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出典)iphonedigital
- まとめ
-
- アップルがEVを開発し、近々市場に投入するとの予測がある。
- この「アップルカー」は従来の自動車産業のビジネスモデルを劇的に変える可能性がある。
- 日本の自動車産業が勝ち残るためには確固たる産業政策が必要。
国際的な脱炭素の流れの中で、世界の自動車メーカーはEV化を加速させている。
独・フォルクスワーゲン(VW)は今年7月、2030年までに世界販売の半分をEV化する目標を打ち出している。米・ゼネラル・モーターズ(GM)は今年1月、2035年までに新車をEVなどゼロエミッション車とする目標を掲げた。
日本の自動車メーカーも危機感を強める。
トヨタ自動車は、2015年10月に「環境チャレンジ2050」を発表し、2050年もしくはそれより前にカーボンニュートラルを実現することをコミットした。そして今年3月の決算会見で2030年に電動車の世界販売を800万台とする目標を発表した。内訳は、EV(電気自動車)・FCV(燃料電池車)で200万台、HV(ハイブリッド車)・PHV(プラグインハイブリッド車)で600万台。販売台数のうち電動車が占める割合を、日本で95%、北米で70%、欧州で100%、中国で100%(2035年、NEV(新エネルギー車)+省エネ車)とする目標だ。さらに今年6月には、2035年にグリーンファクトリー(工場のカーボンニュートラル)を宣言するなど、取り組みを加速させている。
日産自動車も、今年1月「2050年までに事業活動を含むクルマのライフサイクル全体におけるカーボンニュートラルを実現する」との目標を掲げている。その一環として、「2030年代早期より、主要市場に投入する新型車をすべて電動車両とすることを目指す」としている。
本田技研工業は、今年4月に2040年までに世界販売の新車をEVとFCVのみとする目標を掲げている。HV販売を廃止する目標の表明は、日本の自動車メーカーでは初となった。
EV化がもたらすのは、脱炭素への貢献や、エンジンがモーターと電池に置き換わることだけではない。自動運転など先進技術の進展を追い風に進む電動化は、「SDV(Software Defind Vehicle)」という新しいキーワードを生んだ。
SDVとは、特徴や機能がソフトウェアに定義づけられる車のこと。デザインや耐久性などハードウェア領域よりも、それを制御しさらに多彩な機能を追加するソフトウェア領域が、大きな役割を担う。ソフトウェアをOTA(Over The Air)つまり無線通信によって更新することで、常に最新の機能を装備することが可能になる。そのビジネスモデルは、従来の自動車業界のそれとは大きく異なるもので、むしろ、スマートフォンのビジネスモデルそのものだ。
「アップルカー」の衝撃
こうした中、あのITの巨人、アップルがEVを開発しているとの憶測が数年前から飛び交っている。そう、いわゆる「アップルカー」がそれだ。
「アップル」と「自動車」との関わりでまず思い出すのは、「Apple CarPlay」だ。2013年に「iOS in the Car」として発表された、iOS対応の車載ディスプレイだ。iPhoneと接続して、マップ、電話、メッセージなどの機能を、ハンズフリー音声操作で使うことができる。紹介ページには、「CarPlayは、あなたのEメール、テキストメッセージ、連絡先、カレンダーにある住所から、あなたが行こうとしている場所を予測」とある。ここにアップルの戦略が透けて見える。考えているのは、自動車のiPhone化だ。
アップルがいつ自動車業界へ本格参入するか、その時期はいまだ明らかになっていないが、その可能性は日増しに高まっている。
アップルが自動車産業に興味を示したのは2014年に遡る。「プロジェクト・タイタン」なるものを発足させ、自動運転車の開発競争に参入したのだ。ロイターは、同プロジェクトが「2024年の乗用車製造開始を目指している」と報道した(2020年12月)。記事によれば、車に同社開発の最先端の電池が搭載される見通しだという。2021年4月にはアップルCEOティム・クック氏がインタビュー(NYタイムズ有料記事)で、「自動運転そのものがコア技術だ」と語っている。アップルが自動運転技術を開発しているのは、将来EVに搭載するためではないか、とライバル社は考えているのだ。
アップルカーの市場投入時期の予測は過熱するばかりだ。アップルは「iPhone」の生産を鴻海精密工業(フォックスコン)に発注するなど、台湾のサプライヤーとの関係が深いが、台湾メディア「経済日報」はサプライヤー筋の情報として「2021年9月、当初予定より2年前倒しでリリース予定」と報じた。(2020年12月21日)
予想はあくまで予想に過ぎないが、アップルが最新鋭の電池技術と自動運転技術を備えたEVを開発しているとの見通しは業界内ではほぼ確信に近いものとなっている。ただ、アップルが車両開発まで担うのか、それとも車載ソフトウェア開発に止まるのかは、依然明らかになっていない。
それでも前段で触れたように、「アップルカー」のビジネスモデルを予測することは可能だ。参考になるのは、iPhoneのビジネスモデルだろう。iPhoneは、アップルが開発・設計などをおこない、日本を含む世界中のサプライヤーから部品を調達し、メーカーに組み立てを委託して製造、アップルが販売する、いわゆる「水平分業」ビジネスモデルを採用している。「アップルカー」でも同じビジネスモデルを採用すると思われる。だからこそ、どのサプライヤーに部品の製造を委託し、どのメーカーに車両の組み立てを委託するのかが、自動車業界の関心事になるわけだ。
