写真)100㎡規模の光触媒パネルの外観 東京大学柿岡教育研究施設(茨城県石岡市)(注:写真は2017年11月当時。現在は撤去されている)
出典)NEDO
- まとめ
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- 信州大学が、世界最大級の人工光合成実証施設を建設中。
- 高性能な光触媒の開発と大規模な水素製造システムの構築に取り組んでいる。
- 人工光合成は、再生可能エネルギーによる水素製造を可能にし、CO₂排出削減に大きく貢献する。
以前、取り上げた「人工光合成」。(参考:脱炭素の切り札「人工光合成」2022.05.03)植物の光合成のプロセスを模したもので、水を分解して発生した水素に工場などから排出されたCO₂を反応させ、プラスチックなどの原料となるオレフィンなどを生み出す技術である。
信州大の実験
その人工光合成の核となるのが「光触媒」だ。光触媒とは、光を照射することで触媒作用を示す物質の総称だ。光エネルギーを吸収することで、それ自身が変化することなく、周りの物質の化学反応を促進させる。人工光合成において、太陽光エネルギーを化学エネルギーに変換する上で、光触媒がその橋渡しとなる役割を果たしている。
そうしたなか、「人工光合成化学プロセス技術研究組合(ARPChem)」(以下、ARPChem)が2012年10月に設立された。2024年現在、組合員は、株式会社INPEX、JX金属株式会社、大日本印刷株式会社、デクセリアルズ株式会社、東レ株式会社、トヨタ自動車株式会社、日本製鉄株式会社、株式会社フルヤ金属、三井化学株式会社、三菱ケミカル株式会社、京セラ株式会社の11企業からなる。共同実施している大学は、東京大学、信州大学、東京理科大学、産業技術総合研究所、東北大学、京都大学、名古屋大学、山口大学、宮崎大学、岐阜大学の9大学・1団体だ。
出典)NEDO「事業戦略ビジョン」実施プロジェクト名:人工光合成型化学原料製造事業化開発
その事業概要は、「CO₂と水を原料に太陽エネルギーでプラスチック原料など基幹化学品を製造する革新的触媒の開発や、プロセス基盤の確立などに関する技術の開発」。
実用化の方向性としてあげているのは、①光触媒のエネルギー変換効率の飛躍的向上、②水素/酸素を安全に分離する分離膜技術の確立、③水素とCO₂から低級オレフィンを高選択率で製造する合成触媒を用いたプロセスの確立、の3つだ。
各プロジェクトの共同研究にはさまざまな大学がかかわっている。
そのなかで、人工光合成技術の実証実験をおこなっているのが、長野県にキャンパスを構える信州大学である。
信州大学の取り組み
信州大学は、2025年度に、長野県飯田市に世界最大級の大規模グリーン水素製造実証施設をつくる予定だ。
同大学はこれまで、水の循環利用や水由来水素エネルギーの生成・利用など、水を中心とする地球環境再生に関わる諸分野「アクア・リジェネレーション(ARG)分野」の研究に取り組んできた。2023年12月に国の「地域中核・特色ある研究大学強化促進事業(J-PEAKS)」の採択を受け、2024年3月にはARG機構を設置、ARG共創研究センター(仮称)の建築も進めている。
これまでに、NEDOとARPChemは、東京大学、富士フイルム、TOTO、三菱ケミカル、信州大学、明治大学とともに、100m2規模の太陽光受光型光触媒水分解パネル反応器(以下、光触媒パネル反応器)と水素・酸素ガス分離モジュール(以下、ガス分離モジュール)を連結した光触媒パネル反応システムを開発し、世界で初めて実証試験に成功。具体的には、光触媒パネル反応器の実証では、屋外環境で継続して1年程度水素と酸素の混合気体が発生することを確認。加えて、ガス分離モジュールの実証では、生成した水素酸素混合気体から水素ガスを7割以上の回収率で、かつ濃度94%で分離することに成功した。現在の回収率はこれを上回る。
今回のプロジェクトは、この過去の実績をもとにスケールアップしたものだ。具体的には、長野県飯田市に従来の30倍にあたる3,000㎡規模の光触媒を使った装置を設置し、水素を発生させる実験を2025年度までにおこなうという。
主導するのは、同大学の先鋭材料研究所の堂免・久富研究室。ソーラー水素の実用化に向け、太陽光水分解用粉末触媒と反応システムを研究し、エネルギーや環境問題の解決を目指している。
実用レベルの大規模水素製造の鍵は、太陽光水分解反応に高活性な光触媒を開発すること。堂免・久富研究室では、粉末状の酸窒化物、窒化物、酸硫化物半導体など、さまざまな光触媒材料を研究している。
電気分解による水素製造、電極や電源など複雑な装置が必要になるが、粉末光触媒は比較的シンプルな装置で水素の生成が可能なことがメリットだ。
今後の課題と展望
人工光合成の課題は、光触媒パネル反応器の低コスト化と、大規模化、ガス分離プロセスの分離性能とエネルギー効率の向上のための技術開発などだ。
人工光合成は、必要な場所で必要な分だけエネルギーなどをつくることができるのがメリットだ。エネルギーの輸送や貯蔵管理、濃縮や希釈などが不要になり、いわば、エネルギーの地産地消を可能にする技術である。
人工光合成の分野で日本はトップを走ってはいるが、中国、アメリカ、欧州でも研究開発が進んでいる。世界に先駆けて実用化できるか、注目される。
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