写真)ニホンヤマネ
出典)一般社団法人ヤマネ・いきもの研究所
- まとめ
-
- アニマルパスウェイとは、道路などで分断された森を結ぶ生き物の通り道。
- 動物の繁殖の確保やロードキルの防止に役立っている。
- 日本のアニマルパスウェイは、建設コストが安いこともあり海外からも注目を集める。
6月環境月間と生物多様性について
6月5日は国連が定めた「世界環境デー」だ。日本でも6月を「環境月間」として環境保全の取り組みがおこなわれる。(参考:環境省 環境の日および環境月間とは)
地球上の生きものは40億年という長い歴史の中で、さまざまな環境に適応して進化し、3,000万種もの生き物がそれぞれ異なる環境で生息している。よく耳にする「生物多様性」とは、「生きものたちの豊かな個性とつながりのこと」。生き物の生命はひとつひとつに個性があり、すべて直接的、間接的に支えあって生きている。(参考:環境省 自然環境・生物多様性)
こうしたなか、我々人間にとって物流輸送網として便利な道路は、動物の住む場所を分断し、生存を脅かす存在だ。
そこで今回は、動物たちの環境保護に取り組む「アニマルパスウェイと野生動物の会」を紹介する。同会は、環境省主催の『グッドライフアワード2015』環境大臣賞優秀賞を受賞している。
アニマルパスウェイとは
「アニマルパスウェイ」とは、Animal(動物)とPathway(通り道)を合わせた造語である。“道路や鉄道線路などで分断された森を結ぶ道路上の樹上性動物の通り道(歩道橋)”を作るという想いが込められている。
© エネフロ編集部
始まりは、2004年、経団連自然保護協議会のNGO/NPOと企業の懇談会で、当時(財)キープ協会やまねミュージアム館長の湊秋作(現在一般社団法人ヤマネ・いきもの研究所代表理事)、ゼネコン2社(清水建設と大成建設)が「アニマルパスウェイ研究会」を創設したことだ。現在、アニマルパスウェイは山梨県、愛知県、栃木県、北海道、岩手県、三重県などに設置されている。海外ではイギリスにもある。
アニマルパスウェイは、動物の生きる条件である食べ物・営巣場所・異性との出会いによる繁殖の確保の効果がある。また、動物の「ロードキル」や遺伝子の劣化を防止している。
ロードキルとは路上で動物がクルマに轢かれるなどして死亡することであり、特に繁殖期や子別れの時期に多い。また、ロードキルで死亡した動物の屍肉を求めて飛来した動物が「二次的ロードキル」に遭うことも考えると、アニマルパスウェイはより多くの動物を守っていると考えられる。
実際にユネスコ世界自然遺産のカナディアン・ロッキーでは、道路で分断された森林を繋ぐ「アニマル・アンダー・パス」や「アニマル・オーバー・パス」が作られ、クマや狼などのロードキルの発生件数が約80%以上も減少したという。
「一般社団法人ヤマネ・いきもの研究所」代表理事の湊秋作氏と、「一般社団法人アニマルパスウェイと野生生物の会」代表理事の大竹公一氏に話を聞いた。
アニマルパスウェイの始まり
アニマルパスウェイの始まりは二ホンヤマネを守ることだった。ニホンヤマネの研究者で和歌山県の小学校教師だった湊秋作氏が、有料道路の建設で湊氏のニホンヤマネ研究地域だった森林が伐採されることに危機感を抱いたのがきっかけだ。
ニホンヤマネは、国の天然記念物に指定されている、げっ歯目ヤマネ科の夜行性小動物だ。背中にある一本の縞模様が特徴である。果実、昆虫、クモ類などを食べる。また花も食べ、受粉を手助けするため、森林を守っている存在でもある。その愛くるしい外見から「森の妖精」とも呼ばれる。
湊氏らと対応に乗り出した山梨県は、森の地面をも切り取ってしまう切土工法を止めて、森を残す「ヤマネ・いきものトンネル」を1997年に建設。次に分断された森をつなぐ歩道橋の「ヤマネブリッジ」を1998年に建設した。それぞれ重要な役割を果たしているが、建設費は千万~億円単位と高価なので、多く建設するには安いタイプのものが必要であった。
