記事  /  ARTICLE

テクノロジーが拓く未来の暮らし

Vol.39 脱炭素の切り札「人工光合成」

まとめ
  • 人工光合成はCO₂を排出せずに水素を生み出し、工場から排出されたCO₂と合成してプラスチックを生み出す夢の技術
  • 実用化する鍵となるのは、日本の触媒技術で、多くの大企業が協同して開発をおこなう。
  • コスト面には未だ課題が残る。

昨今、世界全体で取り組まれている課題、「脱炭素」。多くの企業が、各々の製品やその開発方法などの過程で、脱炭素社会に向けた取り組みを実践している。

ところで、環境問題への身近な対応といえば、昔から、緑を増やす運動があった。木を増やせば、「光合成」によって二酸化炭素が吸収されるためだ。

「光合成」とは、植物が太陽光から得たエネルギーを用いて、水と二酸化炭素からでんぷんなどの有機物を生み出すことである。その「光合成」を人工的におこなうことができたら?そんな突拍子もない発想がいま、現実のものになろうとしている。

人工光合成とは

ではその「人工光合成」の仕組みを見てみよう。

人工といっても本物の光合成と同じく、太陽エネルギーを用いる。

人工光合成は植物の光合成のプロセスを模して、水を分解して発生した水素に工場などから排出された二酸化炭素を反応させ、プラスチックなどの原料となるオレフィンなどを生み出す技術である。

以下の図では、植物の光合成と比較した人工光合成の簡単な仕組みを示している。植物の光合成と同じ仕組みで、原料が生産できることがわかる。

注目すべきは、以下の図では小さく書かれているが、途中段階で製造される「水素」だ。このように、水を太陽光などの再生可能エネルギーで分解して還元された水素を「グリーン水素」(注1)という。「グリーン水素」は製造過程で二酸化炭素を排出しないため、化石燃料に代わる次世代のエネルギーとして注目されている。

図)「光合成」と「人工光合成」の概念
図)「光合成」と「人工光合成」の概念

出典)経済産業省資源エネルギー庁

この「グリーン水素」の製造に取り組んでいるのが、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)だ。2021年に世界で初めて、人工光合成により100m₂規模でソーラー水素(編集部注:NEDOはグリーン水素をこう呼んでいる)を製造する実証試験に成功している。

そのプロセスを以下の図で詳しく見ると、まず太陽光の光エネルギーを「光触媒」(光を照射することにより触媒作用を示す物質)が受けて、水(H2O)を水素(H₂)と酸素(O₂)に分解する。

次に分解した水素と酸素を「分離膜」(気体・液体中に混在する物質を選択的に通過させる機能を備えた膜)により、水素だけを通すようにする。

ここで、分離された酸素は別途違う用途として使用され、分離膜を通過した水素は、工場などから排出された二酸化炭素(CO₂)と「合成触媒」により化学反応が進行し、プラスチックなどの原料が生み出される。

この技術で鍵となるのが先に述べた「光触媒」だ。光触媒には、太陽光を吸収して化学反応を促す物質が使われており、水を分解することができる。低コストで大量生産するために最も重要なのは「太陽エネルギー変換効率」の高さである。

これは太陽光を受けて、一定の水からどのくらい酸素と水素に分解することができるのかという効率を示す値で、NEDOによると、植物の光合成ではおよそ0.2〜0.3%だという。この太陽エネルギー変換効率を向上させるため、より高性能な光触媒の開発が進められている。

特に、2000年代から人工光合成の研究に取り組んでいるトヨタグループの豊田中央研究所では、高効率でありながらより実用的なサイズの光触媒を開発しており、2020年には36cm角のセルで太陽エネルギー変換効率7.2%を達成した。これは、同じ面積のスギ林の約100倍の二酸化炭素を吸収できることを示す値だそうだ。将来的には、太陽エネルギー変換効率を10%まで向上させることを目指している。

