写真)北海道の放牧牛(イメージ:記事とは関係ありません)
出典)TOSHIHARU ARAKAWA/GettyImages
- まとめ
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- 牛の尿を原料に消臭液を作っている会社がある。
- 消臭液には、植物の生長を促進する効果があることがわかった。
- また、水質改善効果も検証中で、水資源の保全にも貢献できる可能性も。
牛の尿で環境が改善される。こんな話を皆さんは信じるだろうか。
牛の尿を原料につくられた消臭液「きえ〜る」。この画期的な製品に今注目が集まっている。開発したのが北海道北見市の環境大善株式会社だ。代表取締役の窪之内誠氏に話を聞いた。
「きえ〜る」とは
最近、東京のドラッグストアでも目にすることが増えた「きえ~る」。その販売は好調で、過去1年で、スプレータイプ(容量300ml)換算で約140万本出荷し、その前の年と比べると約130%も売上が伸びた。
出典)環境大善
当然、原料である牛の尿の量の調達が気になるが、杞憂だった。
「北海道で飼育されている牛から出る尿のうち、僕らはまだほんのわずかな量しか使っていません」。
農家やJA(農業協同組合)から供給されている牛の尿の供給は当面尽きることはない見込みだ。
一方で、大切なのは尿の品質だと窪之内氏は言う。
牛の尿の供給量は、飼育されている場所や気候など外部環境に大きな影響を受ける。仕入れ先には牛の尿を発酵させて「きえ~る」の原液をつくる一次処理プラントが設置されており、そのプラントには特殊な微生物が投入されている。発酵が十分に進んでいない場合は、発酵が終わるまで待つ。
環境大善提供
仕入れにあたっては一次処理した尿の質をどう均一化するかが課題となる。
「うちにはその一次処理をした原液を仕入れる専門の人間がいて、毎日酪農家さんを回っています。酪農家さんとお話をして、牛の状態とか天候の状態などを確認し、原液の完成具合をチェックして基準をクリアできたら購入します」。
環境大善独自の「アップサイクル型循環システム」は、牛の尿をアップサイクルしながら社会に循環させていく、サーキュラーエコノミーで成り立っている。
出典)環境大善
環境大善提供
商品戦略
ホームページを見ると商品数がかなり多い。収益率を上げるにはもう少し整理したほうがいいのではないか。
実は、商品をリニューアルしたタイミングで商品数を絞ろうと検討したこともあったが、お客さまの属性に合わせることにした。
「愛らしいパッケージにしたり、インテリアの邪魔にならないようなパッケージにしたりしました。そして、お客さまのゾーンによって同じ中身でも、大きく3種類のカテゴリーに分けたのです」。
それが、①百貨店、②ホームセンター・ドラッグストア、③雑貨店や高級インテリアショップ、の3つである。
お客さまの属性に合わせて容量やパッケージデザインを変え、よりきめ細かく需要に合わせた商品を提供できるようにしたのだ。
今年の需要拡大の背景には「夏の異常気象」もあった。
酷暑で、朝に調理してでた生ゴミがその日の夜には腐って異臭を放っていることが頻発したのだ。
北海道ではそれほどではなくても、都心部などでは深刻な問題になった。
「飲食店さんの困りごとに対応できる弊社の商品を選んでいただくことがすごく増えてきたと感じています」。
ペット需要
更に、需要をけん引しているのが「ペット」市場だ。
犬猫合わせておよそ1,600万匹も飼われているといわれるペット大国日本。コロナ禍でリモートワークが増え、ペットを飼う人がさらに増えた。一躍、消臭剤への関心が高まったのだという。
「トカゲとか小鳥とか小動物を飼う人も、ものすごく増えました。飼い主さんは、化学物質系の消臭剤を使うのが非常に心配だと言います」。
飼い主の間で、「天然成分由来で安心して使用できる消臭液があるから使ってごらん」とSNSで拡散されていることも販売を後押ししている。
ペットは家族の一員だからこそ安心安全なものを使いたい。そんな消費者心理が働いているのだ。
出典)環境大善
北見工業大学との共同研究
環境大善がユニークなのは地元の北見工業大学と2017年から共同研究をおこなっていることだ。2020年には共同研究専用の講座を開設した。研究室には社員を派遣しており、地方の産学連携のモデルケースになっている。
実は「きえ~る」の元となっている液体には消臭効果に加え、植物の生長を促進する効果があることが分かっている。すでに液体たい肥「土いきかえる」は商品化されており、共同研究ではその科学的根拠を得ることに主眼を置いている。
「研究室レベルでは結果が出ているので、現在はビニールハウスの中で植物や野菜に施肥して効果を調べています」。
