photo by Jim Mattis
(2016年サウジアラビアのリヤド湾岸協力会議)
- まとめ
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- サウジら湾岸諸国が、身内のカタールを突然断交。カタールは米の重要な軍事パートナーでもある。
- カタールから原油・LNGを輸入している日本にとってはコストアップ要因。
- サウジの動向次第ではさらに悪いシナリオも。
中東の石油大国であるサウジアラビア(サウジ)やその同胞アラブ首長国連邦(UAE)、バーレーン、エジプトなどが、GCC(Gulf Cooperation Council:湾岸協力会議)の仲間であるカタールに対し突然断交を通告したのが6月5日(月)。(図1)
事の起こりや背景事情などについては、これまでにほぼ報道されているため再述することは避け、今後の展開および日本への影響について考えてみよう。
カタール断交の波紋
食料などの輸入物資の40%を依存していたサウジとの陸路が遮断されたため、断交直後には街のスーパーマーケットの棚ががらがらになった様子が映像としても報道されていた。東北大震災に見舞われた3・11直後の事情を思い出した人も多かったことだろう。ドーハでも、将来に不安を感じた市民のパニック買いがあったものと思われる。
この映像を見た国際世論は、人道上問題あり、として断交をしかけたサウジ側に対し批判的になった。その影響もあるのか、サウジ等はこれまでのところ追加的な制裁措置を取ってはいない。
一方、思惑は読めないがイランやトルコが救いの手を伸ばし、トマトやキュウリなどの生鮮野菜を含む食料品を空輸し始めたため、市民生活も落ち着きを取り戻したようだ。
このニュースが伝えられた直後、トランプ大統領は断交を支持するツイートをした。慌てた国務省や国防省は180度異なったコメントをして、大統領発言の軌道修正を図った。翌日にはトランプ大統領も解決を望む姿勢をみせた。
穏便に済ませることを望むティラーソン国務長官は、対話による解決が必要だとして自ら関係国のカウンターパートと電話会議などを行っている。
マティス国防長官は6月14日(水)、カタールのアティーヤ国防担当相と120億ドルのF15戦闘機(写真1)売却の合意文書に調印した。これはすでに昨年、基本合意をしていたものの一部である。つまり、両国は軍事面での関係が不変であることを示してみせたのだ。
photo by ARTS_fox1fire
カタールと米のつながり
なぜ小国カタールが米国の重要な軍事パートナーになったのか、ここで振り返ってみよう。
1990年夏、フセイン・イラクがクウェートに侵略し、翌1991年1月に米国を主軸とする多国籍軍がイラクを攻撃した湾岸戦争を機に、米軍はサウジ国内に中東における軍事行動の本拠地を置いてきた。サウジもまた、フセインの侵略から「聖地」を守るためだとして米軍の駐留を歓迎した(写真2)。
だが、湾岸戦争中には数十万人、終わった後でも数千人の異教徒である米軍人がサウジ国内に常駐することは、「聖地」に対する冒涜だとする反発が強まった。
オサマ・ビン・ラディン率いるアル・カーイダによる1998年のタンザニアやケニアの米国大使館爆破事件や、「9・11」として知られる2001年の米国同時多発テロはこうした背景から起こった。
こうして2003年のイラク戦争終了後、サウジ政府の要請に応える形で米軍は撤退を始め、「本拠地」をカタールに移した。それ以来、米軍はカタールのアル・ウディド空軍基地(写真3)を中東の司令基地としており、現在では1万人以上の米軍関係者が駐留しているのである。
最近シリア・イラクのIS(Islamic States:イスラム国)に対する空爆をカタールの基地から実行している米軍主導の有志連合には、カタールはもちろん、サウジ、UAE、バーレーンも参加している。
UAEは「断交」後、米軍の「本拠地」を引き受けてもいいような発言をしているが、「本拠地」移転には数ヶ月から1年程度かかるし、カタールをさらにイランの側に押しやるリスクもあるので、米国にとって必ずしも望ましい解決策にはならないだろう。
