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テクノロジーが拓く未来の暮らし

Vol.70 「木造人工衛星」打ち上げへ

写真)開発中の「LignoSat」(フライトモデルに最も近いエンジニアリングモデル)京都大学宇宙木材プロジェクト提供

写真)開発中の「LignoSat」(フライトモデルに最も近いエンジニアリングモデル)京都大学宇宙木材プロジェクト提供

まとめ
  • 京都大学と住友林業株式会社による「国際宇宙ステーション(ISS)での木材の宇宙曝露実験」が完了。
  • 2018年にスタートした木造の超小型衛星を作る計画、いよいよ打上げ迫る。
  • 将来的には、宇宙での木の利用の幅を広げることにつながる。

世界初の木造人工衛星打ち上げプロジェクト

人工衛星と聞けば、たいていの人は金属の塊を思い浮かべるだろう。しかし、その衛星を木でつくろうとしている人がいる。

国立大学法人京都大学(以下、京都大学)によると、京都大学住友林業株式会社(以下、住友林業)が2022年3月より取り組んできた「国際宇宙ステーション(ISS)での木材の宇宙曝露実験」で約10ヶ月間の宇宙空間での木材試験体の曝露実験が完了し、2023年1月に試験体が帰還した。

検査の結果、木材に割れ、反り、剥がれなどはなく、温度変化が大きく強力な宇宙線が飛び交う極限の宇宙環境下で、試験体の劣化は極めて軽微で材質は安定しており、木材の優れた耐久性を確認できた。

また今回の曝露実験ではヤマザクラ、ホオノキ、ダケカンバの3種が最終候補として選定されていたが、今回の結果をふまえてホオノキを、2024年夏頃に打ち上げ予定の樹種に選定した。

曝露実験とは、実験材料を宇宙空間にて長時間曝露状態におき、劣化等受ける影響を調査するもの。日本はISS内に「きぼう」という日本実験棟を持っており、その簡易曝露実験装置ExBASにより宇宙の曝露環境を利用する実験サンプルを「きぼう」船外に取り付けることが可能である。

どうやら、木造人工衛星は夢物語ではないようだ。

図)ISS船外曝露プラットフォーム(拡大図:中央の直方体上部が曝露試験中の木材)
図)ISS船外曝露プラットフォーム(拡大図:中央の直方体上部が曝露試験中の木材)

出典)JAXA/NASAより京都大学作成

京都大学大学院農学研究科の仲村匡司教授に、プロジェクトの進捗と今後の宇宙空間での木材利用について話を聞いた。

写真)京都大学大学院農学研究科 仲村匡司教授
写真)京都大学大学院農学研究科 仲村匡司教授

© エネフロ編集部

プロジェクト誕生の背景

宇宙と木材は縁遠い分野に思われるが、どのようにしてプロジェクトは発足したのだろうか。実は、仲村氏とある人との出会いがきっかけだった。

その人は、元宇宙飛行士の土井隆雄氏

1997年、スペースシャトル「コロンビア号」に搭乗し、日本人として初めての船外活動を行う。2008年、スペースシャトル「エンデバー号」によるSTS-123ミッションに参加。「きぼう」の船内保管室をISSに取り付け、日本が開発した最初の有人宇宙施設に乗り込んだ初の日本人だ。

写真)土井隆雄元宇宙飛行士
写真)土井隆雄元宇宙飛行士

出典)Matt Stroshane / Getty Images

2016年、京都大学宇宙総合学研究ユニット特定教授に就任した土井氏。

さっそく、こんなアイデアを口にした。

「宇宙空間で木を使いたい」。

土井氏は、木材の物理的な性質や強度指数について研究を行っている仲村教授にコンタクトを取った。2017年2月のことだ。

そこから話はトントン拍子に進んだ。

翌2017年4月には「宇宙木材ゼミ」が誕生した。週に1回、木材と宇宙それぞれの領域についてゼミ生たちが活発に意見交換をおこなうようになった。

そして2018年、木造の超小型衛星をつくる計画がスタートした。超小型衛星は「CubeSat」と呼ばれ、縦10cm、横10cm、高さ10cmの1U(Unit)を一単位とする。仕様は、1999年に米スタンフォード大学などが開発した。打ち上げコストが小さいことから大学の研究室などで制作されることが多い。

図)CubeSatの模型図。
図)CubeSatの模型図。

出典)NASA

研究開発の壁

このように、勉強会から始まったプロジェクトゆえに研究する上での壁は主に2つあった、と仲村教授は語る。

「我々は木材の専門家なので木の種類や木材の性質についてのディスカッションはできるのですが、巨額の衛星開発費用と打ち上げ費用の捻出や木材の加工は誰に頼むのか、という問題がありました」。

