写真)小型ガラス溶融炉(狛江地区)
提供)電力中央研究所
- まとめ
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- 電中研の原子力技術研究所が「ガラス固化」技術について研究。
- ガラス固化阻害の原因は溶融したガラスが流れにくくなることだった。
- 日本原燃再処理工場で懸案となっていた「ガラス固化技術」は2013年に確立し、さらなる改良が加えられている。日本原燃の再処理工場の安全審査合格も近い。
「原子燃料サイクル」という言葉を最近聞くことがずいぶんと減った気がする。そもそも「知らない」という人も多いかもしれない。「原子燃料サイクル」とは、使用済燃料の中からウランやプルトニウムなど、燃料として再利用可能な物質を取り出し(=再処理)、リサイクル燃料(=MOX燃料)に加工して、もう一度発電に利用する取り組みのことをいう。国のエネルギー政策は、1956年の「原子力開発長期利用計画」から、原子燃料を再処理する方針で一貫しており、2018年7月に閣議決定された「第五次エネルギー基本計画」でも、この「原子燃料サイクル」の推進を謳っている。実際の商業用再処理は日本原燃株式会社が青森県六ヶ所村の施設で行うこととなっている。
出典)資源エネルギー庁
出典)日本原燃
電力自由化の大きな流れの中、電力事業をめぐる環境は日々変化している。そうした中、使用済燃料の再処理などを着実に行っていくための体制づくりのため、2016年に再処理などにかかる資金の管理・運用と再処理などの実施に責任をもつ新組織、認可法人「使用済燃料再処理機構(NuRO)」が設立された。
これにより、原子力発電を行う電力会社は、使用済燃料の発生量に応じて、再処理などに必要な費用を拠出金としてNuROに支払い、日本原燃はNuROから委託を受けて再処理などの実務を担う体制となった。
2013年12月には、原子燃料サイクル施設を対象とした新規制基準が定められ、再処理工場も安全審査を受けている。必要な設備の耐震補強などにも取り組んでおり、安全を最優先にした「原子燃料サイクル」の実現が求められている。
今回は、再処理の工程の中でも長く懸案となっていた「ガラス固化」技術について研究している、一般財団法人電力中央研究所原子力技術研究所燃料サイクル領域リーダーの飯塚政利氏と同副研究参事の塚田毅志氏に話を聞いた。
「ガラス固化」とは
飯塚:私どものチームで主に扱っているのは原子力発電所から出た使用済燃料をどう処理して、使えるものは取り出して、捨てるべき放射性廃棄物は安定な形にして処分するという、原子燃料サイクルの主要部分です。再処理全体の技術は、フランスで実用化されていますし、JAEA(日本原子力研究開発機構)でも研究開発と小規模な再処理工場の運転がなされてきて、日本原燃の六ヶ所再処理工場というのは実用化技術と認知されています。
ただし「ガラス固化工程」という、再処理の工程で生じる高レベルの廃液をガラスに封じ込めて安定な固化体にするところでうまくいかないことが原因で、六ヶ所再処理工場の竣工が遅れていました。
提供)電力中央研究所
出典)電気事業連合会
©エネフロ編集部
六ヶ所村の再処理工場の技術は大半がフランスのアレバ社(現オラノ社)の技術を導入している。しかし、「ガラス固化工程」では、日本オリジナルの技術が使われている。現状だが、日本原燃の再処理工場では、2006年3月から実際の使用済燃料を用いた試験(アクティブ試験)を開始し、425トンの使用済燃料からプルトニウム・ウランを抽出する主工程等の試験は順調に終了した。
しかし2007年11月に開始した、ガラス固化工程の試験で困難に直面した。その後、ガラス固化の技術開発を官民集って行い、2013年5月にはガラス固化試験が終了(成功)。わが国の再処理技術は確立したと言える。
竣工への準備はほぼ整ったが、その間に2011年の東日本大震災・福島第一事故が発生。原子力全般で規制を見直すことになり、安全体制、特に耐震など、リスク管理をしっかりしようということで、原子燃料サイクル施設を対象とした新規制基準が2013年12月に定められた。日本原燃の再処理工場の竣工はこの審査に合格してから、との国の指示があり、現在適合性審査を受けているところだ。
原子力規制委員会の審査で日本原燃の説明は一通り終了しており、今後の規制委員会での審査の進展を期待したい。
さて、ここで話を「ガラス固化」に戻そう。何が問題だったのか、お二人に説明してもらう前に、「ガラス固化」とはどのようなものなのか、おさらいしておこう。
使用済原子燃料からウランやプルトニウムを回収した後に残る核分裂生成物を含む液体を「高レベル放射性廃液」という。これを、溶融炉の中で溶かしたガラスと混ぜ合わせ、「キャニスター(ステンレス鋼製容器)」に入れ、冷やし固めたものを「ガラス固化体」という。何故ガラスと混ぜ合わせるかというと、ガラスは長期間にわたり安定した物質であると同時に、高い熱的・化学的安定性、耐放射線性、閉じ込め性を有しているからだ。
出典)日本原燃
その「ガラス固化」の工程に問題があるという。その原因はどのようなものなのか、お二人に説明してもらった。
「ガラス固化」阻害の問題点
飯塚氏はガラス固化を阻害する要因として2つ挙げた。
飯塚:ガラス溶融炉とは、原子燃料中のウランが燃えた後の残り、いわゆる核分裂生成物を、溶けたガラスの中に注ぎ込んで一緒に固めてしまう装置です。ガラスというのは何万年の単位では水に溶けない物質なのですが、混ぜ方・作り方が良くないと水に溶けやすい化合物が少しできてしまいます。それが「イエローフェーズ (Yellow Phase : YP)」と呼ばれるものです。その生成を防ぐことが重要な課題なのです。もう一つは、高レベル廃液の中に、ルテニウム、パラジウム、ロジウムといったガラスに溶けにくく、しかも融点が高い元素からできる「白金族元素凝集体」が固まって底に沈殿することを防ぐことも課題です。
出典)日本原燃
出典)日本原燃
下図にもあるが、「イエローフェーズ」は水溶性のため、将来ガラス固化体を地層処分する時、地中に溶け出すリスクがあるので生成を防がねばならない。また、白金族元素凝集体は、溶融炉の中で沈降・堆積し、「通電・流下障害」を引き起こすので、これもまた生成を防止する必要がある。
難しいのでこちらも説明してもらおう。
提供)電力中央研究所
飯塚:上図のオレンジ色の溶融したガラスの脇から金属の電極が入っています。そこからガラスに電気を流すとガラスが発熱して溶けます。しかしこの白金族が底に溜まると電気が通りやすい道筋ができてしまい、そこに全部電気が使われてガラスがうまく溶けないということが起こるのです。これが「通電障害」です。「流下障害」というのは、単純に白金族が底に溜まってしまうとガラスが上手く下に流れない、というものです。
さてこれらの障害をどう取り除こうというのか、ここからは塚田氏に解説してもらった。
©エネフロ編集部
イエローフェーズ
「イエローフェーズ」は何故できるのだろうか?