一方、実装化に向けては安全性も重要だ。水の分解で得られた酸素と水素の混合ガスが静電気などの影響で着火・爆発が起きないようにしなければならない。NEDOと富士フイルム(株)、TOTO(株)、三菱ケミカル(株)などの企業や、東京大学、信州大学、明治大学が協同しておこなった実証実験に使われた光触媒パネルは、独自の安全システムを導入しているため自然発火せず、また意図的に着火させても爆発が起こることはなかった。この結果により、光触媒パネル大規模化の可能性が大きく高まった。

将来的な課題

人工光合成は、触媒技術に優位性を持つ日本が世界をリードしており、2040年代の実用化が期待されているが、いうまでもなくコスト削減が不可欠だ。

また、変換効率はやはり大きな壁だ。光触媒の性能は向上しつつあるが、その後の分離膜で分解された水素をどれだけ高純度かつ少ないロスで回収できるか、合成触媒でどれだけ二酸化炭素と反応させられるかといった課題が残されている。

ここまで人工光合成によるグリーン水素製造の可能性を見てきたが、人工光合成を住宅に活用しようという取り組みもある。その名も「人工光合成ハウス」だ。

住宅産業大手の飯田グループホールディングス株式会社は、大阪市立大学と協同で、従来にない人工光合成技術による「IGパーフェクトエコハウス」の実証実験を、沖縄県宮古島で今年度中にも始める予定で、2024年の技術確立を目指すとしている。(注3)

具体的には、二酸化炭素から水素源となるギ酸(注2)を生成・貯蔵し、このギ酸から生成した水素で発電した電気で家庭の消費電力の全てを賄うことができるというものだ。実現したら画期的だ。

図)左:沖縄県宮古島市に建設中の大規模リゾート計画地/右:IGパーフェクトエコハウス研究棟の完成イメ-ジ
図)左:沖縄県宮古島市に建設中の大規模リゾート計画地/右:IGパーフェクトエコハウス研究棟の完成イメ-ジ

出典)飯田グループホールディングス株式会社

実用化に向けて研究開発が加速する人工光合成。決して夢物語ではないことが分かっていただけたかと思う。日本の先端技術が脱炭素の切り札になるか、期待が高まる。

  1. グリーン水素
    再生可能エネルギー(再エネ)などを使って、製造工程においてもCO₂を排出せずにつくられた水素は、「グリーン水素」と呼ばれる。一方、化石燃料をベースとしてつくられた水素を「グレー水素」、水素の製造工程で排出されたCO₂を回収して貯留する技術などと組み合わせて排出量をおさえた水素は「ブルー水素」と呼ぶ。
    図)グレー、ブルー、グリーン水素の違い
    図)グレー、ブルー、グリーン水素の違い

    出典)経済産業省資源エネルギー庁

  2. ギ酸(蟻酸)
    いろいろな有機試薬や溶剤の合成、染色、皮なめしなどに用いられる物質で、名前は最初に蟻の蒸留により得られたことに由来する。
  3. 飯田グループホールディングス2022年3月期第3四半期報告書
安倍宏行 Hiroyuki Abe
安倍 宏行  /  Hiroyuki Abe
・日産自動車を経て、フジテレビ入社。報道局 政治経済部記者、ニューヨーク支局特派員・支局長、「ニュースジャパン」キャスター、経済部長、BSフジLIVE「プライムニュース」解説キャスターを務める。現在、オンラインメディア「Japan In-depth」編集長。著書に「絶望のテレビ報道」(PHP研究所)。
株式会社 安倍宏行|Abe, Inc.|ジャーナリスト・安倍宏行の公式ホームページ
Japan In-depth

RANKING  /  ランキング

SERIES  /  連載

テクノロジーが拓く未来の暮らし
IoT、AI・・・あらゆるものがインターネットにつながっている社会の到来。そして人工知能が新たな産業革命を引き起こす。そしてその波はエネルギーの世界にも。劇的に変わる私たちの暮らしを様々な角度から分析する。