写真)電力中央研究所 生物環境領域上席研究員 中屋耕氏
©電力中央研究所
- まとめ
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- 送電線周囲の樹木の保守管理にかかる費用は年間2~300億円。
- ドローンを使ったSfMマッピングという技術で送電線と樹木との距離を正確に測定できる。
- 今後は送電線周囲の樹木管理をさらに検討し環境との共存を実現する方向へと進めていく。
普段私たちがほとんどその存在を意識しない送電線。しかし、筆者が一度その重要性を思い知った時がある。今から12年前、2006年8月14日、筆者が朝シャワーを浴びていた時のこと。突然、停電した。シャワーの温水が止まり、冷水が出てきてびっくりした。
この停電で、東京都区部東部と、その周辺139万世帯の住宅や鉄道などに電力が供給されなくなった。クレーン船のクレーンブームが旧江戸川上空を横断する送電線に接触するという、ちょっと考えられない事故だったが、その影響は甚大だった。幸い都内にある我が家の停電は数分で済んだが、停電が長時間に及んだ地域もあった。この事故を経験してから、送電線の重要性を強く意識するようになった。
出典)Swirliehead(Public Domain)
送電線が電気を需要家に送る重要なインフラであることは言うまでもない。こうした人為的な事故は極力避けねばならない。しかし、それ以上に注意を払わねばならないのは、自然が送電線に与える影響だ。具体的には、送電線の周囲の樹木が成長して電線にかかってしまうことによる影響である。従来はこの樹木を定期的に伐採し、送電線にかからないようにしているが、その費用は年間2~300億円と馬鹿にならない額だという。
これまではどのようにして樹木の伐採を行っていたのだろうか?素朴な疑問を持って、電力中央研究所環境科学研究所の中屋耕上席研究員に話を聞きにいった。中屋氏はドローンを使って樹木の状態を管理するシステムを構築している。
「元々この研究に取り組んだのは2015年ですが、実はその前から、送電線下の伐採自体には注目していました。これまでは現場の方達が対応してきて、技術的な解決策があまり期待されていない分野だったのです。」
実は戦後電力需要が急速に高まる中、コストを抑え、高さ地上10メートル位の低い送電線がたくさん建ったという。それらの送電線は他人の土地の上を通ることも多く、地権者さんにお金を払って樹木を伐採させて頂いてきた経緯がある。人と人との交渉事もあり、これまであまり技術的に解決する対象とはなりにくかったという。
そうした中、中屋氏ら研究班は、ドローンを使ったSfM(ストラクチャー・フロム・モーション)マッピングというテクノロジーで、送電線と樹木との距離を正確に測る研究を行っている。
「実は、レーザーの反射を見て対象との距離を測り、それをスキャンしていくという技術は以前からありました。ヘリレーザー等と呼ばれていますが、ヘリコプターにレーザースキャナーを乗せて伐採してはまた伸びてくる樹木と送電線の離隔(りかく)を測っていたのです。3次元の位置情報としてたくさん点を集める、いわゆる点群データですね。それを作り出す技術として、SfMマッピングという新しい手法が出てきたのです。」
提供)電力中央研究所
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SfMマッピングの大まかな原理とは、ドローンなどを用いて少しずつずれた位置で対象の写真を連続的に撮り、三角測量をたくさん行うものだ。SfMマッピングは民生ドローンを使うのだからヘリレーザーよりだいぶコストダウンに貢献するのでは、と思いきや、測定範囲が狭いためコスト的に大きな優位性はない、と中屋氏は言う。となると、SfMマッピングのメリットは一体なんなのだろう?中屋氏はドローンによるSfMマッピングはヘリレーザーに取って代わる技術ではない、と明快だ。
「ヘリレーザー自身は非常に優れた技術で普及もしています。ただ、1㎞を飛ぶためにヘリをわざわざ呼びません。1日で100㎞とか飛ばして、大量のデータを取るわけですが、全部の送電線路をヘリレーザーで見るには数年位かかります。その間に樹木は伸びて、低い鉄塔のところでは結構電線に近づいてきます。そうすると人が行って鉄塔に登って目測となるわけですが、やはり精度が落ちますし、ばらつきも出てきます。鉄塔に登ること自体、安全上リスクが大きくなる。そういう作業の負担を軽減させるのがドローンを使う一つの目的になります。」
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それだけではない。ドローンで設備の状況のデータが取れる。それは、伐採の必要性を持ち主に説明する際にも使えると中屋氏は説明する。ドローンで撮影した3次元の点群は、ドローンのGPSの位置情報で実世界と同じ長さの単位で測量ができるからだ。
実際にドローンを手にするとその軽さに驚く。筆者が手にしたものは重さ約3キロと、持ち運びも簡単だ。1回で300メートルぐらいの送電線の上を数分かけて撮影し、画像をノートパソコンに取り込んで3次元のデータを作って送電線と樹木の離隔を確認するところまで現場でできてしまう。作業効率は格段に上がる。
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今後の技術的な課題について聞いてみた。
「ハードウェア的には、航続距離の延長ですね。電池の持ちを長くすることが1つ。あとは通信の問題です。何キロも離れたところでもドローンをコントロールできて、安定した画像転送を確保するのが課題です。ただ、ドローンもコンピューターの速度進化と同じように、だんだん性能は上がってくるとは思います。」
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中屋氏は、今後さらに3次元のデータから具体的に、どの木を何本切らなくてはいけないか、とか、将来的にどれだけ樹木が伸びてくるか、などを細かく分析することが今後の課題になると指摘する。
「何もないところに木を植えて、用意ドンで木を大きくすることに関する林業データはありますが、樹木を中途で切ると結局10年も経つともとの木の高さに再生してしまいます。それをきちんと測った人は誰もいません。そうした記録が残っていくようになると、今後は造林対象ではない樹木のそれぞれの伸び方というのも分かってくるようになります。」
今後日本の労働力は減少していく。送電線のメンテナンスに手がかからないようにするには、測量の対象=樹木も手がかからないようにしなければならない。その為には伸びにくい木を植えるだけではなく、伸びを抑えることも考えていかねばならないと中屋氏は指摘する。
最後に今後の展望を聞いた。
「今カメラは可視光だけではなくて、人間が見ることができない赤外線であるとか、別の波長域と組み合わせて、植物の光合成の状況も観察することができます。見た目は元気そうに見えても、根が腐っていたり、病気にかかっていたりして、いずれ倒れる可能性があるとか、そういうものも検出できると考えられています。さらに観察する情報を増やしていくことを次の展望として考えています。」
中屋氏は、今後、送電線周囲の樹木管理をより広い観点から検討し、環境との共存を実現したいと力強く語ってくれた。ドローンが計測するデータを分析することで、安全で安定した電力供給を支えることができる。保安や管理コストの削減は電気料金にも反映される。さらには地球環境のメンテナンスにも貢献することができるのなら、それに勝ることはない。大空に舞うドローンのもたらす、そうした恩恵に大きな期待を抱いた。
©エネフロ編集部
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