テスラモデルX(左)とモデル3(右)新車発表会 2016年3月31日
Photo by Steve Jurvetson
- まとめ
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- 世界のエコカー市場、潮流はEVに。
- 米テスラ社は時価総額で米GMを抜き、市場も注目。
- テスラ新型車モデル3発売開始、カギはバッテリーコスト。
テスラショック
今年4月、世界に衝撃が走った。米・電気自動車メーカー、テスラ・モーターズ(Tesla)が時価総額でゼネラル・モーターズ(GM)を抜き、全米首位の自動車メーカーとなった、というニュースが流れたからだ。
テスラ株は4月10日の米株式市場での早い時間の取引で一時3.7%高となり、時価総額は510億ドル(約5兆7000億円)に膨らんだ。同社の時価総額はニューヨーク時間午前9時35分時点でGMを約17億ドル上回ったことでニュースとなったのである。いかに市場がその将来性を買っているかが分かる。
テスラ・モーターズ(以下テスラ)は、米シリコンバレーを拠点とした電気自動車(EV:Electric Vehicle)専業のメーカーで、2003年に設立された。CEOのイーロン・マスク(Elon Musk)氏の名前を一度は耳にした人も多いだろう。(写真1)
マスク氏は1971年生まれ、46歳。オンライン決裁システムの“PayPal(ペイパル)”を創業したことで有名だ。その他にも宇宙事業の“スペースX”、太陽光エネルギー事業の“ソーラーシティ”など、次々とイノベーティブな企業を興し、“天才起業家”の名をほしいままにしている。
写真提供)OnInnovation
さてそのテスラだが、まず2008年にテスラ ロードスターなるスポーツモデルを世に送り出した。(写真2)リチウムイオン・バッテリーを搭載し、1回の充電で最長394 kmの航続距離、時速100㎞到達速度3.9秒の加速性能を達成。2,400台以上を30カ国以上で販売した。
ガソリンエンジンと違い、モーターで車輪を駆動するEVはパワフルでリニアな加速が持ち味で、実はスポーツカーに向いている。普通のセダンタイプではなくロードスターを第一号として市場に投入した戦略は見事に当たり、テスラのブランドはセレブやエンス―ジアスト(注1)らにあっという間に浸透していった。
Photo by FaceMePLS
次に市場に投入したのがEVセダンModel S、2012年のこと。(写真3)7人乗りで、最大航続距離500km以上、そして時速100㎞到達速度約5秒の加速力を持ち、デビューした。このモデルでテスラは幅広いユーザー層を得た。
出典)テスラHP
そして満を持して投入するのが、今回のセダン、モデル3だ。(写真4、5)7月に発売開始になったばかり。5人乗り、最大航続距離345㎞、時速100㎞到達時間6秒以下。販売価格は$35000ドル(385万円:1ドル=110円換算)以下、とロードスターやモデルSなどより買い求めやすい価格設定とした。
生産台数を2017年12月には月産2万台に引き上げる計画だ。マスク氏は2018年の生産台数目標を50万台としており、その達成はモデル3の売れ行きと生産能力にかかっている。
出典)テスラHP
出典)テスラHP
テスラとトヨタ
実はテスラは日本企業と無縁ではない。2010年5月にはあの、トヨタ自動車(以下、トヨタ)が5000万ドル(約55億円:1ドル=110円換算)出資し電気自動車とその部品の開発、生産システム、及び生産技術に関する業務提携を行うことで基本合意した。
2012年5月にはテスラと共同開発した「RAV4 EV」を発表。(写真6)このモデルは、小型SUV「RAV4」のボディをベースにテスラのEVシステムを搭載したもので、走行可能距離約160km、小売価格は49,800ドル(約548万円:1ドル=110円換算)、3年間で約2,600台を販売する計画だった。
出典)トヨタHP
しかし、
しかし、中国の環境規制とEV普及のための補助金政策などもあり、各国自動車メーカーのEVシフトが顕著になってきた。流石にトヨタとしてもこうした潮流を無視することは出来なかったのであろう。2020年までにEVの量産体制を整えると宣言している。しかし、その後のテスラの躍進ぶりを見るにつけ、何故あの時提携を解消してしまったのだろうか、と残念に思う。
Photo by Motohide Miwa
もっとも、ことはそう単純ではなかったのかもしれない。筆者がかつて勤務していた日産自動車(以下、日産)も独フォルクスワーゲンと提携し、サンタナというモデルを日本の工場でノックダウン方式(注2)で生産したことがある。1984年のことだ。しかし、製造技術や設計思想の違いから共同事業は予想以上に難航、結局、両者の関係は1991年に解消している。
