
写真)新城市の実証田
出典)ⓒエネフロ編集部
- まとめ
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- 節水型乾田直播栽培は、労働力不足や高齢化といった日本の稲作が抱える課題を解決する新しい栽培方法だ。
- 育苗や田植えが不要で、水管理の手間も削減できるため、労働時間を約7割削減し、メタンガス排出量も約77%(注1)削減できると期待される。
- 現在、栽培実証を進めており、一人あたりの経営可能面積の拡大や低コストでの米生産を可能にし、食料インフラの構築と持続可能な農業モデルの実現を目指している。
水のない田んぼで稲を育てる。そんな奇想天外な挑戦が今、全国の田んぼでおこなわれている。ちょうど1年前に紹介した記事がコチラだ。「直播・節水型栽培による環境負荷の低い米生産が日本の農業を変える(2024.09.03)」
日本の稲作が抱える、労働力不足や高齢化といった課題に対し、新しい栽培方法が解決策として注目されていることを紹介した。この技術は、育苗や田植えが不要な乾田直播栽培に菌根菌やビール酵母資材などのバイオスティミュラント資材を組み合わせ、水管理の手間も減らすというものだ。これにより、一般的な水稲栽培と比較して労働時間を約7割削減でき、水田から出るメタンガス排出量も約77%(注1)削減できるという。この技術は、一人あたり耕作可能面積の拡大や低コストでの米生産を可能にする。
期せずして、令和の米騒動から今、我が国は米の増産に舵を切ろうとしている。もしかしたら、この節水型乾田直播栽培がひとつの解になるかもしれない。
昨年は千葉県木更津市に節水型乾田直播栽培をおこなっている田んぼを見に行った。今年は、愛知県新城(しんしろ)市の実証田を訪れた。名古屋中心部から車で小一時間、東三河地方の山に囲まれた緑豊かな町だ。
今回は、中部電力株式会社(以下、中部電力) 事業創造本部 アグリネクサスユニット 主任の犬飼涼二氏と現地に向かった。
現地に着くと、見事に育った稲穂に圧倒された。聞けば今年3月末に種を蒔いたというから、5か月でここまで育ったわけだ。(現地取材は8月29日)節水型乾田直播といっても水を全く使わないわけではない。稲が水を必要とする時には、水を入れる必要がある。今年は梅雨の時期に雨が極端に降らず、入れられる水が足らなかったため、一部の稲の生育が良くないという。しかし、全体的には想定以上に育っている、と犬飼氏は話した。

出典)ⓒエネフロ編集部
節水型乾田直播栽培への関心の高まり
節水型乾田直播栽培への関心は明らかに高まっているという。
特に、株式会社NEWGREENが2025年5月に、中部電力を引受先として第三者割当増資を実施し、約3億円の資金を調達したと発表。この直後、中部電力主導でメディアへの現地公開が行われ、報道を通じて大きな注目を集めることとなった。
「(実証田への)視察は毎週のように入っています。農業者もそうですが、企業や自治体からの問い合わせが増えています」。
中部電力は中部エリア内で、愛知県の新城市、三重県の多気町、長野県の富士見町の3カ所で節水型乾田直播栽培の栽培実証をおこなっている。栽培実証総面積は2.75haに及んでいる(新城市が最大で2.2ha)。新城市のみ中部電力が直接農地を契約しており、他の2地域は農業者が耕作している農地で耕作委託している。
犬飼氏によると、栽培実証を行っているエリアでは今後規模を拡大していきたいという。
「農業者の高齢化や後継者の不足など、このままだと現状維持さえできなくなってしまいます。(節水型乾田直播栽培などで稲作に参入することは)社会的にも意義があると思っています」。

出典)ⓒエネフロ編集部
節水型乾田直播栽培のメリット
節水型乾田直播栽培のメリットはわかっていたつもりだったが、実際に栽培実証をやってみてわかったのはその効果が想定以上だったことだという。
節水効果だが、今回の栽培実証では、6月下旬まで一度も水を入れていなかったという。従来の水稲栽培と比較して水の消費量を大幅に削減できたのではないか、と犬飼氏は話した。
また、水田から発生するメタンガスだが、これについては現在調査中だというが、株式会社NEWGREENの試算によると約77%の削減が期待される。
従来の稲作栽培と比較して、節水型乾田直播栽培は育苗や田植え、水管理が不要なため、労働時間を約7割削減できると試算されている。
また、今後中部電力は、将来的に米の生産だけでなく、流通事業にも参入し、食料インフラの構築を目指しているという。特に、環境負荷を低減できる米を求める企業(スーパーや酒造メーカーなど)への販売を視野に入れているというがどういうことか。
「農業の社会・経済・環境を持続的に発展させていく新たな米づくり事業モデルを構築したいと思っています。生産から需要家にお届けするまでのサプライチェーン全体を構築したいと思っています」。
そのうえで、中部エリアのパートナーや地元の方と一緒になって農業者を増やしていき、米の生産量を確保して、米とその米が持つ環境価値を需要家に届けたり、また新用途としてバイオエタノールに加工したりすることも考えているという。節水型乾田直播栽培で取れた米は環境負荷低減の価値を持つことから、商品価値を高めて販売していくということだ。
今後の方向性
始まったばかりの節水型乾田直播栽培だが、そのポテンシャルは大きいと感じる。
犬飼氏は、このプロジェクトのビジョンとして、「農業現場の課題解決を通して、食料インフラを作る」ことを挙げる。
「次世代につながっていく持続可能な農業モデルを作っていこうと思っています。田んぼは防災や保水、それに日本ならではの里山文化みたいなものも機能として持っていると思うのでそれを維持、充実させるとともに、地方だからこそできる農業で地域経済を活性化させていく。それに加えて環境価値を創出できる取り組みをやっていきたいです」。
米の増産と節水型乾田直播栽培
最後に政府の米の増産方針と、節水型乾田直播栽培のかかわりについて聞いた。
「農業者が減るということは、今後も農業をやり続けられる人に農地が集まるということです。節水型乾田直播栽培は、通常の水稲栽培よりも初期投資が少なく、省力化もできますし、増産に貢献する1つの方法だと思います」。
犬飼氏はそう述べ、節水型乾田直播栽培が米を増産する一つの手段となりうるとの考えを示した。今後は条件の揃う場所があれば実証の圃場を増やす可能性もあるとした。
取材を終えて
取材を終えて、この節水型乾田直播栽培が米増産と環境負荷の低減を両立させる、「画期的」な生産方法だと肌で感じた。水を張らない田んぼで力強く育つ稲穂を目の当たりにした時、この新しい挑戦が、単なる実験ではなく、未来を切り拓く技術であることを確信した。
現場で得られた知見の積み重ねが、この技術の確実性を高めている。令和の米騒動という危機が、この革新的な技術への関心を高めるきっかけとなったのは皮肉だが、この技術が示す未来は、日本の農業が抱える多くの課題を解決する力を持っていると感じた。
- メタン減少量はIPCCの算出指標に基づき、埼玉県での事例をもとに株式会社NEWGREENが算出
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