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ためになるカモ!?

Vol.52 マラリア、ジカ熱、デング熱などの感染を防ぐ蚊をつくる試み

写真)ネッタイシマカ(ヒトスジシマカと同じヤブカ属の蚊)

写真)ネッタイシマカ(ヒトスジシマカと同じヤブカ属の蚊)
出典)Soumyabrata Roy/GettyImages

まとめ
  • マラリア原虫や、ジカ熱、デング熱などの感染症を引き起こすウイルスは蚊が媒介する。
  • 蚊がボルバキアという細菌に感染すると、感染症ウイルスの増殖が抑制される。
  • ボルバキアに感染した蚊を放ち、人類を危険な感染症から守る取り組みが各国でおこなわれている。

マラリア、ジカ熱(ジカウイルス感染症)、デング熱・・・蚊が媒介する感染症の一種だ。

このうちジカ熱やデング熱は、国内にも生息しているヒトスジシマカという蚊も媒介することが確認されている。ヒトスジシマカは、背中に1 本の白い線がある3〜5mmほどの蚊で、5月中旬から10月下旬ごろまで活動する。雑木林・竹林・藪・墓地・公園などで見られ、 特に日中に活発に吸血し、活動範囲は50〜100m程度だ。

ジカ熱やデング熱に感染すると、発熱や関節の痛み、発疹が出るといった症状が1週間ほど続く。また、ジカ熱は妊婦が感染すると小頭症などの先天性障害をもった子どもが生まれたり、デング熱は出血を伴い重症化したりする。デング熱の感染者数は、世界で年間1億〜4億人ともいわれており、対策が急がれている。

こうしたことから、厚生労働省は、蚊の発生を減らすために、幼虫が発生しそうな周辺の水たまりの定期的な除去・清掃や、下草を刈るなどして成虫が潜む場所をなくすことを呼びかけている。

図)「発生源編:ジカ熱・デング熱の運び屋 ヒトスジシマカの発生源を叩け」
図)「発生源編:ジカ熱・デング熱の運び屋 ヒトスジシマカの発生源を叩け」

出典)厚生労働省

ジカ熱は、アフリカ、中南米、アジア太平洋地域で、デング熱は、東南アジア、南アジア、中南米、アフリカ、オーストラリア、南太平洋の島で発生している。これらの感染症のウイルスを媒介する蚊に関する研究が世界各国でおこなわれている。

以前の記事「蚊の季節到来!刺されない新技術(2021.08.03)」では、「遺伝子組み換え蚊(Genetically Modified Mosquitoes:GMM)」を紹介した。

遺伝子組み換え技術によりつくられた特殊なオスの蚊と交尾したメスの蚊から産まれたメスが成虫になる前に死ぬようにプログラムされている。

この遺伝子組み換え蚊を放つことにより、吸血行動をする産卵前のメスの蚊の個体数が減り、感染者数が抑制されるというわけだ。遺伝子組み換え蚊は、これまでに米フロリダ州やブラジルなどで放たれている。

今回紹介するのはこれとはまた別の技術で、蚊をある細菌に感染させて人への感染を防ぐというものだ。どのような技術なのか。

共生細菌ボルバキア

その細菌はボルバキアという。大きさは、直径1マイクロメートル(1000分の1ミリ)程度で、一部の蚊、ミバエ、蛾、トンボ、蝶を含む昆虫種の約50%がこの細菌に感染しているといわれている。

ボルバキアは、私たち人間にとって、昆虫などを介して身近に存在する細菌の一つであり、健康への害はない。

これまでの研究でボルバキアは、蚊の体内におけるジカ熱やデング熱のウイルスの増殖を抑制することが確認されている。つまり、ボルバキアに感染した蚊は、人間にウイルスを感染させる能力が低下するのだ。