直後日産のある経営幹部はこう述懐していた。「フォルクスワーゲンから得たものはほとんど何もなかった。しいて言えば、樹脂燃料タンクの製造ノウハウを得たことくらいかな。」と。当時の日本車のガソリンタンクは鋼板製で、樹脂タンクは珍しかったのだ。ことほど左様に企業文化の違う2社が足並みそろえて経営戦略を進めることは困難を極める。トヨタという巨大企業と、稀代の天才経営者マスク氏の見ている風景は余りに違い過ぎたのだろう。
テスラの死角
では順風満帆に見えるテスラに死角は無いのだろうか?株式市場はテスラの躍進をもてはやすが、筆者は同社の将来をそう楽観視はしていない。それはモデル3の収益性に疑問を抱いているからだ。同車の販売価格は約385万円。果たしてこの価格で利益が出るのだろうか?モデルSの販売価格は900万円なのだ。大量販売を狙った価格設定とはいえ、1台当たり利益率は当然のことながら前モデルより大きく下回る。
自動車産業は装置産業である。大量に生産し、大量に販売しなければ割に合わない商売でもある。フルラインアップの総合自動車メーカーなら、小型車は赤字でも、収益率の高い中型〜大型車の販売で全体の利益を上げることが可能だが、EV専業メーカー、しかも生産規模がモデル3を投入してやっとこさ年間50万台を達成できるかどうかのテスラである。年間1000万台生産するトヨタなどと比べると象と蟻ほどの差がある。果たして廉価モデルを投入するほどの体力があるのだろうか?
現在テスラはパナソニックと共同で開発した円筒形リチウムイオン電池セルを、ネバダ州に建設した「ギガファクトリー」(写真8、9)から調達している。ギガファクトリーにおけるリチウムイオン バッテリーセルの生産量は、2018年までに年間35GWhに達する計画で、これは全世界で生産されるバッテリーの総量とほぼ同量だというからとてつもない規模であることは間違いない。
出典)テスラHP
テスラの将来を占うカギはEVの心臓部であるリチウム・イオン電池のコストだ。かつて200万円は下らないとされていた電池のコストは、ここにきて大幅に下がってきている。テスラは2016年初頭にモデル3に搭載する電池は「60kWhより小さく、コストは190ドル/kWh」だとしている。また、同社は将来的にこのコストを35%削減することが可能だとしており、とすると、コストは約124ドル/kWhとなる。仮に電池を55kWhと仮定すると、コストは約6820ドル(約750,200円:1ドル=110円換算)まで下がることになる。
実際にそこまでコストが下がるかどうかは、販売台数による。量産効果が出るかどうかということだ。仮にコストダウンに成功したとしても電池は依然、EVを構成する部品の中で最も高額なものには違いない。
販売台数が伸びず電池の量産効果が出ない場合、もしくは技術的にテスラが想定しているほど電池のコストダウンが実現できなかった場合、どちらにしても収益的に苦しくなることは間違いない。ある意味、テスラは大きなかけに出ているといえよう。早ければ2018年度中にはその答えが出るのではないか。
Photo by Steve Jurvetson
(グローバルEV戦争2 日本勢の反撃(仮題)に続く)
- エンス―ジアスト(enthusiast):熱狂的な支持者。転じて、車をこよなく愛する人々、の意。
- ノックダウン(Knock Down)方式:他企業の製品の部品を輸入し、現地で組み立て・販売する方式。
- 参考記事)
- Tesla confirms base Model 3 will have less than 60 kWh battery pack option, cost is below $190/kWh and falling(テスラ「モデル2のバッテリーのコストは60kWh以下、コストは190ドル/kWh以下になる」)Electrec, April 26th, 2016
- Tesla is now claiming 35% battery cost reduction at ‘Gigafactory 1’ – hinting at breakthrough cost below $125/kWh(テスラ「ギガファクトリー製造のバッテリーコスト35%下がる」125ドル/kWhになる見込み)Electrec, Feb. 18th, 2017
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