写真)エームスハーフェン港 オランダ・ロッテルダム
出典)Photo by Pierre Crom/Getty Images
- まとめ
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- 天然ガス産出国だったオランダ、採掘による地震頻発でエネルギー政策を転換。
- 既存の天然ガス用インフラを転用し、グリーン水素の生産・流通目指す。
- 日本もオランダの水素戦略から学ぶことは多い。
オランダは天然ガス産出国だ。
オランダ北部のフローニンゲン(Groningen)州で天然ガス田が発見されたのは1959年のこと。1963年からシェルとエクソンモービルの合弁会社であるオランダ石油会社(NAM)が天然ガスの採掘を開始した。
当初の回収可能埋蔵量は、2兆9,000 億 Nm³(ノルマルリューベ:空気量の単位で大気圧、0℃の時の体積 )と見積られた。(現在でもまだ約 4,700 億 Nm³が利用可能だと推定されている)。(出典:オランダ地質調査所)天然ガスは、ドイツ、ベルギー、フランス北部にまで輸出された。
天然ガス生産量は年々増え、1960年代には年間800億〜900億Nm³にまで膨れ上がった。(出典:国家鉱山監督局)しかし、問題が起きた。
天然ガス採掘による群発地震が発生したのだ。本来、地震がほとんど起きないオランダで1991年、同地域でマグニチュード2.4の地震が発生、その後地震の回数は増えていった。2018年1月にはマグニチュード3.4の地震が発生し、一部の村で多くの建物が被害を受けた。
実際に地震の被害にあった同州の小さな村を訪れた。昔からある伝統的な雰囲気の村だ。家の中を見せてもらうと壁に亀裂が走っている。そう、まさに地震の爪痕である。中にはまだ修理が終わってない家もあった。どの家もレンガ造りの平屋で、耐震性は低そうだった。そのため、マグニチュード3.4クラスの地震でも被害が拡大したものと思われる。
© エネフロ編集部
天然ガス採掘に反対するフローニンゲンの住民の声はどんどん大きくなっていき、政府も無視できなくなった。
国家鉱山監督局(SoDM:以下監督局)は、過去60年間におよぶ天然ガス採掘により、ガス田に圧力差が生じたことが地震の原因だとした。
天然ガスを採掘している地層は圧力が低くなるが、採掘を休止したところは逆に高くなる。天然ガスは圧力の高いところから低いところに流れ、圧力を等しくしようとする。このプロセスにより、地下の亀裂に応力が生じ、地震が発生すると説明している。圧力が均一化し、地震が起きなくなるまでに数十年はかかるだろうと監督局は予測している。
こうしたことを受け監督局は、2019年に経済・気候政策省に対し、地震で受けた被害に対する住民たちの賠償請求によって社会的混乱が今後も増大し続けるだろうとして、危機感を持って住宅の補修・補強工事を強化するよう勧告した。同時に天然ガスの採掘量を大幅に制限することも求めた。
こうして、この国のエネルギー政策の大転換が始まった。
天然ガス採掘の停止へ
ついにフローニンゲンのガス田が閉じる日が来た。オランダ政府は今年6月23日、フローニンゲンで採掘が行われている残り5つの天然ガス生産拠点を今年10月1日までに停止すると発表した。同田にはもともと11の生産拠点があったが、今年4月に6拠点の生産を停止している。
ロシアによるウクライナ侵攻で天然ガスの需給がひっ迫し、価格が高騰していたことから、オランダ政府は慎重に検討を重ねてきたが、最終的には経済合理性より、国民の生命の安全・安心を取ったということだ。オランダ政府の決意のほどがうかがえる。
その決意の中身を紹介する。
天然ガスから水素へ
次に向かったのは、風力発電のメッカ、エームスハーフェン(EEMSHAVEN)地区。フローニンゲンから北東約30kmに位置する港湾だ。
同地区に入ると、風車の多さに圧倒される。今回見に行くことはできなかったが沖にもたくさんの洋上風力発電設備がある。
© エネフロ編集部
港湾運営会社であるフローニンゲン・シーポーツ(Groningen Seaports)の洋上風力マネージャーである エリック・ベルトレッツ氏は、「港湾全体の設備容量は800万kWに上り、オランダで生産される全エネルギーの約 3 分の 1 が作られている」と胸を張る。
© エネフロ編集部
今後同地区は、その豊富な再生可能エネルギー由来の電力を使い、グリーン水素の生産を計画している。
NorhH₂と呼ばれるその国際プロジェクトは、三菱商事と中部電力が2020年3月に買収したオランダのEneco、ドイツRWE、ノルウェーEquinor、イギリスShell のコンソーシアムがグリーン水素を製造し、オランダGasunieが貯蔵と輸送を担当、オランダやドイツなど欧州北西部地域の産業・輸送部門に供給する計画だ。フローニンゲン・シーポーツは、エームスハーフェン港と隣接する工業団地の開発、管理、運営をおこなう。
オランダ水素バレー
オランダが国を挙げて水素戦略を推し進める背景には、水素を活用する上でのオランダ独自の強みがある。
もともとオランダが欧州の物流ハブとして地理的に有利な位置にあることに加え、天然ガス用のインフラが水素用に転用可能なことがある。インフラには、天然ガス貯蔵に使われていた海底の岩塩層にある地下貯蔵設備や、ガス運搬用のパイプラインがすでに存在することがあげられる。これらのインフラを使い、フローニンゲン州近隣の工業地帯に一大水素バレーを構築する計画だ。
こうした中、日本企業もオランダの水素戦略に参画し始めた。
三菱商事は、今年6月に子会社のEnecoとともに、欧州の再生可能エネルギー開発とグリーン水素の製造・販売をおこなうことを目的としたEneco Diamond Hydrogenを設立し、欧州におけるグリーン水素製造・販売に注力すると発表した。
また、三菱商事、千代田化工建設、ロッテルダム港湾公社、貯蔵タンクを保有するクーレターミナル(Koole Terminal)は共同で、水素輸入システムを構築するための調査を実施中だ。メチルシクロヘキサン(MCH)を水素キャリアとして利用する。
日本の水素戦略
日本は今年「水素基本戦略」を7年ぶりに改訂した。供給量を2040年に現状の6倍の1,200万トン程度に増やし、官民合わせて今後15年間で15兆円の投資計画を検討している。
今回オランダの水素戦略を目の当たりにして驚いたことは2つある。1つは、天然ガスから水素への転換という大胆な政策転換を官民一体となって猛スピードで進めていること。
2つ目は、天然ガス関連のインフラを水素用に使うことができるアドバンテージだ。
一部日本企業が獲得しようとしているオランダ企業のノウハウは、日本が水素戦略を進めるためにプラスになるだろう。いずれにしてもグリーン水素の商用化にはコストの壁が立ちはだかる。各国カーボンニュートラルを目指し、技術革新にしのぎを削っている。エネフロは、日本の水素戦略を引き続きリポートする。
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