写真)第3回アジア・ゼロエミッション共同体(AZEC)首脳会合
2025年10月26日 マレーシア・クアラルンプール
出典)外務省(写真提供:内閣広報室)
- まとめ
-
- 日本が主導するAZECは、エネルギー需要増の7割超を占めるインド・ASEANを中心とするアジアの最重要市場で展開される。
- 中国の戦略的なアジア進出を踏まえ、AZECは同様の協力枠組みと競争・交錯するのが避けられない運命にある。
- AZECの活動は単なる技術支援ではなく、資源・産業外交における日本の国益と影響力を確立する戦略的意義を持つ。
世界的な脱炭素の潮流の中で、日本が2050年カーボンニュートラルを目指していることは多くの国民が知るところだろう。その目標を実現するため、政府は再生可能エネルギーの最大限の導入、原子力利用の推進、水素・アンモニアといった新技術の開発、そしてCCS(二酸化炭素回収・貯留)技術の確立など、多岐にわたる政策を推進している。
そうしたなか、日本が東南アジアの脱炭素化の推進を強力に手助けしていることをご存じだろうか?
その重要な国際的枠組みが、2022年に岸田文雄首相(当時)が提唱した「AZEC(Asia Zero Emission Community:アジア・ゼロエミッション共同体)」だ。
AZEC設立の背景
AZECが設立された背景には、主に以下の3つの要因が絡み合っている。
1. アジア固有のエネルギー課題
アジア諸国は、欧米諸国とは異なる固有の事情を抱えており、欧米主導の議論がその実情に合わないという課題があった。
東南アジアの多くの国々は、今後も高い経済成長が予測され、それに伴い電力需要が大幅に増加する。この成長を妨げずに脱炭素を進めるという、「エネルギー安全保障」と「経済成長」の両立が最優先課題であった。
一方で、これらの国々は、依然として石炭や天然ガスなどの化石燃料火力発電に大きく依存している。これらを一気に廃止することは現実的ではない。こうした背景から、送電網強化、サプライチェーンの脱炭素化、各産業分野における脱炭素ソリューションなどといった日本の既存のエネルギーインフラを活かしつつ、段階的かつ現実的に脱炭素化を進めるための技術の活用が、アジアの現実的な解として必要とされた。

出典)経済産業省資源エネルギー庁 IEA:2021年のデータ
2. 日本の産業競争力の強化と巨大ビジネス機会の追求
一方、日本は、再エネ、省エネ、水素・アンモニア、CCS/CCUSといった脱炭素関連の先進技術を保有している。AZECという国際枠組みを通じて、これらの技術やシステムをアジア諸国に輸出することで、2050年までに3兆〜5.3兆ドルと試算される(ボストンコンサルティング試算:The Asean)アジア地域全体のサプライチェーンのグリーン化を推進することは、日本企業の国際競争力維持に不可欠であり、AZECはそのための共通基盤作りを目指している。脱炭素関連技術やサービスの需要拡大による新たな市場拡大が、日本を含む各国のビジネス機会を広げることにもつながる。
3. アジアにおける外交的・地政学的プレゼンスの向上
アジアにおけるパワーバランスも、AZEC設立の重要な背景だ。アジア地域では、中国が経済面やインフラ投資を通じて影響力を拡大している。AZECは、日本の技術と資金、そして信頼を基盤とした国際協力の枠組みを提供することで、資源外交・産業外交における日本の確固たるプレゼンスを確立し、地域内での信頼と影響力を高める戦略的な意味合いを持っている。独自の課題を抱えるアジア地域の脱炭素化を主導することで、日本が地球規模の温暖化対策におけるリーダーシップを発揮する狙いがあった。
これらの背景から、AZECは、「アジアのエネルギー課題の解決」と「日本の国益の追求」を両立させる戦略的な構想として、2022年1月に当時の岸田文雄首相によって提唱・設立されたのだ。

