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エネルギーと私たちの暮らし

Vol.15 卓越大学院が育てる次世代エネルギー人材

写真)PEP育成プログラム プログラムコーディネーター 理工学術院教授 林泰弘 氏
©エネフロ編集部

まとめ
  • 世界最高水準の教育・研究力を結集した博士課程学位プログラム「卓越大学院プログラム」。
  • 全国13大学から選ばれる学生、一学年わずか20余名。
  • 日本を「自給自足型・再/蓄/省エネ革新パックインフラ輸出国」として変革させる。

「パワー・エネルギー・プロフェッショナル育成プログラム(以下、PEP育成プログラム)」が、平成30年度文部科学省の「卓越大学院プログラム」に採択されたという大きな新聞広告を見て、どのようなプログラムなのか興味を持った。早速、本プログラムのプログラムコーディネーターである、早稲田大学理工学術院先進理工学研究科林 泰弘教授に話を聞いた。

卓越大学院PEP育成プログラム設立の背景

まずは卓越大学院PEP育成プログラムを設立するに至った背景だ。今、日本の電力・エネルギーシステムは大変革の真っただ中にある。従来の大規模集中型エネルギーシステムは、電力需要を所与のものとして、供給サイドである電力系統側で集中的に電力需給バランスを調整してきた。

しかし、太陽光発電などの再生可能エネルギーや蓄電池などの需要家側エネルギー・リソースが普及拡大したことやIoTの発展により、電力システムを取り巻く環境は大きく変わってきた。

こうした中、太陽光発電、燃料電池、蓄電池などの分散型エネルギー・リソースを通信技術により集約し、系統運用者の調整力をはじめ、需要家のエネルギーコスト削減、再生可能エネルギーの出力抑制回避などの様々な価値を提供するビジネスが注目されている。これが、「エネルギー・リソース・アグリゲーション・ビジネス」といわれるものだ。

図)エネルギー・リソース・アグリゲーション・ビジネスのイメージ
図)エネルギー・リソース・アグリゲーション・ビジネスのイメージ

出典)資源エネルギー庁「エネルギー・リソース・アグリゲーション・ ビジネスに関するガイドライン

こうした時代に必要な人材には、

  • 高度な理工系専門性
  • 経済・制度・社会科学の知識
  • 課題設定・解決能力
  • 領域横断・融合的な方法論や技術構築

などの能力が求められる。

こうした人材育成の状況はどうなっているのだろうか?林教授は真っ先に、日本の博士人材の少なさに懸念を示した。

「私は日本の状況は本当に危ないと思っています。時代は今、博士人材を必要としているのです。理工系の大学院生はどこの国で増えているかというとドイツやフランスなどです。しかし日本は減っている。さらにドクター(博士号)の取得者数を見ると、日本だけが下がっています。我々のところに会いに来る海外企業のトップは、必ずといっていいほど博士号を持っています。博士号なくして、グローバル社会におけるキャスティングボードを握れず、議論のテーブルにすら着けません。世界で通用するパスポートを持たなくてはならないのに、日本ではみんなが途中下車しているようなもので、もったいない状況です。」

図)世界で取り残されている日本の博士号取得者数
図)世界で取り残されている日本の博士号取得者数

提供)早稲田大学

「卓越大学院プログラム」とは、文部科学省による国公私立大学を通じた大学教育再生の戦略的推進事業の一つである。国内外の大学や研究機関、民間企業らが連携する高水準の5年一貫の博士課程学位プログラムだ。あらゆるセクターをけん引する博士人材を育成する事業だという。平成30年度政府予算として56億円が計上されている。

この「あらゆるセクターのけん引」というのが実は大きなキーワードのような気がする。従来型のビジネスはセクター毎に最適解を追求してきたが、エネルギー・リソース・アグリゲーション・ビジネスの世界では、セクターを横断して知を集約し、社会全体の最適解を得ることが求められるからだ。

