写真)新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)事業 プロジェクト5ha藻類生産設備 マレーシア サラワク州
出典)©ちとせグループ
- まとめ
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- 世界最大規模の藻類生産設備『CHITOSE Carbon Capture Central』がマレーシアで稼働開始。
- 藻類をベースにした新しい産業の構築をさまざまな企業とともに目指す。
- カーボンニュートラル達成の2050年に向け、GXの先駆けとなるこのプロジェクトに期待したい。
「藻」とは不思議な生き物だ。およそ35億年前から地球上に存在するという。人類の歴史がたかだか20万年くらいであることを考えると、藻はとんでもなく昔からその姿を変えることなく繁茂し続けているわけだ。
その藻が植物へと進化し、人類の食を支えている。そればかりではない。藻の進化の過程で生まれた大量のバイオマス(生物資源)の残骸や微生物の死骸が堆積したものが化石燃料である。つまり藻のおかげで今の私たちがあるといっても過言ではないのだ。
当然だが藻は光合成で増える。光合成で生成された化合物はいろいろな産業の原料として利用できるため、近年、注目を集めてきた。
そこで問題となってくるのが、大量に藻を培養する技術の開発だ。大量生産によるコストダウンが実現できれば、産業化は一気に進む。
そこに着目したのが、ちとせグループの代表、藤田朋宏氏だ。
©ちとせグループ提供
2011年には藻類ジェット燃料プロジェクトを開始、2012年からは、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託事業としての開発を進め、2015年には鹿児島にて世界で初めてボツリオコッカス(緑藻類の一種)の屋外での大規模連続培養(1,500㎡)を成功させた。
その後、より広い生産候補地を海外で探し、商業化に向けた大量生産、コスト低減技術開発を進めてきた。
出典)©ちとせ研究所
マレーシアで藻生産プラント実証実験開始
そして今年2023年3月、ちとせグループは、藻の大量生産に向け大きな一歩を踏み出した。
世界最大規模5haの藻類生産設備『CHITOSE Carbon Capture Central』がマレーシアサラワク州で稼働を始めたのだ。これはNEDO事業を受託し建設された設備であり、この委託事業を通して石油産業に代わる藻類基点の社会を構築するMATSURIプロジェクトを運営しているのがちとせグループだ。現在の5haの設備では、安定的かつ長期的に生産できる藻の種類を試すなど、さまざまな実験をおこなっている段階だ。
しかし、藻類生産規模の拡大計画は今後急速にギアを上げる。2027年は100ha、2030年には2,000ha、2050年には1,000万haを目指す。生産規模拡大と共に研究開発・用途開発を加速させるために今年3月に採択されたNEDOの「グリーンイノベーション基金事業/バイオものづくり技術によるCO₂を直接原料としたカーボンリサイクルの推進」は、約500億円の事業規模を予定しており、そのうち、NEDOが約400億円を助成する予定である。
出典)©ちとせグループ
NEDO助成事業の先の資金調達は、SPC(Special Purpose Company : 特別目的会社)を作り、「MATSURI」プロジェクトに参加している企業や投資会社に優先株を発行して資金調達する計画だ。
2030年2,000haまで拡大するには、さらに約2,000億円程度の資金が必要だ。藤田氏は、売り上げが年800億円程度と予測、収益は、4,500億円程度と見込み、4、5年で回収する計画だ。SPCが投資に対して十分儲かることを示せば、藻の生産に乗り出す企業も増えると目論む。
「マレーシアからさらにインドなど世界各地にもどんどん広げていきたいですね」。
藻の生産設備を展開し、その会社に生産委託したものをSPCが買い取る形で規模を拡大していく考えを示した。
それにしても、2050年1,000万haだ。現在の規模の200万倍である。野心的な計画に見えるが藤田氏は楽観的だ。
「一応2050年に1,000万haと言ってます。ちょうど日本のカーボンニュートラル達成の時期でもありますが、もう少し早く達成できるのではないかと思っています」。
藻ビジネスの可能性
藻と聞くと、ジェット燃料などを思い浮かべる人は多いだろう。しかし、藤田氏が進める「MATSURI」プロジェクトのスケールは我々の想像を超えている。石油産業に代わる藻類をベースにした新しい産業の構築を目指しているのだ。2021年に9業種20機関のMATSURIパートナーと共にスタートし、2023年6月現在では18業種56機関にまで増加しているという。藻が生み出すビジネスへの各社の期待の大きさがうかがえる。
「もう少し間口を下げて、パートナーの数を大きく増やすような仕組みを作らないといけないなと思っています」。
提供)©ちとせグループ
さまざまな企業が参画する「MATSURI」プロジェクト、有望な分野はどこなのだろうか。その質問は藤田氏に一蹴されてしまった。
「石油関連の会社からすると燃料以外のものが副産物になります。代替肉を開発している会社からすると燃料が副産物になる。ようは、藻を核として、さまざまな製品ができるのです」。
つまり、藻から作られた生成物は全て無駄なく使おう、という発想だ。
実際、藻の種類を変えたり、生成方法を変えたりすることで、主たる生産物と副産物の比率も変わる。どれか1つの分野に注力するのではなく、「MATSURI」の図にある「木」全体を大きくしていくイメージだ。
ただし、全ての事業をちとせグループだけでできるわけではない。
「例えば食品だと我々単独でもできますが、ジェット燃料だと我々が作ったところで飛行機に供給できない。なぜなら販路を持っていないからです。その場合、物流も含め販路を持っている会社と組まざるを得ない。そのへんを見極めつつやっていこうと思います」。
e-fuelとの競合
「EUがガソリン車容認 e-fuelとは(2023.05.16)」という記事で紹介したe-fuel(合成燃料)。二酸化炭素(CO₂)と、再生可能エネルギーの余剰電力を使った水素(H₂)を合成した燃料だ。藻から作られるジェット燃料はe-fuelに対し競争優位性を確保できるのだろうか。
これに対しても藤田氏の答えは明快だ。
「競合はすると思いますが、確実に僕らの方が先にできます」。
欧州がe-fuelをガソリンに混ぜることを容認したが、すぐには間に合わない可能性が高く、かつ、コスト的に見合わないのではないか、というのが藤田氏の見立てだ。
「当面はバイオ燃料の方が安いのは確かだろう」。
今後の課題
これからの生産設備の拡大に必要なのは資金調達だ。最重要課題といっていいだろう。
資金調達のためには、「MATSURI」プロジェクトの収益性を内外に示す必要がある。そのためには、新たに市場を作って売り上げを伸ばさねばならない。これも重要な課題だ。
「MATURI」の図の大樹をさらに大きなものにしていかねばならない。
「僕が思っていた以上のことがまだ起きてない。本当は起きなければいけないのですが、それが起きるような仕組みにしなければいけないなと思っています」。
そこで必要なのは事業構想力を持った人材の採用だろう。無から有を生み出すことができる人だ。
「誰かに評価されるために働いている人だと難しくて、自分で自分を評価できる人じゃないと、私たちの今の局面では気持ちが持たないと思います」。
課題はあるが、藤田氏の表情は明るい。むしろ自信に満ちあふれている。
「いろんな工夫の積み重ねで世界最大の藻類生産設備を、世界で最初に成功しているのは我々です。よその会社はそう簡単には追いつけませんよ」。
日本が牽引する「MATSURI」プロジェクト。カーボンニュートラル達成の2050年に向け、GX(グリーントランスフォーメーション)の先駆けとなるこのプロジェクトの今後の進化が楽しみだ。
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