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テクノロジーが拓く未来の暮らし

Vol.45 海のエネルギーを活用「海洋温度差発電」

写真) 沖縄県久米島にある海洋温度差発電実証設備外観

写真) 沖縄県久米島にある海洋温度差発電実証設備外観
出典)沖縄県海洋温度差発電実証設備HP

まとめ
  • 海水の温度差を利用して電気を起こす海洋温度差発電に注目が集まる。
  • 今年に入ってから商船三井が本格参入し、実用化に向け動き出した。
  • 導入可能な水域が限られるなどのハードルもあるが、再生可能エネルギーの需要が高まる中、世界各地で研究開発が進む。

海はエネルギーの宝庫だ。これまでエネフロでは、干満差を利用した「潮流発電」(参考:「世界最大級の干満差」で潮流発電)や、波の力を利用する「波力発電」(参考:洋上風力発電と波力発電の大いなる可能性)などを紹介してきた。今回は、海の温度差を利用した「海洋温度差発電」を取り上げる。

この発電方式が注目されたのは、今年7月。大手海運会社の株式会社商船三井が、「海洋温度差発電」の実用化に向けた動きに本格的に取り組むことを明らかにした

株式会社ゼネシスおよび佐賀大学と共同で取り組むもので、モーリシャスにおける海洋温度差発電を核とした海洋深層水複合利用に関する実証要件適合性等調査が、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の2021年度「エネルギー消費の効率化等に資する我が国技術の国際実証事業(実証要件適合性等調査)」に採択されたもの。

その歴史は意外に古く、1881年にフランスの物理学者ジャック=アルセーヌ・ダルソンバールが、最初にその仕組みを提案した。それから約140年。この技術が改めて見直されている。

海洋温度差発電のメカニズム

海洋温度差発電(Ocean Thermal Energy Conversion:OTEC)とは、その名の通り、表層の温かい海水(表層水)と深海の冷たい海水(深層水)との温度差を利用する発電技術である。

海洋の表層100m 程度までの海水には、太陽エネルギーの一部が熱として蓄えられており、低緯度地方ではほぼ年間を通じて 26〜30℃程度に保たれている。

一方、極地方で冷却された海水は海洋大循環に従って低緯度地方へ移動する。一般的に、水温が低いほど海水の密度は大きくなるため、極地方から運ばれてきた冷たい海水は深層へと沈んでいく。太陽エネルギーを蓄えた温かい表層水と、深層 600〜1,000m に存在する1〜7℃程度の深層水を取水し、その温度差を利用して発電する。

図)海洋温度差発電の仕組み
図)海洋温度差発電の仕組み

出典)沖縄県海洋温度差発電実証設備HP

発電の方式としては、オープンサイクル、クローズドサイクル、ハイブリッドサイクルの3種類がある。最近では、水よりも沸点が低く低温でも蒸発しやすい代替フロンやアンモニアを、タービンを回す作動流体として用いるクローズドサイクル方式が主流になっている。

海洋温度差発電で経済性を確保するためには、 20℃程度の温度差が必要とされている。海の表層と深層1,000m との温度差は当然赤道付近で大きいが、インド、東南アジア、オーストラリア南部、メキシコ、ブラジル、アフリカ中部の沖合も、比較的温度差に恵まれているため、積極的な導入が見込まれている。

図)全世界の海の表層と深層1,000mとの温度差分布
図)全世界の海の表層と深層1,000mとの温度差分布

出典)佐賀大学海洋エネルギー研究所

海洋温度差発電は、化石燃料やウランを使わず、海洋に貯蔵されたエネルギーを活用する、地球環境に優しい再生可能エネルギーである。

佐賀大学海洋エネルギー研究所の試算によれば、日本の経済水域360km(沿岸200カイリ)の範囲に限って、海水の表層と深層の温度差を熱エネルギー量に積算すると、年間約1,000x1011kWhになる。 これは石油に換算すると、約86億トンに相当する巨大なエネルギーだ。

日本の海洋温度差発電の研究開発

日本国内の研究開発事例は、沖縄県産業政策課久米島でおこなっているものだ。久米島町にある海洋深層水研究所で2013年初頭から試験運転がおこなわれている。実用実証設備は建設当初、幅8m、奥行き8m、高さ9m、最大出力50kWの発電が可能だった。その後、50kWタービンが追加で建設され、現在では最大出力100kWの発電が可能となっている。

この久米島の実証設備を中心におこなわれてきた国内の研究開発を発展させようというのが、冒頭に紹介した商船三井の動きだ。同社は、今年4月から、久米島の実証設備運営に参画しており、今後、早期に海洋温度差発電の実用化に繋げたい考えだ。

海外での海洋温度差発電の開発事例

一方、海外でも、化石燃料の価格高騰と、安定供給への危機感の高まりから海洋温度差発電の研究と開発が進んでいる。

アメリカのハワイ州立自然エネルギー研究所(NELHA)が開発した海洋温度差発電プラントは、2015年8月にハワイ島コナの沿岸部で稼働し始め、その出力は105kWで、約120世帯分の家庭の電力を賄うという。

写真)ハワイ島コナの海洋温度差発電実証設備
写真)ハワイ島コナの海洋温度差発電実証設備

出典)MAKAI OCEAN ENGINEERING

また、約20年前から日本と共同で海洋温度差発電開発をおこなっているインドは、最近海軍基地のための開発も実施している。海洋温度差発電の適地調査によれば、インドにおける海洋温度差発電のポテンシャルは約180,000MWに達している。そこで、インドの国立海洋技術研究所は5MW規模の海洋温度差発電商用プラントの実用化を目的とし、1MWの実証試験プロジェクトを開始した。

それ以外にも、マレーシアでは、久米島で稼働中の海洋温度差発電を参考にして、2018年からハイブリッドサイクル方式で、「マレーシア・モデル」に関する研究が進められている。

実用化に向けての課題

海洋温度差発電には、解決しなければならない課題もある。

設置可能な水域が一定以上の温度差が見込まれる水域に限られる点だ。日本だと、九州以南や沖縄に限定されてしまう。国外で実証実験がおこなわれているのも、ハワイ島、マーシャル諸島、インド、スリランカなどとなっており、この他の地域では普及がなかなか進まない状況だ。

また、海の深層から海水を汲み上げるための配管が必要で、十分な発電を可能にするために、海面から約1kmは必要だ。陸上に作る場合には、配管を長くしなければならないので、コストがかかる。

また、規模が大きい発電プラントだと海流に干渉したり、生態系に影響を与えたりする可能性がある。それらについて調査、検証することも必要となってくるだろう。

こうした課題はあるものの、海洋温度差発電は、化石燃料を用いた発電に代わるオルタナティブなエネルギーとして、有力な選択肢のひとつとなるだろう。今後の研究開発の進捗を見守りたい。

安倍宏行 Hiroyuki Abe
安倍 宏行  /  Hiroyuki Abe
・日産自動車を経て、フジテレビ入社。報道局 政治経済部記者、ニューヨーク支局特派員・支局長、「ニュースジャパン」キャスター、経済部長、BSフジLIVE「プライムニュース」解説キャスターを務める。現在、オンラインメディア「Japan In-depth」編集長。著書に「絶望のテレビ報道」(PHP研究所)。
株式会社 安倍宏行|Abe, Inc.|ジャーナリスト・安倍宏行の公式ホームページ
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