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トランプのエネルギー戦略

Vol.03 シェールガス復権、米経済にプラス

まとめ
  • トランプ政権のエネルギー政策、マイルドなものになる見込み。
  • ドル安志向による国内産業保護政策がシェール輸出後押し、米経済にプラス。
  • 日本がシェールガス開発など米インフラ開発政策に貢献の余地も。

現実路線に戻るトランプ政権

ドナルド・トランプ米大統領は就任後100日の節目を無事通過し、大統領選挙中から就任当初に打ち出した過激で強硬な路線を、よりソフトで穏健なものへと軌道修正しつつある。これはエネルギー政策にも当てはまる。

たとえば、いったんは地球温暖化抑止の枠組みであるパリ協定からの完全離脱を宣言しておきながら、最近になって「協定の完全履行はしないが、枠組み自体には残る」という現実路線を採ることを示唆している。

こうしたなか注目されるのが、化石燃料の開発推進を公言するトランプ政権のシェール資源政策だ。ここ20年で急速に発達した非在来型天然ガス・オイルのシェール(頁岩)層掘削技術によって、米国はエネルギー資源輸入国から、エネルギー資源輸出国へと変身を遂げた。

ドナルド・トランプ氏

photo by Gage Skidmore

トランプ政権は、オバマ前政権が凍結していた国内の原油パイプライン開発プロジェクトを再開させ、新規の海洋原油掘削も許可するなど、国内エネルギー資源開発に前のめりの姿勢を見せている。トランプ大統領はシェール開発に関して、どのような政策を適用するつもりなのだろうか。何が変わるのか、探ってみよう。

結局はオバマ政策の踏襲か

バラク・オバマ前米大統領は、環境問題に積極的に取り組んだ「地球にやさしい大統領」だったというイメージが強いが、実は掘削による地下水汚染や誘発地震を引き起こしやすいシェール資源開発を積極的に推進していた。

そのため、米国のシェール革命は、民主党のオバマ時代に爆発的に進行した。より多くの埋蔵量が確認され、より多くの油井やガス田開発が、オバマ政権時に許可された。オバマ前大統領は、反シェールではなく、シェール推進派だったのである。

そのため、基本的にトランプ大統領は前政権のシェール政策に変更を加える必要がないと専門家たちは見る。米ライス大学エネルギー学センターのマイケル・マーラー上席顧問らは、「どれだけトランプ大統領が国内のガス・石油開発を強く推進しようが、その影響は限定的なものになる」との見方で一致している。

保護主義や国内雇用重視などの大きな転換にもかかわらず、「トランプ大統領の緩和的で財政出動を重視する経済政策は、オバマ前大統領の路線を継承した『オバマ2.0』だ」とよく言われる。シェール政策についても、トランプ政権は「オバマ2.0」である可能性が高い。

もし両者に違いがあるとするならば、それはトランプ政権の貿易政策と外交政策が米国のシェール資源生産に与える影響だろうと、マーラー氏らは指摘する。なぜか。

トランプの貿易政策次第

米国のシェール革命を潰そうと、サウジアラビアが仕掛けた原油増産による原油価格の急落で、米シェール企業は一時、瀕死の状態に陥った。だが、驚くべきことにサウジの目論見は外れ、米シェール産業ではさらなる技術進歩により劇的にコスト削減が進み、原油価格が1バレル当たり50ドル以下になっても採算が取れる強靭な体質に生まれ変わったのである。

このようにして、石油・LNGの世界最大の輸出国となった米国のシェール資源は競争力を増してきた。それを生かすも殺すもトランプ政権の貿易政策次第なのだ。もし保護主義的政策を追求すれば、シェール資源の輸出先から報復関税などの対抗措置を喰らい、結果的に米シェール産業を傷つけかねない。

LNG船
LNG船

だが、保護主義を抑えて穏健な貿易政策を採るならば、米シェール資源の輸出が伸び、相対的に米国の輸出国としての競争力が強くなる。そうなれば、もはや「オバマ2.0」ではなく、立派な「トランプ1.0」として誇れる功績になる可能性がある。そこに、日米2国間経済対話の枠組みで日本が米シェールガス開発など、トランプ大統領のインフラ開発政策に協力してウィン=ウィン関係を築く余地も生まれるのだ。

政権の意思ではなく市場原理が重要

とはいえ、エネルギーや貿易を含むトランプ政権の経済政策には未だ具体性が欠けており、米メディアや専門家の間では、現時点でシェール産業に最も大きな影響を与えるのはトランプ大統領の政策ではなく、市場の傾向だとする論調が強い。

米コモディティー市場調査会社クリッパーデータのマット・スミス氏は、「トランプ大統領は、エネルギー関連の規制を撤廃して、業界の振興を図ろうとしている。たとえば3月に、『米国のエネルギー開発の可能性がフルに使われていない』として、オバマ前大統領が定めたガスやオイル掘削時のメタンガス排出規制を見直すよう命じる大統領令に署名したが、現在シェール産業が(比較的)落ち込んでいるのは規制のせいではなく、市場原理のせいだ」と説明。

スミス氏は、「原油価格が低迷しているのは供給過多が原因であり、トランプ大統領が言うような規制のせいではない。だから規制を緩めても原油価格は上がらず、逆に生産をさらに増やして、エネルギー価格がもっと下がることになる」と手厳しい。仏ソシエテ・ジェネラルでエネルギー産業の調査に携わるマイク・ウィットナー氏も、「規制は、良くても第二義的な意味しか持たない」と同意する。

