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テクノロジーが拓く未来の暮らし

Vol.58 静岡産グリーン水素、地産地消の取り組み

写真)熱フィラメントCVDダイヤモンド合成設備 ボロンドープ成膜にも対応。成膜範囲maxΦ300mm

写真)熱フィラメントCVDダイヤモンド合成設備
ボロンドープ成膜にも対応。成膜範囲maxΦ300mm
出典)ADD

まとめ
  • 各国が水素戦略を推し進める中、日本も水素サプライチェーン構築を急ぐ。
  • 静岡県では海水を電気分解しグリーン水素を生産する計画が進行中。
  • コストの壁を打ち破り、価格競争に打ち勝つ必要がある。

先週オランダにおけるグリーン水素生産への取組について紹介した。(オランダ、グリーン水素生産に本腰」2023.8.8)今回は日本におけるグリーン水素生産の現状を報告する。

今や世界各国が水素戦略を策定しているが、実は世界で初めて国レベルで水素戦略を定めたのは日本だ。2017年のことだった。2050年を視野にいれた、将来目指すべきビジョンを示したものであると同時に、2030年までの行動計画を提示したもので、ガソリンやLNGなど従来エネルギーと同じ程度の低コスト化の実現などを目標とした。

具体的には、カーボンフリーな水素を新しいエネルギーの選択肢として提示するとともに、水素社会の実現による3E+S(*1)の達成や、日本の強みを活かし、日本が世界のカーボンフリー化を牽引することを目指す、とした。

そのうえで、行動計画として、モビリティでの利用では、燃料電池車(FCV)は2020年までに4万台程度、2025年までに20万台程度、2030年までに80万台程度の普及を目指すとした。また、水素ステーションは2020年度までに160か所、2025年度までに320か所を整備するなどとした。

水素の調達コストについては、2017年時点で1N㎥(ノルマルリューベ=標準状態での気体の体積)あたり100円程度だったものを、2030年には30円を目指すとしており、将来的には20円程度まで下げる目標を掲げた。

そして今年6月6日、2020年のカーボンニュートラル宣言やウクライナ侵攻によるエネルギー需要構造の変化などに合わせ、6年ぶりに「水素基本戦略」は改定された。

今後15年間で官民合わせて15兆円を超える投資をおこない、2040年の水素の利用量を今の6倍である1,200万トン程度まで引き上げるとしている。

日本の水素事業

では、日本の水素事業の現状はどうなっているのだろうか。

現在、いくつかの国際水素サプライチェーン構築が進んでいる。(参考:「水素の常温輸送を実現へ」2023.4.18)

ひとつは、液化水素を輸入するプロジェクトだ。

HySTRA(技術研究組合 CO2フリー水素サプライチェーン推進機構)」という企業団体が、褐炭を有効利用した水素製造、輸送・貯蔵、利用からなるCO₂フリー水素サプライチェーンの構築をおこない、2030年頃の商用化を目指している。

日豪協同で進めているこのプロジェクトは、褐炭を活用した水素サプライチェーン実証事業だ。褐炭とは水分や不純物などを多く含んだ石炭のことで、豪ビクトリア州で褐炭から水素を抽出、液化し、神戸にある専用の受入基地まで2週間余りかけて液化水素を運搬する取り組みだ。

写真)豪州褐炭由来液化水素を積載し「Hy touch神戸」に帰港した液化水素運搬船「すいそ ふろんてぃあ」。2022年2月25日 兵庫県・神戸市
写真)豪州褐炭由来液化水素を積載し「Hy touch神戸」に帰港した液化水素運搬船「すいそ ふろんてぃあ」。2022年2月25日 兵庫県・神戸市

出典)© HySTRA

もうひとつが、水素キャリアの一種であるメチルシクロヘキサン(MCH)による国際水素輸送実証事業、「AHEAD(次世代水素エネルギーチェーン技術研究組合)」だ。

ブルネイにおいて天然ガスから水素を製造し、水素化プラントでトルエンに水素を付加させることでMCHに変換、日本へケミカルタンカー(*2)で輸送したのちに脱水素プラントで水素に再変換して利用することを目指したプロジェクトだ。国際輸送実証も、2020年12月に完了し、世界で初めて水素をMCHの形で海上輸送することに成功している。

写真)MCHを運搬する「CRANE URANUS号」
写真)MCHを運搬する「CRANE URANUS号」

出典)千代田化工建設株式会社 画像提供:鶴見サンマリン

グリーン水素製造の取り組み

上記の2つのプロジェクトで日本に輸送される水素は、化石燃料由来のもので「グレー水素」と呼ばれる。

一方、化石由来で水素発生時にCO₂を回収し、貯留・利用するものは「ブルー水素」という。しかし、より注目が集まるのは再生可能エネルギーを使って水を分解する「グリーン水素」である。化石燃料を使わないためCO₂の排出がなく、究極のクリーンなエネルギーだ。

図)水素の種類
図)水素の種類

出典)経済産業省資源エネルギー庁

静岡県で海水からグリーン水素

ただ日本の場合、グリーン水素を製造するには、再生可能エネルギーのコストが高く、それが大きな壁となっている。

こうした中、静岡県内でグリーン水素製造の取り組みが始まった。

そのひとつが、冷却装置製造を手がける株式会社エイディーディー(ADD、沼津市)と東海大学工学部清水銀行による、駿河湾の海水を電気分解してグリーン水素を生成するプロジェクトだ。

