写真) 2019年台風19号での水害時に人命救助活動にあたる自衛隊
出典)防衛省・自衛隊
- まとめ
-
- 河川から離れた場所でも起こりうる「内水氾濫」に注意が必要
- 東海豪雨での名古屋市中心部の洪水など、「内水氾濫」は都市部に大きな被害をもたらしてきた
- 都市型水害に対応するため、さまざまな止水製品が開発されている
早くも、豪雨による被害が頻発している。静岡県熱海での土砂崩れは大きな被害を招いた。台風が本格化する季節もまもなく到来する。
今回は、これまで台風や豪雨の度に大きな被害を出してきた「内水氾濫」に注目し、都市部における水害の危険性とその対策を再確認したい。
「内水氾濫」とは
「内水氾濫」という言葉は聞き慣れないが、ようは、排水できなくなった雨水が下水道や側溝から溢れ出す現象のことだ。コンクリートに覆われた都市部で起こりやすいとされており、注意が必要だ。
「内水氾濫」はその発生する理由から、さらに二つのタイプに分けることができる。一つは、短時間に大量の雨が降ることなどで、排水の役割を担う用水路や排水路が機能不全となり冠水が広がっていく、「氾濫(はんらん)型内水氾濫」だ。このタイプは、河川の氾濫とは関係がないため、河川周辺地域でなくても発生する可能性がある。
もう一つのパターンは、「湛水(たんすい)型内水氾濫」だ。このタイプは、大雨で河川の水位が高まり、河川の水が排水路を逆流することで市街地の排水機能が麻痺し、冠水が広がっていく。こちらは主に河川の周辺区域で発生する。
出典) 気象庁 「避難勧告等に関係する諸情報(洪水・浸水)の技術について」
発生するメカニズムの異なる二つの「内水氾濫」は、対象となる警報と、注意すべき降雨量の指標が異なる。河川から離れた場所でも起こりうる「氾濫型内水氾濫」は、主に表面雨量指数に注意する必要がある。
一方、主に河川の近くで発生する「湛水型内水氾濫」は、表面雨量指数とともに流域雨量指数に注意する必要がある。そのため、自分の住む地域で発生しうる「内水氾濫」のタイプとそれに対応する降雨量の指数を、日頃から確認しておくと良いだろう。
東海豪雨での「内水氾濫」の被害
2000年9月11日から12日にかけて激しい雨が名古屋を襲った東海豪雨では、大規模な「内水氾濫」が発生し、名古屋市の約4割が浸水した。
出典) 名古屋市「東海豪雨に関する記録」
後に激甚災害にも指定されたこの豪雨の原因は、停滞する秋雨前線に暖かく湿った空気が流れ込み、積乱雲が次々と発生する「線状降水帯」ができたことだった。これにより、11日夕方から名古屋市を中心とする広い範囲に記録的な大雨が降り、名古屋市ではこの日の夜に1時間に97mmという猛烈な雨が観測されている。また、11日未明から12日までの総雨量は、平年の9月の月降水量の2倍を大きく超える567mmであり、観測史上最大となった。
出典) 国土交通省「東海豪雨15年 災害の記憶を未来へ」
この大雨の影響で、名古屋市周辺で約7万戸の浸水被害が報告されており、崖崩れなどによって合わせて10人の方が亡くなった。鉄道各線も大きな被害を受け、地下鉄名城線の平安通駅付近では軌道が浸水し、名鉄の西枇杷島駅は水没した。また、JR東海が大部分の在来線を11日夕方から運休としたため、名古屋駅構内には帰宅困難者が溢れ、大混乱になった。
出典) 国土交通省「東海豪雨15年 災害の記憶を未来へ」
大雨が収まった後も交通や物流の混乱が続き、最終的に被害総額が8,500億円、保険金支払額が1,030億円に上った東海豪雨は、「内水氾濫」による都市水害の危険性が広く認知されるきっかけとなった。
2年前武蔵小杉を襲った「内水氾濫」
今から2年前の2019年10月、台風19号による記録的な豪雨に伴い発生した武蔵小杉での洪水は記憶に新しい。実はこれも「内水氾濫」による被害だった。
都心からのアクセスもよく、タワーマンションが何棟も立ち並ぶ武蔵小杉は、「住みたい街ランキング」の常連として知られている。多摩川からはある程度離れており、氾濫による水害の危険性はあまり認識されていなかった。しかし、台風19号による記録的な豪雨により多摩川の水位が高まっていたため、先述した「湛水型内水氾濫」が発生し、大きな水害が発生した。