「日本はこれまでの大規模集中エネルギーシステムに、毎年25兆円の燃料費をかけ、かつその大部分が輸入です。国のエネルギー安全保障のために、自給率を上げなくてはならないのです。そちらへシフトして行くには人材が必要です。イノベーションを起こさねばならず、深く広い知識とスキルを持つ卓越人材がいないとなかなかできません。だからこそ、そういう人材を育てることが大切なのです。」

図)電力・エネルギーインフラでのイノベーション時代の到来
図)電力・エネルギーインフラでのイノベーション時代の到来

提供)早稲田大学

卓越大学院のプラットフォーム

PEP育成プログラムの最大の特徴は、全国国公私立13大学の連携だろう。早稲田大学、北海道大学、東北大学、福井大学、山梨大学、首都大学東京、横浜国立大学、名古屋大学、大阪大学、広島大学、徳島大学、九州大学、琉球大学が参加する。

図)全国主要国公立大13大学
図)全国主要国公立大13大学

提供)早稲田大学

13の大学が連携するメリットはどのようなものなのだろうか?

「例えば名古屋大学の学生が修士課程に合格して、PEP育成プログラムに行きたい、となったら、彼らはまず選抜審査を受けます。13大学で審査してオーケーとなったら専門プログラムを受けることができるようになります。早稲田大学は13大学共通の学籍を用意しますので、この学生は名古屋大学に学籍を置きながら、早稲田大学PEP育成プログラム生としての学籍も持ちます。その上で、早稲田大学に設置されたPEP育成プログラムの必修科目を受講することを通じて、専門分野が異なる学生が交流することによる研究の気づきや発想、他大学学生との交流による刺激など、所属・地理的に離れた学生との切磋琢磨の場となるわけです。」

パワー・エネルギー・プロフェッショナルとは

PEP育成プログラムは国際社会のエネルギー新価値創造をリードする、「パワー・エネルギー・プロフェッショナル(PEP)」の育成を目指している。

PEP人材とは:

  • ① モノづくりのプロフェッショナル(新エネルギーシステムイノベーター)
  • ② コトづくりのプロフェッショナル(新エネルギー事業創出イノベーター)
  • ③ 国際標準化のプロフェッショナル(グローバル・エネルギーイノベーター)

を指す。このPEP人材が「最適なエネルギー新価値」を創造し、我が国を「自給自足型・再/蓄/省エネ革新パックインフラ輸出国」として変革させることが期待されている。

図)電力・エネルギー新産業創出に資する人材育成スキーム
図)電力・エネルギー新産業創出に資する人材育成スキーム

提供)早稲田大学

図)修了生のキャリアパス:国際社会のエネルギー新価値創造をリード
図)修了生のキャリアパス:国際社会のエネルギー新価値創造をリード

提供)早稲田大学

PEP育成プログラムがこうした人材育成に取り組む背景には、電力・エネルギーインフラ分野の新産業国際市場が拡大するとの読みがある。大学=アカデミアの役割を具体的に林教授に聞いた。

「アカデミアは基礎研究をするだけでなく、真ん中に立って、企業のみなさんの要求に答えたり、行政の方々と制度をつくったりすることが求められているのだと考えています。産業を興すというより、ハブとなって企業や行政を結び付けていくのが今の時代の役割なのです。昔の大学のイメージとは全然違いますね。

たとえば、需要家側が節電、つまり消費を下げることにより需給バランス上は発電と同等の効果をもつ『ネガワット』の価値について考えてみましょう。まだビジネスとしての影すらなかった頃に、我々は経済産業省とネガワット研究会というものを立ち上げました。節電を行う電力の量、つまりネガワットを定量化し、その電力量を売買できるような仕組みを、まず技術的に定めました。それを今度は、電気事業者の方々にご理解いただき、電力取引などの制度として落とし込み、マネタイズする仕組みを多くの企業の皆さんと一緒に研究してきました。例えば、早稲田大学のスマート社会技術融合研究機構には50社の企業が参加して、こうした議論をしています。」