塚田:「イエローフェーズ」とは、ガラス固化工程で発生するモリブデン酸塩を主成分とする水溶性の化合物で、モリブデンというのはもともとガラスに対して溶解度が低い性質を持っています。この「イエローフェーズ」は常温では固体ですが、500℃くらいで液体になり、最初、溶けたガラスの上に液体の相(編集部注:物理的境界により他と区別される物質系の均一な部分)を作ります。これが混ざらないで、冷えてもガラスとは別の相のまま残ることが問題です。
ならば、このやっかいな「イエローフェーズ」ができないようにすればよいのではないか?
塚田:電中研が注目したのは、下の図に化学反応が書いてあるように、もともと廃液のなかに、モリブデンとナトリウムは別々にいるのですが、反応してモリブデン酸ナトリウム(イエローフェーズ)ができます。なるべくこの反応を起こさせないようにしようと。ナトリウムが廃液からガラスの方にすぐ移動すれば、モリブデン酸ナトリウムにならずに済むのではないかと考えたのです。
提供)電力中央研究所
提供)電力中央研究所
そこでイエローフェーズができるカギとなっている元素、ナトリウムに注目した。
塚田:今はガラスの原料の方のナトリウムに対して、廃液の方に2倍くらい多く入っているのです。その比率をひっくり返して、ガラス2、廃液1にしたら、モリブデン酸ナトリウムができずに、ナトリウムが上手くガラスに入るのではないか、という仮説の下にいま試験をしています。
もう一つは、ガラスの原料は大体2mmくらいの小さなビーズ状になっているのですが、ガラスをビーズ状じゃなくて粉状にすればいいのではないかと考えました。そうすればナトリウムが速くガラスの方に行くのではないか、ということで、こちらもいま試験を一生懸命やっているところです。
もう一つの問題は、「白金族元素凝集体」だ。
「白金族元素凝集体」
塚田:白金族と言っても、一番問題になるのはルテニウムという金属です。このルテニウムというのはガラスの中で針状結晶になり、それがガラスの粘性に影響を与えて、流れにくくなるのです。何故針状になるか、実はよくわかっていないのですが、ここでもナトリウムがポイントで、ガラスの温度が500~600℃になると、ナトリウムとルテニウムが反応してこの針状結晶ができることが分かってきました。
ここでもナトリウムを早くガラス側に移せば、針状結晶ができにくくなることになる。
塚田:実はイエローフェーズと白金族元素凝集体の問題の対策は一緒だったということになります。ナトリウムが悪さをしないうちになるべく廃液側からガラスにすぐに移すのがポイントだったのです。
筆者は化学にめっぽう弱いのだが、お2人は実にわかりやすく説明してくれた。その上で思うのは、こうした地道な研究があってようやく再処理が可能になり、原子燃料サイクルの実現が近づくのだな、ということだ。
塚田氏が教えてくれたもう一つの対策も、ある意味“コロンブスの卵”的な話だった。
塚田:もう一ついうと、現状の炉の傾斜角度は45度なのですが、実は今、60度の炉を開発しています。六ヶ所の再処理工場の溶融炉は定格運転を行った場合には5年を目途に取り換えていくことになっていて、次の交換時は角度が60度の炉に置き換えられると思います(下図)。そうなると、仮に多少白金族などが溜まっても従来の炉よりも更にスムースにストンと落ちるようになるのではないかと思います。
出典)日本原燃
電力中央研究所がこうした地道な研究を進めている中、日本原燃やIHI(株式会社IHI )、JAEAなどは別な研究を進めているという。そうした複数の対策を組み合わせることもあるかもしれない。
いずれにしろ、「ガラス固化」の技術的課題は、これまで「原子燃料サイクル」事業が停滞してきた問題と大きく関わっている。この技術的課題は既に解決し、今後、六ヶ所再処理工場が安全審査に合格して実際に稼働すれば、状況は一歩前に進む。この問題についてはまた進捗をお伝えしたいと思う。
©エネフロ編集部
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