そこで仲村教授は、親交のあった滋賀県の木工業者、黒田工房代表取締役社長の臼井浩明氏にさっそくコンタクトをとり、木製人工衛星の製作を提案した。

「ちょうど『下町ロケット』を放映していた時期で、『下町ロケット木工編でがんばります!』と快諾してもらいました(笑)」。

黒田工房はモノづくりだけでなく、二条城やヨーロッパの文化財などの修復作業をおこなっており、「指物(さしもの)」という特殊な技術を擁する。指物とは、板と板、棒と棒、板と棒を釘を使わず、方向の異なる部材を「仕口(しぐち)」という組手加工で接合させる、日本古来の木工技術だ。

(参考・出典:黒田工房)

(参考・出典:黒田工房

仲村氏には最初の設計時からできるだけ接着剤や金具を使わずに超小型衛星を作りたいという思いがあった。そこで、その木工技術を持つ臼井氏に頼んだのだ。

もう一つの壁が、資金調達だ。

ここでも仲村教授の人脈が生きた。共同研究を行おこなっていた関係で、住友林業の研究者と10年来の付き合いがあったのだ。「飲みニケーション」力を発揮した仲村教授はグラス片手に、その研究者に木造の人工衛星プロジェクトを紹介したところ話が盛り上がり、そこから一気に宇宙木材プロジェクトと呼ばれることになる共同研究に繋がったのだという。

同時期に住友林業は木材の積極活用、木の可能性を追求する研究技術開発構想として「W350計画」(参考:「木造超高層ビルが環境を救う」2018.03.06)を発表している。木の可能性を追求する研究プロジェクトとしてタイミングがよかった。2019年の1月には住友林業の筑波研究所でプレゼンテーションをおこない、2020年12月からの共同研究の開始につながった。

どちらの壁も、仲村教授の人脈と、木造人工衛星を打ち上げるというエキサイティングな試みに関係者が心を動かされた結果、乗り越えられたのだ。

写真)2021年のクリスマスに黒田工房で行われた木造ボディの検討会の様子
写真)2021年のクリスマスに黒田工房で行われた木造ボディの検討会の様子

提供)仲村匡司教授

プロジェクトの全容

ここで疑問に思ったのは、人工衛星の材料として木材は本当に適しているのだろうか、ということだ。しかし、仲村教授の話を聞いたらそんな疑問は氷解した。

軽くて強いというのがポイントなのです。単位重さ当たりで考えると鉄よりも強いんですよ」。

実際、同じ重量当たりの強度を比較すると、驚いたことに木は鉄の約4倍の引張強度、約6倍の圧縮強度を持っている。

CubeSatにとって、強度も軽さも兼ね備えた木はまさにピッタリの素材だったのだ。

また、地球上での木の欠点も宇宙空間では克服される。

木材には①くるう(寸法が変わる)、②燃える、③腐るという三大欠点が存在する。

くるうのは木材中の水分の増減に伴い木材の寸法が変化するからだが、宇宙空間には水がない。燃えるのは酸素があるからだが、宇宙には酸素がない。また、腐るのは菌がいるからだが、宇宙空間には菌がいない。まさに宇宙空間では木の三大欠点が全て払拭されるのだ。

それどころか、木には「電波を通す」という長所まである。

「従来の小型人工衛星ではボディの外部に巻き付けたアンテナ類の展開に失敗することがありましたが、今設計が始まった2U(20cm×10cm×10cm)の木造人工衛星では、木が電波を通すメリットを活かして、アンテナをボディの内部に仕込む予定で、展開機構をつける必要がないのです」。

つまり、それだけ衛星の構造がシンプルになり、故障しにくくなるということだ。

まだある。おそらく木造衛星最大の長所だろう。

木は「大気を汚染しない」。

2024年夏頃に打ち上げる「LignoSat」は地上から約400kmの一番低い軌道に乗るのだが、この軌道に乗る人工衛星は大気圏に落とすことが求められている。

落とされた人工衛星は通常大気圏に突入した時に燃え尽きるのだが、最近の人工衛星は金属とアルミニウムでできているため、大気圏突入後、酸化アルミニウムの粒子が大気に残る。この酸化アルミニウムの粒子は地表に落ちるまでに数十年かかり、太陽光を反射して気温が下がったり異常気象を引き起こしたりする可能性がある。

少量であれば問題がなかったものの、最近ではスペースXやAmazon、中国などが大量に衛星を打ち上げているため、酸化アルミニウム粒子は宇宙・成層圏・海洋の汚染に繋がり、将来的に脅威となりうる。

