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テクノロジーが拓く未来の暮らし

Vol.41 窓ガラスが発電する 京大発スタートアップの挑戦

写真)透明太陽電池

写真)透明太陽電池
出典)株式会社OPTMASS

まとめ
  • 日本の部門別CO₂排出量のうち、ビルなどの「業務その他部門」が全体の17.4%を占める。
  • 京都大学発のスタートアップが、赤外光を利用する「透明太陽電池」を開発した。
  • 普及のカギは、エネルギー変換効率を上げることと、コストを下げること。

まず、このグラフを見てほしい。2020年度における日本の部門別二酸化炭素排出量の割合を表したグラフだ。

図)日本の部門別二酸化炭素排出量の割合 各部門の間接排出量(発電や熱の生産に伴う排出量を、その電力や熱の消費者からの排出として計算したもの)
図)日本の部門別二酸化炭素排出量の割合 各部門の間接排出量(発電や熱の生産に伴う排出量を、その電力や熱の消費者からの排出として計算したもの)

出典)全国地球温暖化防止活動推進センター温室効果ガスインベントリオフィス

製造業や建設業などの「産業部門」のシェアがひときわ目立つが、テレビをはじめとする各種メディアで排出量の削減に関してよく注意喚起がおこなわれている家庭での排出量「家庭部門」を上回るのが、全体の17.4%を占める「業務その他部門」だ。

「業務その他部門」には事務所・ビル、デパート、ホテル・旅館、劇場・娯楽場、学校、病院、卸・小売業、飲食店、その他サービス(福祉施設など)の9業種からのCO₂が計上されているが、そのうち、事務所・ビルからの排出量が1位を占めている。

産業部門の排出量が大幅な減少傾向にあるのに対し、業務その他部門の減少幅は少ない。

図)日本の部門別二酸化炭素排出量の推移
図)日本の部門別二酸化炭素排出量の推移

出典)全国地球温暖化防止活動推進センター温室効果ガスインベントリオフィス

業務その他部門の排出量推移を業種別にみてみると、事務所・ビルの排出量の減少幅が小さく、同業種の省エネが重要であることが分かる。

表)業務他部門業種別エネルギー消費の推移
表)業務他部門業種別エネルギー消費の推移

(注)「総合エネルギー統計」は、1990年度以降、数値の算出方法が変更されている。
出典)経済産業省資源エネルギー庁(一財)日本エネルギー経済研究所「エネルギー・経済統計要覧」、資源エネルギー庁「総合エネルギー統計」を基に作成

事務所・ビルのCO₂削減

同部門のCO₂排出量削減のカギとなるのが、再生可能エネルギーによる発電だ。化石燃料由来の電気ではなく、ビル自体が発電できるようにするわけだ。

真っ先に思い浮かべるのが、屋上に太陽光パネルを設置して発電するものだろう。しかし、設置面積が屋上だけに限られ、十分な発電量が確保できないという問題がある。

そこで、屋上太陽光発電の次に注目されているのは、「窓ガラス発電」だ。ビルの外壁の多くの面積を占める窓ガラスが発電すれば、ビルの発電量は大幅に伸びる。

実はこれまでも太陽電池パネルを壁面ガラスに採用したビルはあった。旭電業株式会社第二本社ビル(2018年竣工:岡山県岡山市)は、南面と東面の全面に、太陽光が透過するシースルー太陽電池パネル(薄膜多接合シリコン太陽電池)を日本最大級の規模で採用した。

ガラス壁面に採用されたシースルー太陽電池パネルは、薄膜太陽電池にスリットをいれて光を透過し、発電機能を持たせた。横幅約40m、高さ約16mの東壁面に646枚、横幅約14m、高さ約16mの南壁面に221枚、最大出力で40.78kW。

太陽光を10%透過し、太陽光に含まれる日射熱は90%以上カット、紫外線も99%カットするという。

写真)旭電業株式会社 第二本社ビル
写真)旭電業株式会社 第二本社ビル

出典)太陽工業株式会社

透明太陽電池とは?