写真)林 泰弘教授
写真)林 泰弘教授

©エネフロ編集部

林教授は、理系の壁を越えることが重要だと説く。そのために人文社会系の科目も用意されている。その理由を聞いた。

「私は電力の供給側と需要側とが連携するデマンドレスポンスを標準化したときの経験から、技術を社会に定着させる活動には制度や仕組みがわからないとだめだと学びました。技術で勝っても、普及させられず最終的なビジネスでの競争に負けてしまっては意味がありません。ですからそのあたりも分かる人材を育てるために『エネルギーイノベーションの社会科学』と言う人文社会学系の科目を用意しました。早稲田大学ビジネススクールや政治経済、法学などの教員が作るコンテンツをオンデマンドで受講できるようにしました。さらに合宿型の『事業創造演習」という科目もあります。人社系の教育は早稲田が持ち、理工系の教育は13大学が各自もしくは連携して持つ、これが強みなんです。」

図)プログラムの全体像
図)プログラムの全体像

提供)早稲田大学

写真)林 泰弘教授
写真)林 泰弘教授

©エネフロ編集部

海外の大学や企業との連携

PEP育成プログラムは海外の大学や研究機関とも連携している。アメリカのテネシー大学ノックスヴィル校や中国の清華大学など、電力システム系が強いところや、ドイツのミュンヘン工科大学など情報系が強い大学が入っている。さらに企業との連携も強化されている。電力事業者はもとより、石油化学会社、ガス会社、さらに電中研(電力中央研究所)、産総研(産業技術総合研究所)などの研究機関とも繋がっている。学生はこれらの連携した機関で実習し、現場の最新技術を学ぶことができるという。なんとも贅沢な環境なのだ。

図)比類なき質と量の教育研究プラットフォーム
図)比類なき質と量の教育研究プラットフォーム

提供)早稲田大学

そして林教授が強調したのが「標準化」と「異分野融合教育」の重要性だ。

「標準もわかった上で勝負することが大事です。標準をわかった上で技術で勝る。そういう人材を作っていきたいと思っています。それから、異分野融合ですが、PEP育成プログラムには電気工学系だけでなく、マテリアル系で優れた研究を推進している大学、すなわち山梨大学、首都大学東京、横浜国立大学が参画しています。材料からシステム、そして先ほど申し上げた人社系による社会デザインまでを一気通貫で教育する、それが本プログラムの異分野融合教育です。本プログラムの修了者はこれらの教育で身に付けた多様な能力(PEP育成プログラムでは6つを設定)を生かして、電力事業者に行ってもいいし、他の企業に行っても、大学の先生になってもいいんです。」

図)社会との距離が近い博士プログラム
図)社会との距離が近い博士プログラム

提供)早稲田大学

異分野融合教育がいかに大事か。例えば、照明をどう制御すれば睡眠の質が上がるか、とか、集中力が増すかとかを研究している人がいる。そうした研究成果をスマートハウスに組み込めば住宅としての価値が上がる。各戸から得られたデータが集積されてビックデータとなれば、それがまたヘルスケアなどの分野で新たなビジネスを生んでいくかもしれない。可能性は無限に拡がる。当然、マーケティングや環境経済の知識も必要となる。そういう意味において、PEP育成プログラムの試みは将来をしっかりと見据えていると言えよう。

「グランドデザインを描ける人がいないといけないんです。私たちが育てようとしている博士人材は自分で課題を見つけて自ら解決しなければならないのです。」

全国13大学から選ばれる学生は一学年わずか20余名。PEP育成プログラムから明日の日本のエネルギー産業を担う人材が誕生するのは5年後だ。未だかつてないこの試みがどのような成果を生むのか、筆者は大いなる関心をもっている。

写真)林 泰弘教授
写真)林 泰弘教授

©エネフロ編集部

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安倍宏行 Hiroyuki Abe
安倍 宏行  /  Hiroyuki Abe
日産自動車を経て、フジテレビ入社。報道局 政治経済部記者、ニューヨーク支局特派員・支局長、「ニュースジャパン」キャスター、経済部長、BSフジLIVE「プライムニュース」解説キャスターを務める。現在、オンラインメディア「Japan In-depth」編集長。著書に「絶望のテレビ報道」(PHP研究所)。
株式会社 安倍宏行|Abe, Inc.|ジャーナリスト・安倍宏行の公式ホームページ
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