また、美幌や網走をはじめ北海道内の農場で小豆やジャガイモ、小麦などの作物に施肥して収量や品質などがどうなるか、病気がどの程度発生しているかなどを調べている。
「我々の商品を肥料に加えると植物が非常によく育つうえに、水耕栽培でも、路地栽培でも、畑でもハウスでも、どこでも使えるのが大きなメリットです」。
現在、全国で1,000軒ほどの農家に利用されている液体たい肥「土いきかえる」。最近では、ドローンを使って広く散布することで、農家の負担を軽減している。その効用はそればかりではない。
「近くの丘陵地に観光地として有名な芝桜公園が2か所あるのですが、弊社の液体を散布することで、色が良くなったり、枯れることが少なくなったりする効果が出ています」。
まさしく、地産地消。地元の家畜排泄物由来の液体たい肥を観光資源に使い、それによって地域活性化につなげようという試みだ。
むろん全国展開は、一筋縄ではいかないと窪之内氏はいう。
液体たい肥「土いきかえる」は微生物から作られるので、気温などの影響を受けやすいのだ。
まずは近隣の市町村から注力し、今後全国に展開を加速していく予定だ。
プロモーションについて
北海道に限らず販路がどんどん全国に広がっている「きえ〜る」。販売促進策はどのようにおこなわれているのか。
実は、環境大善は広告宣伝費をできるだけかけないことをポリシーとしている。意外なのは「実演販売」だ。
「我々の商品は良い匂いは消さず、嫌な臭いだけ消す特性を持っているので、実演するとお客さんの五感にヒットして、『あ、これいいね』という反応がかえってくるのです」。
地道な活動だが、メディアが取り上げてくれるなどして、次第に知名度があがってきている。
北海道大学との共同研究
環境大善が、地元の大学だけでなく、札幌の北海道大学とも研究を始めたことが話題となっている。
きっかけは、ある水産卸売業者から、魚を入れるいけすに環境大善の「きえ〜る 水槽用」を使ってみたところ水が2倍以上長持ちした、とフィードバックがあったことだ。
「その人が、これすごいよ、なぜ水が長持ちするのか分からない。科学的根拠を取れないだろうかと相談をいただいたのです」。
出典)環境大善
北海道大学大学院工学研究院環境工学部門佐藤久教授と出会った窪之内氏は、今年6月、「きえ~る 水槽用」を使用する際の水生環境の調査および水質浄化メカニズムの解明に向けた共同研究をスタートさせた。
窪之内氏は、世界的な人口増とそれによるタンパク源の不足に真正面から取り組むつもりだ。
「今、陸上養殖をやらなきゃいけない時代になっている時期ですよ。例えばメコンデルタ地帯のバナメイエビの養殖産地などで、なるべく薬剤を使わず水を長持ちさせて、安心安全な魚やエビや貝を食べられるようにするのは使命だと思ったのです」。
「きえ~る 水槽用」の善玉活性水により、水質が改善すれば養殖業者は水の交換頻度が減り、コストを削減することができる。また、養殖水産物の品質が向上すれば付加価値が上がる。さらに、養殖可能な魚種の多様化も図ることができるだろう。消費者は、新鮮で高品質な水産物を食することができる。なにより、牛の尿による環境負荷低減化が進むことで、地球環境の保全や世界の水不足問題の解決にもつながるのだ。
今後の事業展開
国内でもその市場を着実に広げている「きえ〜る」や液体たい肥「土いきかえる」であるが、輸出にも力を入れる。有望なのが、カンボジアと台湾の2拠点だ。
カンボジアはすでに輸出が堅調。台湾は、現在市場調査中だが、潜在需要は大きいとみている。
次に窪之内氏が目指すのは、次世代のバイオ燃料原料として注目される藻類の増殖速度を高めることだ。
このプロジェクトは今年、北見工業大学と合同で
ロシア・ウクライナ戦争で海外からの肥料輸入が滞ったことが一時あったが、環境大善の液体たい肥は肥料の消費量を減らすと同時に作物の生長を促進するので、食糧問題の解決にもつながると窪之内氏は確信している。
「人口がどんどん増えている状態で、地球の一人当たりの耕作面積はどんどん狭くなっています。そのなかでいかに土壌に負荷をかけないで作物を取り続けるかが課題になっています」。
北海道発、牛の尿から生まれた不思議な液体の持つポテンシャルがより詳しく解明され、その用途が広がっていく姿を見てみたい。
- Go-Tech事業
Go-Tech事業(成長型中小企業等研究開発支援事業)とは、中小企業が大学・公設試等の研究機関等と連携して行う研究開発、試作品開発及び販路開拓への取組を最大3年間支援する事業です。(出典:中小企業庁)
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