また、UAEの電源燃料の半分以上をカタールからのドルフィン・パイプライン経由の天然ガスによってまかなっている(図2)という現実も決して見過ごすことはできない。カタールが天然ガス供給を止めたら、ドバイ高層ビル群の明かりは維持できないだろう。そんなことをしたら、誰もが望まない戦火があがりかねない。
出典)JOGMEC
現状維持が米の利益
このような事情を総合的に勘案すると、トランプ大統領が口先でどう言おうと「現状維持」こそが「アメリカ・ファースト」、米国の国益に合致した方策なのだ。
断交発生後、二週間が経とうとする現在、解決への道がまったく見えないわけではない。
クウェートのサバハ首長(写真4)やトルコのチャブシュオール外相(写真5)らは、自らサウジやカタールを訪問し、仲介の労を取ろうとしている。米国のみならず英国のメイ首相も、話し合いにより緊張を緩和するよう求めている。断交を歓迎する声は表向き、どこにもない。
サウジ側はカタールに改善を求める事項のリストアップを行っており、近々発表するものと見られている。(6月17日時点)
サウジのジュベイル外相(写真6)は6月16日(金)ロンドンにおいて、これはカタールに対する「要求(demands)」ではなく「苦情、抗議(grievances)」のリストだ、と発言した。
さて、今後事態がどのように展開していくかを予測するには、サウジ等が用意しているこの「リスト」が重要なものとなろう。果たしてどんな内容となっているのか。そして、やはり米国がどのように舵取りをするのかが鍵を握っているものと思われる。
日本への影響
次に日本への影響について考えてみよう。
日本貿易会によると、2015年の日本のカタールからの輸入額は約180億ドル、輸出額は約17億ドル(1ドル=110円換算)で、カタールの総輸出額1,270億ドル、総輸入額304億ドルに対し、それぞれ約14%、約6%である。日本の輸入もカタールの輸出も、ほぼ全額がLNG(液化天然ガス)、原油および石油製品で占められており、両国にとってこれら化石燃料こそが最大の貿易商品であることが分かる。
資源エネルギー庁の「エネルギー白書2017」によると、2015年度のカタールからの原油輸入量は日量28万バレル(BD)で、サウジ、UAEに次ぐ第3位(図3)、LNG輸入量は約1,300万トンで、豪州、マレーシアに次ぐ第3位(図4)となっている。日本の全輸入量は原油が336万BD、LNGが8,357万トンだから、それぞれ約8%、約16%を占めていることになる。
出典)エネルギー白書2017
出典)エネルギー白書2017
今回の「断交」により、これらの化石燃料輸入はどうなるだろうか?
現時点ではLNGも原油も、日本の輸入に特段の問題は生じていない。現時点でのサウジ等の経済制裁が、人物の往来禁止、陸海空の交通遮断などに限定されているからである。
だが詳細に見ると、若干のコストアップにつながる影響は考えられる。カタールに関係する船舶が周辺のサウジ、UAEあるいはバーレーンの港に入港できないためである。
LNGや原油は専用タンカーによって運ばれている。タンカーは航行燃料としてバンカーオイルと呼ばれる重油を主に使用している。
日本と中東を往復するタンカーは通常、日本かシンガポール、あるいはUAE構成国の一つだがホルムズ海峡(図5)の外に面しているフジャイラでバンカーオイルを給油する。だが、今回の「断交」措置により、カタールに寄港する船舶はフジャイラでの給油が不可能になった。したがって、日本あるいはシンガポールでの給油が必要となる。
フジャイラでの給油を前提に運行計画を作っているタンカーにとっては、給油に必要な日数等を勘案すると、コストアップにつながる可能性がある。
また中東から日本に運ぶ原油は、通常VLCC(Very Large Crude Oil Carrier)と呼ばれる20~30万トン重量の、150~200万バレルほど積載できる大型タンカーで運んでいる(写真7)。
