写真)東急リゾートタウン蓼科(長野県茅野市)
出典)東急不動産ホールディングス株式会社
- まとめ
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- 「ネイチャーポジティブ(自然再興)」に取り組む企業が増えている。
- 一定の経済効果が見込まれるためで、多くの企業が新たなビジネスに参入している。
- 「自然と共生する世界」を実現させるために、産官学一体となった取り組みが必要になる。
最近よく聞く、「ネイチャーポジティブ」。日本語訳で「自然再興」を指す。具体的には、「自然を回復軌道に乗せるため、生物多様性の損失を止め、反転させる」ことだ。(環境省:ecojin’s eye「ネイチャーポジティブ」)
今地球は、生物が絶滅するスピードが加速しており、生物多様性を維持するどころか「マイナス」の状態にある。これまでの自然環境保全の取り組みだけではなく、社会全体で自然を守り、「プラス」の状態にしていこうというのが、ネイチャーポジティブの目指すところだ。
2021年6月に英国で開催されたG7サミットにおいて合意された「G7 2030年 自然協約(G7 2030 Nature Compact)」では、2030年までに地球の陸地と海洋の30%以上を保全・保護することを目指す国際的な目標、いわゆる「30by30」が設定された。この取り組みは、2022年の「生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)」でも採択された。
日本では、国内では、2023年3月に閣議決定した「生物多様性国家戦略2023-2030」において2030年までにネイチャーポジティブを達成するという目標が掲げられている。
むろんこの目標の実現には、企業や地方公共団体、NGOなどの協力が不可欠だ。そのため、国内のあらゆるセクターと連携して生物多様性の保全を推進する組織、「2030生物多様性枠組実現日本会議(J-GBF)」が2021年11月に設立された。
J-GBFは、「30by30」目標の達成に向け、企業や国民の行動変容や、ステークホルダー間の連携を促す取り組みをおこなっている。2023年2月28日の第1回J-GBF総会では、「J-GBFネイチャーポジティブ宣言」を発表、J-GBF参加団体はこの宣言に基づき、「J-GBFネイチャーポジティブ行動計画」を策定し、新たな国際目標の達成に積極的に貢献していくことになっている。
ネイチャーポジティブの経済効果
多くの企業や団体が積極的にネイチャーポジティブに取り組むのには理由がある。その経済効果だ。
世界のリーダーが連携して世界情勢の改善に取り組むことを目的とした国際機関、「世界経済フォーラム(World Econmic Forum)」(以下、WEF)の2020年の推計では、ネイチャーポジティブ経済への移行に伴い、2030年時点で、全世界で年1,372兆円のビジネス機会が増加し、3億9500万人の雇用を創出するとされている。
この推計結果を日本に当てはめて環境省で試算したところ、2030年時点で年47兆円のビジネス機会が新たに生まれると推計された。それに波及効果(サプライチェーンに波及した分の生産誘発効果)約78兆円を足すと経済効果は約125兆円、雇用効果は約930万人となった。(参考:「ネイチャーポジティブ経済移行戦略」、「ネイチャーポジティブ移行による日本への影響について 第4回 ネイチャーポジティブ経済研究会」)
ではネイチャーポジティブ経済への移行は、具体的にどのようなビジネスに効果を生むのだろうか。
ネイチャーポジティブ型ビジネス
ネイチャーポジティブ経済への移行が生み出す新たなビジネスチャンスは実に幅広い。WEFはカテゴリーを、①食糧・土地・海洋の利用、②インフラ・建設、③エネルギー・採取活動の3つに分けた。
出典)環境省「ネイチャーポジティブ経済移行戦略 参考資料集」
環境省は、①食糧・土地・海洋の利用の中の「健全で、生産性の高い海洋環境の維持」の例として、「陸上養殖」を挙げている。
北アルプスのふもと富山県入善町で「サーモンの陸上養殖事業」に取り組んでいるのは、三菱商事株式会社とマルハニチロ株式会社の合弁会社「アトランド」。2,500トン(原魚ベース)規模の陸上養殖施設を2025年度に稼働させ、2027年度の初出荷を目指している。
養殖サーモンの7割超はノルウェー・チリの2ヶ国で生産されている。アトランティックサーモンは準絶滅危惧種であり、日本でサーモンの地産地消型ビジネスモデルを実現させれば、野生種の絶滅リスクを減らすことができる。
海外から日本に空輸されている生鮮サーモンに比べ、輸送距離が短縮化でき、温室効果ガスの削減が見込まれる。また養殖場で使用する水は、冷却の必要が無い黒部川の伏流水と、食品工場の冷却水としても利用できる3℃の富山湾の海洋深層水を使うが、特に海洋深層水は、清浄性・低温安定性という特徴があり、陸上養殖に必要だったエネルギー使用量を抑えることができる。
潜在的な市場規模は、約500億円/年(卸値2,000円/kgとして算出)が見込まれている。
また、「持続可能な森林管理への移行」の例としては、積水ハウス株式会社の「5本の樹」計画を挙げている。
同計画は、2001年からおこなっており、“3本は鳥のために、2本は蝶のために、地域の在来樹種を”というコンセプトの下におこなわれている植栽事業だ。2001年からの20年間で植栽した樹木は累積1,709万本に達した。家やマンションや周辺の公園などで適切な生息地の連続性が生成されているエリアでは、鳥の種類が2倍、蝶の種類は5倍になり、3大都市圏では1977年の3割程度まで生物多様性が回復すると推計した。自宅における自然(鳥や蝶)との接点の提供による顧客満足の向上と自然保全を両立させた例であり、自宅の庭でできる市民運動としての生物多様性保全活動として注目される。