そうしたなか、湊氏は当時大成建設株式会社の大竹公一氏と清水建設株式会社の岩本和明氏と出会い、技術的な協力がスタートした。
1998年:ヤマネブリッジ建設 山梨県北杜市
建設者:山梨県道路公社
提案者:ニホンヤマネ保護研究グループ
出典)一般社団法人アニマルパスウェイと野生動物の会
1997年:ヤマネといきもののトンネル 山梨県北杜市八ヶ岳山麓
建設者:山梨県道路公社建設、提案者:湊秋作
出典)一般社団法人アニマルパスウェイと野生動物の会
アニマルパスウェイの建設と困難
アニマルパスウェイの建設には困難もあった。
普及させるためにはどこでも入手できる材料で歩道橋を創る必要があった。金属製ワイヤーが候補にあがったが、「ヤマネがワイヤーを使うかどうか、利用する場合、直径何ミリが適当なのか、そして、その構造について、三角型・丸形などのどの形が適切なのかどうか」など、実験する課題が次々と生まれた。
ヤマネ研究者たちがその課題解決へ向けて夜通し実験を積み重ねた。リスにとっても適切な構造を探る野外実験もリス研究者と実施した。つり橋状のアニマルパスウエイを支える柱はどこでも入手できる電柱とした。
そのような科学的研究がベースとなり、最終的に材料・構造が決まった。さらに、野外でその構造が通用するかどうかの実験を経て、北杜市から建設費が供出され、2007年建設となった。
© エネフロ編集部
外部機関との協力
アニマルパスウェイの設置は、研究会だけでなく当該自治体や国との協力関係の構築が必要だった。その際、「視点が違えど率直な意見を伝え、相手の立場や予算を考えながら信頼関係を紡ぐ」ことが肝となったと大竹氏は述べる。
また、大竹氏は栃木県那須の例を挙げ「国の補助金は基本出ないが、那須の例は環境省が主体でやってくれている。このように国レベルで対応してくれるとありがたい」と述べ、国の支援に期待を寄せた。ヨーロッパには、「ナチュラ2000」という世界最大の動物保護区調整ネットワークがあるが、日本にそうした組織はない。
日本のアニマルパスウェイの特徴
日本のアニマルパスウェイは欧州でも注目されているという。そのわけは、建設コストが安いことと作りやすいことだ。 同じようなものは、ケニア、ブラジル、中国、アメリカなどの国にあるが、対象は中型・大型動物だ。日本では大型哺乳類ではなく、ヤマネをはじめリスやヒメネズミ、テンなど小型または中型哺乳類、さらには昆虫も利用するなど、多様な生物の保全に寄与している。
その仕様にはいろいろな工夫が凝らされている。パスウェイの床を銅線のメッシュ構造にし、屋根部分をアルミ製にしたのがそのひとつ。銅もアルミも熱伝導率が高く、日光が当たっただけでも雪が溶けるようになっている。雪深い土地でも建設できる点が、降雪の多い欧州で評価されているという。
© エネフロ編集部
また、断面は一辺25センチと小ぶりの三角形にした。ヤマネやリスやヒメネズミが通るのに適切な構造になっている。また、天敵のホンドテンに鉢合わせたら、ヤマネが逃げ込めるように小さなシェルターも設置するなど、きめ細かい配慮がなされている。
多くの人の努力と知恵の結晶として誕生したアニマルパスウェイ。協会はあえて特許を取らず、仕様や情報を基本的にオープンにしている。イギリスには図面も送っているそうだ。森の中の道にかかっているアニマルパスウェイを見上げて、森の妖精たちが健やかに育ってくれることを願い、かの地を後にした。
Recommend Article / おすすめ記事
RANKING / ランキング
SERIES / 連載
- エネルギーと環境
- エネルギーと環境は切っても切れない関係。持続可能な環境を実現するために、私達は「どのようなエネルギー」を「どのように使っていくべき」なのか、多面的に考える。