特に後者、すなわち「アップルカー」の組み立てをどの自動車メーカーが受注するかが大きな注目を集めている。
2021年1月には、韓国・現代自動車とアップルの共同開発の見込みが報じられた。しかし、現代自動車は2021年2月、「我々はアップルと自動運転車の開発に関する協議をしていない」と否定している。(参考記事:Nikkei Asia)
4月には、韓国・LGエレクトロニクスとカナダ・マグナ・インターナショナルの共同出資会社「LG Magna e-Powertrain」がアップルの受注を獲得する可能性を、韓国メディアが報じた。
日本メーカーでいえば、EV戦略でアップルと競合しないマツダか。EV量販で先鞭をつけた日産・ルノー連合か、車台市場への参入を表明している日本電産か。はたまた、ブランド力を求める中国メーカーか。自動車アナリストの見立てもさまざまに飛び交うが、アップルの正式な発表は未だない。
自動車業界の反応
テスラ
こうしたアップルの動きの背後には、EV専業メーカーの米テスラがいることは間違いない。
アップルはテスラの成功を詳細に研究しているはずだ。また、テスラもアップルの参入に神経をとがらせているに違いない。実は、テスラがEV「モデル3」開発初期に、アップルに対して自社売却を持ちかけたという事実がある。これは、マスク氏自身が2020年12月Twitterで明らかにしている。その商談は、クック氏がミーティングに応じなかったことで実現しなかったとも述べている。
During the darkest days of the Model 3 program, I reached out to Tim Cook to discuss the possibility of Apple acquiring Tesla (for 1/10 of our current value). He refused to take the meeting.
— Elon Musk (@elonmusk) December 22, 2020
確かに2017年当時、テスラは「モデル3」で初のEV量産に取り組んでいた。生産ラインが安定せず、思うように生産台数が増えないことに市場から厳しい目が注がれていた時期だ。アップルがEV開発に乗り出したと見て、話を持ちかけたのかもしれない。アップルにとっては米国内に製造ラインを手に入れることができるわけで、渡りに舟のように見えるが、自前の製造ラインを持たないアップルの経営思想からしてみれば、テスラの生産設備を買う選択肢は、はなからなかったのかもしれない。
出典)テスラ
その後テスラは、モデル3の生産台数を順調に伸ばし、爆速で自動車組み立て工場やバッテリー製造工場を建設した。いまや、中国、ドイツにも「ギガファクトリー」と同社が呼ぶ組み立て工場を持つに至った。
テスラは従来の自動車産業のビジネスモデルを踏襲し、中国、欧州と販売する各地域で車を組み立てる道を選んだわけだが、アップルはおそらくiPhoneのビジネスモデルにならって、自前の工場は持たない可能性が高い。
一方テスラは、EVをとりまく多様な事業領域に参入を進めている。2020年9月、テスラが家庭用エアコン事業参入の可能性に言及した時には、電機業界に衝撃が走った。
テスラはこれまで、EV事業に加えて、家庭用・産業用蓄電池やソーラーパネルなどエネルギー関連事業を次々と強化してきた。(過去記事:2020年11月10日「蓄電池で家庭の電気が変わる!」参照)公に、「電気自動車、電池、再生可能エネルギーの発電・貯蔵は、それぞれが独立して存在しており、それらが組み合わさることでさらに強力なものとなる。それこそが私たちの望む未来なのだ」と表明、「持続可能なエネルギーエコシステム」の構築を目指している。エアコンは、その一角を担うものだ。マスク氏の野望は、テスラを単なるEV専業メーカーではなく、総合エネルギー企業に変貌させることのようだ。
出典)テスラ
海外メーカー
さて、アップルカーに話を戻す。
海外自動車メーカーは、「アップルカー」の市場参入を一応前向きにとらえている。
Bloombergの報道によると、独・フォルクスワーゲンCEOヘルベルト・ディース氏は「業界の変化を確実に加速させ新たなスキルをもたらす新しい競争相手を楽しみにしている」と述べた。
また独・BMWのCFOニコラス・ペーター氏は、Bloombergとのインタビューで、「競争は素晴らしい。他社にやる気を起こさせる。当社は非常に強力な位置に付けており、今後も業界の主導的な立場にいたいと願っている」と述べている。
両氏とも、競合企業の参入と激しい競争が、結果的に自社を含む自動車関連産業を成長させる、との見方だ。
日本メーカー
トヨタ自動車社長の豊田章男氏も、アップルの参入を前向きに評価している。2021年3月11日、「日本自動車工業会」の記者会見で、「新しいテクノロジーカンパニーが入ってくるのは、自動車産業に将来性があるということでもある。ユーザーにとっては選択の幅が広がる」と述べた。
一方、釘を刺すことも忘れなかった。
「車を作った後に、40年のユーザーの変化に対応する覚悟を持ってもらいたい。新しく入ってきたら『40年の覚悟を持たなくてもいい』というのは公平ではない。ユーザーにとって公平な参入はウェルカムだ」と述べた。
日産は、今年2月、アップルから提携の打診を受けたが経営上層部による協議には至らなかったとロイターが報じている。またホンダは、SDVの開発に積極的に取り組み、アップルなど他社に対抗する構えを示しているとBloombergが8月に報じている。
これらの動きをみると、日本の自動車メーカーがアップルと組むことはなさそうだが、品質の高い自動車作り、という観点から考えると、日本車メーカーの線は完全に消えたわけではない。
塗り替わる業界地図
こうしたアップルの戦略に既存の自動車メーカーに対抗策はあるのだろうか?