その点、木材は完全に燃え尽きてCO₂と水になり、大気を汚さない上に、木材の炭素はもともと大気中のCO₂を吸収し蓄えていたものなので、燃えても大気全体のCO₂量を増やさない

プロジェクトの進捗

木造人工衛星は、「木材」と「宇宙」を繋ぐ新たな試みゆえ、さまざまな領域の関わり合いが必要となってくる。京都大学大学院の研究機関であるSIC有人宇宙学研究センターに宇宙木材ラボをおき、黒田工房で加工された木材の組み立てや、電子回路の制作をおこなっている。

元々仲村教授の学問領域でない分野だが、急ピッチで計画が進んでいるのは学生たちの連携があるからだ。

「工学部の電子系だけれども、宇宙が大好き、という学生たちが参加して、設計図の起こしや実験などの作業をしています」。

まるでサークル活動のようだという。

さまざまな学部の学生たちが30名程集まり、設計や通信など5つの班に分かれて作業をおこなっている。報告会や住友林業の研究所メンバーを交えた全体会議などにも出席している。アマチュア無線の免許を取ったり、プログラミングしたり、それぞれの得意分野を活かして活動している。

海外のライバル?

実は、フィンランドでも木造人工衛星の開発が進められている。「WISA WOODSAT」と呼ばれるこのCubeSatは白樺の合板でできており、2021年末までに打ち上げ予定であったが、コロナ禍と重なってしまったことや、必要なライセンスが足りていなかったことから、現在は動向が分からない状態にあるようだ。現時点で衛星打ち上げの予定も公表されていないことから、京都大学と住友林業のLignoSatが先んじる可能性は高い。

LignoSatの目標

冒頭に紹介した宇宙曝露実験は、LignoSatに使う木材を決めるためにおこなわれた。この実験の結果を元にフライトモデルの製作を進め、JAXAでの安全審査をパスしたら、いよいよ打ち上げとなる。

LignoSatの最初の目的は、木造人工衛星が宇宙でのミッションをスタートできるのかを検証することだ。前述した通り、宇宙空間においては水による「歪み」は発生しなさそうだが、熱の影響は受けると考えられる。というのも、軌道上では1日に6回も昼と夜が来るうえ、昼の間は100℃、夜の間は-100℃と温度変化が大きいからだ。LignoSatがISSから無事放出され、衛星と地上との通信が確立されることをミニマムサクセスとすると、熱による膨張・収縮の影響に関する実証データを半年間取得することがフルサクセスとなる。

LignoSatはうまくいけば1年以上軌道をまわる予定なので、その間、通信が可能で世界中のアマチュア無線家との交信も維持できればエキストラサクセスとなる。

プロジェクトの今後

仲村教授の描いている木造人工衛星の未来は実はとんでもないものだった。

LignoSatと今後製作予定の2Uの木造人工衛星は、人工衛星が木造でも機能するのかを実証するだけでなく、宇宙での木の利用の幅を広げることにつながるのだという。

月や火星の基地も木造のものがつくれるかもしれない、宇宙ステーションにも木材が使われるかもしれない...宇宙における木の利用可能性はどんどん広がっている。

仲村教授の頭には「宇宙林業」という構想がある。

実際に他の惑星で木造基地をつくろうとした場合、材料となる木材を現地まで運ぶのはコストがかかる。他の惑星で木を育てるために必要な酸素はどう供給するか、水はその惑星のものを使えるか、など調べるべきことは山ほどある。地球上でも、宇宙林業の取り組みに向けて、気圧を下げた状態での樹木育成実験などをおこなっているのだという。

いまや衛星が当たり前のように月に着陸する時代。宇宙に木造の基地が作られ、そこに人類が住むのもそう遠くないような気がしてきた。

実はこの木造人工衛星の打ち上げ、成功すれば京都大学初の人工衛星になるという。一刻も早く、仲村教授と「宇宙木材ゼミ」の学生たちの笑顔を見たいものだ。

安倍宏行 Hiroyuki Abe
安倍 宏行  /  Hiroyuki Abe
・日産自動車を経て、フジテレビ入社。報道局 政治経済部記者、ニューヨーク支局特派員・支局長、「ニュースジャパン」キャスター、経済部長、BSフジLIVE「プライムニュース」解説キャスターを務める。現在、オンラインメディア「Japan In-depth」編集長。著書に「絶望のテレビ報道」(PHP研究所)。
株式会社 安倍宏行|Abe, Inc.|ジャーナリスト・安倍宏行の公式ホームページ
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