には時間がかかるものと思われる。
では、日本にとって中長期的に影響が大きいと見られるサウジの将来はどう展開していくのだろうか?
サウジ国内の動き
サウジでも大きな動きがあった。
6月21日、ムハンマド・ビン・ナーイフ皇太子(以下、MBN)(写真7)が突然解任され、ムハンマド・ビン・サルマン副皇太子(以下、MBS)(写真8)が皇太子に昇格した。英経済紙ファイナンシャル・タイムス(以下、FT)のコラムニストであるニック・バトラーのいう「家庭内クーデター」が起こり、2015年1月に第7代サルマン国王が即位して以来、着々と進めてきた愛児MBSへの権力承継が最終章を迎えたのである。
出典)Wikipedia(2013/1/16)
出典)Flickr Ninian Reid(2017/5/20)
これは多くのサウジ・ウォッチャーを驚かせた。サルマン国王は子息のいない58歳の皇太子MBNに後を継がせて、その次にMBNより26歳若いMBSが国王に即位することになるだろうと見ていたからだ。
サウジでは国王が交代すると、前国王の子息たちの権力が剥奪されることはよくあることだ。サルマン国王自身も即位するや否や、アブドッラー前国王の子息たちをリヤド州知事、メッカ州知事から解任した。3ヶ月後には異母弟のムクリン皇太子(写真9)を解任し、そしてまた今回甥の皇太子MBNを解任したのだ。
出典)Saudi Government
このような事例に鑑みサルマン国王は、自らの死後、愛児MBSが権力から外されることを防ぐべく手を打った、ということだろう。
ではこの時点でMBSが皇太子に昇格したということは、どういう意味を持つのだろうか。
(「カタール断交」とサウジアラビアの未来(下)に続く。全2回)
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