規制撤廃で割を食う石炭産業

トランプ大統領は就任時に、「500兆ドルの価値があるともされる未開発のシェールガスとシェールオイルを最大限、利用するべきだ。特に公有の国有地に眠る資源が有望だ」と述べている。

しかし、トランプ政権が連邦政府の国有地におけるシェール掘削・生産を巡る環境規制を緩和または撤廃しても、シェール資源生産量は劇的に伸びないという。なぜなら、環境問題での世論の反発を怖れるシェール産業は公の場所である国有地での開発を避け、私有地での掘削に集中しているからだ。業界は、世論硬化というリスクを冒してまで、採算悪化を招く増産を望まないのである。

規制撤廃はさらに、トランプ大統領が保護復興させようとしている米石炭産業に割を食わせることになる。規制緩和で増産され価格がさらに下落したシェールガスの安価さに、石炭が対抗できないからだ。

英キングス・カレッジ・ロンドン政策研究所のニック・バトラー客員教授は、「シェールオイルとともにシェールガスも増産され、米国の天然ガスの価格は大幅に下落している。この価格水準ではガスがより多くの石炭にとって代わり、苦境にある石炭産業を再建するとのトランプの選挙公約を実現することは極めて難しいだろう」と予測する。この意味でも、トランプ政権は「オバマ2.0」になる可能性が高いわけだ。

米・ワイオミング州キャンベル群ジレットの炭鉱
米・ワイオミング州キャンベル群ジレットの炭鉱

トランプ政権の政策はエネルギー企業の株価にも悪影響を及ぼしている。ブッシュ息子政権第一期目の最初の14週間で、有力エネルギー銘柄を組み込んだ「エネルギー・セレクト・セクターSPDRファンド」は平均11.4%上昇したが、トランプ政権の最初の14週間では6%以上も下げている。シェール掘削企業も横ばいか、下げている銘柄が多い。

シェール増産は米経済や環境にプラス

トランプ政権のシェール政策により多くの否定的影響が予想されるなか、プラス面を指摘する声もある。シェール資源増産で天然ガスや原油価格がさらに下がれば、企業や家計におけるエネルギー出費が減り、その分が支出に廻って米経済成長や企業投資を刺激する効果が望めるというのだ。

また前述のシェール資源増産による石炭消費のさらなる衰退により、炭素排出量が最も多い化石燃料である石炭の使用が減ることで、皮肉なことにトランプ大統領は地球温暖化の抑止に貢献することになると英『フィナンシャル・タイムズ』紙は予測する。

特筆されるのは、シェール革命を受けて中国が米国産原油の最大の輸入国になっており、米国の中国に対する貿易赤字解消の切り札に成長してゆく可能性が増していることだ。今年1月から2月の数字で日量800万バレル超の中国の原油輸入のうち、米国からの輸入は1%にも満たない。中国の主要な原油購入先は依然としてサウジアラビア、ロシア、アンゴラなどの国だ。だが、中国の米国産エネルギー購入はさらに増加が見込まれており、米国のシェール資源増産の大きな受け皿になることが期待されている。

加えて、トランプ大統領が実質的に米輸出産業を保護するドル安政策に傾いていることも、長期的には米シェール産業に追い風だ。中国をはじめ日本などの大口顧客は、安いドルでより大量に仕入れることのできる米国産LNGなどエネルギー製品を好んで買うようになる。日中などにとっては、対米黒字削減の有効な手段でもある。さらに、それらの国が米シェール資源に依存するようになれば、米国の外交カードも増えるというおまけつきである。

総合的には肯定的な結果か

これらのトランプ政権のエネルギー戦略をポジティブ・ネガティブ両面から見ると、エネルギー関連の規制緩和・撤廃は大きなインパクトがないものの、ドル安志向による米国内産業保護政策の影響が、米シェール資源輸出を大きく後押しすると予測できる。

この肯定的な結果が、トランプ政権の極端な保護主義政策によって引き起こされる世界貿易戦争で邪魔をされない限り、原油価格下落にも耐えられる体質になってきた米シェール産業は、中長期的に有利な立場を維持できるだろう。

岩田太郎 Taro Iwata
岩田太郎  /  Taro Iwata
在米ジャーナリスト
「時代の流れを一歩先取りする分析」を心掛ける。米NBCニュースの東京総局、読売新聞の英字新聞部、日経国際ニュースセンターなどで金融・経済報道の基礎を学ぶ。現在、米国の経済を広く深く分析した記事を『週刊エコノミスト』『サンデー毎日』などの紙媒体に発表する一方、『Japan In-depth』や『ZUU Online』など多チャンネルで配信されるウェブメディアにも寄稿する。金融・マクロ経済・エネルギー・企業分析などの記事執筆と翻訳が得意分野。国際政治をはじめ、子育て・教育・司法・犯罪など社会の分析も幅広く提供する。海外大物の長時間インタビューも手掛けており、以下のように幅広い実績を持つ。ローレンス・サマーズ元米財務長官、ポール・ローマー世界銀行チーフエコノミスト、バリー・アイケングリーン・カリフォルニア大学バークレー校経済学部教授、アダム・ポーゼン・ピーターソン国際経済研究所所長、ジェームズ・ブラード・セントルイス連銀総裁、スティーブン・ローチ・エール大学フェロー、マーク・カラブリア(現)ペンス米副大統領チーフエコノミスト、エリオット・エイブラムス米外交問題評議会上席研究員、ヤン=ベルナー・ミューラー・プリンストン大学政治学部教授など多数。

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化石燃料に回帰?石炭、シェールガス、原子力、再エネ…トランプ新政権のエネルギー政策を徹底分析、日本のエネルギー戦略に対する影響を予測する。