東海大学工学部と清水銀行は今年、地域中小企業の技術と東海大学の研究をマッチングさせる連携協定を締結した。今回のADD社との協同研究契約が第1号案件だ。

このプロジェクトの目玉は、ADD社独自のダイヤモンド電極製造技術だ。再生可能エネルギーの電源に、一般的な金属電極と比べて高い耐腐食性を持つダイヤモンド電極をつないで海水から水素を生成する。

もともと絶縁体で電気を通さないダイヤモンドにホウ素をドーピング(*3)すると導電性を示すことが分かっている。これをボロンドープダイヤモンドといい、電極として用いる計画だ。

3者は今後、ダイヤモンド電極の耐久性検証など、水素製造の課題を解決したうえで、貯蔵、輸送、発電、需要開拓といった水素循環サイクルの構築を目指す。2030年代には長時間稼働できるプラント試験機の実用化を目指す方針だ。

写真)ダイヤモンド成膜の顕微鏡写真
写真)ダイヤモンド成膜の顕微鏡写真

出典)ADD

他にも静岡県でグリーン水素生産のプロジェクトがある。

ENEOS株式会社は、2022年8月に清水製油所跡地(清水油槽所内遊休地)を中心とする次世代型エネルギーの供給拠点ならびにネットワークを構築することを決定した。

敷地内に太陽光発電設備、大型蓄電池、自営線、県内初となる水電解型水素ステーションなどを設置し、再生可能エネルギー由来の電力および水素(グリーン水素)を製造、供給する。2024年4月の周辺施設への電力供給開始、2024年度中の水素ステーション開所を目指す。

写真)清水製油所跡地(清水油槽所内遊休地)位置図
写真)清水製油所跡地(清水油槽所内遊休地)位置図

出典)ENEOS株式会社

また、エネルギーマネジメントシステム(EMS)を活用して各設備の最適制御をおこない、発電した地産の再生可能エネルギーの有効活用を図るとしている。また、災害時(停電時)には自立的にエネルギー供給をおこない、地域の防災にも貢献する計画だ。

この事業は、脱炭素先行地域に選定された静岡市の取り組みの一つに位置づけられており、環境省の脱炭素化事業に静岡市と共同応募して採択されたものだ。(参考」「静岡型水素タウン」)

グリーン水素の課題

ほぼ無限の資源である海水を電気分解して得られるグリーン水素はカーボンニュートラル社会の実現の有望な切り札になりうる。

しかし実は海水からの電気分解には課題がある。海水を一般的な白金やイリジウム酸化物などを使った電極で電気分解すると、陰極から水素ガスが発生するが、陽極からは毒性と腐食性を持つ塩素ガスが発生する。このため、塩素ガスを発生しない触媒の開発が急務となっている。

こうしたなか、山口大学大学院創成科学研究科 中山雅晴教授、吉田真明准教授らの研究グループは、二酸化マンガン薄膜を電極(陽極)に使用し、海水を電気分解したところ、塩素の発生量を劇的に減らすことに成功したと発表した。マンガンは地球上に豊富に存在し、安価で環境負荷が低い元素であることも有利だ。

中山教授は、「さらに現在は酸素発生の選択性を高く維持したまま、より小さなエネルギーで大きな電流(=水素)を取り出せる触媒を開発し、試験を続けているところです」と述べている。

図)開発した触媒の構造
図)開発した触媒の構造

出典)山口大学

図)今回開発した触媒および一般的な触媒を使って塩化ナトリウム水溶液を電気分解したときの酸素発生および塩素発生のファラデー効率.電解液 0.5 M NaCl、電解時の電流 10 mA/cm2.
図)今回開発した触媒および一般的な触媒を使って塩化ナトリウム水溶液を電気分解したときの酸素発生および塩素発生のファラデー効率.電解液 0.5 M NaCl、電解時の電流 10 mA/cm2.

出典)山口大学

今回は静岡県産グリーン水素の地産地消の取り組みを紹介した。グリーン水素が普及するためには、製造コスト低減が課題だ。安価な再生可能エネルギーを使って生産される他国のグリーン水素に対し、日本の水素は価格競争力を持つことができるだろうか。世界に先駆けて水素社会構築の旗を掲げた我が国も技術開発を加速させているが、時間との勝負になりそうだ。

  1. 3E+S
    第4次エネルギー基本計画(2014 年 4 月閣議決定)において、安全性(Safety)を前提とした上で、エネルギー安全保障(Energy Security)、経済効率性の向上(Economic Efficiency)、環境適合(Environment)の3つを基本的視点としている。これらは同時達成が困難な3つの要素として、”Energy Trilemma”とも表現され、その解決の鍵は低炭素技術とされている。
  2. ケミカルタンカー
    原油から精製された製品油を輸送する船舶であるプロダクトタンカーに対し、メタノール、ベンゼン・トルエン・アルコール類などの液体化学製品を輸送する船舶をケミカルタンカーという。
  3. ドーピング(doping)
    結晶の物性を変化させるために少量の不純物を添加すること。
安倍宏行 Hiroyuki Abe
安倍 宏行  /  Hiroyuki Abe
・日産自動車を経て、フジテレビ入社。報道局 政治経済部記者、ニューヨーク支局特派員・支局長、「ニュースジャパン」キャスター、経済部長、BSフジLIVE「プライムニュース」解説キャスターを務める。現在、オンラインメディア「Japan In-depth」編集長。著書に「絶望のテレビ報道」(PHP研究所)。
株式会社 安倍宏行|Abe, Inc.|ジャーナリスト・安倍宏行の公式ホームページ
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