写真)ソニー「VISION-S 02」を発表するソニーグループ株式会社の吉田憲一郎社長兼最高経営責任者(CEO)アメリカ・ラスベガスのマンダレーベイコンベンションセンターで開催されたCES2022にて 2022年1月4日
出典)Photo by Alex Wong/Getty Images
- まとめ
-
- 2022年1月、ソニーはEV市場への参入を表明。
- モビリティとエンタテインメントの融合を目指す。
- 「メタバース」など新たなサービスにどう対応していくかがカギ。
EV(Electric Vehicle:電気自動車)の文字を新聞で目にしない日はない。日本ではまだそれほどEVは普及していないのでピンとこないかもしれないが、世界ではEV化の流れが加速している。これまでエネフロは何回かEVについて取り上げてきた。(参考記事: 「新車すべて電気自動車」の衝撃度、日本の自動車メーカー襲う、アップルカーの衝撃、エネルギーを巡る2021年回顧と2022年展望)
とりわけここ2、3年の自動車業界の話題は、「アップルカー」だ。あの「アップル」が作るなら一体どんなEVになるのだろう?世界中のアップルファンが胸を熱くして発売を待っていると思われるが、アップルは沈黙を守り続けており、アップルカーがその秘密のベールを脱ぐことはないまま時が過ぎている。
そうした中、年が明けてすぐ、日本の世界的エレクトロニクス企業がEV市場への参入を表明したのだから業界は騒然となった。そう、あのSONYがEVでアップルに先手を打ったからだ。
出典)ソニーグループ株式会社
なぜ今、「ソニー・カー」なのか?
1月4日、アメリカ・ラスベガスで開催された世界最大規模のエレクトロニクス総合展「CES2022」で発表された「ソニ-・カー」。正式名称を「VISIONーS 02」という。2022年春に「ソニーモビリティ株式会社」を設立し、市場に本格参入することを表明した。
実はこのモデルには初代「VISIONーS」がある。発表されたのは2020年。その時ソニーは、EV市場への参入を表明しなかった。しかし実際ソニーは、2020年12月に欧州で公道走行テストを開始し、車内外に搭載されたイメージング・センシング技術(注1)やヒューマン・マシン・インタフェースシステム(注2)などの安全性、ユーザーエクスペリエンスなどの検証を進めてきた。また、2021年4月より5G走行試験もおこなっていることを明らかにしている。やはりソニーはEVの量産を前提に着々と技術開発を続けていたのだった。
出典)ソニーグループ株式会社
その「VISION-S 02」。どんな車なのか?
まず、エクステリア。初代「VISIONーS 01」はクーペタイプだったが、「VISION-S 02」は世界自動車市場のトレンドであるSUVとして登場した。必然であろう。
出典)ソニーグループ株式会社
出典)ソニーグループ株式会社
そして、筆者が注目するのはEVとしての走行性など、ハード面よりソフト面だ。
ソニーは、VISION-Sについて、
- (1) Safety: 安心安全なモビリティ
- (2) Adaptability: 人に近づき、共に成長する
- (3) Entertainment: モビリティエンタテインメント空間の深化
の3つの重点領域に取り組むとしている。
(1)では、ソニーのセンサー技術と通信技術を用いて、ドライバーに安心・安全を提供することを目指す。
(2)では、低遅延、大容量、高速の特長を持つ5G通信によるOTA(Over The Air:インターネットを経由してさまざまなソフトをアップデートすること)で、セキュリティやあらゆるサービス機能を継続的に進化させていく。
そして(3)がソニーの真骨頂だ。音響と映像、そしてゲームなど、ソニーの最も得意な分野で全く新しいエンタテインメント体験を提供するとしている。車室内前方のパノラミックスクリーンや、リアシートの各席のディスプレイを見れば、ソニーの本気度がわかるというものだ。従来の車のコクピットとは明らかに違う。
出典)ソニーグループ株式会社
出典)ソニーグループ株式会社
ライバルは「メタバース」?