photo by Seong-Woo Seo
石油会社は契約数量や必要な原油の品質等の制約もあり、50万バレル前後の数量を一つの単位として複数の種類の原油を船積みする計画を立てている。たとえばサウジのアラブ・ライト原油を90万バレル(3万BD契約の1ヶ月分)、UAEのマーバン原油を50万バレル(スポット取引の通常単位)、カタールのカタール・マリン原油を30万バレル(1万BD契約の1ヶ月分)、といった具合である。
ところが今回の「断交」措置により、カタール原油を積載した、あるいはこれから積載する予定のタンカーはサウジやUAEに寄港できないことになった。さて、どうするか。
石油会社が取る対応策は、おそらく「背取り」と呼ばれるシップ・ツー・シップ・オペレーションだろう。VLCCの代わりに小型タンカーでUAEやサウジの原油を引き取り、公海でVLCCに積み替える方法である。
その昔、アラブ諸国が輸出禁止先としていたイスラエルや南アに、トレーダーたちが工夫してイラン原油を販売した時に採用した方法である。技術的には可能な方法だが、当然コストアップになる。
より悪いシナリオ
このように短期的には、「断交」による新たな、より強力な経済措置が取られない限り、日本のエネルギー供給には若干のコストアップという程度の影響で済むものと思われる。
だが中長期的には、本件がいみじくも露呈しているように、中東には不安定要因が満ち満ちていることを再認識する必要があるだろう。
次の展開次第ではカタールがイランにすり寄り、サウジとイランの対立がさらに激化する可能性もある。カタールが伝家の宝刀であるパイプラインガスの供給を止めたら、おそらく恐ろしいことが起きるだろう。このように中東依存度の高い日本のエネルギー供給は、過去も今も将来も、絶えず不安定要因を内包しているものなのだ。
現在、筆者がもっとも懸念しているのは、サウジの今後の動向である。
「ビジョン2030」をもって脱石油経済を目指すサウジのムハンマド・ビン・サルマン皇太子(写真8)は、UAEアブダビ首長国のムハンマド・ビン・ザイード・アール・ナヒヤーン皇太子(写真9)を「メンター」としていると伝えられている。そういえば「ビジョン2030」が目指す方角は、UAEの経済発展モデルに類似している。
photo by Imre Solt
一方、今回の「断交」の真の意味は「サウード家による統治」は誰にも邪魔させない、というサウジの強烈な意思表示ではないのだろうかと筆者は考えている。
少々説明を加えよう。
サウジアラビアのアラビア語正式国名を翻訳すると「サウード家によるアラビアの王国」となる。つまり、サウジは「サウード家」の「王国」なのだ。現在の国体の実態を見る限り、この訳語はしっくり来る。
現在のサウジは第3次サウード王朝と呼ばれるが第一次サウード王朝は、1744年にサウード家とイスラム教の教義を厳格に解釈する精神的指導者ムハンマド・ビン・アブドウル・ワッハーブとが結んだ「ディルイーヤの盟約」により創設された。
サウード家がワッハーブ派の守護者となる代わりに、ワッハーブ派がサウード家に世俗的統治の正統性を与える合意だ。第3次王朝の現在においてもサウジ国王はメディナとメッカという2箇所の聖都の守護者として「2聖モスクの守護者」という敬称を用いている。また、ワッハーブ派の宗教指導者たちは、国民の日常生活の規範を維持、管理する役割も担っている。
分かりやすく言うと、サウジとは、国民が政治的権利を放棄し、国王に忠誠を誓い、国王は「ゆりかごから墓場まで」国民の面倒を見るという、家父長制的福祉国家なのだ。これが「サウード家による統治」である。
はたして「ビジョン2030」と「サウード家による統治」は両立するものなのかどうか、よく考えてみたい。そして本件についての検討結果は、機会があれば稿を改めてご報告したいと思う。
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