ボルバキアに感染した蚊を放てば、親から子にボルバキアの感染が拡大し、ジカ熱やデング熱のウイルスを媒介しにくい蚊が増えることになる。また、ボルバキアに感染しているオスと感染していないメスが交尾すると卵がふ化しないことも知られている。この機能も感染症ウイルスを媒介する蚊を減らすことにつながるわけだ。(注1

ボルバキア感染蚊の大量生産

このボルバキア感染蚊を大量に培養しようとしているのが、米ビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団が出資するNPOのワールド・モスキート・プログラム(World Mosquito Program)だ(以下、WMP)。

年間約50億匹のボルバキア感染蚊をつくる世界最大の工場を、ブラジル南部パラナ州に建設する。費用は1,900万ドル(約29億円)の見込みで、2024年末に稼働する予定だ。

ボルバキア感染蚊は、一度その地域の蚊の集団に放たれ定着すると、その子孫に感染が受け継がれるため、継続的なコストがかからず、費用対効果が高い。

WMPはブラジル、コロンビアなど南米や、オーストラリア、スリランカなどのアジア地域、計14カ国で活動している。

WMPの活動とは別に、中国も独自にボルバキア感染蚊を使った実験を数年前からおこなっている。

写真)蚊の培養をおこなう孫文大学・ミシガン大学共同熱帯病ベクター制御センター。ボルバキアに感染した数百万匹のオスの蚊を飼育している。2016年6月21日に中国・広州
写真)蚊の培養をおこなう孫文大学・ミシガン大学共同熱帯病ベクター制御センター。ボルバキアに感染した数百万匹のオスの蚊を飼育している。2016年6月21日に中国・広州

出典)Kevin Frayer / GettyImages

ボルバキアのこれから

ボルバキアという細菌の働きについて紹介したが、人類を脅かす病気には、ジカ熱やデング熱だけでなく、よく知られたマラリアもある。マラリアはマラリア原虫をもった蚊(ハマダラカ属)に刺されることで感染する。ボルバキアが、蚊の体内でマラリア原虫を生存できなくするという研究結果もあり、マラリア感染の抑制にも期待がかかる。(注2

一方、蚊や幼虫のボウフラを捕食している生物もいる。人類の都合で生態系のバランスを崩していいのか、という議論もある。

人類の誕生する前から地球上に存在していたといわれる蚊。人類にとってやっかいものの蚊との長い付き合いは、これからどうなっていくのだろうか。

  1. ボルバキアによる生殖操作
    ボルバキアはさまざまな生殖操作機能を持つ。最も一般的なものは、細胞質不和合と呼ばれ、非感染メスが感染オスと交配した場合、卵が孵化しない現象。

    参考:
    ・「共生細菌ボルバキアとウイルス間の相互作用」東京慈恵会医科大学熱帯医学講座
    ・「昆虫の生殖を操作する細胞内共生細菌 Wolbachiaの機能と特徴」蔭山大輔 農業生物資源研究所昆虫微生物機能研究ユニット
    ・「メスだけが生き残る仕組み —―オスを狙って殺す共生細菌ボルバキアタンパク質Oscar(オス狩る)の発見—―」東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部
    ・「Genome Sequence of the Intracellular Bacterium Wolbachia」© 2004 Public Library of Science
  2. ・「【寄生虫学】ボルバキア菌が蚊のマラリア原虫感染を抑制する過程」Nature Communications 英語原文
    ・「Wolbachia Invades Anopheles stephensi Populations and Induces Refractoriness to Plasmodium Infection」Science 2013.5.10
安倍宏行 Hiroyuki Abe
安倍 宏行  /  Hiroyuki Abe
・日産自動車を経て、フジテレビ入社。報道局 政治経済部記者、ニューヨーク支局特派員・支局長、「ニュースジャパン」キャスター、経済部長、BSフジLIVE「プライムニュース」解説キャスターを務める。現在、オンラインメディア「Japan In-depth」編集長。著書に「絶望のテレビ報道」(PHP研究所)。
株式会社 安倍宏行|Abe, Inc.|ジャーナリスト・安倍宏行の公式ホームページ
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