写真)ランダー(左)とマイクロローバー(右)のイメージ。マイクロローバーの右先端部に付いているのが「スコップ」。
© ispace
- まとめ
-
- 宇宙ベンチャーispace、2回目の打ち上げに向け準備が進む。
- 打ち上げは最速で2024年 10月から12月を予定。
- 地球と月の間の空間=「シスルナ(cislunar)」に経済圏を構築するビジョンを描く。
宇宙ベンチャーの株式会社ispace(以下、ispace)を取材してから早4年。(参考:「月の水資源争奪戦に日本参戦!」2020.01.28)
民間月面探査プログラム「HAKUTO-R」のミッション1として、2023年4月には日本初の民間主導のランダー(着陸船)による月面着陸に挑んだが、月面のわずか5キロ上空での燃料切れによる落下という形で幕を閉じた。
原因はソフトウェアの誤認識により、着陸船がクレーター上で停止し、その際に燃料が切れてしまったことだ。燃料を失った機体は落下し、月面に激突してしまったとみられる。当初はクレーターの中に着陸する予定ではなかったのを詳細設計の後に変更しており、こうした変更のソフトウェアへの影響をきちんと解析できていなかったのだ。
そうしたなか、2024年1月20日、国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)が月面着陸に成功した。先を越されたかたちになったが、ispaceは今年、満を持して2回目の挑戦をおこなう。
ミッション1で得た知見をもとに、次の打ち上げの準備が着々と進行中だ。あらためて、ispaceの代表取締役CEO&Founderの袴田武史氏に話を聞いた。
© エネフロ編集部
ミッション1の評価
まず、ミッション1をどう評価しているのか。
「一言で言うと、非常に多くの学びがありました。新しくつくったチームで、この短期間でこれだけのことをやり遂げたのは非常に大きな成果だと思っています」。
たしかに、ispaceは2010年に産声を上げてからまだ13年。ミッション1の開発期間が5年だったことを考えると、ここまでこぎ着けたことは評価に値する。
地上でいくら実験を繰り返してもいざ宇宙に出るとなると、シミュレーションどおりに動くかどうかはわからない。宇宙空間と全く同じ環境で全ての実験をおこなうのは不可能なため、どうしても不確定要素が残ってしまう。そうしたなかで、ミッション1において、「全ての機器が正常に作動した」ことは想像以上に大きな成果だったと袴田氏は言う。
「ハードウェアに何か問題があったら、設計変更をしたり部品を調達したりして時間がかかるので大変ですが、それがなかったので、ミッション2もスケジュール通りに開発を進めることができています」。
すでに次の着陸船の最終組立が始まっている。
ミッション2の開発状況
期待が高まるミッション2。打ち上げは最速で2024年 10月から12月を予定している。
ミッション2の目的は、月面輸送サービスと月面データサービスの提供という事業モデルの検証だ。
ランダーはミッション1と同じものが使われ、現在フライトモデルの組み立てが進行中だ。
© ispace
また、ミッション2では、マイクロローバー(月面探査車:以下、ローバー)で月面資源探査をおこなう計画だ。ローバーは月のレゴリス(天体の表面の堆積物)を採取して、NASAとの月資源商取引プログラムにもとづき譲渡する。月面での採取と所有権の移転に成功すれば、世界初の月資源の採取に関する商取引となる。
ローバーの開発は、欧州子会社のispace Europeが進めている。大きさはマイクロの名にふさわしく、高さ26 cm、幅31.5 cm、全長54 cm、とかなり小さい。重さも5kg程度だ。
興味深いのはレゴリスの採取方法。ローバー前方に搭載された「スコップ」を使う。採取されたレゴリスはスコップ上部に設置されたカメラで撮影する。スコップは、パートナー企業であり、世界的な土木鉱山機械メーカーであるEpiroc AB社が開発する。
また、ローバーの太陽光パネルにも注目だ。
「以前は台形の斜面に太陽光パネルを貼っていたのですが、今回は長方形で開く形になっています。新しいローバーを今後いろんなミッションに使っていくことを考えて、どの角度でも太陽光を取り入れることができるようにしました」。
© ispace
資金調達
2017年には、シリーズA(注1)としては日本のスタートアップ企業による当時の国内過去最高額の約100億円を調達したispace。その後の資金調達も順調だ。
現時点で、ミッション2だけでなく、NASA(米国航空宇宙局)の月面探査プログラム「アルテミス計画」に貢献するミッション3の分まで資金調達が進んでいる。