こうした中、従来の太陽電池が発電に使ってこなかった「赤外光(赤外線)」に注目した研究者がいる。京都大学化学研究所の坂本雅典准教授だ。

意外なことに赤外光はこれまでエネルギーとして利用されてこなかった。

坂本准教授によると、

赤外光は可視光線の赤色より波長が長いために捕集が困難であり、またエネルギーが低いため、現在ほとんど発電で利用されていないという。

ただ、赤外光は太陽光全体の内、46%程度を占めるため、少量でもエネルギーを抽出できれば、重要なエネルギー源となる。坂本准教授は赤外光に応答する光触媒を開発し、先行研究で0.02〜0.7%だった赤外光のエネルギー変換効率3.8%まで上昇させた(波長1100 nmにおける変換効率)。

京都ICAP(京都大学イノベーションキャピタル)」から新規投資を受けた京都大学発スタートアップの「OPTMASS」は、坂本准教授が開発した赤外光エネルギー変換技術を応用した透明太陽電池の社会実装を目指している

「透明太陽電池」は人間の目では見ることができない赤外光を吸収し、可視光線だけ通すことができるため透明であり、ビルの窓ガラスに適している。「透明太陽電池」を設置した高層ビル全体が発電するようになれば、高層ビル自体がメガソーラーとなって、CO₂排出量の削減につなげることができる。

日本不動産研究所によると、2021年現在、国内の87主要都市だけでも1万棟以上のオフィスビルが完工されている。世界規模でビルへの透明太陽電池製の窓ガラスの設置をおこなうことができれば、地球温暖化への一つ大きな対策となると思われる。

OPTMASSで開発中の透明太陽電池には他にも長所がある。

窓ガラスとして利用する場合、赤外光を吸収することで熱線遮蔽材として機能する点だ。従来の太陽電池は、そもそも窓ガラスとして使用できないか、窓ガラスとして使用可能な太陽電池には熱線遮蔽能力がない。それに対しOPTMASSで開発中の透明太陽電池は、優れた熱線遮蔽能を有するため、熱線遮蔽による省エネ効果も期待できる。

透明太陽電池の課題

透明太陽電池の課題は以下の2つだ。

1つ目は、エネルギー変換効率だ。OPTMASSは従来の研究に比べ大幅な変換率の上昇を達成したが、透明太陽電池の変換効率は1%程度とまだまだ低い。

同様な研究は米国でもおこなわれており、2020年、ミシガン大学の研究によると、同チームが開発した太陽電池は変換効率8%を達成したという。しかし透過率は43.3%にとどまったとのことで、透明性に関しては、可視光透過率が70%以上のOPTMASSの透明太陽電池には劣る。透明率の向上とエネルギー変換効率の上昇は、今後の研究開発競争で進むものと思われる。

2つ目は電池のコストだ。

透明太陽電池のコストは公式に発表されていない。普及のカギは、電池本体のコストに、施工費、メンテナンス費を加えたものと、発電やCO₂排出量削減のメリットを比較し、優位性を持てるかどうかだ。

透明太陽電池の技術は世界中のあらゆるビルに適用できるだけに、早急な実用化が期待される。

安倍宏行 Hiroyuki Abe
安倍 宏行  /  Hiroyuki Abe
・日産自動車を経て、フジテレビ入社。報道局 政治経済部記者、ニューヨーク支局特派員・支局長、「ニュースジャパン」キャスター、経済部長、BSフジLIVE「プライムニュース」解説キャスターを務める。現在、オンラインメディア「Japan In-depth」編集長。著書に「絶望のテレビ報道」(PHP研究所)。
株式会社 安倍宏行|Abe, Inc.|ジャーナリスト・安倍宏行の公式ホームページ
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