SDVへの移行は、多額の車両開発・生産費用と、ハードウェア・ソフトウェアの分離により、業界地図を大きく変える。すでに、複数のメーカーが共同開発をおこなったったり、部品の共通化をおこなったりする動きがある。新興メーカーの登場やITなど異業種からの参入も加速するだろう。
アップルカーの部品を受注したり、車の組み立てを受注したりすることは、アップルの下請けになることを意味する。これまで自動車メーカーは同産業エコシステムの頂点に立っていた。いわゆる「垂直統合」モデルを長年継承してきたわけで、アップルの軍門にくだるのは耐えがたい屈辱だろう。
「垂直統合」モデルにこだわる伝統的な自動車メーカー、すなわち、ダイムラーやVWなどの独メーカー、米GM、フォード、日本のトヨタ、日産・ルノー・三菱連合などにとって、アップルカーの「水平分業」ビジネスモデルは脅威でしかない。
「レベニューシェア」モデルという選択
そうしたなか、自動車産業の今後を占う興味深いビジネスモデルが去年誕生した。
ダイムラーAGと米大手半導体メーカーエヌビディアの協業モデル「レベニューシェア」だ。
「レベニューシェア」とは、提携した2社双方が利益を得るモデルだ。自動車の販売後、ソフトウェア更新やアプリケーション追加購入にかかる収益を、両社で分け合う。
この方法であれば、サプライヤーは大手自動車メーカーの下請けに甘んじることなく、対等な立場で利益を確保できる。ダイムラーAGは、このビジネスモデルを前提とした独自ソフトウェア搭載車両を、2024年から量産する計画だ。
出典)ダイムラー
独自にソフトウェアを開発できない既存メーカーはアップル以外のサプライヤーを抱え込み、競争力のある車を開発することができる。「レベニューシェア」はそうした優れた技術を持つサプライヤーをつなぎ止める有力な手段となりうるのだ。
日本車生き残りへの戦略
日本の自動車メーカーは果たして生き残ることができるのだろうか。
豊田章男氏は自工会(日本自動車工業会)の定例会見(2021年3月11日)で、「『日本のモノづくりを守る』ために、メーカー各社ができることの一つが電動車の開発、生産である」と主張する。国内メーカーが各々の得意領域を持ち、日本全体としてEV、FCV、PHV、HVという電動車のフルラインナップを持つことを、日本自動車産業の強みと位置づけた。「小さな市場の12のメーカーが生き抜くには、競い合いながらも、この日本の強みを生かすための『協力』と『協調』が欠かせない」とした。しかし、この戦略が、EV化が進む国際市場で通用するかどうかは未知数だ。
EU・欧州委員会は2035年以降の新車を全てゼロエミッション車とする方針を打ち出し、禁止対象にガソリン車やディーゼル車だけでなく、HVやPHVも含まれる。これは日本車の得意分野だ。それだけではない。LCA(Life Cycle Assesment)規制の導入が進めば、EV化さえ、十分な戦略とは言えなくなる。
LCAとは、環境負荷を評価する手法の一つ。自動車の走行中だけでなく、原材料の生産、車両製造、燃料調達、廃棄を含む自動車のライフサイクル全体を評価する。火力発電が多くを占める日本のエネルギーを使用する自動車は、EVのLCA評価で不利になる。EUが日本車を狙い撃ちにしているのは明らかだ。しかし、見方を変えると「エネルギー政策」と「自動車産業政策」がセットで考えられている、ともいえる。
「アップルカー」の登場は、日本の自動車業界が直面する熾烈な国際競争の序章に過ぎない。個々の自動車メーカーの企業努力だけでは到底太刀打ちできないだろう。勝ち残りのためには確固たる国家戦略が必要だ。自動車産業政策は、エネルギー戦略とも密接に関わるだけに、EU、中国、米国の動向をにらみつつ、慎重かつ大胆な戦略を構築する必要があろう。
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