AZECの歩み
以下、AZECの歩みを表でみてみよう。
| 年月 | 会合/出来事 | 主な内容と成果 |
|---|---|---|
| 2022年1月 | 構想の表明 | 岸田元首相がAZEC構想を世界に向けて提唱。 |
| 2023年3月 | 第1回閣僚会合 | 東京で開催され、AZECの本格的な議論が開始。 |
| 2023年12月 | 第1回首脳会合 | 東京で開催(岸田元首相が出席)。「AZEC原則」(脱炭素・経済成長・エネルギー安全保障の同時実現)を確認し、共同声明を採択した。350件以上の協力案件が推進される契機となった。 |
| 2024年6月 | 推進関係省庁会議 | AZEC推進のための関係省庁会議が発足。 |
| 2024年8月 | 第2回閣僚会合 | インドネシアで開催。 |
| 2024年10月 | 第2回首脳会合 | ラオスで開催(石破前首相が出席)。「今後10年のためのアクションプラン」を発表し、「政策協調」という新たなフェーズへ移行した。 |
| 2024年12月 | AZEC議連発足 | AZECの議員連盟が発足した(最高顧問:岸田元首相/会長:斎藤元経産相)。 |
| 2025年10月 | 第3回閣僚会合 | マレーシアで開催。 |
| 2025年10月 | 第3回首脳会合 | マレーシアで開催(高市首相出席)。「今後10年のためのアクションプラン」の進捗を確認し、共同声明を採択。第2回首脳会合以降、約120件のMOU(基本合意書)が締結。 |
AZECの主な歩みは、2022年1月の岸田元首相による構想提唱に始まり、2023年12月の第1回首脳会合で「AZEC原則」(脱炭素・経済成長・エネルギー安全保障の同時実現)を確立して多数の協力案件を始動させた。
さらに2024年10月の第2回首脳会合で「今後10年のためのアクションプラン」を発表し、「政策協調」という新たなフェーズへ進化させた。そして2025年10月の第3回首脳会合でその進捗を確認するとともに、約120件の基本合意書を締結するなど、理念確立から実行、そしてルール形成へと着実に進化してきている。
具体的な日本主導のプロジェクトの推進例としては、JBIC(国際協力銀行)を通じたASEAN域内の送電網強化への協力などがある。ASEANは自国での発電量に限界があるシンガポールや再エネ発電が活発なラオスのように各国間で電力事業が異なっている。そのような事情を踏まえ、ASEAN首脳は1997年に国際送電事業「ASEANパワーグリッド(APG)」と呼ばれる仕組みをつくり、電力を融通しあうことで合意した。今回JBICを通じ、APG構想に沿った送配電インフラの強化に貢献する。

出典)外務省(写真提供:内閣広報室)
あとがき
AZECの真価は、日本の「知られざる脱炭素技術」が、アジアの経済成長を止めない現実的な脱炭素を可能にすることだ。
また、日本政府は、2030年までに累積1億トンをJCM(二国間クレジット制度)活用で削減することを目指している。アジア諸国での脱炭素化を日本の技術で支援することで、排出量の一部を日本の削減実績として活用することも期待される。つまり、これは単なる支援ではなく、日本の排出削減目標達成にもつながる国益直結の戦略ともいえる。
中国が台頭する中、AZECは日本の外交的・産業的な存在意義を確立する重要な一手となりうる。海外からの「火力の延命」批判を打ち返すには、政府にはGHG排出量の可視化やルール策定の成果を世界に発信し、透明性を高める努力が求められる。
わたしたちもAZECの国際的意義を知り関心を寄せることが、日本の努力が世界に正しく評価され、信頼されることにつながるのではないだろうか。
Recommend Article / おすすめ記事
RANKING / ランキング
SERIES / 連載
- グローバル・エネルギー・ウォッチ
- 国際情勢が日本のエネルギー安全保障に与える影響について解説するシリーズ。