「特に目標額を設定しているわけではないですが、今後の進捗によってどういう投資が必要になるか検討を進め、必要な資金をいろんな形で調達していきます。資本市場からの調達も選択肢としてあり得るでしょう」。
株式公開による資金調達とIPO(新規上場)、銀行ローンを含めると、すでに350億円近く調達済みだ。ispaceに対する期待の大きさがうかがえる。
ペイロード(月面有料貨物)
ispaceは、月面への貨物輸送サービス(ペイロードと呼ぶ)と月面データサービスを重要な収益の柱としている。
ミッション2のペイロードを契約したのは現在のところ、4社。
空調設備の設計・施工で国内大手の高砂熱学工業株式会社(以下、高砂熱学工業)は、月面用水電解装置を月に輸送し、世界初となる月面環境での水素と酸素の生成実験をおこなう予定だ。月における水探査は、水素・酸素の製造を視野に入れたもので、本実験はきわめて重要な意味を持つ。水素はロケットなどの燃料として、酸素は人の呼吸や燃料の支燃剤になる。
バイオベンチャーの株式会社ユーグレナは、世界初となる月面環境での食料生産実験を目指し、観測機能を全て搭載した自己完結型のモジュールを月に輸送、モジュール内で微細藻類を培養し、将来的な宇宙での食料生産に向けた実験をおこなう予定だ。
台湾国立中央大学宇宙科学工学科が開発した放射線測定をおこなう機器も搭載。宇宙環境と電子機器や生物への影響に関する研究をおこなう。
変わったところでは、株式会社バンダイナムコ研究所の「GOI宇宙世紀憲章プレート」をランダーに搭載する。GOIとはGUNDAM OPEN INNOVATIONの略で、「宇宙世紀」とその背景にある「社会課題」と「未来技術」この掛け合わせにより未来の夢と希望を現実化するプログラムだという。プレートには「未来へのメッセージ」が刻まれる。
提供)創通・サンライズ
「日本だけでなくて、世界中からペイロードへの問い合わせがかなり増えてきています。技術的に月に持って行くことができるかとか、その組織の信頼性などをチェックしています」。
競合他社
こうしたなか、米国やインドなどによる月面探査の動きも活発だ。
インドは、2023年8月にチャンドラヤーン3号を打ち上げ、月の南極付近に着陸させた。月面着陸に成功したのは旧ソ連、米国、中国に次いで4カ国目で、南極付近に着陸したのは世界初となる。
米国も、アストロボティック・テクノロジーと、インテュイティブ・マシーンズの民間企業2社が月着陸ミッションを進めている。インテュイティブ・マシーンズは、今年2月に世界で初めて民間企業の宇宙船による月面着陸に成功した。
こうした状況にも袴田氏に焦りはない。
「最初のグループに入っていることが重要です」。
つまり、むこう1年前後ぐらいに月に着陸できるようなポジションにいれば、「第1グループにいるわけで、その中で一番になる必要は必ずしもない」、ということだ。
「民間企業で月に着陸できることを示していくということは、業界が発展していく上で非常に大きなポイントです。誰かしらが早期にやることに非常に大きな価値がある」。
袴田氏は、業界全体で成長していくことが重要だとの認識を示した。
© エネフロ編集部
シスルナ経済圏
ispaceのビジョンは、人類の生活圏を宇宙に広げるべく、月面開発の事業化を通じて、地球と月の間の空間=「シスルナ(cislunar)」に経済圏を構築することであり、「Moon Valley 2040 構想」を発表している。
© ispace
「2040年には1,000人ほどの人が月に進んで経済をつくり出しているイメージですが、それはまだ初期段階かなと考えています」。
最終的には地球の経済と結びつくことによってさらに拡大をしていき、宇宙の活動が地球に対して何かしら大きな付加価値を提供しているような状況になっていくと考えている。
「その価値の対価としてお金が宇宙のプレイヤー側に循環していくような世界観を考えています」。
当面、宇宙の経済規模は地球の経済規模に比べて小規模にとどまるだろうと予想する。
「100年とかの時間軸で見ると、宇宙の経済圏の方が大きくなって、火星に行ったりその先に行ったり、ということもありえるかもしれないですね」。
果てしなく遠かった宇宙はもう手の届くところまで来ていると感じる。手が届くその日まで、ispaceの進化は止まらない。
- シリーズA
スタートアップ企業における製品の企画、開発やそれに伴う技術開発段階での投資ラウンド
Recommend Article / おすすめ記事
RANKING / ランキング
SERIES / 連載
- テクノロジーが拓く未来の暮らし
- IoT、AI・・・あらゆるものがインターネットにつながっている社会の到来。そして人工知能が新たな産業革命を引き起こす。そしてその波はエネルギーの世界にも。劇的に変わる私たちの暮らしを様々な角度から分析する。