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テクノロジーが拓く未来の暮らし

Vol.71 アルミごみから水素をつくる 富山発の最新技術

写真)国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の2023年度「脱炭素化・エネルギー転換に資する我が国技術の国際実証事業(実証要件適合性等調査)」で製造した定置型水素製造装置

写真)国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の2023年度「脱炭素化・エネルギー転換に資する我が国技術の国際実証事業(実証要件適合性等調査)」で製造した定置型水素製造装置
提供)アルハイテック株式会社

まとめ
  • 富山のベンチャーがアルミごみから水素を製造する装置を開発。
  • 設備を貸出し、水素製造に必要な「反応液」や、オペレーションやメンテナンスなどの「請負作業料」を収入源とする。
  • 需要家は水素をさまざまな用途に使えるとともに、環境に配慮している会社との評価も得ることができる。

政府は令和5年6月6日に再生可能エネルギー・水素等関係閣僚会議にて「水素基本戦略」を改定した。この水素基本戦略では、水素社会実現を加速化するため、新たに2040 年における水素導入目標を 1,200 万トン/年と設定し、規制・支援一体型の制度の構築に取り組むことが明記されている。

水素社会の実現には、他のエネルギーと同様に「作る」・「運ぶ」・「使う」という流れ、つまりサプライチェーンの整備が第一歩だ。

日本では、静岡産グリーン水素、地産地消の取り組み(2023.08.15)でも紹介したが、「HySTRA(技術研究組合 CO2フリー水素サプライチェーン推進機構)」の褐炭を有効利用した水素製造、輸送・貯蔵、利用からなるCO₂フリー水素サプライチェーンといった、主に海外で製造したブルー水素を、日本に輸入する大規模水素サプライチェーンが先行している。

一方、世界が目指しているのは、いわゆる再生可能エネルギー由来のグリーン水素だ。究極のクリーンなエネルギーだが、製造コストが高いことが問題となっている。とりわけ、再生可能エネルギーのコストが高い日本において、グリーン水素の製造はハードルが高い。

アルミと水素

そうしたなか、アルミニウムから水素をつくることができないか、と考えた人物がいた。

富山県のベンチャー「アルハイテック株式会社」(以下、アルハイテック)の代表取締役社長水木伸明氏だ。

どのようなテクノロジーなのか?その前に、日本のアルミニウム産業を見てみよう。

日本にはアルミニウムの原料であるボーキサイトがないので、アルミ地金を輸入し、加工している。

そのアルミはあらゆる工業製品に使われているが、意外と身近なものにも使われている。たとえば紙パック飲料だ。長期保存のため、内側にアルミがコーティングされていることをご存じだろうか?後述するが、こうしたアルミ付き包装容器の紙はリサイクルできず、ごみとして廃棄しているのが現状だ。その量は増え続けており、長年その処理が問題となっていた。

そのアルミごみを原料として、水素製造に取り組んでいるのが水木氏だ。

アルミごみから水素という発想

水木氏は、もともとエネルギーの専門家ではなかった。

18年前、水木氏は富山県の運送会社で環境事業を担当していた。環境省の環境カウンセラーの資格を取得後、仕事で全国を忙しく飛び回っていた。

ある時、四国のあるアルミ付き包装容器を製造する製紙会社からこんな相談をされた。

「あなた運送会社でしょ。儲かるから富山県にアルミのごみを運んでくれない?」。

つまり、アルミごみを富山の埋め立て場所まで運んでくれという話だ。

野菜ジュースや豆乳などのアルミ付き包装容器は産業廃棄物であるが、四国では埋め立て場が少なく、廃棄場所がないという問題が起きていたのだ。

確かに儲かる話ではあった。でもちょっと待てよ・・・。

「おかしいなと思ったんですよ。エネルギーを使ってごみを運ぶとか、ごみを燃やすこととかになんか違和感があって」。

アルミは、製造時と輸入時に大量のCO₂を排出している。そして日本国内でごみとして焼却する時にもCO₂を排出している。調べてみると、アルミ付き包装容器紙はどこの自治体でも再利用できないごみに指定されていることがわかった。

資源やエネルギーが再利用されないままごみとして棄てられているのは「単純におかしい」、と水木氏は強く思った。

写真)原料になる家庭から回収されたアルミ付き包装容器
写真)原料になる家庭から回収されたアルミ付き包装容器

出典)アルハイテック株式会社

何とか再利用できないか。とりあえずアルミごみのサンプルを送ってもらった。調べてみると、アルミごみの再利用には多くの大学が挑戦したものの、上手くいかずどこも撤退していた。

「よし、解決方法がないなら、自分でやってやろう」。

負けん気に火が付いた。まずは情報だ。

「私は何の専門家でもないので、恥も外聞もなく『これどうしたらいいんでしょうか?』と聞いて回ることができたわけです。そこからのスタートでした」。

幸いなことに、地元の富山県はアルミ産業が盛んで、県の工業技術センターや富山大学など身近にいる専門家から色々とアドバイスを受けることができた。

水木氏は運送会社に勤めながら研究開発にいそしんだ。

幸いごみ回収には地域の多くの人が協力してくれ、あっという間にアルミごみが集まった。

2008年頃水木氏は、まずアルミパックから紙を取り出した後、残ったプラスチックとアルミを分離する実証実験をおこない、成功した。現在アルハイテックの商品である「パルパー型分離機」の原型モデルの誕生である。

写真)パルパー型分離機で分離回収されたプラスチック付アルミ(上)と紙パルプ(下)。
写真)パルパー型分離機で分離回収されたプラスチック付アルミ(上)と紙パルプ(下)。