また、この水害が多くの人の住民の生活を苦しめた背景には、「内水氾濫」により溢れた水がマンションの地下にある電気設備を浸水させたことがある。あるマンションの地下には、なんと約9,000トンの水が流れ込んでいた。これによって、マンションの住民たちはエレベーターやトイレ、さらには水道までもが使えなくなり、その後1ヶ月近くに渡り不便な生活を強いられることになった。
この武蔵小杉での浸水被害においては、各マンションの電気設備がいずれも地下に設置していたことが問題視された。そのため、この浸水被害以降、住民らを中心に予備電源を高層階に移設したり、新たに止水バルブを設置したりするなどの対策がとられている。
繰り返される「内水氾濫」を防ぐには
国交省が2019年に公表した資料によると、2009年から2018年の間の「内水氾濫」による浸水被害はのべ約22万棟に上るとされ、水害全体の浸水棟数の68%を占めている。また被害額で見ても、同期間の水害による経済被害額のうち、4割を「内水氾濫」が占めている。
出典) 国土交通省「近年の降雨及び内水被害の状況、下水道整備の現状について」
これを踏まえて、国土交通省の有識者検討会は昨年6月、自治体向けの「内水氾濫」への対策指針の改定案をまとめた。
この改定案では下水道を整備する上での想定降雨量を、従来の1.1~1.15倍に増やすことなどが求められている。それと同時に、災害発生時に予測される被害状況を示すハザードマップと、その基になる浸水想定区域図の作製なども促されている。
しかし、氾濫の危険性があるとされる1071市区町村のうち、ハザードマップをつくり終えたのは409市区町村と4割弱にとどまっている。住民にリスクを周知することで、被害を未然に防ぐこともできるため、ハザードマップの整備は自治体の急務だ。また、私たち住民も自分の住む地域が、どのような水害の影響があるのか普段からチェックしておくことが重要だ。
リスクの高い地下街などへの対策も進む
「内水氾濫」などによる水害を防ぐために、国交省がハザードマップの作成とともに力を入れているのが、地下街等への浸水対策だ。 避難経路が限定され、浸水開始後の時間的猶予の少ない地下街や地下鉄駅は、都市部に集中しているため、「内水氾濫」により甚大な被害が発生することが危惧されている。
出典) 国土交通省「地下街等における浸水防止用設備登録のガイドライン」
そのため、2016年に国交省が示した「地下街等における浸水防止用設備登録のガイドライン」では、地下街などの管理者に対して、予測される浸水深と出入り口等の高さを比較した上で、十分な浸水対策をとることが求められている。
都市型水害対策の止水製品
そんな地下街などへの浸水の防止策として、近年注目を集めているのが、「止水板」だ。手動タイプに加え、最近は電動タイプの止水板も開発されている。非常時に水害を食い止めてくれる止水板は、普段は床に埋め込んでおくタイプもあり、「内水氾濫」の危険性の高い都市部にうってつけの対策だ。
出典) 文化シャッター株式会社
出典) 文化シャッター株式会社
また、小規模店舗の間口に合わせて開発された商品も出ている。以下の商品は水位上昇時には、床下に埋め込まれた雨水枡(ます)の中の無線フローティング発信器により、店舗が無人でもスイッチが入り、止水板がせり上がる仕組みだ。また、停電時を想定し、店舗内のコントロールボックスにはポータブル蓄電池が設置されている。
出典) 創喜
水害対策が手つかずの地下街などは全国に数多くある。「内水氾濫」の危険性を普段から認識し、どのような対策をとったらいいか検討することが必要だ。大雨・台風の季節を前に、少しでも被害が小さくなるよう、日頃の備えを大切にしたい。
Recommend Article / おすすめ記事
RANKING / ランキング
SERIES / 連載
- 「安全」を考える
- 「安全・安心」な社会の構築は私達の願い。その為に身の回りの様々なリスクを科学的に考えていきます。