写真)帯水層蓄熱システムの井戸
©エネフロ編集部
- まとめ
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- 省エネ・CO₂削減に貢献する帯水層蓄熱システム(ATES)。
- オランダで普及しているATES、大阪で導入進む。
- 再生エネ余剰電力を蓄電する可能性も秘める。
去年オランダ企業庁(RVO)の招きで、同国のエネルギー分野の最先端技術を取材する機会に恵まれた。そのなかで、興味をもったものの一つが、「帯水層蓄熱(Aquifer Thermal Energy Storage)システム」だ。その頭文字を取って「ATES(エーテス)」と呼ばれている。(以下、ATES)
帯水層とは、「地下水で満たされた砂層などの透水性が比較的良い地層であり、一般には地下水取水の対象となりうる地層」をいう。(公益社団法人日本地下水学会による)
ATESは、「地中熱利用システムのひとつで、排熱を帯水層に蓄え、熱エネルギーとして活用することで省エネ・省CO₂・ヒートアイランド現象を緩和する」技術として期待されている。(環境省による)
その原理は、冷房運転時には冷熱井から冷たい地下水を揚水して冷房に利用し、熱利用によって温まった地下水を温熱井に注入して蓄え、逆に、暖房運転時は温熱井から温かい地下水を揚水して暖房に利用し、熱利用によって冷めた地下水を冷熱井に注入して蓄えるというものだ。地下水の温度は気温と比べると、夏は冷たく、冬は暖かいが、一年を通じてほぼ一定であることからわかるように、高い地盤の保温性を利用している。
大阪市環境局提供
ATESの特徴として、
① 高効率な空調運転による消費電力削減と電力使用によるCO₂排出を削減
② 空気熱源ヒートポンプの電気使用と比較し、節電による電気代を削減
③ 凍らない地下水を熱源にすることで、従来使えなかった高効率な大型水冷ヒートポンプによる暖房を実現
④ 空気熱源ヒートポンプのように冷房時の排熱を大気に放出しないため、都市部のヒートアイランド現象を緩和
⑤ くみ上げた地下水の熱のみを使用し、同じ帯水層に全量還元することで地盤沈下を抑制することができ、持続可能な地下水の保全と利用が可能
などが挙げられる。
この技術は、海外において導入が進んでおり、ライン川のデルタ地帯に位置するオランダでは2008年に国策として推進されることが決定した。現在同国では、標準的な建物の省エネルギー対策として認知されており、地域熱供給やデータセンター、大型温室など、2024年には累計3,000件超の導入実績がある。
大阪市の取り組み
こうしたなか、熱需要の高い建物が集中している大阪市には、地下に豊かな帯水層がある。帯水層蓄熱のポテンシャルは、2.8×107GJ/年であり、これは市内の年間エネルギー消費量の約15%に相当する。
現在開発中の「うめきた」や「中之島」など市内中心部、そして、万博・IRが予定される「夢洲(ゆめしま)」など、御堂筋から西側地域や臨海部で特にポテンシャルが高い。こうしたことから市は、帯水層蓄熱システムの普及に力を入れている。以下は市が公開している帯水層蓄熱冷暖房ができるポテンシャルを示した地図だ。
一方、大阪市内では高度成長期に大量の地下水をくみ上げたことにより大規模な地盤沈下が発生したため、揚水に関する規制がある。そこで、市はこれまでの実証事業の成果を活かして地盤への影響がないことを立証し、一部で規制緩和を受けるに至った。
大阪市環境局提供
大阪市のATES実績
大阪市では、すでにATESを導入した施設があるので取材してきた。大阪市西部の大阪港北港に位置する人工島舞洲(まいしま)にある、「大阪市障がい者スポーツセンター アミティ舞洲」がそれだ。2020年5月に運転を開始した。
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その仕様は、冷房能力:200冷凍トン(約700kW)、暖房能力:865.9kW、揚水能力:100m³✕2層で、システムCOP(エネルギー効率 注1) は 4.5(冷房時 5.4、暖房時 5.5)であり、従来のガス吸収式冷温水器システムに比べ、 47.1%の省エネルギー、61.5%の CO₂削減(冷房時 55.4%の省エネ、65.6%の CO₂削減効果、暖房時は 40.8%の省エネ、58.7%の CO₂ 削減効果、)が図られている。(ガスの排出原単位は 2.29 t-CO₂/m³、電気の排出原単位は 0.418 tCO₂/MWh 大阪市「帯水層蓄熱システム 熱源井構築ガイドライン」による)
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帯水層蓄熱システムのこれから
これまでみてきたように、帯水層蓄熱システムは省エネ効果だけでなく、大きなCO₂削減効果も期待できることから、将来的に各地に広がる可能性を秘めている。
こうしたなか、帯水層蓄熱システムを長年研究している大阪公立大学都市科学・防災研究センター中曽康壽氏博士らは、帯水層蓄熱システムをさらに一歩進め、再生可能エネルギーがつくる電力の余剰分を帯水層蓄熱設備に吸収させるという仕組みを考案し、2024年度から実証事業の準備を進めている。
具体的には、足元にある地盤(帯水層)と地下水を使い、季節間の蓄熱に重ね、より低温の蓄熱をおこなうものだ。電力の需要と供給のギャップとして主に中間期に生じる余剰となった太陽光や風力などの再生可能エネルギー電力を低温の冷水に変えて吸収し、夏に直接利用することで、ゼロカーボンベースの冷房をおこない、その有効活用を図る。
大阪公立大学中曽康壽博士提供
この技術により、これまで無駄に捨てられていた余剰再生可能エネルギー電力を減らすことができる。
一方、帯水層蓄熱システムそのものをこれから普及させようとしている段階で、余剰再生可能エネルギー電力の吸収までシステムに組み込むことは時期尚早とも思えるが、中曽氏は工場などで帯水層蓄熱システムを利用して余剰電力を蓄えるニーズはあると話す。
工場など太陽電池設備があるところは土日など丸々電力が余る。余剰電力を自家消費する際、バッテリーをわざわざ準備して蓄電するより、帯水層蓄熱システムを利用した方が低コストだというのだ。
「バッテリーは、高いうえに鉛など廃棄物の問題もある。帯水層蓄熱システムはただの水を使っているので環境にもやさしいし、井戸は10年、20年と長く使える」とそのメリットを強調する。
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大阪市では、日本初の大規模商用利用としてうめきた2期地区開発事業「グラングリーン大阪」において、ATESの建設準備が着々と進められている。また2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)の熱供給ステーションにATESを導入することが予定されているほか、愛知県では愛三工業株式会社が、中部地方で初の社会実装となる大規模ATESを導入する。
2025年はATESデビューの年になりそうだ。
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COP(Coefficient of Performance)
定められた温度条件での消費電力1kWあたりの冷房・暖房能力(kW)を表したもの。この数値が大きいほどエネルギー消費効率が良く、省エネ性の高い機器といえる。
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