提供)アルハイテック株式会社

その後ふとした時に、「アルミから水素がつくれるのではないか」、と思いついた。

アルミをアルカリ水溶液と化学反応させて水素を製造させれば燃料電池に利用でき、さらには副産物も別の用途で使え、廃棄物が出なくなる、という富山工業技術センターなどの助言を得て、水木さんは早速、それを実現する実験に取り組み始めた。

「今でこそ時代が追いついてくれましたが、当時は水素なんていっても誰も相手にしてくれなかったですね」。

写真)代表取締役社長水木伸明氏
写真)代表取締役社長水木伸明氏

提供)アルハイテック株式会社

水素製造装置の誕生

そして2013年、本格的な研究開発をおこなうため、水木氏は満を持して会社から独立し、アルハイテックを創業した。エネルギー事業への本格参入である。

起業の翌年の2014年、起業アドバイザーの薦めで、NEDOが2012年度から開始した「戦略的省エネルギー技術革新プログラム」に応募した。そして、省エネルギーにつながる技術開発を原則3年以内に製品化することを目指す「実用化開発」のフェーズに採択され、2014年12月から支援がはじまった。

こうして、製品化に向けて規模の拡大で技術的な課題が残る乾留式アルミ回収装置と水素製造装置の開発をおこない、2016年4月にはついにアルミ系廃棄物から水素を発生させる検証プラントを完成させた。商業ベースでの水素の量産体制と製造装置の連続運転が可能なことが実証されたのだ。

アルミ系廃棄物を処理して水素発電をするステップは、大きくわけて以下の4つだ。

1. パルパー型分離機でアルミ系廃棄物をパルプとプラスチック付きアルミに分離する。
2. 乾留炉でプラスチック付きアルミを乾留してプラスチックを分解し、アルミを取り出す。
3. 続いて、水素製造装置で繰り返し使える特殊なアルカリ系溶液とアルミを反応させて高純度の水素を発生させる。
4. 最後に、その水素を燃料電池に送って発電に利用する。

図)アルミ系廃棄物のリサイクルシステムの全体像
図)アルミ系廃棄物のリサイクルシステムの全体像

提供)アルハイテック株式会社

この装置が画期的なのは、約100回繰り返し使用することができる、独自開発した特殊な反応液を用いることで、アルミから水素と水酸化アルミをつくることができることだ。できた水素で電力もつくることができ、水酸化アルミは、カーテン、カーペットや車のシートの裏などに使われる難燃性の材料となる。しかも、製造過程でCO₂を排出しない優れものなのだ。

「何も知らないからこそできたのです」。

こうして定置型水素製造装置が完成した。

写真)水素製造装置(2016年NEDO事業)
写真)水素製造装置(2016年NEDO事業)

提供)アルハイテック株式会社

画期的なビジネスモデル

驚くのはまだ早い。さらに画期的なのは、この水素製造装置を核としたビジネスモデルだ。

「コピー機のビジネスモデルと一緒です。あの業界は機械で儲けないで、トナーで儲けているでしょう?」

アルハイテックは水素製造装置を、顧客企業に売らないで工場に設置する。つまり、装置を貸し出すイメージだ。いわゆる「売り切り」ではない。顧客にとっては、最初に設備を買い取る必要がないので、初期投資を抑えられるというメリットがある。アルハイテックは、水素製造に必要な反応液を供給する。その代金と、装置のオペレーションからメンテナンスを含む「請負作業料」を収入として得る仕組みだ。

顧客企業はアルミ由来の水素と水酸化アルミを得ることができ、さらに環境に配慮しているという企業PRにもつながる。

いままでにないビジネスモデルなのだ。

こうしたことから、水木氏は自社を「エネルギー変換屋さん」と称する。

無から有を生むビジネスといってもいいだろう。

月や砂漠でもアルミ水素

CO₂フリーであるグリーン水素は今、世界中がその製造に取り組んでいる。特に熱心なのはEUだ。以前エネフロが取材したオランダなどは得意の風力発電を使い、海水などからグリーン水素を製造する計画だ。
(参考:オランダ、グリーン水素生産に本腰 2023.08.08)

グリーン水素の製造には再生可能エネルギーを使う。しかし、そのためには、一定以上の風況や日照時間に恵まれた場所が必要となる。アルハイテックの水素製造装置は、水とアルミさえあればどんな場所でも水素をつくることができる。

「(その場所が)月であろうと、砂漠であろうと関係ありません」。

そう、水木氏は語る。

図)将来のアルミ水素循環モデル
図)将来のアルミ水素循環モデル

提供)アルハイテック株式会社

「廃棄されたアルミ缶は世界中にあります。アルミごみをエネルギーとして循環させれば世界中にエネルギーが供給できます。石油もいらないのです」。

「究極のサーキュラーエコノミー」となりうると自信を示す。

水木氏の描く新たなアルミを資源循環させる「水素社会」。北陸で産声をあげたこの新技術に今、熱い視線が注がれている。

安倍宏行 Hiroyuki Abe
安倍 宏行  /  Hiroyuki Abe
・日産自動車を経て、フジテレビ入社。報道局 政治経済部記者、ニューヨーク支局特派員・支局長、「ニュースジャパン」キャスター、経済部長、BSフジLIVE「プライムニュース」解説キャスターを務める。現在、オンラインメディア「Japan In-depth」編集長。著書に「絶望のテレビ報道」(PHP研究所)。
株式会社 安倍宏行|Abe, Inc.|ジャーナリスト・安倍宏行の公式ホームページ
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IoT、AI・・・あらゆるものがインターネットにつながっている社会の到来。そして人工知能が新たな産業革命を引き起こす。そしてその波はエネルギーの世界にも。劇的に変わる私たちの暮らしを様々な角度から分析する。