写真)「ザ・リグ」の空撮 イメージ
出典)Public Investment Fund公式YouTubeより
- まとめ
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- サウジアラビアで石油掘削リグを活用した複合施設が生まれる。
- その「ザ・リグ」は政府の公的支援を受ける一大プロジェクト。
- 脱炭素の流れにより石油収入が減少するようなことがあるとプロジェクト実現に暗雲も。
中東の盟主、サウジアラビアと聞けば真っ先に思い浮かぶのは「石油」だろう。
埋蔵量は2,976億bbl(バレル)、ベネズエラに次いで世界2位、生産量は1,195万b/d(バレル/日)、アメリカ、ロシアに次いで世界3位を誇る。天然ガスの埋蔵量で世界8位、生産量で世界9位でもある。(いずれも2019年。独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構「サウジアラビア: 石油産業をめぐる最近の動向と当面の課題」による)
一方で世界的な脱炭素の流れの中、化石燃料の需要は今後減っていくことが予想される。こうしたことから、原油に過度に依存した、いわゆるモノカルチャー経済からの脱却を目指し、2015年にムハンマド・ビン・サルマン皇太子は「ビジョン2030」を発表した。その中の経済改革の柱の1つが「観光」だ。2030年までにアトラクションを613箇所作り、観光セクターにおける雇用160万人を創出する大胆な目標を掲げている。そのプロジェクトが今、動き出した。
海に浮かぶテーマパーク
それが、アラビア湾の中心に浮かぶ、スーパーテーマパーク、”THE RIG(ザ・リグ)”だ。
「リグ」と聞いてピンと来た人はかなりの石油業界通だ。「リグ」とは「海洋掘削装置」のことをいう。海底油田から原油や天然ガスを採りだすための井戸を掘るもので、なかには海面からの高さが50メートルに及ぶものもある。
「ザ・リグ」は、すでに使われなくなった「リグ」を活用した複合施設だ。広さは15万平方メートル、東京ドーム3.2個分に相当し、テーマパークだけでなく、宿泊施設やレストランも併設する一大エンターテインメント施設だ。
脱石油を担う「政府系ファンド」
先に述べたようにサウジアラビアは2030年にむけ、「観光立国」を目指している。その資金は、「サウジアラビア公共投資基金(PIF:Public Investment Fund)」から拠出されている。PIFとは、ムハンマド・ビン・サルマン皇太子が会長を務めるソブリン・ウェルス・ファンド、すなわち政府の金融資産を運用する「政府系ファンド」だ。
その規模は巨大だ。ロイター通信によると、ムハンマド氏はPIFの運用資産を2030年までに7兆5,000億リヤル(約230兆円:1 SAR = 30.66JPYで計算)以上に増やすという。世界最大級の政府系ファンドに躍り出る野心的な計画だ。
向こう10年間に3兆リヤル(約92兆円)を新分野に投資することで、脱石油を加速させる。PIFは、2021年10月、英国プレミアリーグに参戦しているニューカッスルユナイテッドFCの株を100%買収して話題をさらったばかりだ。
「ザ・リグ」は、サウジ政府が新たな収益源を模索する中で生まれた一大プロジェクトといえる。経済を多角化し、エンターテインメント産業に投資することにより、キャピタルゲインを見込んでいるのだ。
そのプロジェクトの一つがこの「ザ・リグ」である。PIFの主要な戦略的セクターの一つ、観光/エンターテインメントは、サウジアラビアに大きな付加価値をもたらすことが期待されている。「ザ・リグ」は中東の観光名所となり、世界中から観光客を集めることが期待されている。開園当初は、アラビア湾岸諸国からの来客を見込む。
「ザ・リグ」の魅力とは
前置きはさておき、早速「ザ・リグ」の全貌を明らかにしよう。まずは、この動画を見てもらいたい。
いかがだろうか?海の上に浮かぶテーマパークと聞いて頭の中に描いていた想像をはるかに超える映像だったのではないだろうか?
なにしろ「ザ・リグ」にたどり着くには、フェリーかヨットかクルーズ船かヘリコプターに乗るしかないのだ。50隻が停泊できるマリーナも併設している。「洋上石油プラットフォームに着想を得た世界初の観光スポット」をうたうこの施設の魅力を見ていこう。
壮大なアトラクションの数々
ひとつはその多彩なアトラクションだ。普通のテーマパークにあるジェットコースターや巨大観覧車、ゴーカートやプール、ウォータースライダーなどは当然完備。それだけではない。海洋テーマパークならではの立地を最大限に生かし、スキューバダイビングや潜水艇で、海中の巨大構造物を探索することができるのは「ザ・リグ」ならでは。
海面数十メートルのリグのてっぺんからは、バンジージャンプだけでなく、パラシュートやウイングスーツ(注:特殊なジャンプスーツ)などを使って飛び降り着地する、ベースジャンピングなどのエクストリームスポーツが楽しめる。360度見渡す限り、水平線を空から眺めながらのアトラクション体験は他のテーマパークでは味わえないものとなろう。
あらゆる娯楽が備わった空間
アトラクションだけではない。エンターテインメントも忘れてはいない。施設の中には巨大なライブ会場が存在。満天の星空を見ながらのライブはまさに非日常体験だ。ドローンを飛ばしたり、花火を打ち上げたり、海上だけにあらゆる演出が可能で、ライブパフォーマンスが盛り上がること間違いなしだ。
充実したホスピタリティ
そして、ホスピタリティ、おもてなしも充実だ。アトラクションやライブパフォーマンスを堪能した1日をしめくくるホテルやレストランも魅力だ。ホテルは3棟あり、合計客室数は800。またレストランも11軒ある。サンデッキで夕日を眺めながらタパスをつまみ、夜は海の生物に囲まれた海中レストランで、世界各国の料理に舌鼓を打つ。考えただけでもため息が出る。
サウジアラビア、観光立国は可能か?
実はサウジアラビアには、「ザ・リグ」に先立ち、開園を予定しているテーマパークがある。それはPIFが100%の株式を持つQiddiya Investment Companyの「シックスフラッグス・キディヤ(Six Flags Qiddiya)」だ。
王国初のテーマパークとして、首都リヤド郊外に2023年に開園する予定だ。世界一早く、高く、長いジェットコースター「ファルコンズ・フライト(鷹の飛翔)」が目玉アトラクションとされている。ザ・リグ、シックスフラッグス・キディヤ、と世界中のアトラクションマニアを引きつけようとするサウジアラビアの意気込みが伺えるというものだ。
観光では、これまでUAEのアブダビやデュバイの後塵を拝してきたサウジアラビア。放棄された石油プラットフォームを再利用するという大胆プランで一発逆転を狙う。
一方、脱炭素化の世界的潮流は加速している。今後、サウジアラビアの石油収入が大きく減少するようだと、政府系ファンドによるインフラ投資計画そのものに狂いが生じる可能性がある。また、観光客の誘致の面では、新型コロナ感染症の影響が懸念される。
「ビジョン2030」が示すサウジアラビアの未来図実現までにあと8年しかない。サルマン皇太子の思惑どおりいくかどうかは不透明だ。
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