現在の市場規模は、2,000億円/年(「5本の樹」計画が採用された戸建住宅売上)とされ、潜在的には、造園工事や、ガーデニング・家庭菜園事業など、数千億円/年が上乗せされる可能性があるという。
住宅メーカーだけでなく、デベロッパーもネイチャーポジティブへの貢献に取り組んでいる。
東急不動産ホールディングス株式会社は、企業や金融機関が自然資本や生物多様性に関するリスクや機会を評価し、情報を開示するための枠組みを提供する国際的なイニシアティブ、「自然関連財務情報開示タスクフォース(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures:TNFD)」に基づき、国内不動産業で初めてTNFDレポートを策定した。
それによると、同社グループが優先地域と定めている広域渋谷圏(注1)にある39物件の緑地面積割合は、2012年年度頃を境に生物多様性の損失から反転し、回復傾向(ネイチャーポジティブ)となっていることが分かったという。
また、長野県茅野市にある蓼科のリゾートでも、毎年間伐をおこない森林保全に取り組んだところ、 着工から現在に至る約50年間において、森林面積割合は開発前と比べて増加傾向にあるという。リゾート全体の森林で、1年あたり 892t の CO₂ を吸収しており、開発以来約50年間の累積で7.4 万t のCO₂を吸収するなど、脱炭素社会の実現に貢献している。
間伐材はリゾート内にあるバイオマスボイラーの燃料にすることで、カーボンニュートラルな発電をおこなっている。また木材を使ったアロマ関連商品の開発・販売もおこなっており、林業の6次産業化による経済効果も期待できるとしている。
②インフラ・建設の「都市インフラを接続する際の自然の活用」の例としては、以前取り上げた「アニマルパスウェイ」を挙げている。「アニマルパスウェイ」とは、Animal(動物)とPathway(通り道)を合わせた造語で、道路や鉄道線路などで分断された森を結ぶ道路上の樹上性動物の通り道(歩道橋)を指す。(参考:森の妖精を救え!「アニマルパスウェイ」とは 2023.06.13)
野生生物の生息地分断・殺傷リスクを減らすため、清水建設株式会社などは、リスやヤマネ、ヒメネズミ といった樹上性動物のための通り道づくりを推進してきた。これまでに山梨県北杜市に2カ所、栃木県那須町の那須平成の森、岩手県盛岡市など全国約10カ所に設置した。
自然回廊事業の拡大や、アニマルパスウェイを活用した観光事業や環境 学習事業の創出・拡大などが期待されている。
© エネフロ編集部
③エネルギー・採取活動の「循環型で資源効率の良い生産モデルの規模拡大」では、サントリーホールディングス株式会社の、良質な地下水を育むため、国内工場の水源エリアでおこなっている森林と生物多様性を保全・再生する「天然水の森」事業や、パナソニックの石油使用を55-70%以上カットし、天然原料を高濃度に活用したサステナブルなバイオプラスチック素材である「kinari」事業を紹介している。どちらも大きな潜在的市場規模が期待できる。
課題と今後の取り組み
一部の企業の取り組みを紹介したが、環境省は、一般的には自然資本の保全・再生にかかわる課題が他の社会課題・環境課題に比べて優先順位が低いと考えられがちであることが課題であると指摘している。その理由は、我が国の資源の大半が、海外の自然資本に依存していることから、直接的に危機を感じにくいことが関係しているという。また、国内だけを見ても、も日本は豊かな自然に恵まれているという認識が根強いことも理由として考えられる。
こうしたことから環境省は、ネイチャーポジティブ経済への移行に向けた課題として、①リスク・機会の認識、リスクの特定・対応 、②機会の特定、創出、③開示・対話を通じた資金呼び込み、継続的な対話によるリスク・機会探索、④基盤環境整備、を挙げた。
①「リスク・機会の認識、リスクの特定・対応」の具体的施策としては、TNFDなどに基づく自然関連財務情報開示の促進をおこなうことなどがある。
②「機会の特定、創出」の具体的施策としては、スタートアップ企業などが持つネイチャーポジティブに資する技術の活用推進のためのマッチングや情報発信などの実施などが考えられる。
③「開示・対話を通じた資金呼び込み、継続的な対話によるリスク・機会探索」の具体的施策としては、自然の保全・活用に関するステークホルダーの地域内連携の仕組みづくりなどの支援がある。
④「基盤環境整備」の具体的施策としては、企業の取り組みの効果の見える化にも資する、自然に関する国内のデータ基盤の整備や企業の技術などの活用。バイオテクノロジーや再生可能な生物資源などを利活用するバイオエコノミーの推進に向けた技術開発や新たなビジネス機会の創出などを挙げている。
いずれにしても、ネイチャーポジティブはまだ新しい概念であり、社会全体の理解はまだ深まっていない。
30by30や、2022年12月に採択された「昆明・モントリオール生物多様性枠組」における2050年のゴール、「自然と共生する世界」をどう実現させるのか。今後、国際的な動静も踏まえつつ、産官学一体となった取り組みが加速していくことを、期待したい。
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広域渋谷圏
東急グループの渋谷まちづくり戦略において定めた、渋谷駅から半径2.5km圏のエリア。
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