重点領域の中で特にソニーが他社と差別化できるのは、
(3) Entertainment:モビリティエンタテインメント空間の深化
だろう。
ソニーは「VISION-S 02」発表にあたり、「新たなフェーズに向けて」と題して、以下を表明している。
”ソニーはこれらのモビリティ体験の進化や提案を今後さらに加速させるため、2022年春に事業会社「ソニーモビリティ株式会社」を設立し、EVの市場投入を本格的に検討していきます”
そして、「新会社の事業趣旨」として
”新会社は、AI・ロボティクス技術を最大限に活用し、誰もが日常的にロボットと共生する世界を実現し、人を感動で満たし、社会へ貢献することを目指します。エンタテインメントロボットのaibo、ドローンのAirpeak、さらにモビリティの進化へと貢献するVISION-Sを加え、様々な領域において新たな価値創造を行っていきます”
と明らかにした。
この「モビリティ体験の進化や提案の加速」と「様々な領域における新たな価値創造」という表現に、ソニーの確固たる意志が感じられる。一方で、その言葉は観念的であり、まだ現実味を帯びていないのも事実だ。
一部のメディアは、ソニーの仮想敵は「メタバース」だとあおりたてている。「メタバース:Metaverse」とは 、メタ(meta=超越した)とユニバース(universe=宇宙)を組み合わせた造語で、インターネット上の仮想空間、もしくはそこでのサービスをいう。
「メタバース」は、2021年10月にマーク・ザッカーバーグ率いる「facebook」が社名を「Meta(メタ)」に変更したことで、一躍注目を集めた。
「メタバース」関連ビジネスへの期待は、まさにバブルの様相を呈している。その市場規模は米調査会社エマージェンリサーチのリポートによると、20年に476.9億ドル(約5兆4800億円:1ドル=115円で換算)だったものが、2028年にはなんと8289.5億ドル(約95兆3300億円:同上)にまで拡大すると予想されている。
「メタバース」関連ビジネスで、真っ先にサービスが始まっているのが「オンライン会議」分野だ。バーチャルオフィスでリアルに近い環境が実現できれば、従来のウェブ会議システムの短所を補うことができる。
ゲーム領域でも、既に「メタバース」が浸透している。ゲーム内にライブ会場があり、ミュージシャンや観客はアバターで参加し、楽しむことができる。
また、「VRチャット」と呼ばれる、VR空間内にアバターでログインし、多人数間でコミュニケーションできるSNSの進化系もある。「ソーシャルVR」とも呼ばれるこうしたメタバース空間では、モノの売買も可能だ。
これが可能になったのは、デジタル空間で売買される商品が唯一無二のものだと示す「NFT(non-fungible token:非代替性トークン)」と呼ばれる技術が開発されたからだ。メタバースのゲーム内で土地を売買したり、店を構えてビジネスをしたりすることが可能になったことで、リアルとバーチャルの境目がなくなり新たな商業圏が誕生する。そこに世界中の投資マネーが引き付けられているのだ。
こうした「メタバース」狂想曲は、一昔前の「セカンドライフ(Second Life)」を思い出す。2003年に現在の「メタバース」の前身として華々しく誕生したが、その人気はすぐしぼんでしまった。
ソニーが「メタバース」を意識しているのは間違いないだろうが、「VISION-S 02」が「メタバース」事業参入の入り口になりうるかどうかは不透明だ。「メタバース」に投資マネーが流れ込むのはけっこうだが、テクノロジーの進化が追いつかなければ、「セカンドライフ」の二の舞となろう。ただ、ソニーがモビリティとエンタテインメントの融合に成功すれば、「メタバース」事業でいち早く成功のカギを握る可能性がある。
今後のEV市場は?
ここで、EV専業メーカー、米テスラの動向を見てみよう。
今や自動車産業において世界一の時価総額(2021年10月25日時点で1兆ドル、約113兆円超)を誇るテスラ。そのCEO、イーロン・マスク氏も、ソニー・カーやアップルカーなどの動向は気にしているはずだ。ただテスラは、世界中の既存自動車メーカーの追撃を受けている身だ。現状、世界規模で量産体制を確立するのに躍起と映る。
実はテスラの年間生産台数は2021年で過去最高になったとはいえ、100万台にも達していない。世界一の生産台数を誇るトヨタはグループ合計で(ダイハツ工業株式会社、日野自動車株式会社含む)2021年1000万台だから10分の1に過ぎない。
テスラは、EV最大市場である中国・上海にギガファクトリーをすでに2つ建設し、一部生産は輸出に回している。
また、欧州自動車メーカーの雄、VW(フォルクスワーゲン)のお膝元、ドイツにもギガファクトリーを建設した。中国、ドイツどちらの工場も年産約45万台を誇る。
急ピッチで生産設備を増強するテスラだが、イーロン・マスクCEOの野望は桁違いだ。既に2020年9月、「2030年までに年産2000万台を目指す」とぶち上げた。なんとトヨタの倍だ。非現実的、と言いたいところだが、これまで数々の不可能を可能にしてきたマスク氏のこと、単なるほら、と片付けることはできない。
That’s total market, not all Tesla. We do see Tesla reaching 20M vehicles/year probably before 2030, but that requires consistently excellent execution.
— Elon Musk (@elonmusk) September 28, 2020
イーロン・マスク氏のツイート 2020年9月28日
ただ、1つ言わせてもらうと、確かに自動車産業は装置産業であり、規模の利益を得るためには、年間生産台数1000万台が必要、というのがこれまでの業界の常識であった。テスラが1000万台クラブの仲間入りを目指すことは不自然ではない。
しかし、高付加価値の高級EVで勝負していれば、トヨタやVWと生産台数で競うこともなかっただろう。量産メーカーへの道を歩むことは、苛烈な価格競争に身を投じることにつながる。
日欧ライバルらの追撃、EV大国中国メーカーによる超安値モデル攻勢にテスラは耐えられるのか。そんな疑問が湧いてくる。
紙面の都合で、他の自動車メーカー、特に日本メーカーの戦略については別稿にゆずるが、ソニーがこうした自動車産業の現状をどう見ているのか、きわめて興味深い。個人的にはテスラのように、数で競うようなことはしないはずだと見ている。
繰り返しになるが、これからはモビリティとエンタテインメントの融合がカギとなってくる。ただ単に車というハードを作り続けるだけでは、生き残れない可能性が高い。「メタバース」のような新しい世界も広がっている。どのような価値をユーザーに提供するのか、全く新しいチャレンジに今、すべてのプレイヤーが直面している。
ソニー・カーの登場で、その事実が明確になったのではないだろうか。
- イメージング・センシング技術
光学技術(レンズ)、イメージセンサー(撮像素子)、画像処理・認識技術などからなる「イメージング技術」と、センサー(感知器)などを使用してさまざまな情報を計測・数値化する「センシング」技術を融合した技術。
(出典:野村総合研究所「イメージング技術を活かした事業開発」、IT用語辞典バイナリ) - ヒューマン・マシン・インタフェースシステム
人間と機械が情報をやり取りするための手段や、そのための装置やソフトウェアなどの総称。(出典:IT用語辞典e-Words)
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